第33話『Eランクの初仕事と新たな予感』
Eランクへの昇格を果たした翌日。
朝の爽やかな光が差し込むフォレストピアの街は、今日も活気に満ちあふれていた。
宿屋の食堂で朝食を済ませた啓太たちは、揃って冒険者ギルドへと足を運ぶ。
「うわぁ……! ケイタさん見てくださいですぅ! Eランク専用の掲示板、貼ってある依頼書の紙質からして全然違いますよぉ!」
リーネが目をキラキラと輝かせながら、掲示板を見上げている。
「本当だね。Fランクの時は『薬草採取』とか『街のドブ掃除』みたいな地味なのが多かったけど、一気に『冒険者』って感じの依頼が増えたなぁ」
シルフィも感心したように頷いた。
掲示板に並んでいるのは、指定の魔物討伐や、森の深部での危険な素材採取など、一筋縄ではいかないものばかりだ。
当然、報酬の単位も銀貨から大銀貨、中には金貨が動くようなものまで並んでいる。
(前世で言えば、研修期間を終えていよいよ店舗のエリアマネージャーから責任ある大きなプロジェクトを任されたような感覚だな)
啓太は元コンビニ店長としての血を少し騒がせながら、ずらりと並んだ依頼書に目を通していった。
「よし……記念すべきEランク最初の依頼は、これにしようか」
啓太が指し示したのは、羊皮紙にしっかりとギルドの印章が押された一枚の依頼書だった。
【依頼内容】『深緑の森・奥部』における希少薬草『月光草』の採取
【討伐推奨】道中に生息する『グリーンウルフ』の群れの排除
【報酬】大銀貨十五枚
【依頼主】フォレストピア錬金術師組合
「『月光草』……! 凄いですぅ! あれ、夜にしか花開かないすごく繊細で高価な魔法薬草ですよ! 錬金術師さんたちが喉から手が出るほど欲しがるやつですぅ!」
リーネがぴょんぴょんと跳ねながら解説してくれる。
「グリーンウルフの群れかぁ。あいつら、素早いし連携して襲ってくるから、Fランクのパーティだと返り討ちに遭うことも多いんだよね。でも、今のあたしたちなら余裕かな!」
「ああ。シルフィの正確な射撃と、リーネの魔法があれば十分対応できる。それに……森の奥なら、俺の『感』も働きやすいからな」
啓太は含み笑いを浮かべた。
啓太の秘められたユニークスキル【強運】。
これまでは「たまたま命拾いする」ようなトラブル回避がメインだったが、仲間が増えて行動範囲が広がるにつれ、「なぜか一番安全で美味しいルートを引き当てる」という探索面でのチート能力としても遺憾なく発揮されていた。
「よし、じゃあ受注して早速出発しよう!」
『おーっ!』
フォレストピアの街を抜け、広大な『深緑の森』へと踏み込む。
木漏れ日が差す森の浅いエリアを抜け、木々がうっそうと生い茂る奥部へと進むにつれ、空気の温度がひんやりと下がっていくのが分かった。
「みんな、気をつけてくれ。ここからはグリーンウルフの縄張りだ」
啓太が腰の剣に手をやりながら、前衛として二人を守るように先頭に立つ。
すると――
草むらの奥から、低い威嚇の唸り声が響いた。
――グルルルル……!
ぬっと姿を現したのは、緑色の毛並みを持った体長二メートルほどの狼――グリーンウルフだ。しかも一匹ではない。左右の木々の陰から、合計六匹の狼が包囲するようにぬけぬけと現れた。
「包囲された……!? ケイタ、あたしが右のを引きつけるよ!」
「落ち着いて、シルフィ。……リーネ、準備はいいか?」
「はいっ! いつでもいけますぅ!」
リーネはすでに啓太から手渡された『高カロリー・スティックバー』を一本、もぐもぐと口に放り込んで噛み砕いていた。
ナッツとチョコ、そして凝縮された糖分が即座にエネルギーとなり、リーネの体内に凄まじい魔力が満ちていく。
「ふはぁ〜! エネルギー満タンですぅ! 『風の刃よ、束ねて穿て――ウィンドアロー・連弾』っ!!」
ドババババッ!!
リーネが小さな杖を振りかざした瞬間、通常なら上級冒険者が詠唱を重ねて放つような大量の風の矢が、空を埋め尽くすように放たれた。
「ギャウンッ!?」
「グルオォン!?」
先頭の三匹が、逃げる間もなく魔法の嵐に呑み込まれて吹き飛ぶ。
「すごい……! じゃあ、あたしも! 『一ノ矢』!」
隙を見せた残りのグリーンウルフへ、シルフィの弓から放たれた矢が吸い込まれるように眉間を撃ち抜いていく。
逃げ出そうとした最後の一匹も、前衛の啓太が「たまたま足元に転がっていた太い根っこ」に足を引っかけて体勢を崩した狼の首元を、確実に切り伏せた。
わずか一分にも満たない出来事だった。
「ふぅ……完璧な連携だったな。二人ともナイスだ」
「ケイタのスティックバーのおかげですぅ! これがあると魔法が使い放題で本当にすごいですぅ!」
「あたしたち、本当強くなったよねぇ……!」
シルフィとリーネがハイタッチを交わす。
前衛が隙を作り、中距離から弓で牽制し、後方から爆発的な超魔法で掃討する。
お互いの弱点を補い合い、啓太の『高カロリー・スティックバー』という異次元の栄養補給が加わった『クローバー』の戦闘力は、すでにEランクの域すら凌駕しつつあった。
「さて、討伐も終わったし、本命の『月光草』を探そうか」
啓太は森の奥を見渡した。
(うーん……月光草か。夜に咲くらしいけど、昼間はどこに生えてるんだ? ……まあ、なんとなくあっちの崖の下あたりが怪しい気がするな)
啓太の【強運】センサーが、ピピッと直感のように働く。
「あっちへ行ってみよう」
啓太の案内に従って湿った大きな岩陰へと向かうと――
「……あ! ありましたぁーっ! 見てくださいケイタさん! こんなにたくさん!」
岩の隙間に、かすかに銀色に輝く美しい葉を持った草が、群生するように生えていた。
「嘘……!? 『月光草』って、普通は熟練の採取士が何日も森を探し回って、ようやく一株見つかるかどうかのアレだよね……!? なんでこんなに生えてるの!?」
シルフィが目を丸くして叫ぶ。
「ハハ……まあ、運が良かったんだよ」
啓太は苦笑いしながら頭を掻いた。
(相変わらず俺の強運補正、仕事しすぎだろ……)
本来なら何日もかかるはずだった採取依頼は、出発からわずか数時間で、目標の倍以上の成果を収めて完了してしまったのだった。
大量の『月光草』と、グリーンウルフの素材をバッグに詰め込んだ三人は、ホクホク顔でフォレストピアへの帰り道を歩いていた。
「これだけの『月光草』を持っていったら、錬金術師組合の人たち腰抜かしますねぇ〜!」
「報酬も上乗せしてもらえるかもね! 今夜も美味しいご飯が食べられそう!」
先を歩く二人の賑やかな会話を聞きながら、啓太はのんびりと街道の景色を眺めていた。
その時――
カタカタと音を立てて、フォレストピアとは逆の「北の方角」からやってくる一両の大きな豪華な馬車とすれ違った。
馬車の側面には、精巧な装飾で「王立都市」の紋章が刻まれている。
(王都の馬車……? こんな田舎の森の街に何の用だろう)
ふと、すれ違いざまに馬車の小窓の帳が少しだけ上がり、中に乗っていた人物と一瞬だけ目が合った。
豪華なシルクの衣装をまとった、どこか険しい表情の老紳士。
(……気のせいか? なんだか、嫌な胸騒ぎがするな)
前世で幾度となく「トラブルの予感」を察知してきた元店長としてのカンが、かすかに警鐘を鳴らしていた。
「ケイタさ〜ん? どうしたんですかぁ? 置いていっちゃいますよ〜!」
振り返ると、リーネとシルフィが手を振って笑っていた。
「あ、ああ! 今いくよ!」
啓太は首を振って思考を振り払うと、大好きな仲間たちの元へと走り寄った。
Eランク昇格後の初仕事をあっさりと大成功させた『クローバー』。
だが、この時三人はまだ知らなかった。
北の王都からやってきたその馬車が、彼らの平和な冒険者生活を一変させる「大きな事件」の始まりであることを――。




