第22話『旅立ちの準備』
シルキーホーンの討伐で手に入った金貨三枚。
二人にとっては破格の臨時収入であり、次の街を目指して旅立つための資金としては十分すぎる額だった。
翌朝、啓太とシルフィはさっそく街の市場や武具店を巡り、旅の準備に取りかかった。
「ケイタ! この上着、すごく軽くて丈夫そうだよ!」
防具店でシルフィが指さしたのは、しなやかな魔物の革で作られた軽量の革鎧だった。啓太が着ている初期装備の服よりも防御力が高く、動きやすさも抜群だ。
「いいな。長旅になるから、動きやすくて頑丈なのは助かる。シルフィの矢筒や弓のメンテナンス用品も新しく買っておこう」
金貨の威力を存分に発揮し、二人は丈夫な長靴や防湿・保温機能の付いたマント、大容量の頑丈なバックパック、そして数日分の乾燥肉やパンといった保存食を次々と買い揃えていった。
買い物を終える頃には、二人の身なりはすっかり「手慣れた冒険者」の装いとなっていた。
その日の夕方。
二人はお世話になった人々へ挨拶をするため、まず冒険者ギルドへと向かった。
夕暮れ時のギルドホールは相変わらず大勢の冒険者で賑わっている。受付カウンターへ足を運ぶと、マルグリットさんがいつもの丁寧な笑顔で出迎えてくれた。
「ケイタさん、シルフィさん。本日はどのようなご要件でしょうか?」
「マルグリットさん。実は……近いうちにこのラグナの街を出て、新しい街へ旅立つことにしました」
啓太が切り出すと、マルグリットさんは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに寂しさと温かみの混ざった微笑みを浮かべた。
「……そうですか。お二人が正式にパーティを組んでから、なんだかあっという間でしたね。ですが、冒険者が広い世界へ羽ばたいていくのは素晴らしいことです」
マルグリットさんは引き出しから二人のギルド証を取り出し、専用の魔導具へ通した。
「ギルドの登録情報は全拠点で共有されていますので、次の街のギルドでもそのまま『クローバー』として活動できますよ。……ケイタさん、シルフィさんをよろしくお願いしますね。シルフィさん、ケイタさんと一緒ならどこへ行っても大丈夫です」
「うん! ありがとう、マルグリットさん! お世話になりました!」
「お体に気をつけて、良い旅を」
温かい言葉と共に見送られ、二人はギルドを後にした。
そして最後に向かったのは、二人の拠点だった宿屋『木漏れ日亭』だ。
食堂の暖簾をくぐると、大鍋の前に立つマルタさんが二人を出迎えた。
「おや、二人とも揃ってどうしたんだい? 夕飯にはまだ少し早いよ」
「マルタさん、ちょっと話があって……」
啓太とシルフィが旅立つことを伝えると、マルタさんは手に持ったお玉をぴたりと止め、大きく溜め息をついた。
「ハァ……。急な話だねぇ。まあ、若い冒険者がひとつの場所に留まり続けるわけがないとは思ってたけどさ……やっぱり寂しくなるね」
マルタさんは腰に手を当て、どこか照れくさそうに顔を背けたが、すぐに二人に向き直ると腕を組んだ。
「ちょっと待ってな」
厨房の奥へ引っこんだマルタさんは、油紙で丁寧に包まれた大きな包みを二つ持って戻ってきた。包みからは、香ばしいパンと特製香草焼きのたまらない匂いが漂っている。
「これを持っていきな。移動中の特製お弁当だ。冷めても美味いように味付けしてあるからね」
「マルタさん……ありがとうございます!」
シルフィが嬉しそうに包みを受け取り、啓太も深く頭を下げた。
「本当に、最初から最後までお世話になりました。マルタさんの料理があったから、この街で元気にやってこられました」
「ふん、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。……いいかい、無理な無茶だけはするんじゃないよ。お腹が空いたらしっかり食べて、ちゃんと休むこと! 分かったね!」
「はい!」
豪快で温かい女将さんのエールを胸に、二人は自分たちの部屋へと戻り、旅立ちの夜を静かに過ごした。
翌朝。朝靄が立ち込めるラグナの街の正門。
新しい装備に身を包み、大きな荷物を背負った啓太とシルフィは、街の門前に立っていた。
振り返ると、短い間だったがたくさんの思い出が詰まったラグナの街並みが、朝日を浴びて白く輝いている。
「よし……行こうか、シルフィ」
「うん! 行こう、ケイタ!」
二人は顔を見合わせると、力強く頷き合った。
一歩、街道へ足を踏み出す。
『クローバー』の最初の旅立ち。目指すは、ここから数日の距離にある新しい街――。
見渡す限りの広大な世界と澄み渡る青空が、二人の行く手をどこまでも祝福するように広がっていた。




