第20話『二日目の夢』
休日二日目。
秋晴れの心地よい風が吹く午後、啓太とシルフィの二人は、ラグナの街の南側にある小高い丘の上にやってきていた。
眼下には赤や黄色の屋根が立ち並ぶラグナの街並みが広がり、その向こうにはどこまでも続く広大な大自然と青空が見渡せる。街の喧騒から離れたこの丘は、人通りも少なく静かで、ゆっくり話をするには格好の場所だった。
「わあ……! ここ、風が気持ちいいー!」
草原に腰を下ろしたシルフィが、膝を抱えながら満足そうに深呼吸をした。
昨日は休みの過ごし方に戸惑っていた彼女も、二日目となるとだいぶ肩の力が抜けたようで、穏やかな表情を見せている。
「景色の良い場所だな。教えてくれてありがとう、シルフィ」
啓太もその隣に腰を降ろし、草の匂いを含んだ秋風に髪を揺らせた。
手元には、来る途中の露店で買ってきたハーブティーと焼き菓子がある。一口口に含み、遠く広がる地平線を眺めながら、啓太は静かに口を開いた。
「……シルフィ。昨日、休みの過ごし方の話をしただろ?」
「うん。美味いものを食べてぼーっとするのも悪くないなって、ちょっと分かった気がするよ」
「はは、だろ? ……でさ、休みながら色々考えてたんだ。これからのこと……俺たちの『未来』のことについて」
「未来……?」
シルフィが不思議そうに首を傾げ、啓太の顔を覗き込んできた。
啓太は自分の手を見つめた。
神様から授かった【不老】の体。病にかかることも、年老いて衰えることもない肉体。自分には、人よりも遥かに長い時間が残されている。
「俺さ、いつか……すごく遠い未来の話なんだけど、自分の店を持ちたいんだ」
「ケイタの、お店……? 冒険者をやめて、お店屋さんになるの?」
「ううん、今すぐじゃないさ。それに『お店』と言っても、この世界にある普通のパン屋や道具屋とは少し違うんだ」
啓太は照れくさそうに苦笑しながら、前世で愛した「あの場所」に思いを馳せた。
「街の角にあってさ、夜になってもあたたかい明かりが灯っていて、いつでも誰でも立ち寄れる店。美味しいお弁当やおにぎり、温かい飲み物や日用品まで……『ここに来れば必要なものが全部揃う』っていう、誰もがホッとできる小さな店を作りたいんだ」
「へえぇ……! なんだか魔法みたいなお店だね! すごく素敵!」
シルフィは目を輝かせて聴き入っている。
「でもな、その店を作るためには、俺はまだまだこの世界のことを知らなさすぎるんだ。各地の食材や特産品、物価や文化、街ごとの暮らし……そういうのを何も知らないままじゃ、本当にみんなに喜んでもらえる店は作れない」
啓太はゆっくりと立ち上がり、地平線の向こう――この広い世界の先を指さした。
「だから俺は、ひとつの街にずっと留まるつもりはないんだ。数年、あるいは数十年かけてでも……この広い世界を自分の足で旅して回りたい。いろんな街に行って、いろんな景色を見て、たくさんの人と出会って、経験を積みたいんだよ」
そして啓太は振り向き、草原に座るシルフィに向かって優しく手を差し伸べた。
「シルフィ。もしよければ……俺と一緒に旅に出てくれないか?」
「え……っ」
シルフィが息を飲んだ。
「もちろん、ラグナの街を出るってことは、住み慣れたこの場所を離れるってことだ。急に決められることじゃない。でも……俺には、お前と一緒に世界中を見て回りたいんだ。二人で『クローバー』として、色んな場所を冒険しながらさ」
一瞬の静寂が丘の上に流れた。
秋風がサラサラと音を立てて草原を揺らしていく。
シルフィは差し出された啓太の手と、そのまっすぐな瞳をじっと見つめていた。
やがて、彼女の瞳からポロポロと大きな涙が溢れ出し、頬を伝って落ちていた。
「シルフィ……? あ、ごめん、無理にとは言わないし――」
「ううん……ううんっ! 違うの!」
シルフィは首を激しく横に振ると、差し出された啓太の手を、両手でギュッと強く握りしめた。
「嬉しいの……! あたしね、ずっとこの街から出たことがなくて……誰かと一緒に遠くへ行くなんて、考えたこともなかった……」
シルフィは涙を拭い、太陽のような眩しい笑顔を弾けさせた。
「行く! 行きたい! ケイタと一緒に、世界中を旅したい! ケイタの夢、あたしも応援する! 一緒に美味しいもの食べて、素敵な景色、いっぱい見ようね!」
「シルフィ……。ああ、ありがとう!」
ギュッと握り返した手の温もりが、互いの絆をより確かなものにしていく。
「それじゃあ……そろそろ、このラグナの街を出る準備を始めようか。次の街を目指してさ」
「うんっ! あたしたち『クローバー』の、最初の旅立ちだね!」
秋の空の下、二人は晴れやかな顔で頷き合い、未来へと続く風を全身に受けるのだった。




