第19話『初めての休日』
パーティ『クローバー』を結成し、週休二日制を導入してから初めての休日がやってきた。
朝、目を覚ました啓太は、普段ならすでに起きている時間だが、二度寝の誘惑に素直に従ってベッドの中でゴロゴロと過ごした。
(休みの日の朝に急いで起きなくていい……。これだけで天国だな)
前世のコンビニ店長時代は、休日であっても店舗からの電話(『バイトが出勤してこない』『レジの機械が故障した』など)で叩き起こされるのが常だった。携帯電話もアラームも鳴らない静かな朝は、啓太にとって何よりの贅沢だった。
ゆっくりとベッドから抜け出し、身支度を整えて一階の食堂へ下りると、厨房で仕込みをしていたマルタさんが不思議そうな顔で振り返った。
「あら、ケイタ。今日はえらいゆっくりだねぇ。シルフィちゃんはもう出かけたよ?」
「え、シルフィがもう出かけたんですか? 今日は『休日』だって伝えてあったはずなんですが……」
「さあねぇ。朝早くからソワソワした様子で出て行っちゃったよ」
「……あいつ、まさか」
啓太は苦笑しつつ、マルタさんから焼き立てのパンと温かいスープを受け取り、のんびりと遅い朝食を楽しんだ。
一方その頃。
朝の光が眩しい冒険者ギルドのホールに、ポツンと佇む少女の姿があった。
「……うーん」
シルフィは腕を組み、掲示板の前で唸っていた。
昨日、ケイタから「今日は完全休業の日!」と言われた時は元気よく「はーい!」と返事をしたものの、いざ朝起きてみると、何をすればいいのかさっぱり分からなかったのだ。
これまでは「朝起きたらギルドに行って依頼を受け、一日中働き、夜は宿で寝る」という生活をずっと続けてきた。一人で街をぶらつくと言っても、買い出し以外に思いつく過ごし方がない。
結局、無意識のうちに足がいつものギルドへと向かってしまっていたのだった。
「おや、シルフィさん。おはようございます」
受付カウンターの奥から、マルグリットさんが不思議そうに声をかけてきた。
「今日はケイタさんとご一緒ではないのですか? 依頼の受付でしたら、本日はまだ『クローバー』の登録はありませんが……」
「あ、ううん! マルグリットさん! 依頼を受けに来たんじゃなくて……えっと……」
シルフィは気まずそうにおでこを掻いた。
「ケイタに『今日は休日だから仕事を休んで遊ぼう』って言われたんだけど……何をして遊べばいいのか分からなくて、気づいたらここに来ちゃってて……」
それを聞いたマルグリットさんは、一瞬呆気に取られたあと、クスクスと上品に笑い出した。
「ふふっ、なるほど。今までずっと働き詰めだったシルフィさんらしいお悩みですね。ケイタさんは本当に、シルフィさんのことをよく考えていらっしゃる」
「えっ、ケイタが?」
「ええ。冒険者は無理をしがちですから、こうして強制的に休ませてくれるパートナーはとても貴重ですよ。せっかくの休日なのですから、掲示板は見ずに、美味しいものでも食べに行ってはいかがですか?」
「うぅ……そう言われても、一人じゃ何していいか分からないよぉ……」
シルフィは困り顔で、トボトボとギルドを後にするのだった。
その頃、啓太はラグナの街の市場をのんびりと散策していた。
仕事の買い出しではなく、完全に「客」としての街歩きだ。
大通り沿いには香ばしい匂いを漂わせる露店がいくつも立ち並んでいる。
「いらっしゃい! 焼き立ての香草ポークソーセージだよ!」
「お、一本くれ」
銅貨を払い、木の串に刺さった太いソーセージを受け取る。
パリッとした皮を噛み破ると、ジューシーな肉汁とハーブの香りが口いっぱいに広がった。
「うむ、美味い。冷たい果汁ジュースと一緒に食べると最高だな」
ソーセージをかじりながら、露店の雑貨屋を冷やかしたり、本屋の棚を覗いたりする。
前世では決まった棚に決まった商品を並べる「管理する側」だったが、こうして異世界の雑多で自由な市場をブラブラ歩くのは純粋に楽しかった。
(いつか……本当にずっと先の未来に店を開くとしたら、こういうワクワクする品揃えにしたいな)
そんなことをぼんやり考えながら川沿いの小路を歩いていると、小さな橋の欄干に肘をつき、黄昏れているシルフィの姿が目に入った。
「……シルフィ?」
「ひゃいっ!?」
突然声をかけられ、シルフィが肩を跳ねさせて振り返った。
「ケ、ケイタ!? な、なんでここに……!?」
「なんでって、散歩だよ。シルフィこそ、朝早くから出かけたってマルタさんから聞いたけど……何してたんだ?」
啓太が尋ねると、シルフィは気まずそうに視線を泳がせ、モジモジと足元をつま先で突っついた。
「えっと……その……休みの日に何をすればいいのか分からなくて……気づいたらギルドに行っちゃってて……マルグリットさんにあきれられちゃった……」
「はははっ!」
啓太は思わず声を上げて笑ってしまった。
「笑わないでよー! だって、今まで休みなんて取ったことなかったんだもん!」
「ごめんごめん。いや、真面目なシルフィらしいなと思ってさ」
啓太は笑いを収めると、ポケットから銅貨を取り出し、すぐ近くの露店で甘い蜜のかかった焼き果物を二つ買い求めた。
「ほら、食ってみな。美味いぞ」
「あ……ありがとう……」
シルフィは受け取った焼き果物を小さく一口かじった。温かい果汁と蜂蜜の甘みが口の中に広がり、顔がほろりとほころぶ。
「美味しい……」
「だろ? 休日の過ごし方なんて、大層なものじゃなくていいんだよ。こうやって美味いものを食べて、ぼーっと川を眺める。それだけで十分『いい休み』さ」
啓太は欄干に背中を預け、流れる川面を眺めた。
「最初は戸惑うかもしれないけど、少しずつ『休みの楽しみ』も見つけていこうな」
「……うん! ケイタ、今度は休みの日の過ごし方、あたしに教えてね!」
「お安い御用だ」
秋風が心地よく吹き抜ける橋の上で、二人は並んで甘い果物を味わうのだった。




