第18話『農家の感謝』
三羽のホーンラビットの血抜きを終え、啓太とシルフィは低木林を抜けてヘンリーさんの農家へと戻っていった。
畑の脇では、麦わら帽子をかぶった年配の農夫ヘンリーさんが、心配そうな面持ちで遠くを眺めていた。啓太たちが歩み寄ってくるのに気づくと、慌てて手にしたクワを置いて駆け寄ってくる。
「冒険者さん! どうだったかい? 怪我はなかったか?」
「大丈夫ですよ、ヘンリーさん。畑を荒らしていたホーンラビット三羽、無事にすべて駆除しました」
啓太が肩掛けバッグから血抜き済みのホーンラビットを見せると、ヘンリーさんは一瞬目を見開き、それから心底安堵したように顔のシワを深めて破顔した。
「おお……っ! たった二人で、そんなに早く三羽もかい! あいつら素早くて賢いから、うちの野菜が全滅するんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだよ。本当にありがとう!」
「いえ、無事に終わって良かったです。これで安心して収穫できますね」
「ああ、本当に助かったよ! ええと、ギルドからの報酬とは別に、これを持って行ってくれ!」
ヘンリーさんは納屋の脇に置かれていた木箱から、大きくて瑞々しいカブのような根菜と、ツヤツヤとした深緑色の葉野菜をたっぷりと抱えて持ってきた。
「うちの畑で採れたばかりの野菜だ。無農薬で甘くて美味しいよ。煮込みにでも使っておくれ!」
「えっ、こんなにいただいていいんですか?」
「いいともいいとも! 命の恩人ならぬ、野菜の恩人なんだからね!」
手渡された採れたての野菜からは、瑞々しい土の匂いとほのかな甘い香りが漂っていた。
「ありがとうございます、ヘンリーさん! 美味しくいただきますね!」
シルフィが嬉しそうに深々と頭を下げると、ヘンリーさんは「また何かあったらよろしく頼むよ!」と笑顔で二人を見送ってくれた。
午後の柔らかい日差しを浴びながら、二人は農村地帯の土道をのんびりと歩いて街へと向かった。
「ヘンリーさん、すごく喜んでくれたねケイタ!」
「ああ。前世……じゃなくて以前の場所でもそうだったけど、自分のした仕事に対して直接『ありがとう』って言ってもらえるのは、やっぱり一番励みになるな」
啓太は腕に抱えた野菜の重みを感じながら微笑んだ。
コンビニの店長時代、本部の売り上げ目標や接客マニュアルをこなす毎日だった。もちろん客からの感謝の言葉もあったが、こうして依頼人と直接顔を合わせ、自分の行動が誰かの生活を救った実感がダイレクトに返ってくる体験は、冒険者ならではの魅力だと感じる。
「このお肉と野菜、マルタさんのところに持っていこうよ! きっと美味しい料理にしてくれるよ!」
「そうだな。お礼の野菜もあるし、今夜は一段と豪華な夕食になりそうだ」
街へ戻り、まずはギルドで討伐の完了報告を済ませた。
証明部位である角を提示し、規定の報酬を受け取った二人は、足早にいつもの『木漏れ日亭』の暖簾をくぐった。
まだ夕食には少し早い時間だったが、厨房の奥では女将のマルタさんが大鍋の仕込みを始めていた。
「おや、二人ともお帰り! 初めての討伐はどうだったい?」
「マルタさん! 見てみて、大成功だよ! それに農家のヘンリーさんから採れたての野菜ももらっちゃった!」
シルフィが誇らしげに採れたての根菜と葉野菜を見せ、啓太が解体済みの新鮮なホーンラビットの肉を差し出した。
「ほう……! こいつは素晴らしい根菜だねぇ、甘みがあって身が詰まってる。ホーンラビットの肉も、下処理が完璧で血が綺麗に抜けてるじゃないか。誰が血抜きをしたんだい?」
「ケイタとあたしでやったの! ケイタ、ナイフの使い方がすっごく上手なんだよ!」
「へえ、ケイタかい。新人のくせに良い手際じゃないか」
マルタさんは感心したように肉の断面を眺めると、ニッコリと豪快に笑った。
「よし! この新鮮なお肉と美味しい野菜、あたしが最高の料理に仕立ててあげるよ! 今日の夕食を楽しみにしておいで!」
「ありがとうございます、マルタさん!」
その日の夜。『木漏れ日亭』の食堂には香ばしい肉の焦げる匂いと、甘く濃厚なスープの香りが満ちていた。
テーブルに運ばれてきたのは、持ち込んだホーンラビットの肉とヘンリーさんの野菜がたっぷり入った『特製クリーム煮込み』と、肉の表面を香ばしく炙った『ガーリックソテー』だった。
「わあぁ……っ! すごく美味しそう……!」
シルフィが目を輝かせ、木製スプーンを握りしめる。
「それじゃあ、今日も無事に帰ってこられたことに……乾杯!」
「乾杯!」
木製ジョッキを合わせ、冷えたエールを喉に流し込む。
そして、湯気立つスープの中からホーンラビットの肉と根菜をすくって口へ運んだ。
「……うまっ!」
思わず声が出るほどの美味しさだった。
クセのないホーンラビットの肉は柔らかく、噛むほどに旨味が溢れ出す。ヘンリーさんの根菜は煮込まれてトロトロになっており、スープの濃密な味わいの中に瑞々しい甘みを添えていた。
「ホーンラビットって、こんなに美味しかったんだ……! 前に一人で食べた時と全然違う!」
シルフィも頬を落としそうな表情でスープを味わっている。
「良い素材と、マルタさんの腕、そしてみんなで食べる楽しさのおかげだな」
啓太はエールを口に含みながら、あたたかい食堂の雰囲気を全身で楽しんだ。
自分たちの足で歩き、手を動かして勝ち取った成果。
それが巡り巡って、目の前の美味しい食事となり、大切な仲間の笑顔に繋がっている。
(焦る必要なんてどこにもないな。こうやって一日一日を丁寧に生きていくこと……それ自体が、この異世界での一番の贅沢だ)
【不老】の体に感謝しながら、啓太は残りのソテーをナイフで切り分け、美味しい夕食の時間を心ゆくまで噛み締めるのだった。




