第15話『初めての報酬と、夕暮れの贅沢』
陽が少しずつ傾き始め、草原全体が柔らかな黄金色に包まれていく頃、啓太とシルフィは無事にラグナの東門をくぐり抜けた。
肩掛けバッグの中に収められた(そして秘密裏に【アイテムボックス】に保管された)月見草は、どれも根を傷つけることなく完璧な状態で採取されている。
「ふう……怪我もなく無事に帰って来られたな」
「あはは、街の近郊の採取依頼だからね! でもケイタの掘り起こし方、本当にプロみたいだったよ。あれなら絶対満額査定がもらえると思う!」
シルフィは自分のことのように満足げに鼻を鳴らし、弾むような足取りでギルドへと向かう。
夕方の冒険者ギルドは、一日の仕事を終えて報酬を受け取りにきた冒険者たちでごった返していた。鎧を鳴らす武骨な男たちや、疲れた表情で酒場の席に腰を下ろす者たちの熱気とざわめきが立ち込めている。
啓太たちは列に並び、順番が巡ってくると受付のマルグリットさんの前へ進み出た。
「お疲れ様です、ケイタさん、シルフィさん。月見草の採取依頼ですね」
「はい、これをお願いします」
啓太が肩掛けバッグから丁寧に取り出した月見草の束をカウンターに並べると、マルグリットさんはメガネの奥の目を丸くした。
「……おや。根の損傷が一切ありませんね。薬草の鮮度も極めて良好です。Fランクの新人さんが初回でここまで綺麗な状態のものを持ち込んでくるのは珍しいですよ」
「へへー、でしょ! ケイタの手際がすごく良かったんだよ!」
横から誇らしげに胸を張るシルフィを見て、マルグリットさんはクスリと微笑んだ。
「素晴らしい手際です。規定の提出数も満たしていますし、状態が極上ですので特別手当を上乗せさせていただきますね。――はい、こちら報酬の大銅貨七枚になります」
ジャラリ、と木製のカウンターに置かれたのは、ズッシリとした重みのある大きめの銅貨が七枚。本来の報酬は大銅貨五枚だったため、二枚も上乗せされた計算だ。
「ありがとうございます」
銅貨を手にとると、金属の冷たい質感と重みが掌に伝わってくる。
(前世でもらった最初の初任給とも、神様から受け取った金貨の山とも違う……。自分の手と汗で稼いだ、正真正銘の『冒険者としての初めての収入』か)
不思議な達成感と満足感が胸の奥からこみ上げてきた。金額の多寡ではない。この異世界で、自分の足で立ち、生きているという実感がそこにあった。
「ケイタ、すごーい! 大銅貨七枚なんて、新人にしては超優秀なスタートだよ!」
「シルフィがコツを教えてくれたおかげだよ。はい、これシルフィの分」
啓太が大銅貨を三枚差し出すと、シルフィは慌てて両手を振った。
「えっ、ダメだよ! あたしは案内しただけだし、採取したのは全部ケイタなんだから!」
「案内と指導のサポート料さ。これがないと、根っこを千切って査定を下げてたかもしれない。それに、仲間と分かち合うから美味いんだろ?」
「仲間……」
その言葉に一瞬目を丸くしたシルフィは、照れくさそうにえへへと微笑むと、素直に大銅貨三枚を受け取った。
「そっか……うん! ありがと、ケイタ!」
ギルドを出ると、街はすっかり夕闇に包まれ、各店舗の軒先に吊るされた魔導具の街灯がぽつぽつとあたたかい灯りを点し始めていた。
ふたりはいつもの『木漏れ日亭』へと戻り、食堂の奥の席に腰を下ろした。
「お帰り、ふたりとも! 冒険者としての初仕事はどうだったかい?」
女将のマルタさんが、威勢の良い声で出迎えてくれる。
「大成功ですよ! ケイタの採取した月見草、満額以上の査定をもらっちゃいました!」
「ほう、そいつはめでたいねぇ! じゃあ今夜は、初報酬のお祝いと行こうかね」
啓太はポケットから大銅貨を取り出し、手際よく注文を済ませた。
「マルタさん、特製のエールをふたつと、オススメの肉料理を豪華にお願いします。今日の稼ぎから払わせてください」
「あいよ! 奮発して美味いのを作るから、楽しみに待っておいで!」
しばらくすると、テーブルの上に湯気と香ばしい匂いを立てる料理が運び込まれてきた。
今夜のメインは、赤ワインに似た木の実の酒でじっくり煮込まれたボア肉のシチューと、ハーブを効かせて香ばしく焼き上げられた鳥肉のソテー。そして、冷やし魔導具でしっかり冷やされた黄金色のエールが二つの木製ジョッキになみなみと注がれていた。
「それじゃあ……ケイタの初仕事成功と、無事のお帰りをお祝いして!」
「乾杯!」
カチン、と木製ジョッキが重厚な音を奏でる。
グッと喉を鳴らして飲み干すエールは、昨日のものよりも一段と五臓六腑に染み渡るように美味かった。身体を動かし、自分の手で稼いだ後に飲むお酒の味は格別だ。
「〜〜〜〜っ! 美味い……! 今日のはまた一段と腹に染みるな」
「ふふ、自分で稼いだお金で飲むお酒は特別でしょ? ソテーも食べてみなよ、すっごく柔らかいから!」
シルフィに勧められ、香ばしく焼けた鳥肉をナイフで切り分けて口に運ぶ。
パリッとした皮の食感の後に、ジューシーな肉汁とハーブの爽やかな香りが広がった。パンにシチューの濃厚なソースをつけて食べれば、至福の味が口いっぱいに満ちていく。
(前世の深夜残業中、冷めたコンビニ弁当を10分で流し込んでいたあの頃には、絶対に味わえなかった豊かな時間だ……)
「ケイタ、これからどんな依頼を受けていきたい?」
肉を嬉しそうに頬張りながら尋ねてくるシルフィに、啓太はエールのジョッキを傾けながら微笑んだ。
「そうだな……焦らず、今日みたいに街の周辺でできる依頼を少しずつこなしていきたいな。素材の採取とか、簡単な魔物退治とかさ。色んな場所に行って、色んなものを見てみたい」
「うん! あたしもケイタと一緒ならどこまでも付き合うよ!」
無邪気に笑うシルフィの横顔を見ながら、啓太は静かな充実感を噛み締めていた。
何かに追われることもなく、誰かにノルマを課されることもない。
【不老】の体と、ゆっくり流れる異世界の時間。
地道でささやかな冒険者生活の第一歩は、こうして美味い酒と料理、そしてかけがえのない仲間の笑顔と共に、最高形で幕を開けたのだった。




