第14話『初めての依頼』
翌朝。すっかり体に馴染んだ二〇一号室のベッドで啓太は目を覚ました。
窓から差し込む朝日に照らされ、手に入れたばかりの濃紺のシャツと頑丈なズボンに着替える。昨日の奇抜な作業着とは違い、鏡に映る自分の姿はすっかりこの世界の住民として板についていた。
(よし……今日から本格的に冒険者としての活動を始めてみるか)
一階へ下りると、すでに朝の仕込みを進めていたマルタさんが「おはよう、ケイタかい」と笑顔で出迎えてくれた。香ばしいスープと焼き立てパンの朝食をしっかりと腹に収め、食堂で合流したシルフィと共に、朝の爽やかな空気を吸いながら冒険者ギルドへと向かう。
午前中の冒険者ギルドは、一日の依頼を探す冒険者たちで熱気に満ちていた。
大きな掲示板の前には武骨な男たちが群がっており、酒場スペースでは朝からエールをあおるベテランの姿もある。
「うーんと……ケイタはまだ登録したばかりの『Fランク』だから、受けられるのは街の近郊での採取か雑用系だね」
シルフィが爪先立ちになりながら、掲示板の低い位置に貼られた依頼札を細い指で探す。
「あんまり危険な魔物と戦うのは最初だし避けたいな。街の地理や野外での動き方に慣れるのが最優先だ」
「そうだね! じゃあ……あ、これなんてどう? 『街の東の草原での、月見草の採取』! 報酬は大銅貨五枚! 危険な魔物も出ないし、薬草の形さえ覚えれば簡単だよ!」
シルフィが差し出してきた羊皮紙の依頼札を、啓太は受け取って眺めた。
(月見草の採取か……。派手な魔物退治じゃないが、異世界の植物や生態系を知るにはうってつけだな。無理のないペースで始めるにはちょうどいい)
「よし、それにしよう。シルフィ、付き合ってくれるか?」
「もちろん! 先輩冒険者として、バッチリ案内してあげるからね!」
受領の手続きを受付のマルグリットさんで済ませ、ふたりは東の城門をくぐって街の外へと踏み出した。
ラグナの城門を抜けると、目の前にはどこまでも続く青々とした大草原が広がっていた。
爽やかな風が吹き抜け、草波がサラサラと音を立てて揺れている。空はどこまでも高く、見渡す限りの大自然に、啓太は思わず深呼吸をした。
(前世じゃ、コンビニの店舗と本部の往復で、空を見上げる余裕すら無かったもんな……)
排気ガスの匂いも、ビル群の圧迫感もない。ただ広い世界と、どこまでも青い空。
【不老】の体を手に入れた自分が、今まさにこの広大な異世界で生きているのだという実感が、じわじわと胸の奥から湧き上がってくる。
「ケイタ―! こっちだよー!」
少し先を歩いていたシルフィが、振り返って手を振った。
軽快な足取りで草原を進む彼女の後を追いながら、啓太は歩幅を合わせる。
「月見草ってのは、どんな形をしてるんだ?」
「えっとね、葉っぱがギザギザしてて、根元近くに小さな青い模様がある草なんだ。日陰になるような大きな岩の根元とか、木の陰によく群生してるんだよ」
シルフィは腰をかがめ、草むらを丁寧に手でかき分けながら教えてくれた。
さすがはソロで生計を立ててきた狩人だ。目ざとく草木の特徴を捉え、無駄のない動きで探索を進めていく。
「あ、あった! ほら、ケイタこれ!」
シルフィが指さした大きな木かげの根元には、可憐な青い筋が入った独特な形の草が幾つも生えていた。
「これが月見草か……。意外と見つけにくいな」
「根っこを傷つけないように、ナイフで土ごと優しく掘り起こすのがコツなんだよ。そうしないと薬効が落ちて、ギルドの査定が下がっちゃうからね」
「なるほど、丁寧な作業が必要なんだな」
啓太は買い揃えたばかりの万能ナイフを腰から抜き、シルフィのお手本を見ながらそっと土に刃を差し入れた。
前世のコンビニ時代、商品の検品や陳列、品出しの作業は手際と丁寧さが命だった。元店長らしい手先の器用さと集中力を発揮し、根を傷つけずに手際よく月見草を掘り起こしていく。
「うわ……ケイタ、めちゃくちゃ手際が良いね!? 初めてなのに根っこが全然傷ついてない!」
「はは、こういうコツコツした細作業は昔から得意なんだよ」
掘り起こした月見草を、肩掛けバッグへ丁寧に収めていく。
(実際は【アイテムボックス】に入れれば鮮度も落ちないが、今はシルフィの手前、バッグに入れるフリをしてそっと収納しておこう)
日差しが気持ちよく草原を照らす中、ふたりは他愛のないおしゃべりを交わしながら、じっくりと採取作業を続けた。
敵に襲われるでもなく、何かに追われるでもない。
草の匂いを感じ、汗をぬぐいながら、ただ一歩ずつ冒険者としての日常を重ねていく。
「よし、指定の株数はこれで十分だな」
「うん! これなら上のランクの査定がもらえるよ! ケイタ、お疲れ様!」
「ありがとう、シルフィのおかげだ。……ちょっと喉が渇いたな、木陰で少し休んでから街に戻ろうか」
「はーい!」
大きな木の下で風に吹かれながら、ふたりは水筒の水を口に含んだ。
地道で素朴な初依頼。だが、啓太にとってはこれ以上ない爽やかで心地よい冒険者デビューとなったのだった。




