第12話『果汁ジュースと、彼女がソロでいる理由』
市場の中央にある小さな広場には、大きなポプラの木が木陰を作っており、買い物客や商人たちが羽を休める憩いの場となっていた。
啓太とシルフィは、広場の隅にある露店で買い求めた冷たい果汁ジュースを受け取り、木陰に置かれた木製のベンチに腰を下ろした。果汁ジュースは柑橘類に似た甘酸っぱい風味で、氷の魔導具で冷やされているのか、火照った身体に心地よく染み渡っていく。
「ふはーっ! やっぱり暑い日の果汁ジュースは体に効くねぇ!」
シルフィは木製のカップを両手で持ち、満足そうに喉を鳴らした。おでこに浮いた汗を袖で拭う仕草は、どこか幼さを残している。
「本当だな。冷たくて美味いよ。……あ、そういえば買い出しの代金、シルフィの分も払うつもりだったのに断られちゃったな」
「当たり前でしょ! 靴紐とジュースくらい自分のお金で買えるもん。ケイタには昨日、美味しいエールをご馳走になっちゃったしね」
えへへ、といたずらっぽく笑うシルフィ。
啓太はその笑顔を見つめながら、果汁ジュースを一口口に含み、胸の中で温めていた問いを投げかけるタイミングを推し量った。
急かすような聞き方はしたくない。だが、これからこの世界で生きていく上で、パートナーとも言える彼女のことをもっと知っておきたいという思いもあった。
「……なぁ、シルフィ。ちょっと気になったんだけど、聞いていいか?」
「ん? なに? あたしの好きな食べ物なら、マルタさんのボア肉ステーキだけど!」
「いや、それも気になるところだけどさ」
啓太は苦笑しつつ、ジュースの入った木製カップに視線を落としながら、静かなトーンで切り出した。
「シルフィって、いつも一人で活動してるだろ? ギルドでも宿でもそうだったし、昨日俺と出会った森でもソロで狩りをしてた。冒険者ギルドを見た感じ、大体の人はパーティを組んでるみたいだったから……なんでかなって思ってさ」
尋ねた瞬間、シルフィの明るかった表情が、ほんの少しだけ陰った。
嫌なことを思い出させてしまっただろうか、と啓太がフォローを入れようとした矢先、シルフィは自嘲気味な笑みを浮かべて肩をすくめた。
「あはは……やっぱり気になっちゃった? うーん、別に隠すような大層な理由じゃないんだけどね」
シルフィは木製カップを両手で包み直すと、視線を遠くの露店を行き交う人々へと向けた。
「一言で言うなら……あたしが『使い勝手が悪い冒険者』だからだよ」
「使い勝手が悪い……?」
「そう。あたしのメインの武器、見ての通り短弓でしょ? 前衛で剣を振り回して敵の攻撃を受け止めるような頑丈さはないし、かと言って魔導師みたいに派手な攻撃魔法で一網打尽にできるわけでもない。スカウトとしても、まだ罠解除とか解錠のスキルは見習いレベルだしね」
シルフィは自分の腰に下がった小ぶりな弓と、矢筒を指で突っついた。
「駆け出しのパーティが欲しがるのってさ、やっぱり即戦力の頑丈な剣士か、強力な魔法が使える魔導師なんだよ。あたしみたいな『器用貧乏な狩人』って、パーティの枠を一人分使うにはちょっと中途半端なんだよね」
「……なるほど」
「昔、一回だけ同世代の駆け出しパーティに混ぜてもらったことがあるんだけどね……」
シルフィは寂しげに目を細めた。
「前衛の男の子に『もっと威力の高い弓を使えよ』とか『足手まとい』って言われちゃってさ。あたしの筋力じゃ長弓は引けないし、無理に前に出たら怪我しちゃう。お互いにギクシャクしちゃって、結局すぐ抜けちゃったんだ。それからは、一人で手の届く範囲の依頼……薬草採取とか、ホーンラビットみたいな小型の魔物狩りをこつこつやってる感じかな」
語り終えたシルフィは、「なーんてね! 暗い話になっちゃってごめん!」と努めて明るく振る舞い、ジュースをグッと飲み干した。
啓太は黙ってシルフィの話を聞いていた。
前世でコンビニ店長として、様々なスタッフを雇用し、育成してきた経験が頭を駆け巡る。
(使い勝手が悪い……か。典型的なミスマッチだな)
啓太は店長時代、何人ものアルバイトを見てきた。
レジ打ちが異常に早い者、品出しや棚卸しの精度が高い者、接客の笑顔が抜群に良い者、逆に作業は遅いがクレーム処理が上手い者。完璧な人間など一人もいなかった。
大切なのは「欠点を責めること」ではなく、「その人間の強みが生きる配置を与えること」だ。
シルフィの身のこなしを、啓太は昨日身をもって知っている。
森の中での目ざとさ、獲物の足跡を見つけ出す観察眼、解体の手際の良さ、そして何より街の案内やコミュニケーション能力の高さ。これらはパーティにおいて、決して「中途半端」などという言葉で片付けていいものではない。
「シルフィ」
「ん? なに、ケイタ?」
啓太は真っ直ぐにシルフィの目を見つめた。
「俺から見たら、シルフィはめちゃくちゃ優秀な冒険者に見えるけどな」
「えっ……? た、たとえお世辞でも、そんなこと言われたの初めてかも……」
「お世辞じゃないよ。昨日だって、森の中で俺の異変に真っ先に気づいて声をかけてくれたろ? あの観察眼と警戒心の強さは、ソロで生き残ってきたからこそ身についた本物のスキルだ」
啓太は言葉を区切り、自分の木製カップに残ったジュースを飲み干した。
「それに、解体の手際も鮮やかだったし、街の知識も豊富だ。前衛とか後衛とかいう型にはまった考え方しかできない奴らには、シルフィの価値が分からなかっただけさ。俺なら、シルフィみたいな仲間がいたら一番心強いけどな」
「〜〜〜〜っ!」
シルフィの顔が、みるみるうちに林檎のように真っ赤になっていく。
耳の先端まで赤く染め上げた彼女は、慌てて視線を泳がせ、手に持った空のカップで顔を隠すように伏せた。
「な、なに言ってるのケイタ急に……っ! ばか! 恥ずかしいじゃないか……っ!」
「はは、事実を言っただけだよ。元・店長の目は誤魔化せないからな」
「もー……! 店長って何のことか知らないけど、ケイタってたまにすごく恥ずかしいことサラッと言うよね!?」
抗議するようにポカポカと啓太の腕を叩いてくるシルフィだったが、その口元は嬉しそうに緩んでいた。
一人で背負い込んできた少女の頑なな心が、少しだけ解きほぐされたような、そんな温かい空気がふたりの間に流れていた。
(自分だけの力で生きていくのは立派だが、一人で抱え込みすぎるのは良くない。……さて、俺自身もこれからどう動くか考えないとな)
啓太は胸中で呟きながら、木漏れ日が揺れるポプラの木を見上げた。
【不老】の体と金貨100枚。そして、この街で出会った信頼できる案内人。
急ぎすぎる必要はない。一歩ずつ、丁寧にこの異世界での「自分の居場所」を作っていけばいいのだと、啓太は改めて実感していた。
「よし、シルフィ。ジュースも飲み終わったし、次はどこへ行こうか?」
…うん! じゃあ次は、あたしのオススメのパン屋さんに行こ! 蜂蜜と干しぶどうが入った焼き立ての丸パンが絶品なんだから!」
顔の赤みがようやく引いたシルフィが、いつもの眩しい笑顔を取り戻して立ち上がった。
ふたりは再び、活気あふれる市場の喧騒の中へと歩き出していくのだった。




