第10話『新しい服と、街の空気』
翌朝、窓から差し込む明るい日差しと、食堂から漂ってくる香ばしいスープの匂いで啓太は目を覚ました。
ふかふかのベッドから体を起こし、軽く背伸びをする。前世の社畜時代には味わえなかった、泥のように深い睡眠と爽快な目覚めだ。
(やっぱり、ちゃんと眠れるって最高だな……)
階下の食堂へ下りると、すでにシルフィがパンとスープの朝食を平らげているところだった。啓太もマルタさんが淹れてくれた温かい麦茶のようなハーブティーと焼きたてパンの朝食をいただき、腹ごしらえを済ませる。
「よし! じゃあケイタ、服屋さんにレッツゴー!」
「おう、よろしく頼むよ」
朝の澄んだ空気の中、『木漏れ日亭』を出て大通りへと向かう。
昼前ということもあり、市場の立つ大通りは野菜や魚介、雑貨を売る露店が立ち並び、威勢の良い掛け声で行き交う人々で溢れていた。
「へえ……朝の市場はまた一段と活気があるな」
「でしょ? ラグナの市場は近隣の村からもモノが集まるから、いっつも賑やかちなんだよ。……あ、目的地はあそこ!」
シルフィが指さしたのは、大通りから一歩入った場所にある落ち着いた雰囲気の店だった。軒先には頑丈そうな布地や革の衣類が吊るされている。
「いらっしゃい。おや、シルフィちゃんに……珍しい格好のお客さんだね」
店内に足を踏み入れると、カウンターの奥から眼鏡をかけた初老の男性店主が出迎えてくれた。やはり啓太の着ている緑と白の奇抜な作業着に目が留まったようだ。
「こんにちは、ダンさん! この人、ケイタっていうんだけど、街に来たばかりで普通の服が欲しいんだって!」
「なるほどね。確かにその服じゃあ、街中で浮いてしまって目立つだろうからねぇ。どんな服をお探しで?」
啓太は自分の着ている服を見下ろしつつ、希望を口にした。
「あまり目立たず、この街の日常に溶け込めるような丈夫な普段着が欲しいんです。動きやすくて、脱ぎ着がしやすいものが理想ですね」
「ふむ……それなら、地元の職人が仕立てた麻と綿の混紡シャツに、頑丈な革補強のパンツはどうだい? 冒険者や行商人がよく買っていく定番品だが」
店主のダンさんが奥から出してきたのは、深みのある濃紺の長袖シャツと、ダークブラウンのしっかりとした生地のズボン、それに革製のベルトだった。
「触ってみてもいいですか?」
「ああ、もちろんだよ」
啓太は手にとって、生地の質感や縫い目を確かめた。
前世で衣服の販売経験はなかったものの、コンビニ店長として検品や品質管理を徹底していた習性が出た。縫製は実に丁寧で、ほつれもなく、かなり頑丈に作られている。
(派手さはないけど、実用性重視で手入れもしやすそうだ。色合いも落ち着いていて良いな)
「すごく良い生地ですね。縫製も丁寧だ。これ、試着させてもらってもいいですか?」
「おや……若いのに、服の仕立てを見る目があるねぇ」
丁寧な態度と真剣な観察眼に、店主のダンさんは嬉しそうに目を細めた。試着室代わりのカーテンの奥で着替えてみると、サイズもあつらえたようにぴったりだった。
「どうかな、シルフィ?」
試着室から出てくると、待っていたシルフィが目を丸くした。
「おおーっ! すっごく似合ってるよケイタ! なんか、一気にこの街の人っぽくなった!」
「本当か? 自分でもしっくりきてるよ」
「ふふ、やっぱり正解だったね。その紺色は街の景観にも馴染むし、汚れも目立たないよ」
店主のダンさんも満足そうに頷く。
「ちなみに、このシャツとズボン、ベルトのセットでおいくらですか?」
「そうだねぇ、お兄さんが服の価値を分かってくれたから、勉強して銀貨二枚と大銅貨五枚でどうだい?」
(銀貨二枚と大銅貨五枚……今の手持ちなら全く問題ないな。このクオリティなら十分納得の価格だ)
「ありがとうございます! それでお願いします。あ、洗い替え用にもう一セット色違いでいただけますか?」
「毎度あり! 気持ちの良い買い方をしてくれるねぇ」
啓太はお金を支払い、着ていた緑と白の作業着を丁寧に畳むと、店主の目を盗んでそっと【アイテムボックス】へと仕舞い込んだ。
店を出ると、風が素肌を心地よく撫でる。
この世界の服を身に纏ったことで、啓太は自分がついに「異世界の一員」として第一歩を踏み出したような、不思議な充足感を覚えるのだった。




