第5話 真実の善とは
「ルアン、だいぶ慣れてきた?」
「決して慣れてはないが適応はしてきたようだ…」
そう言いながらルアンは朝食の準備をしていた。
まだ、子どもたちを起こす前で、食堂は2人きりだった。
ステラがルアンに話しかけた。
「貴方の暮らしてた月の国ってどんな国なの?」
「そりゃぁ、こんな地上なんかよりも数億倍美しい国さ。」
「へぇ」
「黄金や宝石だって溢れるほどあるし。」
「そうなのね」
「まぁ、俺が力を取り戻したら連れてってやるよ。」
「それは楽しみだわ」
「まぁ、一応俺は王子だから国賓待遇してやろう。
お前もきっと帰りたくないってなるぞ。」
「そうね……」
「なんだ、あんまり乗る気じゃないな?」
「行ってみたいけど、
私は子どもたちといるのが好きだし、
この地上の世界も大好きだから、例え月の国に行っても
多分帰りたくなるだろうなって思って…」
ステラのその時の瞳のブルーは迷いなく透き通っていた。
「どうだか…」
ルアンはあまり乗る気じゃないステラに少し不服そうだった。
この孤児院では、14歳までの子どもを
見ることになっている。
13歳からは働き先を見つけ出し、
卒業するまでの1年間は孤児院で生活しながら
働きに通うことになっている。
オリバーはまさにその最後の1年を過ごしていた。
彼は近くの農場で働きに出ている。
ここは伯父が最近見つけてきた就職先である。
「オリバー、お疲れ様。どう?職場の方は?」
「ス、ステラ先生。お疲れ様です。」
「?」
「仕事の方もじゅ、順調ですっ。」
「そう!なら良かった!引き続き頑張ってね。
もうすぐ夕食よ。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言うと、オリバーは腕を服で多い被した。
そして夕食の時間になった。
「オリバーの職場はどんなところなの?」
「旦那さんも奥さんもとてもいい人で助かってるよ。」
「そりゃ良かった。」
オリバーがスープを飲もうとした瞬間、
服の袖が下に落ち、腕が見えた。
ステラがそれを見て、顔色を変えた。
そして、オリバーに問いただした。
「オリバーあなた、これどうしたの?」
その手はアザだらけだった。
「いや、ちょっと仕事で怪我をしちゃって。」
「にしても……後でちょっときて。」
「いや大丈夫ですって!」
ステラは食事の後、彼を個室に連れて行き、背中を見せてもらった。その背中は鞭で叩かれたひどい傷跡があった。
「なんて事……」
「いいんです。僕が悪いんだし、
僕が耐えればいいだけだから。」
「オリバー、そんな事は言わなくていいのよ。
私が何とかしてあげるから、
もっと早くに気づいてあげれば良かった。」
ステラはそう言ってオリバーの両手を握りしめた。
翌日オリバーはいつも通り職場に行き、
ステラは後から現れることにした。
(きっと最初から私がついて行っても
本性は出さないでしょうから…)
オリバーは職場の農場につき、仕事を始めた。
そして重い荷台を引こうとした。
明らかにオリバーが持てる範囲ではなかった。
すると、積んである荷物を落としてしまった。
それをみていた農夫の怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、お前何回だっ!!このゴミクズが!!
これだから孤児は役立たずなんだよっ!!」
そう言って、オリバーのことを殴ろうとしていた。
その時、ステラが横から現れた。
「おやめください。」
「何だお前?」
「私はこの子の孤児院の母です。」
「ああ、ローゼンのとこの姪か。何のようだ?」
「私は貴方のオリバーへの不当な扱いを止めにきたのです。」
「はぁ?不当だと?
お前、このガキが何でうちでも受け入れてもらえるようになったか知ってるのか?」
「い、いえ。伯父からの紹介を受けてですが?」
「うちはな、ローゼンの親父のとこに安く農品を卸してやってるんだ。
その代わり多少の融通は利かせてもらってるだけさ。」
「なんですって?」
「だからこれは、正当な扱いなんだ!
とっとと帰りやがれっ」
「そんな事は認められないわ…」
「先生、いいんです、僕は……
みんなに迷惑かかるから」
オリバーはそう言ったが、
ステラはそのまま彼の手を引いて
孤児院へ連れて帰った。
「先生っ、良かったのですか…?」
オリバーが言うとステラが率直に答えた。
「ええ、貴方には絶対にもっといい場所があるはずだから、絶対に私が見つけてあげる。」
先ほどの話はすぐにローゼン伯爵まで行き渡った。
予想通り彼は激怒しているらしい。
彼は時間を空けず、翌日にステラの元を訪れることになった。
ステラはルアンにあらかじめ伝えた。
「今日は私に用事があって、
伯父様が急きょ来ることになったの。」
「ほう、ここの当主様ってやつの?」
「そう。それで、お願いがあるの。」
「お願い?」
「うん。もし伯父に貴方が誰か聞かれたら、
隣町からやってきた、さすらいの慈善家って
ことにしてくれない?」
「まぁ、良いけど、そんなに畏まる必要あるのか?」
「伯父様は経営に厳しくって、
これ以上人を雇う予定もなくて。
貴方がボランティアとして参加しているだけなら何も言ってこないはずだから。
そういうことにしておいて。」
「なるほどね、俺そんな良いやつでもないけど、分かったよ…」
昼過ぎにローゼン伯爵はやってきた。
ステラや子どもたちは一斉に並び挨拶をしていた。
「ローゼン伯爵様、ようこそいらっしゃいました。」
伯父は子どもたちを見向きもせず、
ステラを院長室に呼び出した。
「お前、今日私がなぜここにきたか分かるか?」
「十分承知しております。
ですが、私は間違ったことはしておりません。」
「早速口答えからか」
「オリバーがあの農夫からどんな扱いを受けていたのかご存知の上ですか?」
「どんな扱いも何も、
孤児たちにはあれくらいの行き場しかないのだよ。
これは最初から決まっている運命だ。
贅沢を言うんじゃない。」
「彼らはオリバーを人として扱っていませんでした。
私はそんな人たちに大切に育てた子どもたちを託すことなどできません。」
「うるさいっ」
すると伯父がステラの頬を叩いたのである。
ステラは倒れ込んだ。
その時、物音を聞いてルアンがやってきた。
「おいっ…大丈夫か?」
ルアンはステラを抱き留めた。
「お前の責任なんだ…」
伯父がもう1発ステラのことを叩こうとした瞬間だった。
ルアンが伯父の手を掴んでいた。
「おやめください。失礼ですが、
お嬢様を叩く事が理解ができません。
事情は深くは知りませんが、
当主である貴方が責任を背負い、
彼女たちを守るべきではないのですか?」
「お前、何物だ?何のつもりだ?」
「私はさすらいの慈善家です。隣町より参りました。
短期ですが、こちらの施設へ子どもたちと共に過ごさせてもらっております。」
「はぁ?慈善家だと?どうせ偽善だろ?
人は見返りがなければ動かん。
どうせ何か見返りを求めているに違いない…」
「偽善…?」
ルアンはその言葉がどうも引っ掛かったようだった。
(確かに孤児院の俺は食事や生活が目的で、ある意味、偽善者だったかもしれない。でも何でこんなに腹が立つんだ…)
その時ステラが声を張って言った。
「この人はそんなお方ではありません。
ちゃんと愛を持って子どもたちと向き合ってくれてます!」
ハッキリと言ったその言葉に、ルアンはハッとした。
ルアンはさらに伯父の手を強く握りしめようとしていた。
「貴方は人の上に立つ事の意味がわかっていないようだ。」
その時思い浮かべたのは兄の顔だった。
優しか微笑んでいつも自分のことを見てくれていた兄。
「こいつを今から追い出せ!」
そう言った瞬間、伯父は突然頭を抱え込んだ。
「あぁ、またか……
もういい、今日はこの辺にしておくからもう出てけっ。次同じことを繰り返したらタダじゃおかないからなっ!」
さっきまで冷徹だった伯父は突然態度を変え、
ステラたちが部屋を出ていく様に言ったのだ…
(急に落ち着き出したわね…お父様が亡くなってから、
伯父様はこうやって突然怒ったりする様になった…
きっと伯父様も辛いのだろうけど……だけど…)
ステラはそんなことを思っていた。
「ルアン、守ってくれてありがとう。」
「黙って叩かれているのを放っておくわけにいかないだろ。」
「私がまだ未熟だから、もっと私がしっかりしなきゃ」
「いや、どう考えてもあのじじぃが狂ってるだろ。」
「伯父様も色々抱えた人なのよ…」
ルアンはステラが伯父を庇う理由がわからなかった。
(人間はやっぱり嫌いだ。
なのに、あいつだけは時々分からなくなる。)
そんなことを思いながら月を眺めていた。




