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第3話 夢に出てくる花

「…んん?」

青年は目を覚ました。

どれだけ寝ていたのだろうか。

空はオレンジの雲を帯びていた。

隣には画材を片付けているステラがいた。

「ようやくお目覚めですか?」


その声で、草原でステラと過ごしていたことを

思い出した。

青年はステラの描いた絵を見た。

「…あんまり似てないな」

ステラの絵は白の光を帯びて、

神々しさを感じる絵だった。

青年はこの白い光が気に入らなく感じた。

自分とは対照的な色なような気がして、

思い出したくない記憶まで蘇りそうで…。


「頑張って書いたんだけど、お気に召さなかったようね」

ステラはせっかく描いた絵を評価してもらえず、

少し不機嫌になったが、自分の気持ちを抑えた。

「そういえば、まだあなたの名前知らないわね。

私はステラよ。よろしくね。」

しかし青年の返事はなく、

俯いたまま絵を見つめていた。

「どうしたの?まさか名前無かった?」

「なぁ、これはお前の想像で書いたのか?」

彼はステラの絵の中にだけある、

この草原にあるはずのない紫色の花を指さした。

「ええ、あなたの瞳と同じ色だから、

似合いそうだなって思って、描き足しちゃった。

本物は見たことないんだけど、

不思議とよく夢に出てくるから。

きっと本当にある花じゃないと思うけど…」


その時、青年の表情が、一瞬だけ強張った。

「……ムスカリだな…」

ステラに聞こえないほど小さな声で彼は呟いた。

「ん?いまなんて??」

「…この花はうまく描けてる……俺の名前はルアンだ。

月の国からきた王子だ…」

そう名乗ったルアンの紫の瞳は、

どこか懐かしいものを見るように揺れていた。

「月の国の?…ルアン王子…よろしくね」

ステラはそんな国が本当にあるのかと、

疑う気持ちも湧いたが、この瞳から感じる、

人間離れしたオーラを信じられずにはいられなかった。



_________

日が落ちかけた頃、2人は帰り道を一緒に歩いていた。

どこまでも着いてくるルアンに、ステラがついに言った。

「あの…ルアンってもしかしてなんだけど、

帰るお家がなくて困っているの?」

「…。」

返事は無かったが、急に肩をすぼめて

情けなさそうな暗い表情をしたので、

ステラは察したのだった。

(家無し王子ってことね。家出でもしたんだろか?)


「ならうちに来るといいわよ。案内するわ。」

「…いや、断る」

と最初は強気で行ったが、表情は震えていた。

ルアンはやはり屋根のある暮らしが恋しかった。

この数日間、ルアンは冷たい川で水浴びをしたり、

クマに襲われながら狩りをしたり、

何度命を落としかけたかわからなかった。

(もうムリ帰りたい…月の魔力も全然使えないし…)

王子である自分が、何度屈辱を覚えたか。

本人もこの生活にうんざりしていたのである。


「やっぱりいきます…」

そう言ってトボトボとステラについて行った。



「みんなただいま〜」

「ステラ先生、おかえりなさい〜」

子どもたちが彼女を慕うように集まってきて、

挨拶をしている。

「あ!この間のお兄ちゃんじゃん!

月から落ちてきた人だ!」

「みんなただいま〜、

こちらはなんと月の国の王子ルアンです。

今日から庭の藁小屋のお部屋で過ごしてもらうから、

皆んな良くしてあげてね。

では、ルアンはこちらの小屋を使って。」

「え、王子様なの〜月の国ってどこにあるの〜」

「皆絶対に他の人には言っちゃダメだからね〜」

「おい、お前言うなよ…それに藁小屋だと…」

「大丈夫よ。あの子たちは子どもだからね。」

小さな声でステラが返事をした。

月の国の王子だと話して、

子どもが信じても信じなくても

別にどちらでも良かったので、

ステラはあえて隠さずに子どもに話した。

例え子どもが話したとて、大人はどうせ信じはしない。


その小屋はステラの屋根裏部屋から

見下ろした場所にあった。

中にはベットと机と小さな棚のみ。

古臭い狭い部屋だった。

「…ずいぶん狭いが他の部屋はあるか?」

「…文句があるならお帰りください」

ステラはルアンにこれ以上何は

も言わせない威圧で返事をした。

「ご、ごめんなさい。贅沢言って。」

ルアンはステラの怖い空気を読み取って、

それ以上は何も言わないことにした。

外で寝るよりはマシだからだ。

ルアンはそそくさと藁と埃を掃除した。


夕食の時間になったので、

ルアンは食堂に呼ばれ、ステラの隣に案内された。

子どもたちは全員手を組んで祈りの姿勢でいた。

「神様のご加護があらんことを…」

その様子を見て、ルアンは怪訝そうに眉をひそめた。


並べられたパンとスープを食べながら

ルアンはステラに話しかけた。

「ここはお前がやっている孤児院なのか?」

「ええ。当主は伯父様なんだけど、

私が管理を任されてるの。

ローゼン家は昔からこの辺りを守り抜く

領主なんだけど、私のお祖母様が若い頃に、

世のため人のために働きたいって、

孤児院を創設したの。

その時からここは引き継がれているのよ。」

「へぇ」

「私は将来この孤児院の子たちが、才能を発揮して、 

自分で生きていけるように成長してほしいの。

私も皆んなのためになれるように頑張らないと。」


ルアンはステラの考えていることがわからなかった。

立派な画材を持ってるくらいだから、

きっと、まあまあなお嬢様だ。

そもそも、孤児院で暮らしているのも謎であった。

なぜ貴族という立場にありながら、

こんな場所で、捨てられた

人間の世話をするのかよく分からない。

しかもこの弱い人間は祈ることしかしない。

なんて見苦しいのだろうか…


食事をすまし、複雑な気持ちを抱えたまま、

小屋へ戻ろうとしたルアンは、

ふとステラの屋根裏部屋を振り返った。

窓辺では、ステラが静かに月を見上げている。

昼間の生意気な笑顔とは違う、どこか寂しげな横顔だった。

「……兄様みたいで腹が立つな」

そう呟くと、ルアンは小屋へ戻った。

久々の布団と藁の匂いが心地よく、彼は死んだように眠りについた。

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