アレスター(仮)、冷徹クールとなる
帝国の豪奢に過ぎる一室にアレスターが寝かされている。ルレイリアたちが転移の魔法陣を使用し連れて来たのだ。
「……ツェーレン王子に効いていないな」
苦虫を噛み潰したような顔でグレゴリーが呟く。
「なぜ? アレス様はこうして───」
「第一の神器の力を王子に向けるより早く、第二の触手が飛んでいってしまったろう。我々のではなくその男の魔力を勝手に喰らって」
想いを封印できていないなら転換は無理だ。
「───古代魔道具ではないからね。わたくしたち直系の魔力でないと、というのも出鱈目って事だわ」
「ルレイリア! そいつの戯言を信じるのか」
激昂しかける兄を冷笑する。
「グレイシアの魔力に惹かれたから暴走したんではなくて?」
二つの神器は消えてしまった。宝物庫には予め作った複製を置いてある。もちろん何の力もないガワだけだ。
息子娘であれ父にバレたらただでは済まない。
だが今や最強の魔術師と言われるアレスターが手の内だ。いざとなれば父には退位してもらう。
「かれの夫はわたくしのモノになったんですもの。そのうち直接離縁を伝えさせるわ。時間を空けて正式に申し入れればいいでしょ」
「……子は諦めるか。出産したらグレイシアも王子に用はないだろうしな」
「ふふふ、それにしても凄い魔力だったわ。自分の魔力で動いた第二神器で、わたくしに捉われるなんてお気の毒に」
アレスターが気絶した後、グレゴリーの隠し持った神器がいきなり起動したのにふたりは驚いた。膨大な魔力がアレスターから神器へと流れて行くのが分かった。
「な、何故だ!」
「お、お兄様! わたくしたちも魔力を注がなければ! 対象の特定を!」
魔塔にいる術師が集まると困る。早めに終わらせなければいけない。
かれらにとって幸いだったが、魔塔では実験が常であり大概の事では騒ぎにならない。まして今は夜中、研究に没頭し戦争が起ころうと気にしない者と魔力の低い下っ端当直しかいなかった。
副師団長バレルは既に帰宅している。
神器から発生した触手状のものが二手に別れ、一方はアレスターに絡み付きもう一方は外へ向かった。
成功を確認する余裕はなく、部屋の外に待機する従者に伝言を言い付けた。
「アレスター様は神器確認のため滞在先に招待する、と。わたくしたちは先に戻ります」
それからすぐに帝国に向けた転移のスクロールを使用した。
「っ、俺は何をしていた……?」
「まあ! アレス様、お目覚めですか」
アレスターが自分に魅了されていると信じて疑わないルレイリアは、起き上がったかれに満面の笑みで近づいていく。
兄を追い出しふたりきりだ。あわよくば既成事実を。
「───」
「ふふ、わたしよ。あなたの愛しいルレイリアですわ」
そう言って抱き着こうと伸ばした腕を魔術の風が切り裂く。
「きゃあ! いっ、痛い……!」
「寄るな女。貴様如きが俺に愛されているだと? 死にたいか」
「あ、あ、アレス、さ、ま……?」
「気安く我が名を口にするな」
いつもとまるで違う雰囲気、グレイシアの誰かが見れば一目瞭然だった。しかし一度しか会っていないルレイリアには解らない。
凍りついた瞳に引き結んだ唇、放たれる威圧。皇女たるルレイリアが畏れを抱かざるを得ない覇気。
アレスターの心はツェーレンへの愛が大部分を占めている。それを封印すれば現れるのは根っこにある本性───、魔王の幼生たる部分。
だが今のかれは自分が魔王とは気づいていない。中身は丸っ切り魔王なのだが。
ツェーレンへの愛はどうにかできたものの、それを転換までは叶わなかった。
かれが魔王たる所以でもあり、予想しない第三者の介入のせいでもあった。
「───存在が不愉快だな」
目の前で座り込む女は見るだけで不快になる。消してしまおうと手を上げた。
『〝 〟が嫌がる』
「ん?」
何か声が聞こえた気がして押し止まる。
「……興が削がれた」
何かがおかしいと震えが止まらないルレイリアは腰を抜かしたまま後ずさる。
魔王の本分は支配と殺戮。本能はそれを求めているが〝それをしたら嫌われる〟との強いストッパーがかかる。
だが誰に嫌われるのを恐れているのかが分からずもやつくばかり。
アレスターからツェーレンの存在自体が奪われているにも関わらず、追い求める気持ちはそのままだ。
欲しい。何が? 足りない。〝 〟が。
砂漠で水を切望するような渇きがアレスターを駆り立てる。だが何をどうすればそれが癒えるのが判らない。
苛々だけが募っていく。
「いくつか質問に答えろ。偽りを述べれば舌を抜く」
「……ひっ、」
冷徹クール俺様をこんな形で体現しようとは、当のアレスターさえ思わなかったろう。
自分が話し動くのを不思議な空間から見るもうひとりのアレスター。実体はあちらだ。
「………」
「ルービィがごめん。帝国が持ってたんだなー、トミーもだけど悪い方に変質しちゃってる。こんな変な力じゃなかったのに。俺が関与したからきみは助けられたけど分離しちゃったね」
あの場から咄嗟に引き寄せたキューブ、〝ルービィ〟にはアレスターの一部が封じられていた。助け出している間に起動していた〝トミー〟に驚いてそれも回収した。
ト◯カ製のミニカーとキューブを懐かしげに撫でる黒髪の青年。
話しかけられたアレスターの反応はない。
「………」
「ん? 聞いてる? おーい」
「………あ、あ」
「お。起動した」
「あれ冷徹クールだよな!? ねえそうだろ!!」
「今言う台詞がそれ?」
「大変だ、あの僕をツェリが見たら好きになっちゃう!! 僕だけど僕がいない! これもNTRかなあ!?」
「ちょっと落ち着こうか」
ベッドで安静に、と寝かしつけられたツェーレンだが眠れない。百葉を抱き締めても胸騒ぎが治まらない。アレスターは無事なのか。
「俺、魔塔に───、」
「ダメ、子ども第一よ。ほら特製ジュース。オレンジベースで少しずつ野菜や果物入れてみたの、ひと匙ずつ口にしてみて」
渋るノエルからガーシュは無理矢理マリアを引き剥がして連れて来た。ソウジュも連行しようとしたが、ノエルが過労死しそうなので諦めた。
カズサにも連絡を入れたらハヤテと言い合いしながら駆け付けてきた。
「だから言ったのに! あ、ガーシュ。俺これから日本行きだからツェーレンに会ったらすぐ発つ。なるはやで帰るからさ」
「アレス様が囚われている可能性が」
「!?」
「襲撃してきた異形はアレス様の魔力を使っていました」
スッと無表情になったカズサが厳かにハヤテに言葉を発する。
《『 』よ、カズサ・グレイシア・ヴォルフィが命ずる。たった今よりツェーレン・グレイシアンを守護せよ》
『御意に』
日本語。初代と過ごすうち、ガーシュにも凡そは解るようになった言語での命令だ。
聴き取れない部分は恐らくハヤテの真名。神獣が二柱いれば安心だ。
「感謝します、カズサ様」
「家族を守れなくてグレイシアも何もないよ。頼んだぞハヤテ」
『任せておけ』
「……急に素直だな。禍福がどうとかはいいのか?」
『会えるか分からんが楽しみだからな』
「?? まあいいや。おまえたち秘密主義だし。あっ! もう会う時間がない! 行くぞガルム」
『なんとか庵の鰻が食いたいぞ、あるじ』
「すっかり和食にハマってんな」
カズサはあたふたと出て行く。タイミングを逃すと思わぬ時間軸に出現してしまうのだ。以前それで戦国時代へ紛れ込み大変な思いをした。
ガーシュも不安だがツェーレンには動揺を知られる訳にいかない。あるじが生きているのは確かだ。
その不安とは別に、そわそわとする自分の感情が不可解だった。これはどこから、何から来るものだろうか。
「ツェーレン様の部屋に行きましょうか」
ハヤテを促すとかれはじっとガーシュの目を見ていた。
「ハヤテ?」
『吸血鬼、おまえには勇者の祝福がある』
「──────」
『それもあってこうなるのだろう。神の使徒の、今際の際の願いは強力だ』
「───勇者は何を願いましたか」
『焦がれた者が幸福であり続けること、そしていつかの再会』
ああ、やはり馬鹿ですね。
胸が絞られるような感覚に襲われる。世界の平穏とか、勇者らしく願わないのですか。または自分の来世の幸せを。
「……現在の状況と、どう関係が?」
『去る者、来たる者、呼ばれる者。じきにおまえの望みがひとつ叶う』
謎掛けのような言葉。ハヤテと話すのは城での鍋パーティー以来だ。自分の願いとはなんだろうか。
考えを振り切り当面の問題に目を向ける。
「ツェーレン様を守りながらアレス様を取り戻さなくては。ご助力を」
『了解だ』




