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死に戻りに疲れた傾国王子、生存ルートを模索する  作者: 沓子
第二章

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22/26

ツェーレンの危機




 あの舞踏会から三日後。アレスターは久々の夜勤で昨夜から帰宅していない。



「最近アレスおかしくないか」

 少しやつれ気味のツェーレンが従者に尋ねてきた。悪阻のせいで受け付けられるのがオレンジしかないのだ。酸が空きっ腹によくないのにそれしか食べられないのが悲しい。

 百葉がいてくれるので今日はいつもよりは調子がいい。



「口数が少なくて急に「俺」って言い始めるし」

 あるじが冷徹クール化計画を進行中と知るガーシュは薄く笑う。

 珍しく夜番など引き受けたのも、計画を見直してでもいるのだろう。そうでもなければあの執着男が身重の妻を置いて不在にはしない。



「単純ですから何かに影響されたんでしょう。異世界の書物などに。ところでツェーレン様、クールな男性がお好みとか」

「あ、カズサ義兄様に聞いたな。ガーシュもちゅうにって言うんだろ」

「いえいえ。アレス様とは違うと思いまして」

 ツェーレンが首を傾げる。

「なんでアレス? 俺がそうなりたいのに」



 爆笑してやりたいが嘲笑う相手がここにいない。いかにもアレスターらしい勘違い。あの馬鹿げた努力はなんの役にも立っていないのだ。

 主人への揶揄いネタができてガーシュはとても楽しかった。

 たが次の瞬間、ガーシュの張り巡らせている警戒網を破られる気配にそんな気分も何もかも吹き飛んだ。




「!! ツェーレン様!!」

 フォックス邸にガーシュの叫びが響いた。

 突如としてツェーレンを搦め捕ろうと出現した禍々しい力にガーシュは全力で対抗する。

「っ、なんだこれ気色悪い!」

「ツェーレン様、触れさせないように!」

 不可視の触手のようなものだが、ふたりとひと柱には視えている。

「っ、ツェーレン様、ガーシュ様!? いったい何が」 

 部屋にいた護衛シェルダンは訳が分からず混乱した。

「シェルダン、危ないから俺に近づくな! 俺を狙ってる!!」

「───! せめて私が盾にっ」

「あなたは他の者が部屋に入らぬよう扉の外に、これは私たちで対処します! 許可するまで入らない!!」

 戸惑いと役に立てない悔しさを感じながらシェルダンは言い付けに従った。



 百葉が呪いを混じえながら噛みついていくと枯れ落ちるように崩れていくが、触手はしつこく生えてくる。

 アレスターの護りは幾重にも施されている筈だ。何故侵入を許したのか。

 攻撃の手を緩めずにガーシュは思考を巡らせようとするが、激情がそれを覆っていく。

 アレスターにとって、またガーシュやグレイシアにとってツェーレンは大事な宝。まして今は大切な命を育んでいる最中だ。



「よくもツェーレン様にこのような真似を」

 ここまで激怒したのも久しぶりだ。すぐ一掃しては首謀者に辿り着けない。触手がある間は繋がっているのでガーシュは攻撃と追跡を続ける。

「……俺はともかく子どもたちに何かあったらただじゃおかない」

 ツェーレンもまた珍しく怒っていた。すぐそばを触手が掠めていったとき、猛烈な悪寒が走る。



「ガーシュ、百葉! これ精神干渉系だっ。俺がおかしくなったら腹の子どもを守れ!! 絶対俺を優先すんなよ!!」

 いざとなればツェーレンを見捨て子を助けろという、かれが下した命令にガーシュは途方に暮れる。

 アレスターとの結魂はあるにせよ心は別の話。命さえ助かればいいのではない。

 この触手は少々厄介だ。

「───これはおそらく古代魔道具(アーティファクト)、国の宝物庫に収められているレベルの」



 ガーシュは真祖の系譜である上に殆ど弱点を持たない。吸血鬼が最も無敵となる新月期の状態が通常化しているのだ。

 だが一つだけ明確な弱味がある。一ヶ月に数日、半端に月の欠ける特定の日だけは能力が半分以下になってしまう。

 よりによってそれが今晩だ。



 百葉にしろ、生物相手ならほぼ敵なしだが相手は古代魔道具(アーティファクト)の産み出す呪いめいたもの。呪い自体は上回るものの似た属性ゆえ決め手に欠けていた。

 そして本来なら聖女ツェーレンは呪いには強い。以前呪術にかかったのは覚醒していなかったからだ。

 今は覚醒はしたがまだ間もない上に聖力を使った戦闘は未経験、不充分な栄養状態で体調も良くない。

 そして何よりも。

 何故強固な結界を潜り抜けたかの答えが見えたガーシュは戦慄する。



(これは……魔道具を通し変質はしているがアレス様の魔力!? アレス様がこんなことをツェーレン様にする筈がない。これを仕掛けた者のそばにいて意識のない状態か。魔道具が膨大な魔力を取り込んで暴走気味と見るべきだ)



 アレスターの魔力なら無意識にツェーレンを求めて向かっても不思議はない。結界を築いた当人の魔力なら潜り抜けもできるだろう。

 使用者が狙ってのことではないだろうが結果的には最悪だ。期せずしてアレスターが魔力供給を行っているならばこの攻防にはきりがない。一番大事なツェーレンの身体に負担がかかってしまう。

 あとひとりカズサかノエル、マリアさえいれば。守護獣がもうひと柱、もしくは闘える聖女、それだけで状況は覆せるのに。



 逡巡しながら闘うガーシュの後ろで、限界を迎え青い顔をしたツェーレンがぐらりと傾いた。

「っ、ツェーレン様!!」

 百葉も同時に気を取られ、その隙に触手が勢いを増しツェーレンへと向かってくる。

 ガーシュと百葉が身を投げ出し庇おうとした時だった。




〝母様を護るよ!〟

〝母上に触るな汚物〟

〝お母さま、大丈夫です〟 




「!!」

 三人分の幼な子の声がしたと同時に、ツェーレンの腹から放たれた眩い三色の光が瞬時に触手を消し飛ばす。

 ガーシュは髪色の異なる幼な子たちの幻影を見た気がした。




「……はは、おれの息子たち、すごいな……」

 ガーシュに支えられたツェーレンが力なく笑う。

「ご無事ですか、ツェーレン様」

「だいじょーぶ。けど、ちょい寝る……」

 百葉がキュンキュン鳴きながら、気絶するように寝入ったツェーレンの顔を舐めまくる。寝息は安らかだ。



 大きな安堵感にガーシュはため息をつく。

「お子様がた、ありがとうございます──」

 相手の特定は終了した。アレスターに絡んできたと影から報告があった帝国の馬鹿娘とその兄。地獄を見せてやる。

(それとおまえは妻の一大事に何をしているんだ主。自分の魔力でツェーレン様を奪われるところだったんだぞ)

 内心でアレスターに悪態をつくが今はとにかくツェーレンを休ませるのが最優先だ。再度の襲撃に備えて結界も見直さなければ。

 ツェーレンを《《アレスター》》から護るために。





 時は遡り襲撃の前日。魔塔にアレスターを訪ねてきた者がいた。



「ルレイリア皇女が?」

「はい、団長に会いたいと」

「断って」

 にべもなく言われて師団員は困り果てる。

「用件くらい聞いたらどうですか」

「馴れ馴れしいから嫌い」

「……あんたねえ」

 珍しくも当直の夜番を引き受けたアレスターに、喜んで帰宅しかけていたバレルだったが簡単には帰れなかった。



「て、帝国の古代魔道具(アーティファクト)を調べてほしいと。持参されていました」

「なんでまたそんな貴重な品を!?」

 古代魔道具(アーティファクト)は国に一つか二つあるかないか。ツェーレンのあの事件にもイェルレヒトの宝物が関わっていた筈だ。

 そんなもん持ってくんなとバレルが内心で毒づく。何かあれば国際問題じゃないか。



「性能が不明だとか。団長なら解析できるのではという事でした」

「できるけど気乗りしない、んだぜ」

 冷徹クールが段々おざなりになり、時々取って付けたように語尾が変わるだけとなっている。

「……ケンカ売ってマリア様にフォローされてましたよね。ちょっとは歩み寄りを」

「じゃ魔道具だけ預かってきて」

「団長がそう言うと思い提案しましたが、断られました」



 ぶつくさ言いつつ応接室へと出向けば、ひとりだけ供を連れた皇女がいた。

「おや、仲のよろしいご兄妹で」

「……さすがだな」

 アレスターに見抜かれた皇太子グレゴリーが顔を隠したフードを脱ぐ。

「認識阻害は効かぬか」

「魔道具を」



 余計なお喋りをする気は毛頭ない。

「アレス様、そう()くことはないですわ。こちらをご一緒しません?」

 当たり年の帝国ワインをラベルを見えるように差し出すルレイリア。

「酒は飲まない。グレイシアと呼んで下さい。魔道具は?」

「……こちらに」



 頑ななアレスターに不満そうながらも品物を取り出すルレイリア。

 ベルベットに包まれたそれは掌サイズの、色付きのキューブの集合体。カズサが見れば「確かルービックキュー……」と看破しただろう。



 スッと目を細めるとアレスターがゆっくりと区切るように話し出す。

「まずこれは古代魔道具(アーティファクト)じゃない」

「なっ、」

「異世界のものに何らかの効果が付いた品だ。所有権はグレイシアにある。どさくさに紛れた火事場泥棒だね」

「なんたる侮辱だ! 由緒正しき我が帝国の宝を」

 激昂するグレゴリーに静かに返す。

「初代が持ち込んだものだろう。うちにリストはあるし識別番号付き。界渡りの際になんか付与されたか」

「言い掛かりは止めろ!!」

「攻撃ならどうぞ。やり返す口実になる。古代魔道具(アーティファクト)って程の年代物でなくこの世界にはなかった素材で作られてる。異世界技術を取り入れたグレイシアが再現してるがそれもここ十年の話。まだ反論が?」



 帝国では秘密にされているが、実際にはアレスターが正しい。

 なんでもいいから盗んでこいと当時の皇帝が命じ、入り込んだ「草」は十数年に渡りグレイシアに仕えたのち、初代の死という絶好のタイミングで屋敷を去る。

 深い悲しみに包まれたグレイシア家はいつもの警戒も薄れていた。特に危ないのは喪主である妻と執事ガーシュインだが、そのふたりが誰よりも意気消沈していたのだった。



 唇を噛み締めるグレゴリーに妹皇女は焦りながら頭を回す。兄様は肝心なとき役立たずだわ。アレスが正しいんだし今は認めればいいじゃないの。鑑定書の紙が新しいの、おかしく思わなかったの?




「わたくしどもには何も答えられません。皇帝とお話しになって下さい」

「ルレ、」

「王宮のわたくしの部屋に通信魔具がございます。何時なんどきも皇帝に直通です」

「僕に出向けと?」

「帝国とグレイシア間の緊急事態と存じます」

「───仕方ないな」





 アレスターは油断していた。皇太子たちの魔力は魔塔中堅レベルでアレスターの足元にも及ばない。自分をどうこうできる筈ない。

 そして帝国側もかれを過小評価していた。信じ難い数々の逸話は盛られた話に過ぎないと捉えていた。

 これでも表に出るのは最小限に抑えているというのにだ。

 



「では、馬車までお越しくださいな」

「面倒。王宮まで転移する」

 無詠唱で術を展開し始めるアレスターの傍ら「っ、今だ!!」とグレゴリーが叫ぶ。ルレイリアが魔道具に力を注ぐとキューブがひとりでに動き出した。

 全面同色になれば作動終了、ひとつめの〝想いの封印〟が成立する。



 魔術師が無防備となるのは術式構築と展開時。すかさずアレスターが術のキャンセルを行おうとした、その時。

『あれ? きみは……』

 知らないのに何故か懐かしい声に気を取られてしまう。

 皇女では起動に到底足りず、馴染みある一族の魔力を感知したキューブがアレスターから強引に奪い去った。

 完全に目覚めた魔道具は自らの役割を果たそうとする。

 


『ちょ、ルービィ!』

 慌てた様子の声の(ぬし)が制止してもキューブは止まらない。



(まさか意思のある魔道具? 一体なにが起きて───、)

『と、とりあえず保護しないと! ルービィ、かれの精神を離すんだ!』

 そんな言葉を最後に、アレスターの意識は薄れていった。




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