母と息子
「あれ……なん、で」生きてんの俺。
それかここは死後の世界? 体が重く動きづらい。目が開けにくい。
良い香りのする柔らかな寝台にツェーレンは寝かされていた。
「ノエル、目覚めたわ」
きれいな女性だ。だれかを呼んでいる。「めがみさま?」
少し目を見開いた女性がにっこりと微笑む。ピンクブロンドの真っ直ぐな髪に清流の輝きみたいなアクアの瞳。
ほんとうに綺麗な人だ。ツェーレンと同い年くらいだろうか。
「素敵なプレゼントをありがとう」
「?」
「品質の高い黒真珠はなかなか出回らないの。祝福といい、素晴らしいものだわ」
「私も礼を言う。こんな時には似つかわしくないけれど」
黒髪。アレスと同じ。
「ノエルにいさまと、マリアねえさま、ですね。おれの、かぞく。」
会えて嬉しくて微笑んだ。カズサ義兄様の嘘つき。女の趣味が悪いなんて。
「……ねえノエル、この子、人誑しだわ」
「弟は見る目があるな」
「こんな綺麗で素直な子、いくらでも素敵な求婚者がいるでしょうに。ねえあなたホントに義弟でいいの?」
「……おれには、もったいない、夫です」
ため息をつきかぶりを振るマリア。
「うちは助かるけどね、義弟の執着は狂気じみてるというかマジキチだから。何かあれば私がアレをしばくから言ってね」
華奢で一見儚げなのに強そう。頼もしい義姉だ。ノエルととてもお似合いだと思った。
義兄は無表情に見えるが、ツェーレンへの労りが伝わってくる。
頭の近くに何かいる。頬に触れる黒毛がくすぐったい。
「ひゃく、よう?」
ツェーレンを護るように添い寝をしていた百葉が、ミャアと鳴く。
「ここはフォックス邸内だよ。弟の部屋から客間に転移しただけ。アレスが張った結界内だから安心して居るといい」
「けっかい。」なぜ。
「きみが生きているのを術師に気取らせないためらしい」
「百葉はあなたを癒してくれてるわね。私も治癒をかけたからもう良くなるわ」
「ああ、回復が早まるか。ソウジュ」
するりと現れたソウジュが小さめになりツェーレンの腹に頭を乗せてきた。その肌は適度にひんやりしているのに冷たくはない。
寄り添う守護獣たちから流れてくる何かが心地よく全身を浸す。
初めて見る龍に驚きはしたが勇猛な顔はどこか犬に似て愛嬌もある。
「はじめまして。そうじゅ」
龍はうむ、と言うように鼻息で答えた。ちいさくなっても貫禄がある。ノエルと同じく守護獣のなかで兄貴分なのだろう。
「ふたりとも、ありがとう。治してくれて」
かっこいいな。可愛い。
手が動いたら思う存分にふたりを撫でるのに。カズサ義兄様の守護獣はオオカミだっけ。義父様はなんだろう。
「改めて。私はノエル・グレイシア・リュウ。あの二人の兄だ」
「こんなかっこうで、しつれいを」
「無理をするな。君は一度、……いや、十二回は死んだ身なんだ。今回は仮死だが」
「か、し……?」
「君を苦しめた元凶に、弟がヤキを入れようとしている」
「!」
「済まなかったね。相手を油断をさせ、特定するため君の死が必要だったらしい。異世界の技術はすごいだろう。魔法無しでこんなことも」
「ノエルにい様。止めて。やめさせて、ください」
自由にならない口で必死に訴えた。そんなのはダメだ。
「ん?」
「おれのせいで、アレスターが、ひとごろしなんて」
「殺さないんじゃないかな。そんな楽にはさせないよ」
百葉がピクリと耳を動かし、緩慢に立ち上がると最後にツェーレンの頬をもうひと舐めしてから消えた。
「ひゃくよう?」
「アレスが呼んだのだろう」
もう少しで体の調子が戻るから、準備をしようとノエルが言う。
準備?
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「お母さま、ぼくは魅了でなくぼくを好きになってくれる人がいいです」
だから魅了はいりません。
魅了を伝授しようとした折り、幼いながらしっかり拒絶した息子をその瞬間からヴィーダは憎悪した。
輿入れの際もそれ以前も、魅了を使って生きてきた自分を全否定された気がした。
いつもいつも、今一歩で他人に先を行かれた。ミラルカには正妃の座を奪われ、男児の出産も第三妃にまで遅れをとる。
彼女の魅了は絶対ではない。
引き換えて息子はどうだろうか。
力がなくとも、父にも周囲の人々にも愛されている。妖精に好かれよく悪戯もされていた。
その美貌は母を超えると称えられ優しく明るい人柄も好まれた。
仲良くなりたい子供同士、彼を巡り喧嘩をしてしまうので友達は作りにくかったが。
鬱屈を抱えるなか、ある気付きがあった。
建国王の父───、この場合は母と言うべきか、の特徴を彼が持っていたのだ。
産まれた時は違ったが、いつしか体の変化が起こり両性具有となっていた。女の機能も正常に働いているのは生理を迎えて判明した。
ヴィーダは歓喜し同時に絶望した。
どこまでも息子の下位互換である自分に。
王はツェーレンについて秘匿する選択をした。この特徴を持つ男子はこれまで王家に二人いて、どちらも男性を伴侶とした。その子どもは歴史的な功績を遺している。
ひとりは王となり建国王の再来と称えられる名君となる。
もうひとりは魔道具の分野で画期的な発明を幾つも成し、魔道具王の称号を冠された。
残るひとりは聖女の力を持ち、王族の生命の危機を何度も救ったが薄命であった。蘇生さえ可能だと囁かれていたが、自らの生命力を削っての力なのかも知れない。
これらは全て諸外国上層部の知るところ。ツェーレンの真実を知れば今以上に求婚が殺到するだろう。国力を盾に強要もあり得る。
ならば現在の、ツェーレン自身に惹かれた求婚者から選ぶべきだと王は決める。
婚姻は女性が良かったのだが、申し入れはなく打診しても断られ、釣り合わない相手しか残らない。
あの美貌に並び立つ勇気を持つ女性はそういない。
王は息子の幸福と国の平穏を願った。ツェーレンの産んだ子が王位を望めば、受け入れる者は多いはずだ。
子を産ませるべきではない。
国が割れるのは避けるべき事態だった。
当人には事情を伝えた上で口止めし、女性の部分に隠蔽をかけた。
秘密を知るものは少ない方がいいので、それを施したのはヴィーダだ。
隠蔽魔法と呪いの関連に気付いた者はまだいない。それは秘密が伴侶に発覚した時点から始まる。
「始まりは王に隠蔽を頼まれたとき。ほんの悪戯心が起こったの。周りには誰もいない、やるなら今───と」
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ひとり語りを終え一息つくと、ヴィーダは義理の息子に向き直る。
「あの子が死んで一時間ほど? やっと気づいた割に来るのは早いわね、ギリム王太子」
美しい微笑みが悪魔のように見えた。




