人を呪わば
イェルレヒト王国、第二妃の離宮。
案内もなく夜中に訪れたギリムを、ヴィーダは待っていたかのように平然と迎えた。
「今回はいつもより長く持ったわね」と。そして有無を言わさずあらましを話し始めた。
理解が及ばず戸惑う義息子に構わず、ヴィーダはワインで口を湿らせる。
一方的に聞き手にされたギリムは呆然と立ち尽くしたままだ。
「問い合わせはなかったけれど、手間が省けたわ」
「………」
「王は詰めが甘い。夫婦なら気づかない訳ないでしょう。呪いは秘密を守るためでもあるのよ、全てなかったことにできる」
「だが、殺さなくてもいいだろう!」
ギリムの言葉に困ったように微笑むヴィーダ。
「殺す呪いではないわ。私からの贈り物は、隠蔽がばれたら愛が反転し憎しみに変わるもの。あの子はいつも愛されすぎよね。もれなく殺されるなんて」
城に戻ると、ギリムはアレスターの指示通り真っ直ぐヴィーダ妃の元へと向かった。
招かれた私室での一人語りの半分はかれも周知の事実だったが、呪いが彼女によるものと知り衝撃を受けていた。
「あなたは巻き戻っているのも知って……」
信じたくなかった。まさかツェーレンの実の母がかれを呪ったなど。
「初めはただ、どうなろうといいとも思ってたわ。けどそれではつまらない。だってねえ、金の卵を産むニワトリのようなものでしょ」
ヴィーダが愉しげに語るのを、ギリムはただ聞くしかない。
「最初で巻き戻しに気づいたのは呪いで繋がりが出来ていたせいだと思うの。宝物から残滓を辿れば、あなたの願った内容も解析できた。ふふ、私、かなり優秀な魔術師で呪術師ではなくて?」
「なんで解呪しなかった!?」
「だってあなたの願いから、死んでも戻ると知ったからよ。だから〝近しい身内と結ばれるまで解けない”と条件追加して上書きしたわ」
「ヴィーダ妃、なんという所業を……」
素知らぬ顔で息子の死を眺め続けた女を、ギリムは何一つ理解できない。
「最初の時、あの子が死んだのは私にも想定外よ。憎まれて不幸な結婚生活を送ればいいと考えてた。でも亡くなって思ったの、あなたがあれを使うんじゃないかって」
「なんて無茶な、私がやらなければツェーレンは……!! 何度も巻き戻るのも博打でしかなかった!」
「だって毎回死ぬなんて考えてなかったわ。それにあなたは実行した。計算外なのは、最初の巻き戻り後にツェーレンを妻に望もうとしなかったこと。愛していたくせにね」
「──────」
「継承者のあなたを憎んだ。ツェーレンを憎悪した。本当は最初に陛下に言えば済んだの。二人を娶せましょうと。そうせずに放置したのは嫌がらせと興味と、兄との結婚を納得させるよう、あの子の心を折るためよ。解呪方法はひとつだけ。該当するのはあなただけよ」
まあ死んだら死んだままで良かったのよ、とツェーレンに似た、だがまるで違う顔が笑う。
「そう睨まないで、何度も死なせたのはあなたじゃない。素直になっていれば呪いを消せたのに」
「───私が、解呪できると知らせてくれていたらとっくに───!」
「殺すか殺されるか、ふたりで怯えながら夫婦を続けるのも見ものだったでしょうね。言ったでしょう、あなたたちを憎んでると」
「……狂っている」
「あなたたちで子を成す。兄弟でも、建国王と全く同じなんだもの。そんなもの些細なことよ。愛するツェーレンを傍らにあなたは幸せに、有能な子も産まれ国は安泰。ツェーレンを産んだ私は尊敬される。完璧でしょう? 次はそうなさい。さすがにあの子も頷くはず。じき巻き戻りがあるでしょう」
それは甘美な未来だった。王となる自分の横には伴侶となったツェーレン。かれは戸惑うだろうが、優しい異母弟はいつかは受け入れてくれる。
もっと前に聞いていれば自分は迷わず頷いたろう。だがそれはもう叶わない。
なぜなら今は既に。
「させないよ、魔女さん」
弟を最愛と定めた、最強の魔術師がいる。
「なっ、お前は! いったいどこから!?」
「ペラペラと自白ありがとう。こんなにちゃちな魔力でよくやったとは思うよ。ツェーレンへの憎しみと期待、妄執で底上げされてるな」
「っ、私の呪いがちゃちですって!? よくもよくも!!」
「隠蔽はお粗末。呪いのスイッチが仕込まれているのもあからさま。ただうまく起動してなかったよ。配偶者から国王に問い合わせが来てあんたに相談があった時点、そこからやっと発動って感じ」
「でたらめだわ! そんなのアンタに判る筈ないでしょ!!」
「判るに決まってる。紛い物のあんたと違って僕は本物の魔術師だ」
「………っ、」
抑えていた魔力の圧がヴィーダにぶつけられ、たまらずに頽れる。アレスターが静かに激怒しているのをギリムは感じていた。
「何度殺した? ツェーレンがギリムを受け入れざるを得なくなるまで続ける気だったって? いや、あんたの醜い憂さ晴らしが一番の目的だな。かれはそんなものに付き合わされてたんだ」
いつの間にかアレスターの傍らに、馬より一回り大きな漆黒の獣が付き従っていた。複数の尾を逆立て、紅い眼を爛々と輝かせ牙を剥き出し唸っている。額の見慣れぬ記号のようなしるしが怪しく明滅していた。
「……ひっ……、ば、化けも……、」
「あれでもツェリの親だから手は出すな」
アレスターが指を鳴らせば、ヴィーダが嵌めている指輪が外れて宙に浮く。やがてそれは形を失い、瘴気の塊のように不気味なものに変わった。
「あっ!! 駄目よ、それは! やめて!!」
邪悪な気配を放ち膨張するそれを見据え、命を下す。
「喰らえ百葉」
呪法による繋がりが、ツェーレンの死を術者に報せていた。解呪を探る段階で気づいたアレスターは、本当に嫌々ながら彼の死を偽装する事にした。もちろん100%安全だと納得できるまで実験を繰り返してからだ。
隠蔽をかけたヴィーダが犯人とほぼ確信したものの、他国の妃を裁くには動かぬ証拠が、自白と確かな証言者が要る。
どうしても自らの手で罰を与えたかった。
アレスターの合図で瞬時に跳んだ百葉が、呪いの媒介を一気に噛み砕く。
「ギギギギィーーー!!」
悲鳴のような悍ましい音が響き渡り、黒い何かは百葉のなかへと飲み込まれていった。
「……わたしの、呪いが、」
「呪術で百葉に勝とうなんて二千年早い」
アレスターの呪術関係の師は百葉だ。永い時を生き呪いを喰らい、その身の裡には数知れぬほどのそれが蓄積されている。全てを吐き出せば国の一つや二つはあっという間に滅びるだろう。
「お前の、息子への勝手な復讐で彼は死に続けなきゃならなかった。痛みも苦しみも恐怖も悲しみも、想像を絶するものなのに」
「お、お前に何が……! 私のなにを知っている! わたしは!!」
うるさいな、とアレスターが構築済みの魔術を展開すると、ヴィーダの足元に魔法陣が広がる。
「地のものは地に、天のものは天に、人のものは人に。───返してやるよ、ヴィーダ」
「…………!?」
「それとツェーレンは無事だ。僕の最愛を死なせる訳がない。ああそうだ、教えてやろう。お前の息子は史上最高の聖女だ、誇るがいい。こういうの、異世界の諺で鳶が鷹を産むと言うんだよ」
これ以上ないくらいにヴィーダの顔が醜く歪む。
「今のやつを、百葉」
百葉の口からより禍々しさを増した呪いが吐き出され、魔法陣へと吸い込まれていく。
自らを取り巻く漆黒に染められる陣を、見ていたくないのにヴィーダは目を離せない。
アレスターが再度指を鳴らすと陣から光が立ち上り、ヴィーダを包み込む。
「え、あ、何!? きゃあああ!」
目を剥き蹲るとがたがた震え出した姿をギリムは一瞥する。
「……何をした?」
百葉から距離を取りつつギリムが尋ねた。
「ツェーレンの死に至る経験を、自分の出来事として追体験させてる。何度も繰り返すようにしたからじきに狂うだろう。離宮に隔離を。念の為、僕の作った魔封じの首輪を渡す」
はいこれ、と出されたものは装着者の魔力を、生命維持ぎりぎりまで搾り取るもの。
恐ろしく精緻な細工と見事な宝石は、愛する者の母へのせめてもの手向けか。
さほど時間を置かずにヴィーダは気絶していた。何回目の死の恐怖がそうさせたのか、ギリムにはもうどうでもいい。
「「ツェーレンが必ず幸せになるまで時を戻す」───、ある意味で正しく別の意味では誤作動。秘宝は彼が幸せになるまで戻し続けるのを〝一度〟とした。そして僕とツェーレンは互いの唯一だ。だからきみが、巻き戻りはもうないと感じたのは正しい」
「……ツェーレンが、幸せに、……」
「愛してると言ってくれたんだ。演技とはいえ殺そうとする僕に。恐怖も恨みもなく」
なんの間違いであの妃からかれのような美しい魂が産まれたのか、アレスターには解らない。こういう皮肉はガーシュなら喜ぶだろうが、アレスターには悪い冗談としか思えなかった。
「あんな呪い、すぐに解呪したかったけどあの女に伝わるから我慢したよ。追及してもしらばっくれるだろうから、確実に裁きを与えたかったんだ。もうツェリは死なないし巻き戻しは起こらない」
「そうか、そうだな───」
「それにね、やろうと思えば普通に解呪もできたんだ。結婚してたから『近しい身内』だ。けどそんな事の為にツェリを抱くのは嫌だから」
そこで言葉を切りアレスターが居住まいを糺した。
「ツェーレンは貰い受けます、義兄上」
「……うちの王位は狙わんでくれよ」
「まさか。頼まれてもいらない」
彼になら。彼ならツェーレンを護れる。実家もアレスターもとてつもなく力と金があり、それでいて権力抗争からは程遠い。
何よりアレスター自身が今代最強の術師である。ならば言うべきはひとつだけ。
「ツェーレンを、……わたしの弟を任せた」
「任された。グレイシアの名にかけて、僕の全魔力を持って彼を護る」
自分も護ると言うかのように百葉がギャオ、と短く吠えた。
「自分の望みでなくツェリの幸せを国宝に願ったあなたを尊敬してるよ。それじゃ」
国王への説明は頼むと言い残し、義弟は守護獣と共にあっさりと姿を消す。
愛しいからこそ弟に素っ気なくした。気を許せば跪き愛を請うてしまいそうで。
諦めたはずがヴィーダに可能性を突き付けられ、今更心が揺れた。知らない方が良かった、もう少しで手に入れられたギリムの宝。
「……ヴィーダ妃を恨むとするか」
ツェーレンは護られるだろう。救いようもなく重い執着を持つ、ギリムからさえも。




