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死に戻りに疲れた傾国王子、生存ルートを模索する  作者: 沓子
第一章

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愛してる





「お帰りアレス!」





 夜半のフォックス邸に館のあるじが帰宅して来た。実に一カ月半振り。

 邸自体には戻っていたが、必要なものを取りにだったりどうしても主人の確認が必要なものがある時だけですぐにとんぼ返りでツェーレンは寂しかったのだ。

 遅くなるが帰ると先触れがあったので、待っていると決めた。

 



「ただいまツェリ、待たせたね」

 微笑んではくれたが、今日は特に隈が酷いし元気がない。

「なあ、あんまり無理は───、先に風呂か、それかなにか食う?」

「じゃあワインを少し。ツェリも付き合ってくれる?」

 珍しい。アレスターはあまり酒を嗜まない。ツェーレンはそこそこいける口だ。

「何か摘めるものを厨房で見てくる。ガーシュが出迎えに来ないな、珍しい」

「一緒に行こう。ガーシュには邪魔するなって伝えたんだ」




 今日のガーシュと使用人たちは何やら忙しそうにしていた。ツェーレンが問えば〝なんでもありません〟と口を揃えたが、ガーシュはサプライズが好きだ。

 広間は工事が入るのでと立ち入りを禁じられた。

 何かを企んでいるのは確かだが、楽しみにしておこう。




 その従者の采配だろう、厨房の冷蔵庫にはクラッカーにサーモンとクリームチーズを乗せたものや野菜のマリネ、生ハムが用意されていた。

 冷蔵庫もこの国に来て初めて知った。

「これも魔石で冷やしてんだろ、便利」

「魔石を使わないで一番上の所に大きな氷を置くだけでも結構保つよ。密閉が肝心なんだ」

 雑談を交わしながらもアレスターは心ここにあらずといった様子。不安になったが気取られまいとツェーレンは努めて笑みを浮かべ話を続けた。





「僕の部屋に行こう」

 私室に誘われてツェーレンはちょっとどぎまぎした。恋心を自覚しプロポーズも予約済み。アレスターにその気はなくても緊張はする。

 誓約書があるから何が起こるはずもないが、好きな人と夜に部屋でふたりきり。これが戸惑わずにいられようか。




「……あ。やっぱダメだな。ツェリ、飲むのやめよう」

 つまみを並べてワインの栓を抜こうとした時、唐突にアレスターが言った。

「どうかした?」

「いや、うっかりしてた。胃に入れるの良くない。ちょっと動揺っていうか普通の精神状態じゃないから、僕」

「……アレス?」





 説明はせず、照明を落としてツェーレンの手を引き窓際に立つ。

「───眩しすぎるから、月明かりで見るのがちょうどいい」

「どうしたんだ、手が冷たくて震えてるし顔色酷いぞ。具合悪いのか」

 心配して見上げるツェーレンの頬に、優しい手が添えられた。




「綺麗だツェリ、初めて会ったときからずっと」

 心臓が跳ねる。捉えられた瞳が外せない。なぜそんなに悲しそうなんだろう、どうして手は震えたままなんだろう。声まで震えている。

「……何があっても僕を信じてくれる?」




「ああ、信じてる」

 迷いのない返事に傷ついたような表情をするアレスターが不思議だった。

「だからそんな顔するなアレス。俺まで悲しくなる」

「っ、きみはどうしてそこまで、、そんなだから僕は───、」

 ぎゅっと瞼を閉じてからゆっくりと開かれた瞳には決意が宿っている。

 アレスターの手が動き、ツェーレンの首へと辿り着いたとき、その意図を察した。かれもまた呪いには抗えなかったのだと。




「───ごめん、ごめんねツェリ」

 泣きそうな顔で首に手をかけるアレスターをどこか嬉しく感じていた。

 かれは俺を殺そうとしている。つまり俺は愛されたのだ、この偉大な魔術師に。

 それを示すように、ゆっくりと唇が重ねられた。舌が入り込み、何かの錠剤が口移される。二段構えか。毒ならアレスターは大丈夫なんだろうか。そういえば絞殺は初めてだった。

 ろくでもない初めてだけど、ひとつでもアレスターに捧げられてよかった。

 でも全然力が入ってない。相変わらず手は震えてるし呪いに抵抗してくれてるのかも。

 優しいかれにこれ以上させるもんかと口のなかの薬を飲み込んで囁いた。




「アレスター、愛して、る……」




 初めて愛する男の手で殺されるなら、

 これで終わりでいいかも知れない。

 ああでも、殺人なんて重荷だろう。

 背負わせたくない。傷つけたくない。

 戻れるだろうか。

 さいごは笑顔を見たかった───。




 意識が薄れていく。これまでにない安らかな死を感じていた。







「……これで望み通りか、スタディラス・ギリム」


 座り込んでツェーレンの頭をかき抱き、髪に顔を埋めたままアレスターが問う。

「──────」




 強制転移させられた隣国の王太子が、部屋の隅で青褪め立ち尽くしていた。ツェーレンへと近寄ろうとしたが足が動かない。魔術だ。

 力なく膝をつく。絶望感で涙すら出てはこない。

「違う……、私は、弟を。救いたかった」

「───」



「確かに、巻き戻りは私の仕業だ……」







 最初の結婚で処刑の報せを受け信じられない思いで向かった隣国。

 目にしたのは愛する弟の成れの果てと、傍らで呆然と座り込む王弟だった。




『何故、こんな事をしてしまったのか解らない……ツェーレンは貞淑で完璧な妻で、深く深く愛していたんだ。それが突然生まれた妄念に取り憑かれ、どうしようもなくなった───。頼む、私を殺してくれ。ツェーレンのいない世界なんて、私には意味がない』




 保存の魔法を施し連れ帰った体をそばに置き、自問自答した。

 何故ツェーレンが死ななければならなかった。誰よりも愛しいなんの罪もない弟が、どうして。

  



「そして使った───。王家の秘宝を」

 宝物は、一度きりしか使えない。王族のみが使用できる、願いを叶えるという宝。




「……そんな物があったんだ」

「だが繰り返すのは理由が分からない。あれは一度だけの筈なんだ」

「なんて願った」

「ツェーレンが必ず幸せになるまで時を戻してくれと」




「……そばに置くのが難しいほど、自分も夫たちのように殺意を抱くんじゃないかと恐れるくらい愛していたのか」




 アレスターが抱いていた疑問。殺される確率が高いと知りながらも何故ツェーレンを嫁がせ続けたのか。

 そして判明した、貴重な国宝を使っても助けたかったという事実。

 どうしてもこれしか考えつかなかった。




「───ああ、そうだとも。だから結婚を繰り返すしかなかった……私から逃すため。ツェーレンを手にかけたら私は壊れてしまうだろう……」

 予想していた答えにアレスターはようやくギリムを振り向いた。




「これではっきりしたよ。僕が術者と疑ったのはあなたともう一人。だが巻き戻しはあなたが国宝を使った結果で呪いではない。何度もツェリが死ぬのだけが呪術だ。ふたつが絡み合い一体化したようになり惑わされた。僕もまだまだだ」

「判明したところで! きっともう終わりだ、巻き戻しはない。───そう感じる。ツェーレンは、もう……、君はよく落ち着いていられるな。愛していたんじゃないのか!」




 そう吐き捨て俯いた顔をあげれば、アレスターの傍らからツェーレンが消えていた。

「ツェーレン!? 弟を何処へ!!」

「巻き戻しがない、それは正しい。そして愛してたんじゃなく愛している」

 立ち上がり、アレスターはギリムに手を差し伸べた。

「すごく嫌な気分だ。ツェリの首を締めるなんて吐き気がする。さあ、証人になってもらうよ義兄上。答え合わせに行こう」

 




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