消えた人
「チチチ」
白鷺さんの言葉をぼんやり思い出していたら、鳥の声で目が覚めた。
天窓の方から聞こえる。
この近くに公園があるので、自然と鳥が舞い降りる。
そう、鳥も人も好きな場所を選ぶ。
鳥籠の布を外して水を取り換え、東側の窓を少し開けて窓辺に置いた。
さっそく水浴びをしている。朝の光にキラキラと水滴が輝いて、幸せな気持ちになる。
空を見上げて、おばあちゃんが元気でいますように、仕事をちゃんとできますようにと手を合わせた。
さあ、支度を急がないと。
住み込み用の部屋は、ガレージの2階、昔運転手さんが使っていた休憩室だった。
6畳一間でも小さな台所とトイレ、浴室もある。寝具、電子レンジ、冷蔵庫もあって、自分の居場所があるって、こんなにうれしいんだと、温かい気持ちになった。
勝手口のインターホンを鳴らす。
「おはようございます。三鳥です」
無言で鍵が開く。
孔雀さんの姿はない。
テーブルの上にメモがあった。
「台所にある掃除道具で、
家の周囲と庭を掃き清めてください。
美観を損ねるものを排除する程度で、雑草に見える植物や苔も抜かないこと。
茶室へは絶対に立ち入らないこと。
屋敷内の清掃は玄関と居間、廊下をそれぞれ、箒で履き、雑巾で乾拭きしてください。
使った後は清潔にして元の場所へ。
御用聞や宅配便はいったん断り、送り主の名前を聞いて、メモをテーブルに置いてください」
2枚目もある。
「食事はこちらで用意します。食べる時間には決まりはありません。
私からは以上です」
早速冷蔵庫を開けると、親子丼のようなご飯と野菜サラダ、粉末スープが置いてある。
それを取り出して温めて食べた。
家の周囲から始めた。慣れない竹箒で落ち葉や小枝を集めていると、
勝手口に人影が見えた。
そっと近づくと、古びた上着を着た男がいた。
「どなた様でしょうか?」
「この屋敷の新しい家政婦さん?」
声が落ち着いていて、思わず「そうです」とこたえてしまった。
すると亡くなった奥様の知人だと名乗った。
「奥様によく茶会に呼んでもらっていて、懐かしくて偶然近くまで来たから寄ってみたけど、蒼源さんは、茶会をしないのかね。茶室はどうなっている?」
「私は雇われたばかりで分かりかねますので、他の者を呼んで参ります」
「いや、いいんだ」
「奥様に茶碗を貸したことがあって、それを返して欲しいんだ。茶室の水屋にあるはずなんだ」
「私ではわかりかねますので、別のものを呼んで参ります。少々お待ちください」
インターフォンを押しても返事がない。孔雀さんはどこ?
「申し訳ありません、今日はどなたも留守なんです」
「留守か」
私の横をすり抜けて、庭へと歩いていく。
「お待ちください!」
この人が本当に奥様の友人かどうかわからないことに気づいて、サーっと血の気が引いた。
秘書氏に電話して確かめたい、でも今は追いかけないと。
茶室に入ろうと引き戸を開けようとするが、開かない。
男は裏に回ろうと勝手に歩き始めた。
「どなたですか」
「孔雀さん」
私の声に男が振り返り、孔雀さんを見た。
「久しぶりですね」
「どちら様でしょうか」
「弁護士がこちらに来ていたそうですが?」
「存じ上げません。」
「先生が連絡が取れなくて、何かご存知ないかと思いまして」
「存じません、お帰りください」
「先生は茶会の後に連絡が取れなくなっているようですが」
「蒼源様にご確認されてはいかがでしょうか」
「蒼源さんがご存知なんですか?」
「この屋敷の主人ですから、その許可がいるのではないでしょうか」
「あなたは奥様から屋敷の権利の一部を相続したそうですね。何かの報酬ですか?」
「いいえ」
「また改めます」
男の人が去った後、孔雀さんが静かに言った。
「今後は気を付けてください」
信頼を得るのは当分無理だと、自分でもわかった。




