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第81話 神の祠

 王族と神官たちは煮え立つ鍋をじっと見守っている。

 噴き上がる蒸気は気づけば、辺りを霞ませるくらいに濃くなって。

 匂いもますます強く鼻がひりひりする。


 鍋の下で盛る神火は、遠くからもよく見えた。

 赤に黄に橙と、変幻自在に揺らめき様相を変えて。

 

 ──

 

 火。

 燃え盛る炎。

 

 とても黒くて恐ろしくて。

 遠い彼方から囁きかける。

 “焼き尽くせ”と、俺に命じる。


 ──


 頭を振って幻影を払う。

 ときどき脳裏に浮かぶ、心の()()にこびりついた記憶。


 イアと旅立ってからはほとんど思い出すことはなかった。

 まるでイアが、その“声”を抑えつけてくれるみたいに。

 ……。




 鍋が十分に煮えて、神官は粉になるまでひき潰した木の葉をまぶす。

 そして木の枝で何度も鍋を掻き回すと、中身を器に注いで王族たちに渡した。


「神の采配を」

 神官の合図で、王族たちは器の中の煮えた汁を一斉に飲み干した。

 滾る炉と立ちのぼる湯気の中に、白装束がおぼろにかすむ。


「ん……」

 気怠さは限界で、強烈な眠気の前にどうにか意識を保とうとするけど体に力が入らない。

 見ると王族たちも皆だらりと頭を垂れている。


 何があったんだろう。

 王女を助けなければと思っても腰が上がらない。


 強い痺れが全身にひた走る。

 まるで薬を盛られたか、魔法にでもかけられたみたいに。

 

 “魔法(マギカ)”。

 そうかもしれない。


 ここは“聖域(サンクチュアリ)”。

 何が起こったっておかしくはない。


 ディーネもファーガスも頭を垂れて目を閉じている。

 周囲の誰もが気を失っていて。

 

 いいや、ただ一人。

 スクゥアだけが平然としていた。

 腕を組んで木に寄りかかり、主を見守っている。


 俺と目が合うと、彼女は微笑みを返した。

 ()()()()()と、安心させるみたいに。


 意識はそこで途切れた。




 ──

 

 ────

 

 ──────




 目覚めたとき、“祠”が目の前にあった。

 石造りの巨大な建造物だった。




□□□




 夢かと思ったけど間違いなく祠はそこにあった。

 霧が晴れるように突如として現われたのだ。


 一体何が起こったのだろう。

 視界がくっきりするにつれて疑念もますます深まる。

 森林に囲まれた中に平地が広がり、中央に古びた祠が立っている。

 

 まるで“異界”に放りこまれた気分で。

 理解しろという方が無茶だった。

 

「こたびも無事たどり着きましたな」

 神官長の声がした。


 見ると補佐官も王族も続々と、何事も無かったかのように立ち上がっている。

 薪にくべられた炎もぐつぐつ煮えた鍋も消えてしまって。


「何があったの?」

 ディーネに聞かれても首を振るしかない。


 あの鍋や甘い匂いが関係しているのかは分からないけど。

 たしかなのはここが目的の“祠”であり、儀式を行う場所だということだけだった。




 祠は大きくそして丸かった。

 大小の石が積み上げられた壁面の間に入口らしき穴が開いて、苔むした屋根が半球(ドーム)みたいにこんもり盛り上がっている。


 祠の壁には一面、めまぐるしいほどの()()()()が描かれていて。

 その合間に古代の生き物なのか、複雑な形象の絵が置かれている。

 見ていると体がぐらりと目眩を起こしそうだった。


 故郷の村にあった、先祖を祀る小さな石室を思い出す。

 土地の中でも特に“力”の集まる場所を区切って、そこを“別の世界”として畏れるのだ。

 いつも死者の匂いが立ちこめて、軽々しく触れてはならない禁忌の場。


 ──“墓”。

 

 ここもそうなのだろうか。

 あの世に旅立った死者を祀る聖域。


 壁面に描かれた絵に目がいく。

 色々な生き物の特徴がごっちゃに混ぜ合わせった奇怪な化物たち。

 馬かと思えば魚の尾を生やし、鷲羽を広げながら狼の四肢を持って……。

 

 それはきっと“人あらざるもの”。

 この世のものではない、“彼方”の存在。


()()()が迫っております」

 長い帽子の神官長が、祠の前に立って空を仰ぐ。

「間もなく、陽が頂点に達しましょう」


 つられて見上げると、空はいつの間にか雲ひとつなく晴れ渡って、高く上がった太陽が地面を眩しく照らしている。

 出発前あれだけ広がっていた雲も、雨も雷もまるで幻みたいに消えてしまった。


 混乱する俺を待ってくれるはずもなく、儀式は粛々と進行する。

 王族たちはこれから祠の中に入って、太陽が最も高く昇る刻を待つ。


 その時に“声”が降りてくる。

 次代にふさわしき王が、神に選ばれるのだ。




 王族たちが松明を手に一人ずつ祠に入っていった。

 壁面の渦巻に呑みこまれていくみたいに、小さな入口の中へと消えていく。

 

「行きましょう」

 王女が振りかえり俺たちを促した。

 なんであれ俺は彼女の護衛で、依頼を果たす義務があった。


「カイル・ノエ、ディーネ・マクニース、そして──ファーガス・マクルアン」

 そばへ寄ると、王女は俺たちひとり一人に視線を送った。

「みなさんには心から感謝しています」


 口が半開きになって、何も答えられなかった。

 普段とっつきにくい王女が突然優しい言葉をかけることはあったけど。

 澄んだ瞳を向けられると、とっさに返事が出てこない。


「あなたたちは想像を超えて、素晴らしい力を持っていらした。私にとってこの上なく幸運なことでした」

 祠の中から風が吹いて、王女の松明の火を揺らした。

 神火は左右に大きくはためいて、けれど自分の役目を思い出したみたいにまたまっすぐ天に向かって炎を立てる。


「私からの最後のお願いです」

 ヴェールの下で王女は目をぱちぱちと瞬かせる。

 今まで確信を持って事を進めてきた彼女が初めて、先行きに不安を抱いたみたいに。


「儀式の後……全てが終わった後で、どうか、妹を──」



 

「とまりなさい、()()()


 重い声が背中を突き刺す。


「いい加減、私たちを煩わせないで頂戴」


 振り返ると、黒衣に身をつつんだ“女帝”。

 

 エヴィレア先王妃の姿があった。

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