第41話 神との戦い
蛇の口から撃ち出された白い何かに合わせて剣を振る。
切っ先から放った炎に触れて爆発とともに攻撃が弾けた。
竜精の力を得た炎熱が魔物たちまでをも焼き払う。
衝撃で湖面が激しく波打って周囲の霧が一息に晴れる。
そして“炎”は背後の仲間たちを刺激した。
ファーガスも近くにいた魔法使いも、馬上の騎士団長も他の冒険者や騎士たちも、一人残らず目を見開き固まった。
「“蛇”は俺が押さえる。魔物を頼む!」
視線に酔っている暇はない。
一瞬も無駄にはできない。
「行くぞ!」
ファーガスと騎士団長が同時に叫ぶ。
誰が最初に続いたのか、戦士たちの雄たけびが空気を揺らした。
□□□
湖畔は血と暴力の支配する戦場へと変貌する。
眷属を主に戴く魔物たちは、肉体に刻まれた命令の赴くままに支配者を守る。
騎士と冒険者たちは、自ら誓った使命を掲げて敵に立ち向かう。
剣と剣、槍と槍がぶつかり合って激しく鳴り、鉄の破片と鮮血が飛び散る。
日々鍛え上げられた力と技が惜しみなく発揮される。
肉を断ち地を揺らし空を舞い。
それぞれが磨き上げた必殺の刃が戦場を刈る。
後方からは間髪をいれず魔法が放たれ、魔物たちへの攻撃と戦士たちへの加護を与える。
階梯に妥協はない。
中級魔法から上級魔法まで、日々研鑽を積む術師たちの叡智の結晶が戦場を飛んだ。
剣戟の火花が湖畔を照らし、狙いを外した魔法弾が爆煙を上げる。
傷ついた戦士たちが血を流し、切断された魔物の四肢が転がる。
騒音と轟音、悲鳴と絶叫が戦場を満たしては消え、そしてまた満たす。
混沌がこの場を支配していた。
人と魔物、互いに相容れない存在。
そこに魔物を遥か上回る超常生物──眷属が交じり、ここはもはや現世を隔絶した“異界”と化していた。
そんな混沌の中でも、この戦場には一つの秩序があった。
この場にいる誰もが──おそらく魔物たちですら共通して持つ了解があった。
この日この時を境に、世界はもはや以前と同じではありえないだろう、と。
□□□
ほとんど考えることなく俺は蛇へと向かっていく。
相手が何をしてくるか分からなかったけど、結果的にその反撃は俺に機会を与えた。
勢いよく跳躍して水を飛び越えると、眷属──ミルディーンの体に差し込まれた肉や枝がぐわんと伸びて迎撃する。
その力と速さ、触れればただでは済まない。
──やれるだろうか。
剣を握る手が汗で滲む。
こんな化物、俺に倒せるだろうか。
そんな不安がよぎって。
《カイル!》
イアの声が聞こえた。
その瞬間目に見えるもの全てが歪み、遅れる。
放たれた腕をかわしてその一本の上に飛び乗る。
──動きが見える。
イアの力で俺の反射神経が引き上げられて相手の動きについて行ける。
《にょきにょき来るよ!》
イアの思念が伝わると同時に伸びた腕が無数に増える。
蛇の体から蛇が飛び出すようなおぞましい光景が目の前を覆う。
腕の群れが唸りを上げる。
腹から背中から水の中から、渦を巻いて襲いかかる。
「おおっ!」
全身の感覚という感覚を開放する。
そうだ。
イアが──竜精の力が俺を支えてくれる。
飛び、跳ね、捻り、かわし。
剣で受け、燃やし、断ち切る。
空気を切り裂いて次々放たれる腕を竜の炎が焼き切る。
──通じる。
俺とイアの炎は眷属の体に通る。
だったらこのまま竜の炎を叩きつけるだけだ。
「行くぞ、イア!」
腕の上を走って本体を目指す。
眷属の奇怪な声とともにいっそう激しくしなる腕を、紙一重でかわして切り落とす。
切られては再生する腕に次々と乗り換えて少しずつ本体に接近する。
決して遠くはないはずなのに胴体までが途方もなく長い。
無限に生まれ出る眷属の腕が四方八方から撃ちこまれ、脇の腹を股の間を頭の横を、光線のように突き刺してくる。
一撃もらえば命が危い。
“死”がすぐそばにある。
肌がひりひりする。
《カイル!》
イアの声とともに感覚が拡張する。
真下から真後ろから──普通なら避けようのない攻撃を感知してかわせる。
イアがいなかったら俺はとっくに叩き潰されている。
この小さな竜精が俺に“神”に立ち向かう力をくれた。
そして──腕を掻い潜り、さばき、断ち切るたびに、新しい感覚が生まれてくる。
自分の中に眠る力が呼び覚まされていくように、まだ見ぬ可能性が明らかになっていくように。
剣を振るたびに自分が確実に強くなっていくのを実感する。
強敵との対峙が俺を成長させている。
束になった腕の塊を炎の剣で切り払う。
掻き消える炎の先に表皮が覗いて眼のない頭部が見える。
わずらわしい羽虫の気配に鼻がひくついて口が半開きになっている。
でかい!
間近で見ると本当に巨大だ。
こんな生物がこの世界に存在していること自体信じられない。
この怪物を前に人間はあまりに卑小だ。
──それでも。
「やってやる!」
叫んで、跳躍する。
頭上に剣を振り上げて刀身に炎を纏わせる。
狙うは頭部。
失った眼の少し上、脳天。
そこを突き刺して頭を割り、その勢いで首を斬り落とす。
首を斬っても死ぬかは分からない。
それなら炎で全てを焼き尽くしてやる。
勝てる。
俺とイアならやれる。
感情がたかぶって体が熱くなる。
気づくのに遅れたのはそのせいだろうか。
剣を振り下ろすその瞬間。
存在しないはずの“眼”が、俺たちを見ていた。
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