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第42話 蛇の眼

 蛇の頭が向いたときに悪寒が走った。

 見えるのはあるはずのものが欠落した平面。

 抉られた傷が塞がったような不自然な凹み。

 けれど蛇は確かに俺を見ていて。

 そこには紛れもない()()があった。

 

 けれどもう止められないし止まるつもりもない。

 恐怖を断ち切るように腕に力をこめて剣を振り下ろす。


 ──

 

「……!」

 衝撃。

 脇腹に何かが当たって体がへし曲がる。

 剣を掴むのに精いっぱいで状況がわからない。


《カイル!》

 イアに呼ばれて体に力が入る。

 一瞬歪んだ視界が元に戻ると。

  

「これは──」

 蛇の周囲に多数の()()()()()が浮かんでいた。

 魔法使いの“光球(ライト)”より純粋に白いそれらは、宙に浮く卵のようで。

 

 その表面には何かの模様が見える。

「……“眼”?」

 浮かび上がる渦巻模様は眼球にも似ていて。

 無数の眼が俺を見ていた。


 その眼に見つめられると金縛りにあったみたいに体が痺れる。

 自分の意志が奪われて魂を抜き取られていくような気分。

 深い深い水の底に沈んでいって辺りは暗くなり何も見えなくなって息をする気力もなくなって。



 ──



《カイル!》


 はっとして、考える前に炎を剣に纏わせる。

「ぐっ!」

 蛇の白球から放たれた何かを炎で阻む。

 けれど衝撃は激しく、俺の体は湖から陸の方へと弾き飛ばされる。


 空中で俺の眼が捉えたもの。

「これは──」

 白く細くうねうねした()()

 蛇の白球から次々と放たれた光はそれ自体が蛇のようで、天蓋(ドーム)のように空を覆って放物線を描き周囲に散っていく。

 その向かう先は。


 ──


「よけろ!」

 ファーガスが叫び盾を構えた。

 歴戦の冒険者としての勘が感じ取ったのだろう。

 盾技(シールドスキル)が強力な防護壁を形成して眷属(トゥハナ)の光を正面から受け止める。

 弾かれた白閃は拡散してなおも止まらず。


 周囲で声があがる。

 悲鳴と雄たけび。

 人だけじゃない。

 魔物たちも背後から光に貫かれて膝をつき倒れる。



「くそ、何が……」

 俺は陸まで吹っ飛ばされて、腰を打ちながらもどうにか立ち上がる。

 そばには光に肩を射抜かれ落馬した騎士が一人。

 

「大丈夫か」

 見ると、光が消えることなく矢のように刺さったままだ。

 そして傷口から()()()()()()()が溢れて光の中に吸い込まれている。

「なんだ、これ……」

 血液じゃない。

 むしろそれ以上に、生命にとって本質的なものに見える。


 炎を纏わせた剣で光を断ち切ると、光はバネみたいにしなって湖の方へ還る。

「しっかりしろ」

 声をかけるけど騎士はぐったりして答えない。

 傷の影響か生気が抜けたように見える。


 他のみんなは──

 そう思い振り返ろうとしたとき。

 ()()()と鈍い音が鳴って何かが頭上を勢いよく通り過ぎた。

「な──!?」

 顔を上げ、目にした光景に固まる。

 

 多数の()()が空を飛んで湖の方に引き寄せられていく。


 ──光に貫かれた、人と魔物たち。



 湖上に鎮座する眷属の周囲に薄紫の光が漂っている。

 変色した光の先端には人と魔物が垂れ下がっていて。

 みんな眼を開けたまま()()()としてピクリともしない。

 まるで蛇の猛毒を注ぎ込まれたみたいに。


 これから起こる出来事を予想はできた。

 けれど実際にそれが起こってしまうと衝撃で動けなくなる。


「ああ……」

 狩られた獲物のように宙に並んだ人と魔物たちの体が空中でゆらゆら揺れて。

 薄紫の光が蛇の鱗へと、それとともに()()たちが体内へと取り込まれていく。


 異様な光景だった。

 光沢する蛇の鱗はまるで沼のように触れた()を内側に呑み込む。

 意識があるのかないのか、誰も身動きできず為す術なく蛇に喰われていく。


 眷属が口を開いて空気をすりつぶすような鈍い声を上げた。

 まるで十分な食事に満足したかのように胴体を大きく波打たせる。


 誰もが眷属の食事風景を見て絶句する。

 こんなものが現実であるはずがない。

 きっと誰もがそう願って、けれど現実はもっとおぞましくて。

 

 蛇の鱗が鳴動して表面に多数の()()が現われた。

 それは敵と味方の別なく体内に取り込まれたものたち──その肉体の一部分。

 消化もされていない手足が蛇の体から次々と生え出して。

 俺の中でイアが震えている。

 

「あれは……」

 新たに生え出た無数の突起の中にいくつかの丸い塊が映る。

 目を凝らして愕然とする。

 石膏像のような硬い表情を隠してだらりと垂れさがっているのは髪の毛。

 取り込まれた人々の、頭。


 

「う……」

 胃の底が()()()()して吐き気が押し寄せる。

「喰ったのか」

 ファーガスも目の前の光景に声を震わせる。

「人だけでなく自分に従う魔物までも」

 

「奴にとっては全てが()()なのさ」

 横から声がして、馬に乗った騎士団長だった。

 手にした剣は相変わらず輝いていて眷属の光を見事うち払ったようだ。

 

「人も魔物も自分より卑小で下等な弱者。いずれ呑み込むだけの供物に過ぎない」

 それはどこか達観した物言いで。

()()()()()()がそうなのだろうが」

 騎士団長が俺に目を向ける。

 ……気づいているのだろうか、俺の中にいるのが竜精(ドランシー)だと。


「あの光はおそらく、蛇の“第三の眼”だ」

 騎士団長は続ける。

「かつて竜に敗れた蛇は瞳を奪われたというが、それはあくまで象徴としての眼に過ぎない。あの光──あるいは光を放つ器官こそが、奴の本当の瞳なのだ」

 状況を説明するための淡々とした口調。

 その中にはたしかな()()が感じ取られて。

 あるいはこの人も、ファーガスと同じように──


「見ろ。食事をして──成長しているぞ」

 団長が指差した方向。

 湖上の大蛇の姿に目を疑う。

 巨体の背後に蟲の羽のような薄い膜が浮かんでいた。


「……“翼”?」

 いくつかに分かれて浮かぶ羽にはあの薄紫色の光が流れていて、蛇の様態をいっそう禍々しく見せる。

 長い胴と翼、他者から奪い生やした手足。

 その姿はまるで──


()()()()()だ」

 騎士団長が言った。

「蛇は竜に焦がれ竜を目指し、その不遜を咎められ罰を受けた。長き眠りから目覚めた今でもその欲望を忘れられないのさ。哀れなものだ」

 まるで慣れ親しんできた相手でもあるかのように。



 呆気にとられているうちに、蛇の胴体から生え出た肉に変化が現われる。

 人も魔物もいっしょくたになって蛇の鱗と同じくすんだ鉛色に変わり、初めからそこにあったみたいに違和感なく溶け込んでいく。

 彼らは眷属の一部になってしまったのだ。


「このまま奴が解き放たれれば大陸中の生き物が喰われるだろう。そうなる前にどうにかしなければならないが……どうする、()()()()

 俺に向けた騎士団長の声には好奇の響きがあった。



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