第34話 神の住まう場所
石室はそこで暮らせそうなほど快適だった。
クローガンはかなり長く生きてきた精霊で、様々な石や金属を操る力を持っているようだ。
俺の相棒はどうだろう。
「イアは何かできるのか?」
「うーんと……」
首をひねるけど何も出てこない。
もちろんイアは飛べるからそれだけでいろいろと役立つ。
けれどそれは持って生まれた体の特徴のおかげで、クローガンのような“能力”とは違う。
“竜”から連想するなら……たとえば熱息を吐いたり風を起こしたり魔法を操ったり。
……竜っていったい何ができるんだ?
「なんもできない!」
イアは胸を張って言う。
素直でよろしい。
「その子は生まれたてなんだ」
ファーガスの背から鉄の精霊が顔を出す。
「精霊も人と同じ……経験して学んで成長する。これから自分自身のことを知っていくだろうさ」
そう言ってすぐに引っ込んでしまう。
やはり人前に出るのは好まないようだ。
「イアの“しょうらい”にきたいしてほしいな!」
「そう願うよ」
自信に満ちた様子に呆れつつも落胆などしない。
ただでさえ彼女は俺に無限の力を供給して、胸の中の“黒い炎”を受け止めてくれている。
このあいだは体を動かして洞窟を登ってくれた。
イアがいなかったら今俺はここにいない。
彼女がそばにいてくれる。
それだけで十分だ。
□□□
夜明け前に出発して緩やかな勾配を登っていく。
うすい靄がかかっていたけど昨日よりはだいぶ視界が良い。
イアの感覚を頼りに道を選んで上を目指す。
それほど標高は高くないのに生き物の姿が見えなくて、異様な静けさが漂う様子は確かに“神域”を思わせる。
「ほんとうに何かありそう……」
“探知”を行うディーネも緊張している。
地下での戦いを思い出しているのかもしれない。
「大丈夫だ。何があろうと私が“盾”となって皆を守ろう」
ファーガスが声をかける。
聞くだけで安堵してしまう、落ち着いた声。
「……ありがとうございます」
礼を言うディーネを見るファーガスは、やっぱりどこか“保護者”みたいだった。
「立ち去りなさい」
陽の光が遠くに映りはじめたとき、何ものかが声を放った。
歩みを止めると坂の先に複数の人影を認めた。
「でかい……いや、帽子か?」
彼らは空に向けてにょろりととぐろを巻いた帽子を被っている。
「これより先“禁足区域”にて立ち入りはできません。どうぞお引き取りを」
五人並んだうち、真ん中の一人がよく響く声で言った。
全員女性のようで、渦巻模様のローブを身にまとっていた。
「山の“巫女”か」
ファーガスが言う。
薄霧に向かって目を凝らすと巫女たちの青ざめた表情が見えた。
ずっと山にこもって薄い空気に慣れた結果だろうか。
……それにしても巫女たち、瞳がぎょろっとしてるし口も異様に大きくて怖い。
「この先には何があるんですか」
声を張って尋ねてみると意外にも返答があった。
「この山を司る“神の社”。何人も、その静謐を犯すこと叶いません」
その神とは──
「それは眷属のことか」
ファーガスが一歩足を踏み出して巫女に問う。
まるで初めからそれが目的だったみたいに。
「我らの”神”は“神”である。他の何ものでもない」
巫女の一人が答える。
はぐらかしているというより本気で言っているみたいだった。
「なるほど。“悪神”であろうと“神”には変わるまいか」
ファーガスが言うと空気が一変した。
巫女たちの体に強いオーラが宿る。
「口に気をつけよ、ヒト」
五人の巫女の声が重なって別の次元が開くような歪んだ音をたてる。
とぐろの被り物がうねうねとむき出しの敵意に揺れている。
「ファーガスさん、どうかしたの?」
ディーネが困惑しながら表情で杖を構える。
「なに、強行突破の口実を作っただけさ」
「えぇ……」
あきれ顔は俺も同じ。
一体何を考えているんだろう?
「……といっても、先に進まなきゃいけないか」
それにこの巫女たちの様子、普通じゃない。
周囲に立ち上るのは魔力だけど、その禍々しさは……“呪術祭司”を思わせる。
彼女たちは眷属に仕える巫女なのだろうか。
「先に行かせてください。危険が迫っているかもしれないんです」
俺はあくまで訪問者としての立場を崩さない。
「眷属が目覚めればこの地上に“災厄”をもたらします。その前に止めなければならない」
言った途端、巫女たちから表情が消える。
それから起こった数コマの瞬間が俺たちを“異界”へと引き込んだ。
「“災厄”とはなにか」
巫女の一人が腕を伸ばす。
「人の時代の終わりか」
腕の先には無数の触手が蠢き。
「それは再びの神話の始まり」
帽子の下の顔はもはや人のものではなく。
「まさに、“祝福”ではないのか」
多眼の化物が目の前にいる。
「まあ、こうなるよな」
剣を抜いて構え、イアを引き寄せる。
「巫女ごときに時間はとっていられまい。先を急ごう」
ファーガスが盾と槍を持って前に立つ。
頼もしいけれど少し前のめりな気もする。
「ファーガスさん──」
「こいつらを片づけてからだ」
俺を遮ってファーガスは盾を構えた。
先ほどまで巫女だったものが“盾”を強烈に見据えている。
おぞましい触手は丸く開いた口の奥にまで蠢いて、悪意の息と唾液がとめどなく零れていた。
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