680話 魔神白竜⑤
アイリス : 方向音痴不死身系ヒロイン
黒猫 : 元実験体裏社会ボス系ボクっ娘
カーミラ : 記憶喪失盲目系始祖吸血鬼
ミルディ : 子持ち人妻シスコン(不死new!)
シンク : 訳ありタイムトラベラー系騎士
……属性盛り過ぎィ!
白竜との戦いはより混沌へと近づいた。
血の色をした霧が戦場を覆い、聖なる光を遮断する。槍ほどまで高密度化すれば貫通してしまうようだが、その間に弱体化してしまう。よって白竜を害するほどの力はない。
聖守セルアによる横槍を気にせず戦えるようになったというわけだ。
「味方、でいいのよね?」
「カーミラさんはシュウさんが呼んだみたいですねー」
「ああ、そう……」
シュウの正体を薄々察しているミルディからすれば、知りたくもない真実であった。厄災『赤い夜』と関係あるとすれば、つい最近ガレス検問市で発生した赤い夜にも疑わしい点が出てくる。アルネが巻き込まれ、行方不明となった事件だ。
(でもここまできたら疑っている場合じゃないわ。あの子を止めて、私の罪を償う。それだけよ)
戦いも随分と楽になった。
『黒猫』が生み出す人形兵が特攻を繰り返し、白竜の気を引いているお陰である。ミルディは彼女たちが出てきてから一度も死んでいない。こうして遠くから魔術を撃つだけでいい。
シンクも巧みに気配を隠し、ここぞという瞬間を狙って切り込む。また漂う赤い霧は鱗を脆化させ、刃の通りも良くなっているようだ。
「あの羽は僕たちでどうにかするから気にしないでくれ」
そう告げる『黒猫』は再び白竜の翼を切断する。再生するたびに切り落とし、破壊の羽を一切機能させない。また触れるものを塵にする黒い嵐はアイリスが抑え込む。迷宮魔法の混じった風や雷は一筋縄とはいかない。時を操る魔装、冥界の加護、得意な風の魔術を組み合わせて迎撃する。
高度なことを要求されているためか、アイリスは積極的な攻撃参加をしなくなっていった。
「クアアアアアッ!」
吼える白竜の頭上で天秤が輝く。
再び聖杯と同化を果たしたのだ。膨大な魔力という代価を支払い、願いを叶える究極の神器。しかしそれをカーミラが打ち砕く。毒の血液を槍として固め、魔力阻害効果で無力化したのだ。
「カーミラさん、聖杯は壊さないでくださいね! 作戦の仕上げに使うのですよ!」
「……壊すのが早いと思いましたが、残念です」
直感で何かを察したアイリスが先んじて警告し、カーミラは大人しく天秤の破壊に注力する。聖杯の力が如何に厄介であるかは、カーミラが最もよく知っていた。かつてミリアムという持ち主は聖杯を使って魔神の領域にまで至ったのだから。
放っておけばどんな進化に至るか分からない怖さが、聖杯という神器にはある。
「気を付けろ!」
シンクが警告を飛ばす。
白竜は地を踏み鳴らし、黒い雷を撒き散らす。同時に次々と樹木が現れ、急成長を遂げた。樹海が視界を覆い尽くし、白竜の巨体すらも隠してしまった。
そして折角生み出された樹海が竜巻によって消滅する。黒い風が渦巻くその災害は四つに分かれ、竜のようにうねりながら辺りを蹂躙した。そのために赤い霧の結界も掻き消されてしまう。
「いけない! また光の槍が!」
「忙しいですね!」
アイリスと『黒猫』は協力して黒い竜巻を鎮めようとする。しかし迷宮魔力の混じった、空間を抉る風だ。多少は抑制できても、打ち消すには足りない。
赤い霧の隙間から聖なる槍が降り注ぎ、黒い暴風を貫いて白竜を射抜く。
「またセルア様の御力が……!」
「アルネ!」
聖なる槍は魔力を対消滅させる。白竜は鱗を貫かれ、苦しみながらのた打ち回った。その様子に思わずミルディは心を惑わしてしまう。怪物の姿をしていても妹であるということに変わりないからだ。
助けたいという心。
魔神を倒さなければという心。
二律背反に苛まれつつ、それでもミルディは術を放つ。
「《大爆発》!」
ごっそりと魔力が失われるのを感じつつ、大規模魔術を連発する。炸裂する炎が白竜を焼き、堕ちてくる光の槍を打ち消した。
そうしている間に再びカーミラが霧の結界で世界を閉ざしてしまう。また赤い霧は毒となって樹海を腐敗させ、血晶の槍が白竜の尾を縫い留める。
(ここだな)
シンクは体を滑り込ませ、腐敗する木々の中を駆け抜ける。赤い霧に肌を焼かれても止まらず、白竜の傍を駆け抜けた。すると白竜の長い首に深い切り傷が奔り、血が噴き出す。かなり深く切られていたはずだが、瞬時に再生してしまった。
白竜は聖杯と同化し、光の天秤を傾けて傷をなかったことにする。
「カーミラさん!」
「お任せください」
吸血種の始祖が手元に一つの槍を召喚する。それは七仙業魔の一角であった邪妖魔仙の血より生じた血晶武装。彼女が投げつけると白竜の足元に突き刺さり、そこで炸裂した。真っ赤な茨が白竜の四肢を絡めとり、翼を締め付け、首に巻き付く。
また目と口を覆い隠したので、石化と黒雷ブレスと精神汚染の絶叫を同時に防いだことになる。折角再生した翼もこれでは動かせない。何度も再生されるので、封じる方針に変えたのだ。
「ッ! 血の茨が……」
白竜が身を捩ると茨がぶちぶちと音を立てながら千切れていく。そして全身から黒い暴風が噴き出し、触れるもの全てを塵にして自由を取り戻した。血晶武装『血の茨』は完全に破壊されてしまい、カーミラもまた黒い風に巻き込まれる。
霧化によって逃れるも、一部が消失してしまっていた。
「魔神バアル・ゼブルの能力を封じないと攻勢に出られないのです!」
「まったくだ。僕とアイリスで対処するにも中和で精一杯だね」
黒い竜巻、暴食の穴、樹海の侵蝕。
白竜が吼えると同時にそれらが解き放たれる。シンクとカーミラは距離を取り、アイリスと『黒猫』はミルディを守るべく時空断絶結界を張る。
赤い霧は打ち消され、再び空から聖なる槍が降り注いだ。槍は白竜の背を穿ち、そこでようやく猛攻が止まる。
「これでは焼き直しだな」
再び塞がっていく霧の結界を睨みつつ、シンクは呟く。
魔神や魔族の脅威たる由縁は高い不死性だ。しかも白竜は自前の再生能力があり、致命傷であろうと即座に回復してしまう。また聖杯と同化すれば再生の時間も必要ない。
無闇に攻撃を続けたところで全て無意味だ。
「やはり聖杯だ。それを引き剥がさなければ勝利はない」
「魔力が腹の部分に集まっているようです。眼のような紋章は見えませんか?」
「君はカーミラだったか。その目で見えているのか……?」
「見えないからこそ、よく見えるものもあります」
シンクとカーミラが前に出て白竜の首を狙う。血が噴き出す傷口にカーミラは血晶の槍を突き入れ、その毒によって侵した。魔力を阻害する吸血種の毒は魔神にも有効である。しかも体内に直接注入されたのだ。ほとんどの異能が制御から離れてしまう。
「クァアアアア!?」
内部から細胞を破壊する血の毒に苦しみ悶え、白竜はとにかく暴れて悶える。隙だらけに見えてあの巨体と硬さだ。シンクですら近づくのは危険と判断し、距離を取って見守る。その代わりにミルディ、アイリス、『黒猫』の遠距離攻撃組が揃って魔術を使い追撃した。
炎、雷撃、空間切断が白竜の鱗を傷つけ、浸透した毒が再生能力すらも機能させない。
すると白竜の傷口から、粘液質で不気味な色合いの液体が流れ出た。悶える白竜の腹部に眼のような印が浮かび上がり、空には光の天秤が現れる。
「聖杯の同化……腹に印がある。君の言った通りか」
「やはり。そこに聖杯があるはずです」
「気乗りしないが、アルネの腹を裂いて引きずり出すしかないか」
同化に伴い白竜は再び無傷となっている。また第三の眼が魔力を受信し、消耗をほぼ万全にまで回復させていた。
そして幾度となく繰り返された聖杯との同化と、その強制解除。
これが呼び水となり、白竜はさらなる進化を遂げる。
「クァアアアアアアアアアアアアアッ!」
拡散する精神汚染の絶叫。ほぼ効果を及ぼさなかったはずのそれによって、全員の身体が固まった。まるで魂を締め付けられるような苦痛に加え、肌の下を虫が蠢くような不快感が走る。頭痛、吐き気、それに言い知れぬ不快感が次々と押し寄せる。
「きっついね……」
「まずいのです。覚醒したのですよ!」
「はぁ? 今更!? って僕の人形たちが!」
『黒猫』が配備していた人形兵が一瞬で石化した。精神汚染といい、間違いなく性能が上がっている。アイリスは加護の力で魂を大まかに測定し、白竜の覚醒を確信した。
そしてより深く魂を知覚するカーミラは、白竜の恐ろしさを最も正確に理解する。
「力が安定した……?」
白竜の姿はもとより覚醒前提。聖杯という神器が無理やりそれを引き出していたに過ぎない。現状の白竜は、この姿を維持するだけでも常に膨大な魔力を消耗している。魔力嵐を吸収し、魔物という魔物を喰らい尽くしても、いずれは自滅するほどだった。
しかし覚醒してしまえば、その心配もない。
「全員伏せろ!」
シンクの脳裏に、ある光景が浮かんだ。予言の右眼が見せた命の危機だ。
同様にアイリスも嫌な予感がしたらしく身を伏せ、『黒猫』も彼女に従う。カーミラは霧化して空へと逃れたので、ミルディだけが逃げ遅れた。
「キイイイイイイイイッ!」
白竜が叫び、その口腔内より黒い暴風と稲妻が放たれる。圧縮、収束された黒い嵐は直線状を塵にして減衰すらしない。赤い霧の牢獄をも突き抜け、遺跡を破壊していく。更に白竜は黒嵐ブレスを振り回し、赤い霧を薙ぎ払ってしまった。
そうすると阻まれていた聖なる槍が再び降り注ぐわけだが、樹木が盾となって阻む。
負荷がなくなり、すっきりした様子の白竜は頭が割れそうなほど高い声で鳴き、羽を散らした。
「何が起こっているの!?」
黒嵐ブレスの直撃で消し飛んだミルディは、不死の呪いで蘇り、すぐに叫んだ。しかし誰も答えを返している暇がない。
破壊の羽はこれまでにないほど多く、皆がそれらを撃ち落とすのに精一杯であった。
「シュウさん!」
『分かっている』
危険と察したアイリスが呼びかけると、黒い魔力が羽を薙ぎ払った。魔力に飲み込まれた羽は塵一つ残さず消え去り、また白竜が発する魔力も大きく減じてしまう。それと同時に、聖杯の同化も消えた。
シュウが死魔力と死魔法を使った結果だ。
「皆さん! ここからは短期決戦なのです! 《思考加速》!」
アイリスが全員に対してかけたこの魔術は、その名の通り思考能力を向上させるものだ。時空属性の第一階梯にあたるため、術の難易度はそれほど高くもない。しかしながら対象者はそれなりの負荷を受けるため、疲労の蓄積も倍増する。
しかしそんなことも言っていられなくなった。
「これはすごいな」
聖なる刃はより的確になり、舞い散る羽ごと樹木を切り飛ばす。思考能力が格段に向上し、あらゆるものがゆっくりと見えるようになった。思考に対して追い付かない体の動きは気持ち悪いが、そこは流石のシンクである。すぐに適応してこれまで以上の冴えを以て白竜に刃を届かせた。
「キァァァァァッ!?」
明確な白竜の悲鳴と共に、胸元で十字の花が咲く。そこにカーミラが飛び込み、蛮骨を刺し込んで削りながら傷口を広げた。黒い暴風の余波が吹き荒れるも、彼女は霧化してその全てを無効化する。
そうして露出した聖杯を、カーミラは掴み取った。
しかし聖杯より光の鎖が溢れ出て彼女を絡めとってしまい、寧ろ再生しつつある白竜の体内へと引きずり込もうとする。
(霧化を――いえ)
一度下がるべきかとも過ったが、カーミラは類まれなる感知力によって判断を改める。すぐに目の前で斬撃が走り、カーミラの腕だけ避けて光の鎖は切断された。
地より這い出る樹木は黒猫が細切れにし、暴食の穴もアイリスが予兆を察知して中和する。破壊の羽はシュウが《死の鎌》で薙ぎ払い、死に沈めた。
「いけ、ミルディ」
シンクの刃が再生しつつある肉を裂き、カーミラが噴き出る血を操って傷口を広げる。そこへミルディが飛び込み、聖杯を両手で掴んだ。
ならばと白竜は再び聖杯と同化しようとする。同化してしまえば聖杯は光の天秤となり、完全に白竜と癒着することで引きずり出せなくなってしまう。
「巻き戻し、なのですよ!」
そこにアイリスが干渉し、部分的に時間回帰させることで同化を遅らせた。勿論、対象となるのは白竜だけ。それも数秒程度の小さな巻き戻しだ。しかしこれで隙としては充分。
ミルディが聖杯を引きずり出すべく力を籠める。
「私を許さなくてもいい。でも、あなたに世界を滅ぼさせはしないわ! 終わりよアルネ!」
ぶちぶちと白竜の筋繊維を引き千切りつつ、ミルディは聖杯を引き抜いた。光る鎖が最後の足掻きで絡みつくも、シュウがミルディを起点として死魔力を解き放ち無効化する。そして遂に、白竜から聖杯を完全に引き離すことに成功したのだ。
つまりこれで白竜は瞬間回復の手段を失った。
「畳みかけますよ! シンクさんのサポートです!」
「了解、まずは僕からだね!」
黒猫は空間切断で樹木を破壊しつつ、人形を召喚する。そして自滅覚悟で白竜へと張り付かせ、どうにかその動きを止めようとした。カーミラは霧の結界で降り注ぐ聖なる槍から白竜を保護しつつ、ミルディの護衛として下がっていく。
その間に、シンクはゆっくりと聖なる刃を上段に構えた。
『合わせろアイリス』
「なのですよ!」
『彼方より流出する有界の無限』
「光より始まり、光に終わる」
「『《無限光》』」
二方向より、シュウとアイリスが同時に放つ光の奔流。精霊秘術を起点とした反魔力の砲撃が白竜を襲い、その魔力という魔力を剥がし尽くした。半分は魔物の魔神にとって、聖なる光は最悪の毒。魔装覚醒を果たしたとしても、一時的に大きく力を減じてしまう。
これによってシンクが集中する時間を稼げた。
「安らかに眠れ、アルネ」
片腕を失い、鈍った腕もこの戦いですっかり取り戻した。寧ろかつてを超える技量にまで飛躍している。振り下ろされる瞬間、シンクの本来の魔装によって刃は巨大化し、白竜を真っ二つにした。
一切の歪もなく、魔石ごと綺麗に。




