675話 天蓋の原住民
魔神白竜は光の天蓋より内側へ入ってくることはなく、忌々しそうに鳴いている。魔力の嵐を防ぎ、厄災の魔物を退け続けた結界だ。流石と言えよう。
しかし飛行船とて無傷ではない。
なぜならば、幾つかの魔術的要素を含んでいたからだ。
「動力の一部が損傷しております。高度を維持する仕組みや高速巡航仕様を使えません」
「報告ご苦労。引き続き、調査をしてくれたまえ」
「はッ!」
三号船の艦長は溜息を吐く。
航行そのものは可能だが、拡張的な機能が失われてしまった。特に高度を制御するための魔術機能が失われたことで離着陸が難しくなっている。
一方、シュウも個人的にかなり疲れていた。
(流石に聖なる光の通過はキツイな)
人の姿をしていても、本質は魔物。
しかも魔力の結合が弱く貧弱な霊系がベースだ。魂の根本を死魔法で保護し、外殻たる体は魔力でごり押しするしかなかった。それでも相当の魔力を消耗したので、すっかり疲れている。
密かに冥界と接続し、魔力を補給する必要があった。
「何というか、酷く疲れました。死を前にしたからでしょうか。歳かもしれませんな」
「いや、それは魔力を失ったからだ。天蓋を通り抜けたとき、脱力感があっただろ?」
「……申し訳ない。必死で気づきませんでした。ですがその通りかもしれません」
「魔導銃や聖石のような魔術装備は破損しているかもしれない。確認するべきだ」
「なるほど。確認を急がせるべきですな。感謝しますシュウ殿」
眼下に広がる遺跡、天蓋の外で鳴く白竜、飛行船内の状況確認、そして魔術装備品の確認。慌ただしく動き回り、状況を調べている。
確認、確認、確認とそれだけで忙しい。
ただしシュウは傭兵を統括する立場なので、装備品調査の指示出しだけして外を眺めていた。
(二号船は落ちたか)
水素ガスに引火し、爆発四散してしまった残骸が今も燃えている。かなり激しく燃焼しており、もはや生き残りもいまい。実際、煉獄に魂が流れ込んでいるのも感じている。
(魔神は聖なる光の内側まで入ってこれない)
結界の外側で白竜は今も滞空している。強くこちら側を凝視しており、眼に魔力が集まっていることも分かった。おそらくは石化の能力を発動させている。しかし聖なる光に阻まれ、効力が届いていない。ひとまずの安全地帯ということだ。
しかしながら完全ではない。
シュウが通り抜けられた時点で、それを証明している。
「み、皆さん! 人が! 人がいます!」
着陸場所を探すべく望遠鏡を覗いていた船員が声を張り上げた。
聖守を探しに来たのだから、人がいるのは当たり前だ。しかしやはり驚きが勝る。ここは一国を滅ぼす魔物が跋扈し、近づけば魔力の嵐に侵される魔境だったのだ。その奥地に人が住んでいたなど信じがたい。
周囲の船員たちも驚き、代わる代わる望遠鏡を覗いて興奮を伝え合う。
(コントリアス人の生き残りか)
シュウは知っている。
魔境にある巨大湖は黄金要塞の浄化砲によって生じた跡地へと海水が流れ込んだもの。そして元あったのはコントリアスという王国である。初代聖守スレイ・マリアスの出生地であり、終焉戦争によって滅びた国だ。
眼下の遺跡も王都の跡地というわけである。
「高度制御の魔術が使えませんので、誰かが先行して降りなければいけませんね。梯子を下ろすか、魔術で減速しつつ降りるかですが」
「中では魔術を使えるのか?」
「問題なさそうです。あの天蓋は魔力を拒絶する壁のようなものかもしれません」
「遺跡の原住民と交渉し、飛行船を繋ぎ止める許可を取りたいところだな……」
艦長たちがこれからの動きについて話し合っていると、通信班から声がかかった。
「艦長! ようやく繋がりました。ハンス将軍がお待ちです!」
「おお。助かった。すぐに行く」
通信機は純粋な機械製品だが、魔力系の回路とも混在している。聖なる光を通過した際、魔力系回路が破壊された影響を受けてしまった。エンジニアが応急処置をすることで、ひとまず動くようになったらしい。
「ハンス将軍ですか。私です。代わりました」
『二号船のことは残念であった。しかし任務は続けなければならない。原住民共が見えているな?』
「ええ。彼らと交渉し、着陸するべきかと考えておりました」
『不要だ』
「……は?」
『そんなもの不要であろう。我々は大事を為すために来たのだ。聖守様をあの原住民から保護しなければならない。空挺降下による制圧を開始せよ』
「しかし! それでは聖守様に悪印象を抱かれるかもしれません。今代の聖守様は赤子ではないと預言されていたではありませんか!」
通信の口からハンスの息が漏れる音が聞こえた。どうやら失念していたらしい。聖守とは赤子で保護されるものだという固定観念があったからだ。
しかしそれが彼のプライドを強く傷つけたのだろう。
怒鳴り声となって返ってきた。
『い、いいから実行するのだ! あぁ、いや、やはり……ええい! とにかく降下し、聖守様を見つけるのだ! それが任務と心得んか!』
「……承知しました。将軍の船は?」
『こちらも準備を整える。先遣隊としての全権をくれてやろう』
「ありがとうございます」
安全を確認させ、美味しいところだけを掠め取ろうと言う魂胆だろう。呆れてものも言えない。
通信が途絶えたことを確認し、艦長を溜息を洩らした。
「聞いての通りだ諸君。それとシュウ殿、ネロ社にもご同行いただきますぞ」
「ああ、念のために降下急襲用の装備もある。飛行船は着陸させず、天蓋を周遊させておいてくれ。白竜が突き破ってこないとも限らない。着陸して飛行船を狙われでもすれば帰る手段を失うぞ」
「確かに、性質もよく分からない天蓋に全てを託すのは危険ですな。忠言、感謝いたしますぞ」
「ハンス将軍もあなたほど聞き分けが良ければな」
「ふふふ。ここだけの話にしておきましょうか」
艦長は苦笑しつつ、そう返した。
◆◆◆
傭兵たちは既に降下装備を装着し、爆撃口へと集結していた。本来、飛行船は赫魔を空爆するための兵器で、空挺降下作戦はほとんど展開された試しがない。しかし流石のネロ社というべきか、訓練はされていたし実戦経験も持っていた。
「外交というものが理解できない馬鹿はこちらに全てを任せるらしい。まずは艦長を無事に降ろすため、俺たちで安全を確保する。攻撃は禁止だ。防衛のみを許す。全く文化の違う相手だ。そもそも言葉が通じないと心得ておけ」
緊張はある。
しかし赫魔に比べれば大したことなどない。傭兵たちは一同に頷く。
「行け」
彼らは小隊ごとに分かれて飛び降りていく。
すぐに落下傘が開き、空気を受け止めて減速しつつ地上へ降りて行った。また最後の小隊はワイヤーロープを手にして飛び降り、飛行船と地上を繋げる。
最後に残ったのは傭兵に扮したシンクたちであった。
「俺たちも降りる」
率先してシンクが立ち、返事も聞かずに飛び降りた。初めてのはずだが無事に落下傘を開き、問題なく着地する。流石に武の達人というわけだ。そつがない。
一方でこの手の訓練を受けていないファイには少し厳しい。
そこでミルディが手を差し伸べた。
「私の手を取ってください。《空翔》の魔術を使えます」
「それならお願いするよ」
流石のファイもこの高さから自由落下するとなれば緊張する。今は未来視もなく、絶対に安全という確信もない。それでもミルディを信頼し、その手を取った。
そして二人は中に身を投げる。
風を体で受け止めつつ、ミルディは大聖石から魔術を発動した。制動がかかり、二人はゆっくりと降下していく。
「私のことを信用するのですね。事故に見せかけて殺すとは思わなかったのですか?」
「君が僕をかい?」
ファイは魔術で支えてもらっている立場だ。もしもミルディがその気になれば、ファイを落下死させることもできる。
動機は言うまでもない。
「僕は君の妹の運命を弄んだようなものだからね。そうされても仕方ない。でも、君はしないよ。そんなつもりなら、とっくに僕を殺している」
「……そうですね。大公殿下は決して悪い人ではありませんから」
「ラ・ピテル王の使命は世界を滅ぼさないこと。歴代の王たちは初代王様の予言に従ってどんな非道も許した。僕もそんな一人さ。良い人間ではないよ。何度も言ったことだけどね」
「心から悪の人間であれば、未来視を悪用します。世界のためには使いません」
「……ありがとう」
それはファイの心から出た感謝の気持ちだった。
未来視はまさしく人の道理から外れた力だ。悪用すれば好きなように金儲けして、世界の覇者にもなれる。黄金要塞を落とさず、文字通り空の王国として打ち立てることもできた。
だがファイはそうしなかった。
それだけで彼の人格は見えてくる。
「着地します。気を付けて」
できる限り軽やかに、負担がかからないように、降り立つ。既に他の傭兵たちは散会し、警戒態勢を整えていた。
そして見渡せば原住民たちも近くに集まっている。彼らの衣服は小綺麗で未開拓民というわけではなさそうだ。それに武器なども持っておらず、あまり警戒心もない。むしろこちらに強い興味を抱いているように見えた。
「怪我をした奴はいないな? ワイヤーは固定したか?」
最後に降り立ったシュウが傭兵たちに問いかける。彼らは小隊ごとに問題ないことを報告し、また原住民たちのことを指差した。
流石に傭兵の立場で率先して動くことはしたくない。依頼主の意向としては、まず降り立つための土台を整えることが先決だ。
しかしそんなシュウの考えに反して、原住民たちの内の一人が前に出てきた。
「攻撃はするな。危害を加える意図はなさそうだ」
念のために傭兵たちへと指示を出し、シュウが前に出る。すると何も言わず、シンクも付き添った。
原住民の代表として出てきたのは女であった。しかし衣服も化粧も、他とは異なる。明確に上位者であることを示す装いだ。色使いや装飾から推測できる。
お互いのほぼ中間地点にあたる場所で立ち止まった。まず、話しかけたのはシュウである。
「シュウ」
まずは自身の胸に手を当てつつ。
「シンク」
そして次にシンクの方を指差す。
これで原住民の女性も何を言われているのか理解したのだろう。同じように己の胸に手を置いた。
「Conniene ve Laya」
「コンニエーネ・ヴェエ・ラーヤ?」
「Melua. Laya!」
女性は少し嬉しそうに笑う。
「Luia luan meria elia? Muyala melua, Siiue」
「あ、あー……んん? 分かるかシンク?」
「かなり崩れているがコントリアス語に近い、とは思う。グリニア語も混じっているかもしれない。おそらく俺たちが何者かを問うている……おそらく」
「俺も同じ印象だ。しかし困ったな。流石に分からん」
ラーヤと名乗る彼女を含め、原住民たちは間違いなくコントリアス人の末裔だ。彼らの国が採用していたコントリアス語とグリニア語が混じり、二千年の変容を経て今の形になったのだろう。
強く弾くような発音はなく、母音も間延びしていて聴き取りやすい。
あまり警戒心もない態度から見て、穏やかな民族性なのかもしれない。
(シュウもシーウゥと訛っていたしな……)
戸惑っていると、女性は続けて己を指しつつ語る。
「Lua mera Alua. Doriala Selua. Vela Luia muyala melua. Seluas melua」
「俺はネロ社の傭兵を率いている。俺たちはこの場所を調査しに来た者だ……と言っても伝わらないか」
いっそ強引にテレパシーの魔術で意思疎通を図ろうか。
しかしそこまでする義理もなければ意味もない。シュウが頭を悩ませていると、不意に隣のシンクが呟いた。
「セルア……?」
それはラーヤが先ほど口にした言葉の中に紛れていて、確かにシンクの耳が聞き取った単語だ。預言があり、予言でも目にして、ここにセルア・ノアール・ハイレンがいることは分かっている。
偶然とは思えない。
「セルア……セルア様のことを教えてくれないか?」
「Selua? Selua elia. Mera Selua, salias elia, luares varia, lunases miria. Neria doria. Neria vara. Elia. Seluas melua」
「やはりおられるのか。涙? 祈り? 元の言葉から離れすぎて分からない」
「崇めているようなことを言っているように聞こえたがな」
会いたい。一目でも。
シンクはそれらの感情に満たされた。この一瞬だけは本来の目的すらも忘れ、ただセルアに会いたいという思いだけが己を支配した。
このままでは感情のままに、ラーヤへと詰め寄っていたことだろう。
だが、シンクを正気に戻す出来事が起こった。
『キィィィィアアア! クァアアアアアアアッ!』
それは天蓋をも揺るがす絶叫。
頭が痛くなるほど高い音が響く。効き間違えるはずもない、白竜の鳴き声だ。
「何だ!」
「見ろ! やっべぇぞ!」
傭兵たちが指を差す。
彼らはもはや原住民たちを警戒する余裕もない。聖なる光に阻まれている白竜が吼えたかと思うと、その目の前に黒いナニカが生じたのだ。それは初めこそ点のように小さかったが、すぐに膨れ上がって天蓋の一部と衝突する。
そして白竜を丸ごと覆い隠すほどに膨れ上がった瞬間、一気に収縮してしまった。
「なるほど、そう来るか」
「まずいな」
シュウも思わず感心してしまう。シンクとて手元に聖なる刃を生み出し、眉を顰める。
「クァアアアアアアアアアアアアアッ!」
魔神の持つ暴食の力。
それが聖なる光を食い破り、天蓋に巨大な穴を空けたのだった。
今回の人工言語はAIを活用して作ってみました。
一から作ると1か月くらい時間かかるんですが、一日で簡単に組み上がりましたね。それに学習させたら自動翻訳もしてくれるしめっちゃ便利。




