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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 6章・運命の檻

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664話 不器用な姉妹②

 ミルディにとってアルネは出来の悪い妹だった。

 彼女は要領が良く、物覚えも早かった。周りは天才と持て囃し、またミルディ自身も最高神官たる父の名声を傷つけないよう心掛けていた。

 しかしその一方で、父ダンカンの偏った愛情を感じていた。



「お父様」

「あぁ、ミルディですか。アルネを知りませんか? あの子がまた遅くまで出歩いているようで」

「……知らないわ」



 ダンカンはいつもアルネを心配していた。少し帰りが遅いだけで狼狽えるし、病気になれば最高神官としての仕事を放り出してでも駆け付けたことがある。

 愛した妻の忘れ形見というだけでは説明できないほど、どこか過保護に思えた。

 だからこそ、父に認められるため努力した。



「ミルディ・リンディス。あなたの実力を評価し、聖石寮の第一席に任命することとしました。これは怪我で引退された前の第一席が推薦した影響も大きい。勿論、私も期待しています。受けてくれますね?」

「答えは一つですよ本部長。お受けします」



 聖石寮に入ってすぐ名家の息子と婚約し、その後押しもあって瞬く間に六聖入りした。更にはたまたまポストが空いた第一席に昇進する。それほど彼女の実力が目覚ましいものだったからだ。



「ありがとうございます。では第一席ミルディ・リンディス。改めて私たちの状況を知り、相応しく振舞ってください」

「預言がない聖守様のことですね」

「その通りです。実質、あなたは聖石寮において最強です。そして人々の光となり導く存在とならなければなりません。星盤祖マルドゥークはただ縋るだけの者を助けず、望み足搔く者に力を与える。聖アズライールが残した一節です。私たちは苦境にあっても足搔かなければなりません」



 第一席としての責任感は聖守の存在で大きく変わる。特に不在の時代は、六聖こそが人々の希望、第一席こそが星の如き光なのだ。

 ミルディは重圧に生唾を呑む一方、気分も良かった。

 自分という存在が認められたからだ。これを最初に報告するべき相手は決まっていた。



「お父様。本部長から六聖第一席に任命されました」

「流石はミルディですね。久しぶりにシュリッタットに帰ったのです。アルネにも教えてあげなさい。他の親戚も呼んで祝いましょう。それと丁度良かった。実はアルネが聖石寮予備学校に入ると言いだしていまして困っていたのです」

「……アルネが、ね」



 父は最高神官だ。内定はミルディより早く知っていたのだろう。期待した喜びようではなかった。そして続く言葉はまた、アルネ。もやもやとした感情は止まらなかった。

 今日だけは、よくやったミルディとそれだけを口にして欲しかった。だが改まって冷静になる。



(はぁ……何を考えているのよ私。もう大人で、六聖だというのに)



 一周回って自分が馬鹿らしくなった。こんな歳になって何を躍起になっているのか。今更ながら己の小ささに気付いて自嘲してしまう。

 そんな中、ダンカンは不意に問いかけた。



「ミルディはアルネを愛していますか?」

「は?」

「家族として、どう思っていますか?」

「それは……可愛い子とは思っています。私に憧れてくれていますし。ちょっと出来の悪い子ですけど、純真で、真っ直ぐで、でも頑固なところもあって」



 思うところはあれど、ミルディは決してアルネを嫌ってはいなかった。もしや己の抱えていた暗い感情に気付いていたのか。そんな不安が浮かぶ中、ダンカンはどこか苦しそうな表情を浮かべつつ、絞り出すように続けた。



「あの子のために、術師は諦めさせようと思います」

「そんなに才能がないの? 平均程度にはできたと思うけれど」

「いいえ。きっとアルネには才能があります。あなたに並ぶほどの才能が眠っているに違いありません。ですが私は父として、彼女の才を封じたい」

「……どういうこと?」



 全く理解ができなかった。

 アルネは歳の離れた妹なので、あまり競い合ったことがない。それでも、魔術に限らず凡庸だと認識していた。

 眉間に皺を寄せ、思い悩むようなダンカンの姿からは冗談を言っているように見えない。



「教えてください。あの子が何だと言うのですか!?」



 煮え切らない様子にミルディは詰め寄った。

 ここまできて、何でもないでは済まない。中途半端に知って引き下がれるわけがない。ダンカンとてそのつもりでここまで語った。ただ直前になって、覚悟が揺らいだだけだ。

 遂に観念し、全てを語る。



「ミルディ。あなたが聖石寮第一席となった今こそ、教えます。秘中の秘。決して知られてはならない聖守の呪いを。そして私が犯した大きな罪を」



 ダンカンの語りは初め、要領を得なかった。

 シュリット神聖王国の歴史に始まり、初代聖守スレイ・マリアスについて滔々(とうとう)と述べるのみ。子供でも知っていて当然の教養だ。

 しかし最後に、アルネは酷い衝撃を受ける。



「初代様は呪いを受けました。それは魔神を討ち果たした者に、魔神の力と意志を譲渡する呪いです。つまり魔神を討った瞬間呪いに侵され、次の魔神になってしまうのです」

「は?」

「始まりの魔神を討ったことで、二代目魔神スレイに。そして二代目魔神を討った聖ネオンは三代目魔神バアル・ゼブルになりました。次も、その次も、聖守はこの呪いから逃れられないでしょう。星盤祖マルドゥークは何の答えも示されないのですから」



 聖教会、聖石寮、王政府の中でも本当に一部しか知らない知識だ。無闇に語れば、語った方も聞いた方も一族郎党皆殺しになるほどのもの。

 アルネの話から始まり、どうしてこのような機密を語るに至ったのか。

 衝撃を受けるミルディだが、やはり天才。答えに辿り着いてしまう。



「……まさか、アルネだというの? 預言されていない二十一代目聖守は」



 ダンカンは頷きもしなかったし、何か肯定の言葉を発したわけでもなかった。だが彼の表情を見れば、推測が正しいことは理解できた。

 そして推測が確信に変わった瞬間、ダンカンのこれまでの行動にもすべて説明が付く。

 アルネへの過保護な態度や、将来に対する強い干渉はそれが理由だった。



「こんなこと、私に話して……」

「分かっています。あなたを巻き込んだことは心苦しい。しかしアルネを守れるのは、あなただけです。私はいつまでも最高神官でいられるわけではありません。私が預言を隠している内にアルネを遠くへ逃がしたい。この国の手が届かない場所にまで」

「そんなの星盤祖マルドゥークに背く大罪です」

「ならばアルネの未来を知りつつも受け入れろと言うのですか?」



 決して怒鳴ったわけでもない。また問い詰めるような厳しさもなかった。ダンカンは罪を自覚しながら、ただ娘を案じていた。



「聖守の生き様は惨いものです。十五年も親から引き離され、魔神を討つために教育される。そして魔物と魔族を討伐する日々。僅かな油断で命を失い、魔神教団など魔族に与する組織からの暗殺にも怯えなければなりません。仮に魔神を討ち、英雄になったとしても呪いで次の魔神になるだけ。どこに救いがあるのでしょうね」



 足元が崩れていくような感覚がした。ミルディは己の憧れを打ち砕かれた思いだ。

 彼女だけではない。聖守に憧れるのはシュリット人の子供の常だ。真実を知れば、誰でも、大人でも絶望することだろう。憧れた聖守とは、かくも不幸なものなのかと。



「聖守が、英雄。なんて薄っぺらいの」



 シュリットの上層部が作り上げてきた聖守像とは、真実を隠すためのものだった。魔神は消えず、呪いを解かない限りはいつまでも戦いが続く。

 途端にミルディの中で信仰が冷えていく気がした。



(そう。全部、星盤祖マルドゥークのせいよ。力の象徴なら、シュリットを救う神なら、呪いくらい解いてくれていいじゃない。これじゃまるで――ッ!)



 まるで信仰を集めるため、あえて呪いを見過ごしているようだ。

 そんな思いが出かかって、慌てて打ち消した。刻み込まれた信仰が、反射的にこの結論を否定した。流石にそんなはずないと思いたかった。



「ミルディ、あなたは賢い。そして未来がある。だから選んでください」

「……何を?」

「私を糾弾し、断罪する。もう一つは共犯者となって共にアルネを守る。この二つです」



 まさしく究極の二択だった。

 何も知らなければ父を告発し、最高神官からも引きずり降ろした。預言を隠し、聖守をなかったことにするなど考えられない大罪だからだ。

 しかし聖守の真実を知ってしまえば話は変わる。ただ娘のために苦悩した姿が想像できてしまう。ミルディにとっても、アルネは家族なのだから。



「分かったわ。協力する」

「よいのですか? あなたの将来にもかかわります」

「隠し通せばいいだけの話よ。それに私は六聖よ。魔神を本当の意味で討ち滅ぼすことができるなら、その方法を考えたいの。今のままじゃ意味がないんでしょ?」



 それが精一杯の言い訳だった。

 また全くの嘘というわけでもない。魔神を本当の意味で滅ぼす手段がないのであれば、アルネを聖守として祭り上げる意味も半減する。

 しかしミルディの心中はそう単純ではない。



(あの子が聖守? 聖守の呪い? お父様が預言を隠す大罪まで……だめね。考えることが多すぎる)



 この場では答えが出せない。

 考える時間が必要だった。




 ◆◆◆




「君は結局、アルネを守ることにしたんだね」

「ええ、まぁ。そういうことになります」



 ぽつぽつと語るミルディ。

 既に戦場へとかなり近づいており、彼女の出した答えの是非を論ずる時間はなかった。それにファイとて、彼女のやってきたことに口出しできる立場ではない。



「僕も尽力する。アルネが魔神になる未来なんて、認めたくない」

「……あの子は魔神バアル・ゼブルを倒せるというの?」

「倒す未来は無数にあったよ。それだけの才能の持ち主だった」



 未来視を持っていたファイだからこその断言だ。

 そしてミルディはアルネの才能を塞いできた側の人間である。それがどれほど残酷なことか、天才ミルディだからこそ想像に容易い。



「私はあの子が聖石寮に近づかないよう、手を回しました。予備学校では落ちこぼれになるよう汚い手段も使った。金に困った教師を買収して、壊れかけのクズ聖石を宛がったり」

「意外だね。君のような人がそこまでするなんて」

「父は単に圧力をかけて、アルネを退学させようとしたみたいです。でもそんなことであの子は折れない。それだけ聖守や術師に憧れていました。いえ、私に追いつきたかったのかも。そんなあの子の願いを私は潰しました。嫉妬が混じっていたと、今ならわかります」

「罪を告白する相手は僕でよかったのかい?」

「あなただからこそできるのです。今更、どの面下げて謝ればよいというのですか?」



 何もできない馬鹿な妹だと思い込むことで保っていたプライドすら砕け散った。アルネが聖守であるという事実は、それだけミルディにとって重たかった。そして最高神官の立場を賭けて、また長年の信仰すらも裏切ってまで父に愛されることが疎ましかった。

 妹を守るという大義名分を得た。これを用いれば父親公認でアルネを貶めることができる。思い返せば六聖に相応しくない、汚れた感情だ。



「君だって当時は十代。多感な時期だよ。その感情は抱いて当然だ」

「……そういうあなたは現在進行形で十代ですよね? ファイ大公を見ていると自分が恥ずかしいです」

「僕はまぁ、色々あるから。見たくもない未来を見続けると、不必要なものは削ぎ落されていくのさ。世界のために、血を分けた兄弟すら手にかけるのが僕の一族。どうかな。僕の方がよほど汚れているよ」

「どうでしょうね。父から認められたい一心で結婚した私も同類です。六聖の仕事を言い訳にして家庭を顧みない、子供にもまともに会わない。そんな母親ですから」



 リンディス家の跡継ぎとして産んだ息子は、家の者に育てさせている。まだまだ幼く、道理も弁えてはいない。しかし幼子に注ぐべき愛情を向けなかった代償は、すでに現れ始めている。



「息子が私をお母様と呼ぶときね、酷く緊張しているんです。家の人たちの方がよほど家族みたい。アルネもきっと同じ。醜い嫉妬を大義名分で隠して、酷い接し方をしてきた。もう私の言葉は届かない」

「どうかな」

「分かり切っています」



 ミルディはブレーキを踏み、車を止めた。これ以上は車で近づくと危険だ。魔神の放つ嵐のせいか、運転の制御も難しくなっている。

 エンジンを切れば轟々と風の音が車を叩きつけていた。



「今の僕に未来は分からない。でもだからこそ、挑戦したいんだ。これまでの僕は、先に答え見えて諦めてしまっていた。何をするにも、結果は見えていた」



 ファイの視線はフロントガラスに向けられている。さらに言えば、そこから見える激しい雷光と黒い暴風を見つめていた。



「僕はもうあの中に飛び込んで、生きて帰れるか分からない。でもその確信がなくても行きたいんだ。あなたもそうだろう?」

「……それは」

「行こう。遅すぎることなんてない。あなたの言葉はきっと届くさ」



 そう言い切り、ファイは車の扉を開く。ミルディからの返答を聞く必要はない。慌てた様子で彼女も車の外に出た。





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― 新着の感想 ―
ミルディ第六じゃなかったっけ?
姉は魔神が復活した時に死んだとばっかり
そういえばミルディって1児の母だったな。全くそんな感じせんわw本人の言うように家庭を顧みていないからかな?
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