653話 黄金要塞の戦い③
それは奇跡と呼ばれるべきだろう。
このタイミングで、黄金要塞は限界に到達し崩壊し始めたのだ。
倒壊した王の間において、魔神勢力は巻き込まれ落ちていく。その一方でファイ、アルネ、シンク、アイリス、オリガ、そして術師たちは一人も巻き込まれなかった。餓楼も落下した天井に圧し潰され、僅かに免れた個体も好機と見たシンクが即座に仕留める。
「シンク! 正面を水平に斬って! オリガは上に向けて剣を飛ばす!」
ファイの命令には条件反射で従った。
聖なる刃を水平に振り抜き、同時に刃を延伸させる。剣の形状を自在に変化させる能力は、シンクが元より保有していたもの。斬撃に瞬間に剣の形状を変化させるこの剣術は、身体が覚えるほどやり込んだ。
視界の限りが切り裂かれようとしたその瞬間、刃の軌道上へと丁度魔神が昇ってくる。崩落に巻き込まれた異形型は風を操り、すぐに浮上してきたのだ。振るわれたシンクの斬撃は不意打ち同然で、回避できるはずもない。
「がァッ!?」
女性型を抱え動きが鈍っていたこともある。刃はこれまでにないほど異形型を深く切り裂き、明確なダメージを残す。
またオリガに飛ばさせた剣にも意味があった。
突如として雷が降り注ぎ、それがオリガの剣に吸い寄せられる。避雷針のような役目を果たしたお陰で、雷はファイたちのところに落ちてこなかった。
「《時粛》!」
アイリスが時空魔術を使い、時の流れを緩やかにした。時空属性の第六階梯にあたるこの魔術は、対象の魔力が大きいと効き目が悪い。アイリスの魔装と比べれば下位互換だ。しかしその性質を上手く使えば、魔術の標的を上手く絞ることができる。
崩壊する瓦礫は緩やかな落下を始め、広がり続ける亀裂も目に見えて遅くなった。一方で魔神も魔族も動きは鈍っていない。
「前に出るぞオリガ!」
「いいでしょう!」
シンクとオリガは共に飛び出し、魔神へと迫る。崩れ落ちていく瓦礫を足場にして宙を駆ける。この二人もまた、一定以上の魔力を持つからこそ《時粛》の領域内でまともに動けている。
「そうはさせませんよ」
無論、相手も簡単には進ませない。崩落に巻き込まれたはずの廻炎魔仙が炎と共に浮上した。炎の壁を作り出してシンクとオリガを阻み、魔神を守ろうとする。しかしその炎もまた、《時粛》の影響で広がるのが極端に遅かった。
つまり二人を止めるには至らない。
更には追加の雷が降り注ぐも、それすら目で追えるほどであった。シンクが視線を向ければ、全身の毛を逆立たせた九尾魔仙が雷を放射している。時が遅くなったこの空間なら、無視できるものだと判断した。
「ヴぁ……ァあ、るゥう!」
異形型は深い傷から大量の血を流しつつも、女性型を守るように位置取る。迎え撃つべく青い刃に黒い雷撃を宿し、叩く掲げた。
「星盤祖よ! 私の信仰をご照覧あれ!」
そう叫ぶオリガは二本の剣へと魔力を集中させ、最大速度で射出する。その軌道は一見すると異形型から外れていた。しかしそれがオリガの目的。彼女は鼻血が噴き出るほど集中し、意識が飛びそうになりながらも魔力を込めて軌道を捻じ曲げた。ただ加速度を与えただけでは、《時粛》の影響を受けてしまう。だから剣と魔力を繋ぎ、身体の延長のように再定義して強引に操った。
剣は異形型の両脇を抜け、女性型を狙う――が、異形型も反応する。
「そこだ」
シンクは見逃さない。
一瞬でも異形型が見せた隙を突き、気配を消して踏み込む。異形型からすれば、瞬間移動して現れたように見えたことだろう。そして気付いたとしても、今から対応することはできない。
音すらない一刀が、異形型の左腕を裂く。
あまりにも完璧で滑らか。そしてシンク自身も理想だと直感したこの一撃。
「グゥゥゥオオオッ!」
異形型ですら、一拍遅れてようやく痛みに気付く。
しかしここまでして女性型が何もしないわけがない。オリガの剣が突き立てられようとも構わず、宵闇の魔剣を発動した。
腐敗が広がる。
闇の第十二階梯、《大崩蝕壊》だった。咄嗟の発動だったからか、威力も範囲も全く制御されていない。本来ある禁呪そのままに発動する。
「ッ! この――」
シンクは聖なる刃によって打ち払い、闇の腐敗を一瞬食い止めた。だが面の制圧に対し、斬撃は効果が薄い。
「駄目か!」
「どきなさい!」
異形型への追撃を諦め、シンクは下がろうとした。それは正しい判断だ。しかしオリガは、全く別の決断をした。
腐敗が広がり、全身が溶けていく。
それでも彼女は前に進み、強引に異形型へと取りつく。左腕を落とされ、そこに握っていた青い刃も失った異形型は一息にオリガを仕留める術を持っていなかった。残る右手でオリガの身体を掴み、骨が折れるほど力を籠める。それでもオリガは万力のように掴んで決して離れない。
「我が命、我が信仰の輝き! 大聖石よ、応えてください! 《聖滅光》!」
それは命懸けの魔術だった。
光の第十一階梯に位置するため、すなわち禁呪という分類だ。当然ながら、まともな人間が単騎で扱えるものではない。消耗する魔力とて莫大だ。先の攻防でほぼ全てを使い切ったオリガに、《聖滅光》は発動不可能。
だから彼女が消費したのは、魔力ではなく己自身の全て。呪術と呼ばれる魔術の分類に近しい所業だった。
「不味い状況なのですよ!」
アイリスがファイとアルネの前に飛び出し、時空を歪める結界を張る。魔神の放つ闇の禁呪と、六聖の放つ光の禁呪は拮抗した。そして余波の染み出しが黄金要塞を内部から崩していく。
物質のエネルギー状態を乱す闇の禁呪は、オリハルコンであろうと溶かしてしまう。
極致時間操作によって魔力位相が反転した光の禁呪が、魔力物質問わず全てを消し去ってしまう。
「シンクさんは!?」
「彼は大丈夫だよ。こんなことじゃ死なない」
「で、でも!」
アルネは指差す。
その先にいたのは、オリガに付き従っていた最後の術師。彼は禁呪に飲み込まれ、全身が塵となって消えていった。
「……今、僕たちがアイリスの結界から出ても同じことになる。シンクのことは大丈夫。彼は僕たちを勝利に導いてくれる」
本来、禁呪は都市すらも滅ぼす規模だ。
それが加減もなく放たれたのだとすれば、黄金要塞はまるごと飲み込まれる。自分たちどころか、管制室にいるネロ社員、聖石寮術師、聖教会神官たちすらも危うい。
「皆さん! 脱出なのです。転移の使用も許可するのですよ!」
結界を張るアイリスは、ソーサラーデバイスを使ってすぐに呼びかけた。この状況ではなりふり構っていられない。流石に衝突する二つの禁呪に巻き込ませるわけにはいかない。
そうしてついにファイたちの足元も崩れた。
「きゃあああ!?」
足場を失ったアルネは悲鳴を上げ、ファイはそんな彼女の手を取る。抱き寄せ、彼女と共に落下し始めた。そんな二人にアイリスが浮遊の魔術をかけ、落下速度を遅らせる。
しかし安心している暇はない。
炸裂する光と闇を全身に受け止めつつ、九尾魔仙が飛び出してきたのだ。
「せめて貴様らだけでも討ち取ってくれる!」
餓楼を従え、雷を纏う彼女が迫った。
アイリスの時空断層を空間が捻じ曲がるほどの魔力で取っ掛かりを作り、更に言霊を仕掛ける。
「妾を『通せ』!」
言葉一つで世界を捻じ曲げる魔導由来の力が、時空断層結界を完全に破った。九本の尾よりそれぞれ雷撃が放たれ、三人を襲う。
アイリスは《量子幽壁》で電子を遮断し、ファイのことはアルネが庇う。咄嗟のことだったからか、彼女の魔装が暴発した。
「んぅ……」
衣服を突き破って真っ白な翼が生える。そこから散る羽は雷撃と衝突し、対消滅を引き起こした。アルネに直撃した雷も、体表を守る鱗が軽減してくれる。
しかも羽の一つが九尾魔仙へと直撃し、尾の一つを消し飛ばしてしまった。
「おのれ! 妾の尾をよくも!」
怒りに任せて尾が振るわれ、その一つがアルネの顔に直撃する。それによって彼女の顔を隠していた防塵マスクが外れ、素顔が露になってしまった。
そして暴走中の魔装が発動する。
アルネが目で見たものを石化してしまう、きわめて強力な異能が。
「なッ! これは……!」
「よくやりましたよアルネさん!」
ゆっくりと体の末端から石化し始めた九尾魔仙は驚き、隙を晒した。そこにアイリスが入り込む。
「《万象貫通》。終わりなのです」
黒い術式が腕を這い、閃光が放たれる。
魔力消費量は重く、射程も非常に短い。しかし当たれば勝ち。そんな魔術だ。死の光が九尾魔仙の胸を貫き、完全に滅ぼす。そう、完全な滅びだ。
死魔法の中でも最も恐ろしい、死の魔力による魂の滅び。それが九尾魔仙に訪れた。
(勝手にやっちゃいました……でも、いいですよね)
もはや九尾魔仙が復活することがない。
何気なく成し遂げてしまった大偉業だが、今はそんなことを気にしている場合でもなかった。
ファイが禁呪の炸裂点を見つめる。
「確定したね。僕たちの勝ちだ」
その言葉を言い終わると同時に、光と闇の奔流が裂けた。それを為したのは勿論シンクである。全身から大量の血を流しつつ、彼は禁呪を切り裂く一振りを完遂してみせた。
空間がずれるように、禁呪は形を失っていく。
そして奥には、禁呪を最も至近で受け続けた魔神バアル・ゼブルがいた。既にオリガは遺体すらなく、完全に消滅してしまったであろうことが窺える。女性型を禁呪から庇うように抱きしめるその姿を、ファイはしっかり捉えた。
「僕の役目はここまでだ。冥王よ。力を貸してほしい……死滅眼」
冥王シュウ・アークライトが開発し、広めた冥域魔術の中で最も呪われた術。深い冥界の加護は現実世界においても『死』を観測する。
視界の、焦点が合った場所へと瞬間的に零魂術式を顕現する。
それが死滅眼だった。
「ア――?」
性質上、しっかりと対象を凝視する必要がある。戦う者としての動体視力がないファイでは、魔神バアル・ゼブルをしっかりと押し留めてもらう必要があった。
ただそれだけで勝てる切札ではあったが、この達成条件すらも困難である。そして得られた効果は絶大だ。
異形型の全身の内、八割が瞬時に消し飛んだ。
「アイリス! すぐにシンクを回収してほしい。僕たちも脱出しないと」
「分かったのですよ」
ファイは右眼から血の涙を流しつつ、アイリスに願った。
まさに神業といえる剣技で禁呪の衝突を受け流し、更に切り裂いたとはいえシンクは重傷だ。アイリスは回収すると同時に時を巻き戻そうとする。
だが、二人は突如として巻き起こった黒い風に吹き飛ばされてしまった。
まわりの全てを塵にしながら広がる風はファイとアルネの元にも及ぶ。そこでアルネはファイを抱え、翼をはばたかせて距離を取る。
「あああああああああああああ! うああああああああ! るぅ、くうううううううううう!」
黒い風の発生源では、女性型が叫んでいる。耳が割れるほどの絶叫と共に嵐が吹き荒れ、周囲を全て塵に変えていた。
ファイの死滅眼は確かに機能した。
魔神へと焦点を合わせ、死の世界を顕現させた。だが、ファイが『見た』のは異形型であって、バアル・ゼブルではなかった。つまりそういうことだった。
「魔神を仕留めきれていません!? どうするんですか!」
「目標は達成したよ。魔神の片割れ……異形の方を仕留める。それが僕の為すべき役割だった。ついでに戦いで黄金要塞を粉々にできればラ・ピテル王としての使命も完遂される」
「何で片方だけなんですか! というか異形が内側から弾けるみたいに消滅したの、ファイさんがやったんですか!? 聖守なんですよね!」
「うーん。まぁ一応ね」
アルネは嫌な予感がして、咄嗟に高度を下げる。すると頭上を黒い風が通り抜け、黄金要塞をどこまでも切り裂いた。今までの黒い風とは一線を画す鋭さだ。
「嘘でしょ……」
振り返れば女性型はこちらへと迫っていた。魔剣からは闇魔術の黒い槍が放たれ、またもう片方の手で握る風の剣からは黒い暴風が放たれる。
「これ、どう、するん、です、か!」
崩壊していく黄金要塞の中でアルネは器用に飛び回る。これも本能の為せることだ。制御の儘ならなかった魔装を、身体の一部として馴染ませている。真っ白な翼を自在に操り、縦横無尽に飛び回る。遮蔽物を利用して視線を切り、上手く魔神の攻撃から逃れ続ける。
抱えられているファイとしては情けない限りだが、とやかく言っている場合ではない。
「もう少し、もう少し耐えてくれ」
「またそれですか。今度は何が起こるんです? 奇跡の光でも振ってくるんですか!」
「いいや、時間切れってやつさ。上に向けて飛んで! 全力で!」
「もう!」
アルネは言われるがまま、上へと進路を変える。慣性が身体に重くのしかかり、ファイは呻き声を上げたほどだ。そしてアルネの翼から羽が飛び散り、降ってくる瓦礫や残ってる天井などを等しく消し飛ばし、道を作る。当然ながら魔神も追って来ようとした。
だが、それは叶わない。
突如として世界が激しく揺れ、粉塵が舞い、黄金要塞が崩れていく。これまでとは比較にならない爆発の音が連続し、耳も視界もおかしくなったのかと勘違いした。
(本当に……何なのよ!)
文句を心の内で唱えつつも、生き残るために最善を尽くす。視界に映る障害物は全て羽で消し飛ばし、とにかく上を目指した。いや、本当に上を目指しているのかも分からない中、とにかくまっすぐ突き進んだ。
そして遂に視界は開ける。
いっぱいに広がる青い景色を、アルネは初め理解できなかった。
「そ、ら……?」
「うん。脱出できたね。墜落した黄金要塞から」
息苦しさも、殺気も、魔術も黄金もない。
ただただ自由で広い。アルネを迎え入れたのは、そんな大空だった。
ちなみにバアルの方を普通に倒しても復活します。
だから死滅眼で倒す必要があったんですね(RTA風)




