651話 黄金要塞の戦い①
魔神が黄金要塞へと気を取られ、そちらに向かっていった。そのことで地上は一時の安寧を得る。だが壊滅状態にあったシュリットの軍勢は立て直しの暇もない。脱走者が相次ぎ、六聖が命じても統制はほとんど戻らなかった。とにかく魔神が離れている今、何としてでもこの場から離れようと躍起になっていた。
「駄目だな。もうここからは魔神を狙えない。撤退しよう」
第四席、シース・アランは通信機を介してそのように伝える。
彼は魔神へ備える布陣の中で、最も後方にいた。それで彼の部隊も含め外側から惨状を眺めることになり、最も冷静さを維持できていた。
『ラウニウスじゃ。こちらも引こう。魔力を使い過ぎてしまってのぉ』
「翁はもう歳だろう? 充分すぎるくらい働いてくれた。灼融杖の使い手をここで死なせるわけにはいかない」
『そうさせてもらおうかのぉ、痛たたた……』
「腰でもやったか?」
シースもまた大型の銃を分解し始める。
六聖の専用装備として作らせた逸品だ。魔術を超長距離投射するための補助具であるため、銃の形をしているが弾丸は飛ばない。聖石寮における狙撃魔術の第一人者こそがシースであった。
敵の射程外からの一撃必殺を信条とするシースにとって、魔神バアル・ゼブルは埒外の存在であった。どれほど魔力を込めたところで、魔神は殺せない。
「悔しいな」
預言があり、備えよと告げられていた。
だがそれでも魔神バアル・ゼブルを押し留めることができなかった。これは六聖の意義を問われる。聖石寮の力が失墜し、聖教会への信仰も失われかねない。シースにとって看過できない敗北だった。
◆◆◆
黄金要塞は厳戒態勢で魔神を迎え撃った。
大量の魔術兵器が殺到し、さらには殲滅兵が次々と攻撃魔術を放つ。だがそのどれも魔神バアル・ゼブルを止めるには足りず、業魔族すらも多少足止めする程度にしかならない。
「これは厳しいな」
思わずファイは呟いてしまう。
実際、黄金要塞の防衛機能は魔神バアル・ゼブルに効いていない。ほんの少し力を振るうだけで隔壁すらも破壊され、防衛を突破される。蝗のように群れる殲滅兵も、文字通り虫のように踏み潰されてしまう。
「どうなさるつもりですか聖守様。このままでは!」
「オリガ、そう慌てないで。僕たちはここで待ち構えよう。まずは魔神と七仙業魔を分断するんだ。まとめて相手にはできないからね」
流石に黄金要塞というべきか、これだけ破壊されてもまだ浮いている。ただし中枢部を破壊されてしまえばそれで終わりだ。
だからアイリスが指示して魔神勢力の分断を試みつつ、中枢部からは遠ざけていた。
(ひぃぃ……忙しいのですよー)
実際に要塞機能を操作するネロ社の面々は悲鳴を上げている。防衛魔術を設定したとしても、次の瞬間には破壊されてしまう。そしてどれだけ殲滅兵を派遣したところで意味がない。
これでは辟易してしまう。
「さて、そろそろ動こうか」
ファイは立ち上がり、アイリスのすぐ隣まで歩いた。
「魔神は引き込んだ。ここから上手く動かそう」
その一言で雰囲気が変わった。
一度目を閉じ、力強く開く。この場にいるのはただの青年ではなく、ラ・ピテルの王であった。
「南六の三十二区画に番人を待機。同三十八区画の隔壁を開いて、四十六区画の隔壁を閉じて。南三の六区画に番人を派遣、禁呪弾を装備させて自爆。区画ごと吹き飛ばして。錬金の十三がいいかな。南四の十六区画にある通路の防衛を解いて誘引しよう。続く十七区画は隔壁を上げて。南八の四区画にある資材エレベータを動かしておいて」
まるで呪文のように次々と指示を飛ばし、ネロ社の面々は必死に食らいついていく。だが着実に効果が見え始めた。
始まりは禁呪弾、《質量爆光》を装備させた殲滅兵の自爆である。質量エネルギーを熱と光に変換し、区画を丸ごと吹き飛ばした。内部までオリハルコン製といえど、衝撃は凄まじい。思い切った破壊によって魔神バアル・ゼブルと業魔族を引き離してしまったのだ。激しい衝撃によって吹き飛ばされた先にあるのが、ファイによって仕組まれた罠の区画である。
待ち伏せしていた番人による総攻撃、防衛システムがはたらかない通路による誘引、資材搬送機構を利用した強制移動など、隙なく距離を広げていく。
「ここから僕たちも動き出そう。業魔族は番人や防衛機構を使って足止めだよ。僕たちは魔神を討つ。最短距離で終わらせよう。このままいけば魔神だけを王座の間に引き寄せられるはずだから」
まさしく圧巻の指揮であった。
「魔神に挑む人を選別しよう。まず僕は行くよ。だから護衛二人は従ってほしい。選択肢がなくて悪いね」
「俺は構わない」
「え? 私もですか?」
シンクは即答したが、アルネは酷く狼狽していた。これまで落ちこぼれとして生きてきたのだ。聖石寮予備学校も退学となった事実は今も気にしている。流れ着いたネロ社で実績を積み重ねても劣等感は拭い切れない。
だがそんな彼女にファイは微笑みながら語りかける。
「心配しないで。僕の安全を任せたいんだ。実際に戦うのはシンク、オリガ、それとネロ社の社長にもお願いしようかな」
「飛び火したのですよ!?」
オリガは当然と言わんばかりの態度だ。しかしアイリスからすれば寝耳に水である。
(アルネさんを連れていくと言っていますし……安全のためにも断れないのですよ)
これもまたファイの未来視が導き出した解なのだろう。アイリスも許容するしかなかった。
計画のため、アルネを事故で失うわけにはいかない。魔神バアル・ゼブルとぶつかれば死ぬ確率の方が高い。仮に討伐できたとしても、それはそれで計画が台無しだ。
(この場で倒さないよう撃退……それとアルネさんの安全確保も必要ですね)
考えるべきことが多く、アイリスも余裕がない。
あれよこれよという間に魔神討伐組へと入れられてしまっていた。シンクにアルネ、アイリス、オリガと彼女が指名した実力ある術師五名。ファイも加えて十人が魔神バアル・ゼブルを迎え撃つ。
残る術師たちは熱狂しつつ鼓舞の声援を送り、サーリオ大神官含む聖教会の面々も祝福と加護の祈りを始めた。
「聖守様! 我ら勇士が必ずご助力いたします」
「うん。頼むよ。それと僕は残念ながら戦闘訓練を積んだことがなくてね。後ろから指示だしだけさせてもらうよ。それでも充分な助けになると約束するから安心して」
「承知しました。不肖オリガ、十二の剣を全てお預けいたします」
ファイが聖守を名乗ってから、オリガの態度も一変している。もはや狂信の域に到達するほどだ。先も見事な指示で魔神を分断してみせたことも、拍車をかけていた。
「さぁ、行こうか。僕の役目を果たすために」
十人は管制室から王座の間へ移動を始める。
孤立した魔神もまた、導かれるようにして同じ場所へ向かっていた。
◆◆◆
アルネにとってここしばらくは怒涛の時間であった。赤い夜を乗り越え、己の異能に目覚め、不思議な因果で黄金要塞に乗り込んだ。かと思えば信頼していたロマノ・スウィフトの裏切りが発覚し、戸惑う内に彼は殺されてしまう。極めつけは魔神バアル・ゼブルの復活と、ファイの二十一代目聖守宣言である。
「着いたね。魔神を先回りできた。ここで迎え撃とう。魔神はあそこから現れるよ。覚えておいて」
ファイは王座に対して右手側の壁を指差す。
それが本当であれば、迎え撃っての奇襲も難しくない。まずはシンクが動き、魔神が現れるはずの壁に向かって剣を構えた。左腕一本にもかかわらず、随分と様になっている。それからオリガと術師が続き、シンクの隣へと並んだ。
一方でファイはその場から動かず、彼を守ることになっているアルネもまた傍を離れない。アイリスも同様であった。
(あそこ……ロマノさんが殺されたところ)
部屋の中ほどにはまだ大量の血痕が残っている。雑に拭かれたが、跡までは消えなかった。それを見たアイリスが話しかける。
「アルネさんはロマノさんと昔から知り合いだったのですよね? ネロ社にもロマノさんの紹介で来ていただきましたし」
「はい。スウィフト家は父が最高神官に立候補した時からの支援者なんです。当時スウィフト家が保有されていた聖杯という神器を献上してくださって。そのお陰で父が最高神官に当選したと言っても過言ではありませんでした。当時はロマノさんのおじい様が御当主でして、私や姉とロマノさんは歳が近かったので自然と仲良く」
「そうだったのですね。私も詳しくは知らなかったのですよ」
「父はスウィフト家に対して返しきれない恩がありますし、色々と便宜を図って来たようです。飛行船の開発計画や空軍の創設にも父の支援があったと思います」
つまりロマノとは、アルネにとって幼馴染のようなものだった。
だからこそ家出した彼女が頼ったわけで、ネロ社への推薦もできたということになる。
「私語はそのくらいに。魔神が来るよ」
そのような注意がファイから出てくると同時に、床が揺れ始めた。また破壊の音がこちら側へと近づいている。いよいと時が来たのだと、誰もが身を引き締めた。
次の瞬間、巨大な雷が壁を打ち砕く。
まさしくファイが予言した通りの場所から、魔神バアル・ゼブルは現れた。
「かかるのです!」
一瞬怯んだ術師たちをオリガが鼓舞する。
またシンクはそれとほぼ同時に飛び出し、一息で魔神の懐へと潜り込んだ。振り抜かれた聖なる刃が軌跡を残し、異形型の首に食い込む。堅い鱗のような表皮をも切り裂き、血が霧のように舞った。
(浅いか)
技量はまさしく剣聖の名に相応しい。だがやはり利き腕を失ったことは大きかった。二十四年で補正しても、やはり全盛期の実力には届かない。何より、腕力が半分以下になってしまったことが痛い。
すぐにシンクはその場から引いた。
滑るような身のこなしで魔神の死角に入り、そのまま離脱する。同時に十二本の剣が殺到した。
「総攻撃!」
オリガの射出攻撃に加え、術師たちがそれぞれ炎属性の魔術を放つ。しかしながらそれら剣の掃射と魔術は黒い風によって薙ぎ払われた。オリハルコンすら抉る凶風が、逆にオリガ達へと迫る。ところがその黒い風も突如として霧散してしまった。
まるで何かに衝突してしまったかのように、弾けて散ってしまう。アイリスが空間を断つ壁を作ったお蔭だった。
「これは? まぁいいでしょう。攻撃を継続しますよ!」
何が起こったのか理解はできずとも、再び攻撃を再開する。
それと同時にファイが指示を飛ばした。
「二つの魔神を分断して。シンクは女性型の方を引き付けてこちらにおびき寄せるよう立ち回って。オリガたちは異形型を担当してもらうよ。アイリスはその補助だ。分断後は壁を張って合流されないようにしてほしい」
「簡単に言ってくれる……」
「本当なのですよ……」
魔神を相手に本当の意味で戦力となるのはこの二人だ。聖なる刃を持つシンクと、時空を操るアイリスがいなければ攻撃を通すことすらできない。
切り込んだシンクが女性型を攻め立てる。それに対して異形型が反応するも、いつの間にか全身を蔦で縛られていた。アイリスが過去へと飛ばした土の魔術である。
「ッ!」
シンクは己の刃が止められたのを感じる。見る必要はない。手に伝わる感触で理解できた。
すぐに飛び下がると、黒い暴風が炸裂する。問答無用で床を抉り、王座の間を彩る調度品をも粉砕した。
「空間に干渉する能力なのです! 防御せずに避けてください!」
「厄介だな」
女性型の右手に風が集まり、剣のように形を成す。それを見たアイリスは時を止めた。世界から速度が失われ、全てが静止する。
静止する、はずだった。
「流石に動きますか。急がないといけませんね」
魔神バアル・ゼブルだけは動きを止めていなかった。しかしながらかなり抑制している。よく見なければ動いていることが分からないほど、遅延させることができている。
それでもシンクを含む他の人物が完全に静止している中、魔神の能力は脅威だった。
アイリスは急ぎ術式を編み込む。立体的に形成された魔術陣から分かる通り、彼女はソーサラーデバイスに頼らず己の力のみで術を練る。しかも禁呪級の大魔術だった。
「いきますよ……《次元切断》なのです!」
時空属性の第十二階梯魔術が解き放たれる。
黄金要塞ごと破断する禁呪が魔神へと叩き込まれた。




