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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 5章・最後の王

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650話 魔神バアル・ゼブル解放

 魔神バアル・ゼブルは歴代の中で最も恐れられる。その理由は人々への被害規模だ。魔神バアル・ゼブルは魔族を増やすことなく、七仙業魔を率いて自らシュリット神聖王国を襲った。その被害はシュリットに留まらず、ルーインやヴェリト王国にまで及んだほどである。

 これは歴代の魔神に見られなかった行動だった。

 初代魔神アリエットは、ただスレイ・マリアスに執着した。

 二代目魔神スレイ・マリアスは魔族の王国を創り、魔族化による人類の淘汰を目論んだ。

 だが三代目魔神バアル・ゼブルはただただ破壊であった。黒い嵐と共に現れ、無為な破壊だけを目的として暴れまわった。



「これがッ! 魔神ッ!」



 ミルディは正直、絶望していた。

 黒い風と黒い雷を操り、破壊の限りを尽くした存在。今もその脅威を覚えている老人たちから、幾度となく聞いたことがあった。

 だがこれは噂以上だ。



「ミルディ! ここにいるかミルディ!」

「バラモスですか。ご無事で何よりです」

「そちらもな。だが最前線は壊滅した。魔神の一息で文字通り粉々だ」



 合流してきたのは第二席バラモスが率いる術師の戦士団だった。彼は魔術重視の聖石寮においては異端とされる肉体派で、近接戦闘を好む。

 一瞬の判断が生死を分ける戦闘を潜り抜けてきた猛者たちだ。魔神バアル・ゼブルの危険性は即座に理解し、立て直しを図った。



「これはもはや敗戦だ。俺は撤退を指示している。お前もここは引け」

「いえ、そういうわけにはいきません。ここであれを野放しにすれば世界が終わります!」

「俺も同意見だ。だがな、勝てない事実に変わりはない。少なくともここで戦力を温存すれば次の討伐機会がある。必ず訪れる。だから引け」

「く……」



 陣は総崩れだ。

 そもそも先の大地震で陣形など形を成していなかった。そのうえ、奇襲同然に魔神の攻撃を受けた。もはやここから巻き返す方法はない。

 子供でも分かる道理だった。



「抑えの殿軍として翁が手を挙げている。あの方に任せるのがいい」

「……確かにラウニウス翁の灼融杖レヴァティンは広範囲攻撃。下手に手を出せば邪魔になりますか」

「ああ。実際、七仙はともかく魔神は六聖の手に余る。俺は誇りなんぞかなぐり捨てるぞ。あんなものとまともに戦えるわけがない! 聖守様……最低でも神器ルシス使いでなければ話にならん」



 彼がそう言うや否や、巨大な炎が天を駆けた。

 黒い嵐を覆い尽くす勢いで燃え盛り、空を真っ赤に照らしてしまう。まさしく神器ルシス灼融杖レヴァティンの力だ。



「流石は翁だな。今の内だ。急げ。他の隊にもヴァナスレイまでの撤退を指示している。ミルディの隊もそれに従え」

「分かりました。あなたは?」

「まだウルディンの野郎と会っていない。そちらにも伝達しに行く。奴の場所は分かるか?」

「彼は最前線配置だったはずです。もしかすると……もう」

「畜生。あんなところには近づけねぇか」



 魔神の攻撃は苛烈で、既に陣の前半分は消し飛んだ。今も黒い雷が炸裂する地帯となっており、到底近づくことなどできない。一番槍を名乗り出た第五席ウルディン・アルテミアは死んだものと思った方がいい。



「まったく。最悪だぜ。預言されていたとはいえ――」



 バラモスの悪態は途切れる。

 耳が壊れたかと思うほどの轟音が鳴り響いたかと思うと、空を覆い尽くす炎が黒い風によって払われたのだ。しかもそれは渦を描き始め、展開するシュリットの軍勢を覆い始める。あれほど真っ赤だった空は瞬時に黒く塗り潰され、轟々と吹き荒ぶのみだ。

 また黒い風は次第に一つの秩序だった動きを始める。



「ッ! しまった!」



 いち早く気付いたバラモスが舌打ちするも、既に時遅し。渦巻く黒い風は壁となってシュリットの軍勢を囲っていたのだ。

 その中心にある二対一体の魔神、バアル・ゼブルは剣のようなものを掲げる。小柄で女性らしい個体は右手に、異形で男性らしい個体は肥大した左腕に、それぞれ剣を持っている。



『私は世界を憎む』



 雷鳴の如き声音。

 男のような、女のような、若者のような、老人のような、様々な印象を抱かせる声だ。まさしく世界を震わせる言葉に、ミルディですら腰が引ける。



『震えよ。私の風が全てを塵にするまで』



 黒い嵐の壁が突如として円を縮め始める。渦巻く暴風は大地を削りつつも迫り、逃げる場所を奪っていた。どこからともなく現れた炎が暴風を吹き飛ばそうとするが、それすらも無意味。嵐の中の小火にも等しく、無情にかき消されてしまう。

 目で見て分かるほどの速さで迫る黒い嵐の壁が、シュリットの軍勢を浮足立たせた。

 触れれば即死は明らかなのだから。



「ふぅ……どうやらここまでらしい。星盤祖マルドゥークよ、我が身を委ねよう」



 諦めの言葉とて、仕方がない。

 しかしどうしても、ミルディは諦めきれなかった。



(こんなところで……こんなところで終わるわけにはいきません)



 策もない、力など尚ない。

 頼りは天より降ってくる奇跡を祈ることだけ。何と情けないことかと思ってしまう。しかしそれでも、不確かなものに縋るしかなかった。




――思いがけず、奇跡は起こる




 カッと閃く閃光と共に、全身を焼く熱波が駆け巡った。眩さのあまり目を開けていられず、溶けるような感覚が死を思わせる。

 音もなく、痛みもない。



(死ぬ、とはこういうことですか)



 そんな錯覚をしてしまうのも無理からぬことだろう。

 だが実際、ミルディは生きていた。光に塗り潰された世界が元の光景を取り戻し、思い出したかのように風の音が耳朶を打つ。しかしその風も荒れ狂う暴風のものではなく、優しいそよ風だった。



「え……?」



 ゆっくりと目を開くと、黒い嵐はその一切が消滅していた。

 天には青々とした空が広がり、雲一つない。そして輝く太陽と、黄金の城が浮かんでいた。



「ッ! バラモス!」

「あ、あぁ……夢じゃない、よな? ミルディ、俺は生きているよな?」

「どうやら星盤祖マルドゥークの導きは終わっていなかったようです。初めて、最高神官としての父を尊敬しましたよ」

「辛辣だなぁおい」



 死を前にした恐怖で振り切れてしまっていたのだろうか。変な笑いが出てくる。だが天上に輝く金色の城が緊張を弛緩させた。





 ◆◆◆




 黄金要塞の管制室は酷い騒ぎだった。

 二十一代目聖守を騙るファイは、その権威を無理に信じ込ませた。そして進路を変え、魔神封印の地へと急行したのである。そこで見たのは黒い嵐だった。



「神呪弾、炎の十五階梯……あれが伝説に聞く神の領域ですか」



 聖石寮は絶句した。

 六聖第六席のオリガもまた同じである。

 現代の術師たちは聖石を利用した魔術が基本だ。それでも第八階梯が精々で、それ以上となると才能ある一部の聖守が扱った記録がある程度。たとえば光の第十三階梯、《聖域サンクチュアリ》を発動した聖フィルなどが代表的だ。

 そして第十五階梯ともなれば、それは魔術の最高峰。もはや文献で存在のみが語られる領域である。



「天候を変えるとは。恐ろしいものです」

「サーリオ大神官、もしもあれが第十五階梯であれば、その程度では済まないかもしれません。その一撃はまさしく天変地異と語り継がれます。もしも地上に向けて放っていれば、一切を焼き尽くし不毛の地に変えてしまったかも」



 聖教会代表たるサーリオ大神官は恐れ慄き、オリガはその評価すら生温いと語る。

 実際、管制室でこの結果を目の当たりにした多くが喜びよりも恐れを感じていた。



「だがあれならば魔神も燃え尽きて――」

「いいや、この程度で魔神は倒せないと思うよ」



 ファイはオリガの期待を否定した。

 実際、神呪弾は本来の威力を発揮したとは言えなかった。本来は都市一つを丸ごと消し去るほどの威力を誇るわけで、魔神バアル・ゼブルへと直撃させた場合は地上をも焼き尽くしていたことだろう。それを考慮し、上空で起爆するよう設定していた。

 そのため期待される威力には届かず、魔神を一撃で打ち果たすには至らなかった。



「一応、それなりの傷を負っているはずだよ。多分地上に叩きつけたんじゃないかな。探してみてよ」



 黄金要塞を操れるネロ社の面々が即座に分析する。膨大な観測データを人工知能が分析し、即座に魔神の現在位置を割り出してみせた。



「魔神は健在ですね。傷一つないのですよ」

「そんな馬鹿な! 神話の魔術です。効いていないわけがないでしょう!」

「少しは効いていますよ。でも回復していますねー」



 ネロ社を代表してアイリスが答えると、皆は魔神という存在の恐ろしさをより実感する。天候を書き換えるほどの魔術ですら、魔神に対して決定打とならない。

 これではどうすれば魔神を倒せるのか見当もつかない。



(迷宮魔法の守りに加えて、常盤の鞘が守ってくれますからね。そもそも普通の魔術では効きが悪いのですよ)



 そもそも魔神という存在は普通の人間に倒せるよう設計されていない。聖守という存在だけが、死力を尽くし、聖王剣を以てしてようやく打ち果たせる。

 アイリスが思うに、黄金要塞であっても魔神バアル・ゼブルを討てるかどうかは五分五分だ。



(それに魔神討伐は本当の聖守……アルネさんに成し遂げていただきたいですし)



 長い年月をかけて計画してきた大願を為すためには、厳しい条件が必要となる。久しく条件が揃うこの機会を逃さないためにも、黄金要塞による魔神討伐を許容するつもりがなかった。

 黄金要塞の操作がネロ社にかかっている以上、この点はクリアできる。



(なんとなく……なんとなくですけれど不安なのですよ)



 時を操るという性質の魔装由来か、アイリスの勘は馬鹿にならない。先もルシフェルの気まぐれでプラハ帝国の四割が文字通り消滅し、大陸全土を破壊する大地震、更には昼夜逆転まで起こった。緻密な噛み合わせを必要とする今回の計画において、ノイズでは済まない影響を及ぼしている。

 それは突如として聖守を僭称し始めたファイもまた、危険因子であった。




 ◆◆◆




 魔神バアル・ゼブルは二人で一つだ。

 本体となるのは女性体であり、異形体はある種の装備品のようなもの。だが互いに深く繋がり、一つの生き物のように振舞う。

 その正体は秘匿され、シュリットの上層部でも一部しか知らない。

 かつて英雄と呼ばれた二人が、魔神と化したなど公表できるはずもない。



「う、ぁ……憎、ぃ。滅……ぅ」



 バアル・ゼブルは呻き続ける。

 胸に内に渦巻く憎悪は限りなく、正気など保っていられない。既に元あった人格は破壊され、欠片も残っていない。あるのは人類への破壊衝動と恨みだけだ。



『ルーク』

『ネオン』



 声もなく、お互いの名を呼ぶ。

 だがそれだけだ。もはや言葉を紡ぐ機能などなく、原初の感情だけが残っている。そして魔神にとってその感情が何を意味するのかも分かっていない。

 ただ心の内でお互いの名を呼び、魂を染める殺戮衝動のままに従う。

 守りたかったものを破壊し尽くしていることにすら気づいていない。



『あれは――危険だ』



 本来ならば、それはバアル・ゼブルの思考ではない。だが黄金要塞を見上げる魔神はそう判断した。

 これは二代目魔神スレイ・マリアスに連なる感情である。彼を討った時に流れ込んだ『魔神』という呪いが、バアル・ゼブルに根付かせた。



『壊さなければならない』

『守るために、国を守るために』

『憎い。滅ぼせ。殺し尽くせ』

『ルーク』

『ネオン』



 今代の魔神にまとまった思考などない。

 呪いが生み出す感情に、本能が応えているだけだ。故に行動は非論理的で、衝動的となる。



『黄金、要塞、破壊、守る』



 魔神バアル・ゼブルは二人同時に剣を掲げた。

 地上は闇に侵食されて染まり、天は再び暗雲が覆う。宵闇の魔剣を用いた闇属性魔術によって大地が波打ち、一瞬にして巨大な塔を作り出した。魔神はその形成の勢いを利用して空へと打ち出され、嵐の権能によって加速する。

 目指す先は、黄金要塞。

 自動迎撃の魔術が殺到したが、それらは全て体表で弾かれた。



『壊す、壊す。あれを――破壊しなければ』



 異形の魔神バアルが青い紋様の剣を振り抜く。ただそれだけで無数の雷撃が生じ、黄金要塞を守る結界を破壊した。

 更には女性型の魔神ゼブルが宵闇の魔剣を鞘へと納め、代わりに黒い風の剣を生み出す。振り抜かれた瞬間、黒い竜巻が生じて黄金要塞外壁を削り取ってしまった。



「う、ぁ……ああああああああああああああッ!」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!」 



 降り立つ二人一対の魔神は叫ぶ。

 更には嵐を突き破るほどの炎が地上より吹き上がり、それに乗って六体の魔族が黄金要塞まで辿り着く。睡蓮魔仙が欠けた七仙業魔である。

 魔神バアル・ゼブルと、付き従う七仙業魔による黄金要塞侵略が始まった。





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― 新着の感想 ―
面白かったです。
魔法の守りが二重であるのは反則だろw常盤の鞘が無ければ六聖でも少しは戦えてたんじゃない? ファイがいる以上偶然ではないんだろうけど、魔神との戦場が上空になったのは恒王討伐の上でかなり有利じゃない?ア…
ファイが願いが叶うを確定した予言と言ってたあたり確定してない予言ありそうなんよな…アイリスの勘は黒猫のお墨付きだし割とキーになりそう
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