626話 セシリアス家
前話の感想で指摘ありましたが、シンクは黄金要塞見てないですね。ディブラ大陸総督だったので、なんかすごい兵器を作っていたことだけは認識していました。それを勘違いしてました。
物語上で致命的な矛盾が生じることもない要素なので、関連箇所のみ微修正しました。今後残ってたら教えてください。
クローディア自治領セシリアス市にて新領主のお披露目が行われることになり、警護としてネロ社に話が回ってきた。これもまたスウィフト家が手を回した結果であったが、赫魔戦線での実績が後押ししたことも間違いではない。
シュウもまた、部下と共に警備任務にあたっていた。
「……こんなに要人が多く来るんですね。出資者のスウィフト家くらいだと思っていました。その肝心のスウィフト家は遅刻しているみたいですけど」
「有力家系は少なからずクローディア自治領に出資している。寄付すれば税金の一部免除されるし、何よりクローディア自治領が消滅するようなことがあれば困るのは自分たちだ」
「都合のいい盾ってことですか」
自治領と名付けられている通り、シュリット神聖王国は政治的干渉ができる立場にはない。しかしながら間違いなく宗主国と属国の関係性だ。シュリットが出資し、クローディア自治領は赫魔や魔族を押し留める。この関係性は五百年ほど続いているものだ。
歴史に詳しいアルネは、シュリットとクローディア自治領の関係性を正しく理解していた。
「何度か独立運動も起こったと勉強しました」
「お陰で今はこの待遇というわけだ。ことあるごとに支援を受けることができる」
「でも最近は国民からの反発も大きいんです。税は重く、その税も自分たちに還元されることなくクローディア自治領に使われていると。自分たちが貧しく苦しい生活をしているというのに、国は何もしてくれないと」
「そのようだな」
しかしシュリット人がそのように騒げるのも、ひとえに自分たちが平和な地で暮らしているからだ。クローディア自治領にも苦悩はある。
「私も戦場に出ていなかったら、何も知らない国民と同じことを言っていたかもしれません」
「この会食を見ればシュリット人は激怒するかもしれんがな」
「特権階級者がーってやつですか」
「最近も会食の名目で正体不明の出費があると騒がれていただろ」
「ですね」
お披露目会は立食式となっており、贅を尽くした料理が並んでいる。参加者はグラスに高級酒を注ぎ、それを片手に歓談する形式だ。
自治領は勿論、シュリットからも要人が多く参加している。国民からの不満が増している中、襲撃者がいないとも限らない。
「セシリアス家の新当主、かなりお若いですね」
「アルネとほとんど変わらないくらいだな」
「親族を流行り病で一気に亡くしてしまうなんて。それに重責あるセシリアス家の当主ですか。何というか、気の毒ですよね」
「だから付け入られるかもな」
「自治領の……あの、失礼を承知ですけれど辺境の領主がそんなに重要ですか? 赫魔対策に重要なのはわかりますけど、そればかりじゃない気がして」
アルネの疑問は尤もなものだ。
シュリットからすれば自治領は辺境の地だ。付き合いを深め、多くを出資したとしても返ってくるものなどないに等しい。精々、周囲からの眼が良くなる程度だ。見えない安全を買えるという利点は代えがたいが、明確な利点はやはり少ない。
「まぁ色々あるのさ」
「シュウ隊長も結構深いところの事情をご存じですよね」
私語を挟みつつも、二人は警戒を怠らない。他の仲間たちも二人一組になって死角なく配置され、しっかりと会場全体を見張っている。
そんな中、突如として大扉が開かれた。
皆がそちらに目を奪われると同時に、幾人かの男たちが入ってくる。
「スウィフト家の御当主、ロマノ・スウィフト閣下が入場されました」
主賓の一人が到着したことで会場は沸く。そんな中、警備の者たちは一気に緊張してしまう。最重要の人物が現れたからではない。彼の背後について歩く片腕の青年の姿を見てしまったからだ。青年は特に武装しているわけではなかったが、明らかに武の心得がある。
それも見る者を委縮させてしまうほどの威だった。
「もしかしてあの方がスウィフト家の剣客、シンクですか」
「知っているのか?」
「色々噂は聞いています。二十四年前の王都ルーク事変の折、スウィフト家亡命のために力を尽くしたとか。しかもその時から全く見た目が変わっていないので、魔の類だという噂も」
「よくない噂もあるか」
「はい。でもあの威圧感を見ると、本当に魔の類ではないかと思ってしまいます」
今のシュリット人からすれば、その感覚も間違いではない。魔装を異端の能力として扱い、見つかれば呪い子として処分する文化だ。
覚醒魔装士としての能力を持つシンクは異質に見えても仕方ない。
「俺たちはこの会食の後でスウィフト家とセシリアス家の個人的な会談も警護する。今の内からあの気配には慣れておけよ」
「はーい。なんだか幸先悪いです」
「しッ。雇い主の挨拶が始まるぞ」
ロマノ・スウィフトがセシリアス家新当主の隣に立ち、形式的な挨拶をしていく。まだ若いクローディア自治領の統治者は場慣れしていないのか、少し浮いて見える。
まだ右も左も分からないセシリアス家当主のために、スウィフト家が後ろ盾としての立場をはっきりさせた会食。多くの人物はそのように解釈するだろう。
(本命はこの後だがな)
これがただの隠れ蓑だとシュウは知ってほくそ笑んでいた。
◆◆◆
夜も更ける頃、セシリアス家邸宅の客間に明かりが灯っていた。室内にいるのは四人。一人は当然、屋敷の新当主だ。若き当主の傍には家令が控え、対面には男女が座っている。
「改めてご挨拶を。私はロマノ・スウィフト・ラ・ピテル。かつて別たれてしまったラ・ピテル王家の一派、スウィフト家の当主です。そしてこちらの女性は私が懇意にしている軍事会社ネロの社長、アイリス・シルバーブレットさん」
「アイリス・シルバーブレットなのですよ」
「ご丁寧にどうも。ファイ・セシリアスだ」
新当主はそわそわとしている様子を隠せていないが、それでも堂々と切り返した。まだまだ不慣れなところがあるものの、この状況は初めから想定していたのだろう。セシリアス家に伝わる予言の眼によって。
ファイはまず、ロマノへと問いかけた。
「あなたの話は祖父からも聞いていたよ。その上で答えておこうか。僕にはその気があると」
「ッ! 本当ですか!」
「嘘を吐く理由はないさ。黄金要塞のもとへと、僕を連れて行ってほしい」
意外なほどあっさり了承したことで、ロマノは驚きを露にしてしまう。しかし交渉の最中で主導権を奪われてしまうことだけは避けなければならない。その一心でロマノは平静を装った。
「どうしてアランデル公とは異なる決断を?」
「全てのラ・ピテル王には使命がある。それは初代王が定めたもの。祖父には祖父の、僕には僕の使命があるというだけのことだよ」
「ファイ公の使命の中に黄金要塞を見つけるというものがあると?」
ファイは頷く。
そして逆に問いかけた。
「ラ・ピテルの正統な王として問おう。スウィフト家のロマノ、あなたは何故、あの城を求める? ここは個人的な対話だ。正直なところを知りたい」
「あれは私たちの祖国なのです。帰りたいと願うのは当然ではありませんか? 私たちスウィフト家は何百年もその一念で生き延びてきました」
「故郷への望み。それがロマノ、君の願いなんだね?」
「ええ。はい」
ロマノの視線がファイと合った。その右目は宝石のような青を帯びている。伝承の通り、ラ・ピテル王の正統後継者であることを示す眼だった。
「城は王の右眼によって封印されたそうだね。だから開くにも眼が必要となる。でも僕には空を飛び、雲の中に隠された城へと辿り着く手段がない。鍵と手段が揃うこの時代にこそ、僕たちはあの城へと再び戻ることが決定されていた……」
「ならばファイ公は……いえ、陛下は再び王座に就かれるのですね」
「それは違うよ」
はっきりと否定を示され、ロマノはどうしてかと口に出しかけた。しかし言葉は喉元で止まり、上手く舌も動かない。
「僕はあの城を……ラ・ピテルの城をこの世から消し去るつもりさ」
「な、なぜ! なぜですか!」
「それは君がよく理解しているはずだよ。王呈血統書を保管し続けているスウィフト家ならば」
王呈血統書とは、ラ・ピテル王の名を始まりから終わりまで記した予言書のことだ。かつて天空人が黄金要塞にいた頃、ラ・ピテル王は幾つかの重要な予言書を王家で分けて保管していた。その一つである。
勿論、ロマノも存在は知っていたし読み込んでいた。
「……あなたが王呈血統書に記された最後の王、第七十九代王ファイ・セシリアス・ラ・ピテル陛下だからですか」
「城のない王など、滑稽だろう? 最後の王だから黄金要塞を消し去らなければならないのか、黄金要塞を消し去るから最後の王なのか。確かめる術はないけどね」
「なぜそのような予言に従うのですか! 黄金要塞さえ取り戻すことができれば、私たちは元の繁栄を取り戻します。そうだ、クローディア自治領の民たちも移住させましょう。彼らも元は天空人、私たちの同胞です。そうすれば赫魔などに怯えることもなく――」
「ロマノ、落ち着いて」
そう言われたとしても心穏やかではいられなかった。ロマノにとって黄金要塞を取り戻すことは至上命題であった。だが鍵を握るファイは、黄金要塞を消し去るのだという。納得できるはずもない。
「クローディア自治領の民よりも予言が重要だというのですか? 先祖の故郷を取り戻すことより、予言が優先されるというのですか」
「それがラ・ピテルの王だよ。決して予言から逃げることはできない。僕たちはこの眼を受け継いだ時から、役割のために奔走する駒でしかない」
「不条理を打ち破るための予言だとは仰られないのですね……」
ロマノの失望は大きい。
明らかに落胆しているという態度で頭を抱えた。するとこれまで口を閉ざしていたアイリスが訪ねる。
「ファイ公も未来は見えているのです?」
「うん、勿論。だからあなたのことも知っているよアイリス社長」
「隠し事はできなさそうですねー」
「いいや、僕は歴代王の中で最も未来を見通せない王だろうね。一年先すらも分からないから」
「あれ? そうなのです?」
「あはは。才能がないのかもね」
誤魔化すように小さく笑うファイ。
しかしアイリスはそれが真実のようには感じられなかった。
(何か隠してそうですねー。私のことも分かっているみたいだし、油断ならないのですよ)
若く未熟な当主として侮っていては、足を掬われるかもしれない。そんな風に思わされながらも具体的な話へと方向を変化させる。
「ロマノさん、あの話をしましょう」
「……ああ、そうでしたね。どちらにせよ、私たちは黄金要塞を探し出し、乗り込むということで合意しているはずです。方法は我が家が所有する実験用飛行船レべリウス号と、王政府軍が所有する飛行船を使います。ハデスグループの力を借りて飛行船は改良済みでして、雲の結界を突破するのは容易いでしょう。しかし城を再起動させるためには真なる王の眼が必要となります。それまで、私たちの傍を離れないようにしてください」
「うん、分かったよ」
「僭越ながら、口を挟ませていただいてよろしいでしょうか」
遠慮がちに手を挙げて、セシリアス家の家令が口を挟む。特段止める理由もないのでロマノが頷くと、ファイが続きを口にするよう目で促した。
すると家令は一歩前に進み、一礼してから口を開く。
「公は新しき領主として就任されたばかりでございます。その座を空けてしまうことは民を不安にさせてしまうのではないでしょうか。恐れながら、どうか民にも目をかけてくださいませんか」
「君の言う通り、すぐにこの地を離れてしまっては領主らしくもない。さて、どうしようか」
「まことに恐れ入ります」
「いいや、君の言う通りだよ。僕はまだ領民からの信用も得ていない。何か一つ功績でも立てて、安心させてあげたいところだ」
意味ありげにファイは視線を送る。その相手は勿論、ロマノであった。どういう意図があるのか、分からないはずがない。
「陛下は強かな御方だ。勿論、協力いたしましょう」
「ありがとう。君の助けを借りるとしよう」
ひやりとした汗が背を伝う。ロマノは生唾を飲み、何とか笑みを作ってみせた。純粋な正統王家への忠義ではなく、野心があるのだと見透かされたようであったからだ。
まだ若い当主といえど、やはり眼を継承したラ・ピテル王である。
気を引き締めることにした。




