627話 黄金巡る謀略
クローディア自治領を西から侵食する影の領域によって、赫魔の脅威は増大し続けている。近年では飛行船による戦略爆撃を組み合わせることで戦線を維持しているものの、押し返すまでは至っていない。そんな中、自治領の領主が離れることは危険と言わざるを得ない。
新領主ファイの提示した条件をロマノが持ち帰った結果、シュリット神聖王国は大攻勢計画を提示することとなった。
「んー。戦場の空気も久しぶりなのですよ」
「まさか再び肩を並べて戦うことになるとはな」
「ですねぇ。シンクさんと一緒に戦うのは……二千二百年ぶりくらいですね」
「俺にとっては百年ぶりだな」
影の領域の一つに踏み込んだ男女、アイリスとシンクは懐かしさのようなものを感じていた。光が完全に失われたこの領域で、雑談する余裕まであるとは流石といえよう。
「ファロンで緋王と戦ったときですよねー」
「ああ、だがあの時はセルア様もいた」
「いましたねー」
「……コントリアスは、その、黄金要塞に滅ぼされたんだよな?」
「なのですよ。そのせいで二千年以上経った今でもあの土地は魔力嵐で近づけないのです」
「そうか」
ここで会話は中断させられる。闇の奥より獣に似た赫魔たちが現れたからだ。しかしそれらはシンクによって即座に切り刻まれ、崩れて溶けていく。
「やりますね。片腕なのに。左利きなのです?」
「いや、右だよ。こっちの時代に来てから二十年以上経つし、もう慣れた」
「王都ルーク事変の時に来たんですよね」
「ああ。まさか叛乱の最中に飛ばされるとは思わなかった。言葉も分からないし、まだ子供だったロマノを殺そうとするやつらも迫っていた。訳も分からないまま戦って、今じゃスウィフト家の剣客だ。でも拾われたのがスウィフト家でよかったと、今では思っている。あのラ・ピテルの末裔だから」
確かに偶然にしてみれば都合の良すぎる結果だ。
シンクとしてもただの偶然とは思っていない。
「これもまた神子様……セシリア・ラ・ピテル様の想定通りだとすれば」
「未来視だとしても出き過ぎなのですよ」
「そもそもあの方の魔装は普通の未来視ではなかったのかもしれない」
「んー……一般的な未来視って常人が持ちうる予測能力の拡張ですからね。あ、赫魔の群れなのです」
暗闇でありながらも魔力知覚は機能している。アイリスは持ち前の勘も併用して赫魔の動きを見抜いた。そして手元に立体魔術陣を展開する。
「《時間圧縮》なのです」
すると一瞬の内に赫魔の気配は消えてしまった。また少しずつ闇が晴れていき、やがて光が差すようになる。眩しさでアイリスが目を細めていると、シンクが呆れたように尋ねた。
「何をした?」
「時空の第十一階梯魔術なのです」
「禁呪かよ」
「時を圧縮してだいたい一億年くらい経過させたのですよ。赫魔は捕食しないと自滅するのです。この感じだと人面樹にも当たったみたいですねー」
「……大抵の奴は寿命で即死だな。寿命で即死って意味わからんが」
「禁呪級って大体そんなものじゃないですか?」
「それもそうか。なら、次の影の領域も任せる。俺は赫魔を近づけさせないようにする」
本来ならば大量のリソースを投じて解放するはずの影の領域を、その日の内に幾つも踏破することとなる。セシリアス家との約定通り、しっかりと戦線を押し上げて領民を安心させることに成功した。
◆◆◆
シュリット神聖王国は特定の王家というものを持っていない。資格を有する公家と呼ばれる家系から、十年に一度の間隔で選挙が行われ王を選ぶ。これは特定の勢力が国家を牛耳ることのないよう、建国者たちが定めた法である。
それぞれの公家は投票権を持つ有力者たちを囲い込み、勢力を伸ばすために尽力する。そうした活動の中で、いわゆる政治結社が幾つも誕生していた。
「近年のスウィフト家は大きな躍進を遂げたようで」
「今は亡き聖レベリオの大長老ですからな。政治手腕はなかなかのものですよ」
「しかし目の上のたん瘤には変わりありません。我ら『星浄連盟会』を差し置いて、軍部で力を増しております」
「何とか押さえつけたいものです。あの生意気な若造を」
スウィフト家は聖レベリオで発生した国家転覆事件の折、亡命してきた家系だ。そのためシュリット神聖王国においては二十四年程度の歴史しかなく、現当主が若いことも相まって『若造』などと揶揄されることも多い。
ただそうしたやっかみの根底には、嫉妬が存在していた。
「ロザリス公はどのようにお考えで?」
長方形の長テーブルの最も奥、つまり上座にいる老人へと視線が集まる。彼こそが星浄連盟会の盟主であり、ロザリス公家の当主でもある人物だった。
「ロマノ・スウィフトは所詮、下級士官の家系じゃ。しかしのう……あの飛行船とやらの企画を成功させたことで軍部の人気が高い。あれのお陰で赫魔被害が減ったとな。それに天空の城を入手したという功績が加われば、一気にのし上がることじゃろうて。若造が、やるではないか」
「公! 何を悠長に! 天空の城は迷宮の遺跡にも登場する神話の産物です。あれ一つで数十万もの大群を一蹴したとまで考察されています。下手をすればスウィフト家を公家にと推す声まで上がりかねませんぞ!」
ドン、と強く机を叩く。
それは怒りというより、悲鳴にも近い進言だった。彼の言葉を皮切りに、他の会員たちも次々と不安を口にする。
「シュリット人ですらないスウィフト家が公家に!? そんな馬鹿なことが!」
「いや! いやいや! あり得る話だ!」
「世論調査でも今の民衆は多くの不満を抱えている。もしも現状を一変させるような英雄が現れたとすれば……」
「王にと推す声も上がるか」
「そんなこと許しておけるものか!」
激昂するのも無理はない。
ここにいるのはこれまで百年以上もシュリット神聖王国に貢献してきた重鎮ばかりだ。ぽっと出の外国人が大きな顔をすることを快く思うはずがない。
むしろ邪魔してやりたいと思うことが当然だ。
「まぁ落ち着くのじゃ」
ロザリス公が静かに、しかしながら重々しい声で皆に呼びかける。
「終焉戦争の記録にも残る天空の城、我らのものとしようではないか。幸いにも軍部には儂の次男がおる。スウィフトの小僧は所詮、下級士官ゆえ軍部での影響力はこちらが上よ」
シュリット神聖王国も決して一枚岩ではない。
特にスウィフト家は力を急激に伸ばしていることから、やっかみも多い。黄金要塞捜索の手柄を我が物にしようとしている者たちはそこかしこにいた。
◆◆◆
シュリット神聖王国で天空の城を手に入れる作戦が承認されて以降、着々と準備が進められていた。しかしながらその実情といえば、派閥による利権の奪い合いである。
発案者であるロマノ・スウィフトに擦り寄る者、公家を中心とした政治結社、噂を耳にした聖石寮など、様々な方面で探り合いが発生する。
「はぁ……何だか最近忙しいですよね。また護送任務ですよ」
「そういう下向きな私語は慎めよ。お前も隊長になったわけだからな」
「あ、すみませんシュウ部長」
「まぁ今は他の部下もいないから構わないが」
荒野の道を駆け抜ける車の列の中の一つに、シュウたちは乗っている。運転はアルネで、これは彼女が隊長となって初めての任務でもあった。
大型の軍用車なので後ろ座席にも八人乗れる。しかしアルネの車には主に物資を積み込んでいる。そのため助手席のシュウと二人乗りだった。
「最近は魔神教団の摘発も増えましたよね」
「そもそも活動自体が小さくなっている。内部の裏切りもあったりでこの有様らしいな。噂程度だが聖教会や聖石寮が内部に間者を送り込んでいるとか」
「すっかり下火ですね。五十年前は封印された魔神バアル・ゼブルを解き放とうとして大抗争まで起こったのに」
「十八代目聖守フィルが魔神を封印した後のことだな」
魔神バアル・ゼブルは百年前に現れて以降、わずか五十年ほどでシュリット神聖王国の繁栄を徹底的に叩き潰したと言われている。黒い嵐に沈んだ都市は二十を超え、死者は数十万人にも昇った。
聖グランベル、聖パラドリアル、聖ベルという三代の聖守が敗北し、再び暗黒の時代に逆戻りした。そこに光明を与えたのが十八代目聖守フィルであった。
「討伐ではなく封印。古代の光魔術とされる《聖域》を命懸けで発動した英雄の中の英雄ですよ!」
「その大魔術を維持するために今も贄が必要なわけだが」
「いいじゃないですか。どうせ贄になるのは魔神教団とか犯罪者です。あとは捕獲できた魔族とか赫魔も贄にするみたいですよ。まぁ呪い子も対象なので他人事じゃないですけど……」
「詳しいな」
「そういうことを調べるのが好きなんです」
そう言えばそうだったとシュウも呟く。アルネはネロ社の中で最も教養高いと言ってもいいほどだ。特に歴史が好きなようで、いくらでも語ってくれる。
「歴代聖守とかも全員言えるのか?」
「勿論です。歴代王も暗唱できますよ。歴代最高神官様の名前も分かります」
「へぇ。それなら今の時代に聖守が現れない理由は知っているか?」
「それは私も分からないですね。聖教会も聖石寮も二十一代目聖守様については沈黙を貫いています。実は聖守の預言がなくて星盤祖からも見捨てられたとか、二十一代目様の訓練期間中に事故死か病死されてしまったとか、色々な噂はあるみたいですよ」
「どちらにしても聖教会や聖石寮にとっては醜聞だな」
こんな話は他の誰かがいる場所ではできないことだ。
特に今は国民の不安を押さえつけるために言論統制まで行われ始めている。下手な話を聞かれでもしたら内乱罪で逮捕される可能性すらあるのだ。今のシュリットはどこか息が詰まると感じている者も多い。
「でも、魔神の封印だけは維持しないといけません。このあたりの荒野はバアル・ゼブルが暴れたからできたみたいです。昔は町や都市もあったんですけれど」
「今では道が一本あるだけか」
それからもぽつぽつと会話しながら、ほとんど真っ直ぐの道を進み続ける。陽が傾き、空が赤く染まる頃には目的地も見えてきた。
一際荒れた土地の中に、八本の塔が円形に並んでいる。それらの塔の頂上からは光が溢れ、魔神を閉じ込める聖なる結界を作り出していた。
「聖フィルの塔、着きましたね」
「ああ。運転お疲れ」
「早く休みたいです」
「それができないのが隊長なんだよなぁ」
「憂鬱です」
「その分だけ給料も上がっただろ」
「ちょっとだけですよ」
「部長はもっと酷いぞ。基本給が上がる代わりに各種手当が支給されなくなるからな。手柄を立てれば報奨金が出る分、現場仕事の方が稼げる」
世知辛い給料の話を挟みつつ、二人は車から降りる。先行していた部下たちはテキパキと仕事を進めており、護送してきた罪人の受け渡し準備も始まっていた。検収などはシュウとアルネで立ち会うことになるが、受け渡しそのものは決まっていることなので作業が先行して進んでいく。
出迎えてくれたのは塔を守護する聖石寮の術師たちであった。
「お疲れ様です。ネロ社の方ですね」
「警備部の部長シュウだ。警備部が新設され、今後は俺たちが罪人護送を担当する」
「護送部隊の隊長アルネです」
「シュウ部長はお久しぶりですね。覚えていますか? 塔の守護隊、第一塔所属のラスターです。警備部が新設されたという話は聞いています。今後ともよろしくお願いいたします」
「ラスターさん……もしかして八代目聖守様から名前を?」
「ええ、実は。故郷が東の方でしてね。あちら側で功績を立てられた聖守様でしたので、両親が強い子に育つようにと」
かつての聖人、特に聖守の名前にあやかることは珍しくもない。ただ八代目聖守ともなると、活躍した時期は三百年以上も前の話。名前を聞いてピンとする人物の方が少ない。
アルネの指摘はラスターを上機嫌にさせたらしく、雰囲気が柔らかくなった。
「罪人の数は変わっていませんね?」
「はい。二人です」
「内訳はどのようになっていますか?」
「まずは二人も殺害した重罪人。そしてもう一人は魔神教団との内通です」
「連絡を受けていた通りですね。護送お疲れさまでした。本日は宿泊されると伺っております。宿泊施設にご案内いたしますね」
「お願いします」
受け渡しは問題なく完了し、手続き周りに不備もない。
ただ今回に限ってはもう一つ、するべきことがある。
「塔に来るのが初めての部下がいますので、見学の機会をお願いします」
「ああ、いつものやつですね。勿論です」
「ありがとうございます」
「折角ですから、私がご案内しましょう」
「お手数おかけします」
「いえいえ。塔の勤務は基本的に暇ですからね。こういった刺激はむしろありがたい限りです」
丁度、部下たちも仕事を終えたらしく報告のためこちらに向かってきた。そこで塔の見学について説明し、これから直ぐで問題ないか確認を取る。勿論、拒否できる空気でもないので全員首を縦に振っていた。
これも社員研修の一つ。一介の社員に拒否権などないのだから。
「そうですね。まずは軽く歴史から入りましょうか」
武闘派が多い社員に向けて、まずは知識の導入から始まった。




