625話 アルネの秘密
感想欄見る限り、誤解あったようなので追加
約4年が経ってます。
後もうちょいで約束の日ってイメージです。3年300日とか、それくらい。
ひと仕事を終えたシュウは、アルネを誘って酒場を訪れた。個室のある、比較的上品な店である。そこで軽い食事を取った後、上等な酒を嗜んでいた。
「いいお酒ですけど本当にいいんですか?」
「ああ、好きなだけ飲んでいい」
「まさか酔わせて私を……?」
「それならもっといい店でやるよ。この店も雰囲気はいいが、気分は上がらない」
「まぁそれはそうですね」
「意外と図太いなこいつ」
こんな気軽なやり取りも、戦場を共にしてこそだ。落としどころの決まった殺陣のようなものである。二人とも小さく笑ってグラスに口を付けた。
「それでどうして今日は個室に? そろそろ本題に入りましょうよ」
「ん? まぁそうだな」
当然、ただ親睦を深めるためだけにこんな席を設けたわけではない。少し踏み込んだ、個人的な話のためだった。
「お前、呪い子か?」
「ぶっ!?」
あまりにも単刀直入な問いかけに、アルネは口に含んだ高級酒を噴き出してしまった。ただ飛沫がシュウに降りかかることはなく、魔術防壁が阻む。
激しく咳をするアルネへと、シュウはハンカチを差し出した。
「ずみばぜん……ごほッ!」
言うべきタイミングを間違えたとは思った。ほんの少し、シュウにも罪悪感が湧く。
だがこの反応は図星ということだろう。
「別に口外するつもりはない。だが隠しきれていないぞ。少なくとも俺は気付いた」
「え……? どうして」
「首」
アルネが自分の首元を触る。
そこには包帯が巻かれていて、怪我でもしているのかと思わされる。
「首を動かす仕草に違和感がない。別に怪我していないんじゃないか?」
「その……」
「自然放出とは異なる質の魔力が肌に張り付いている。怪我もしていないのにずっと包帯を巻き続けているから怪しまれる」
「うっ……」
「他の奴らが気付くのも時間の問題だ。俺はともかく、他の奴らは通報するかもしれん。そうしたらお前は聖フィルの塔で生贄だ」
アルネはしばらく口を閉ざした。お互い、グラスにも口を付けず沈黙する時間が続く。やがて観念したのか、ぽつぽつと彼女は語り始めた。
「四年前からなんです」
つまり、ネロに入社した頃の話だ。
「初めは腕の一部とか、お腹、あと背中でした。身体に鱗みたいなものが出てきたんです」
そう語りつつ、彼女は首の包帯を解く。確かに、彼女の首元からは真っ白な鱗模様があった。このような人間とは異なる特徴、また洗礼時に苦痛を覚えるなどの異常が発生した人物を呪い子と言う。
「ずっと隠していたのか?」
「誰にも言えませんよ。でも信仰深くあるなら、私は進んで塔に身を捧げるべきなんです。魔神バアル・ゼブルを封印するための贄になるのが正しいと分かってはいるんです。でも、やっぱり怖くて」
「それは当たり前の感情だ。自分を責めることはない」
「でもこれは罰なんです。ずっと周りに嘘をついて、呪いを隠してきました。だから今はこんなにも広がって……いずれ隠せなくなります」
アルネが腕をまくってみせると、肩から肘のあたりまで真っ白な鱗がびっしりと生えていた。四年間で少しずつ広がってきたのだとすれば、もう数年も経てば全身を覆うようになるだろう。
(魔装が罪の証か)
これがプラハ帝国なら、全く馬鹿な話だと一蹴されることだろう。だがシュリット神聖王国の人間は、大真面目に魔装を呪いだと信じている。プラハ帝国から文化が流れ込んできた現代であってもだ。聖教会は魔装についての考え方を固く主張し続け、呪い子については処分のための法律まで整備されているほどだ。
「呪い子が生贄にされるのはシュリット国内だけの話だ。外国に逃げようとは思わないのか?」
「どうなんでしょう。考えたこともなかったです」
「次の仕事は大金が入る可能性が高い。それでプラハに逃げるのを勧める」
「考えておきます」
それからしばらく会話が途切れた。
アルネの返事は社交辞令なのか、本気なのか、少しわかり辛い。彼女の中で揺れ動く魂にも、迷いのようなものがあった。
「私、自分のことを意外に思いました。外国に逃げるって選択肢を提示されて、それでも逃げたいと思わなかったんです。これが愛国心ってやつでしょうか」
「最近は聖教会や聖石寮の権威も落ち目だ。支持が王政府に偏っている。一方で王政府軍の予算が増えたせいで税も上がった。民衆の不満も溜まって、呪い子に対する風当たりは強くなっている。見つかれば危ない目に遭うかもしれないぞ?」
「ほんとですよ。それもこれも新しい聖守様が現れないのが悪いんです。もう十九年ですよ? 先代の聖アロセス様がお亡くなりになって十九年です。本当なら四年前には新しい聖守様が公表されるはずだったのに」
「星盤祖に見捨てられた、なんて主張する一派もいるらしいな」
「もれなく粛清対象になっているみたいですけどね」
笑いごとにもならない愚痴だ。
だがシュリットの衰退ぶりは毒のようにじわじわと訪れるもので、誰も直視しない。今はまだ大丈夫という心理が邪魔をして、必要な改革が行えていない。
「なんだか未来が見えないですよね。この国。でも何とか変えたいって思いはあるんです。ただどうすればいいのか分からなくて」
「大元が聖守不在にあるからな。個人の活動じゃどうしようもない。それに赫魔っていう明確な脅威もある。外から押し寄せる敵を退けるのに手いっぱいで、内側に目を向ける暇もない。それが今のシュリットを作っている」
「じゃあやっぱり赫魔を倒すしかないってことですかぁ」
「まぁそういうことだな」
酔いが回ってきたのだろう。
ここからのアルネはずっと同じ話をし続けていた。
◆◆◆
スウィフト家の屋敷には窓のない密室が存在する。外に音が漏れないよう細工もされており、そもそもこの部屋に辿り着くには隠し扉を通る必要もある。つまり密談には最適な部屋だ。
「こんな部屋まであるんですねー」
「ロマノと俺以外は知らない部屋だ。こっそり話をするには丁度良い」
「私も色々聞きたいのですよ!」
招かれたアイリスは壁に掛けられた絵を観覧しつつ中央に置かれたソファのもとへと移動する。この部屋へと招いた張本人は既に腰を下ろしていた。
「『剣聖』のシンクさん」
「今はもう、ただのシンクだ」
「ちょっと雰囲気変わりましたか?」
「いきなり知らない世界に飛ばされたんだ。少しくらい変わることだってある」
「色々あったみたいですねー」
一通り部屋を見て回ったアイリスは、ようやく腰を下ろした。
片腕の男、シンクの対面へと。
「……単刀直入に聞きたい。ここは未来なのか?」
「そんなところなのですよ。シンクさんの知るあの戦争は終焉戦争として伝わっているのです。あれから大体二千百年ってところなのですよ」
「……はぁ」
シンクはあからさまにがっかりした様子で、手を額に当てた。会話の切り口からして予想はしていたのだろう。だが改めて聞いてしまうと、より実感を深めてしまう。
「気が付いたら知らない国ばかりで、どうしようもなかった。初めは言葉も分からなくて、戸惑った」
「苦労したんですねー」
「……もう、ないのか」
ぽつりと零れた呟きを、アイリスの耳はしっかり拾っていた。それが何を意味するのか分からないわけがない。
「全部なくなっちゃいましたね。神聖グリニアも魔神教も、それにコントリアスも」
「代わりに知らないモノができている。迷宮に魔族、赫魔、吸血種、それから神器に祝福。まるで世界が違う。終焉戦争の神話がなかったら、全く違う世界に行ってしまったと勘違いしたかもしれない」
「そう言われると変わりましたよねぇ」
「少しだけ自分でも調べた。ハデスグループが存在すると知って、接触を試みた。まさか魔女と出会えるとは思わなかったよ」
「私としてもシンクさんを発見できたのは幸運だったのですよ」
『剣聖』シンクの名は今や欠片も残っていない。古代遺物を探せばあるいは見つかるのかもしれないが、今の歴史に彼の名は刻まれていない。当時の文明はほぼ全てが地下迷宮へと沈み、人々の知識も薄れていったからだ。
故にこそアイリスとシンクの再会は奇跡的だ。
「それでシンクさんはどうしてこの時代に?」
「分からない。神子セシリア・ラ・ピテルに頼み込んで、戦争を終わらせるための鍵……予言の力を手に入れるつもりだった。だがそこに悪魔が乱入してきて……黒い剣士に負けて、気付いたらこうなっていた」
シンクは肘から先が存在しない右腕を指す。
「黒い剣士に腕を切り落とされて、奴が魔道具らしきものを掲げた。それで光に包まれたかと思ったら、スウィフト家の屋敷にいた。ロマノとはそこで出会った」
「んー……聞く限りだと時間の流れが遅い空間に閉じ込められたのかもしれないのですよ。時の流れが異なる空間に封印すれば、理論上は未来に飛ぶことができるのです」
「ならば逆に過去へ帰ることはできないのか?」
「過去に遡るには全く別の理論が必要なのですよ。少なくとも年単位で肉体ごと過去に飛ぶことはできないのです」
アイリスは空間転移を使ってどこからともなく生花を取り寄せる。それがどこから現れたのかは重要ではない。花は彼女の手の中で瞬時に枯れていき、茶色く萎れてしまった。だが次の瞬間、逆再生するかのように元の色彩を取り戻し、瑞々しい花びらを広げる。
「これが時間操作を使った加速と逆転なのです」
「過去に逆流させることはできないんじゃなかったのか?」
「魔力で無理やり時を戻すことはできますよ。でもそれは直近に限るのです。千年以上も巻き戻せるものじゃないのですよ。そもそも時間魔術の基本は固有時間軸を利用することなのです。万能じゃないのですよ」
「……水を出す魔術一つ取っても、方式次第で消費魔力が異なるってやつか」
「自然に逆らった方式であるほど必要な魔力は多くなるのです。時間を遡るということは、不自然なことなのですよ」
終焉戦争以前の、シンクの時代では義務教育程度の知識だ。魔術はその気になればどんなことでもできるとされている。だが消費魔力に対して得られる効果という観点から、実用的な術式は絞られるものだ。
「つまり俺は帰れないのか」
「普通の方法では無理ですねー」
「その言い方だと普通じゃない方法があるみたいだ」
「『王』の魔物が扱う魔法ならば可能性があるのですよ」
「まず無理な方法だな」
しかし簡単に諦められるものではない。
「他に方法は?」
「そうですねぇ……過去と現在を繋ぐ魔力の道があれば、あるいは」
「どういうことだ?」
「んー……だとしても普通の方法では無理ですね。閃いたことがあるので考えてみます」
「助かる。どんなことでも協力する」
言質を取ることもできたし、この時代ならシンクの協力は心強い。逆に敵として現れたならば、厄介なことになっていたはずだ。
「もしも本気なら、私たちの目的にも協力してほしいのですよ」
「目的とは何だ?」
「直近で言えば赫魔の殲滅、北プラハ帝国の制圧なのです。詳しい方法や頼み事はまたいずれの機会でいいですか?」
「……一つ聞いておきたい。古代兵器、黄金要塞の確保とは本当か?」
シンクにとって黄金要塞は苦々しい存在だった。実質、コントリアスを滅ぼした兵器なのだから。
終焉戦争の記録においても一際異彩を放っている。シンクからすれば伝承だけで知る兵器だが、現代にとっては過剰としか思えない。
「あのような兵器が今更必要だと言うのか?」
「敵の親玉は『王』の魔物に匹敵する存在なのですよ。むしろ黄金要塞ですら不足ですねー」
「……わかった。納得しよう」
言葉とは裏腹にシンクからは納得の意思が感じられない。アイリスの言葉に裏があるのではないかと探っているように見える。
しかし今は信頼するしか道はない。
「私はそろそろ帰るのです。人前で会うときはネロの社長として扱ってくださいね」
「ああ」
アイリスは実にあっさりと転移で消えてしまう。静けさを取り戻した隠し部屋の中で、シンクは一人呟いた。
「滅びたなんて認めない。必ず未来を手に入れます。だから待っていてください、セルア様」
うーん。これは黒幕




