593話 不死身のミリアム
振り下ろされる大鎌を、ルークは回避することなく受け止めた。その際に嵐唱の刀身から強い電流を流し込む。すると緑色の大鎌は僅かに痙攣し、虚空へと引っ込んでいく。
ただかなりの衝撃だったらしく、ルークは背中から倒れてしまった。
「あら、避けませんのね」
「避けたら皆に当たるだろうが」
「だったら全て受け止めないといけませんわ。頑張ってくださいませ?」
ミリアムはそう言って微笑んだ。
すると虚空から毒々しい青の巨大百足が現れ、毒液を吐き出す。それらはルークではなく、腰を抜かしていた炉の戦士たちへと向けられていた。ルークは刃を振るい、嵐を巻き起こして毒液を吹き飛ばす。
「やりますわね。次ですわ」
今度は真っ赤な翅が現れて火の粉をまき散らす。扇に煽られた火のように燃え上がり、灼熱の雨となって戦場に降り注いだ。一気に力を放出したルークでは間に合わない。
だがここでネオンが動く。
《聖捌》の光によって降り注ぐ炎を対消滅させたのだ。
「私もいます。ルーク、一緒に!」
「ああ!」
ならばとミリアムは虚空より無数の糸を垂らした。それらは初めルークをも縛り上げている。捕まればどんなに力を込めても脱出は不可能だった。
糸は無数で、避けるのは難しい。
それらが迫ろうとしていた時、赤い霧が阻む。霧は糸を崩し溶かし、誰にも届かない。また霧は寄り集まり、槍となってミリアムに殺到した。するとミリアムの周囲に黒い防壁が現れ、血晶の槍を弾く。
「ルークさん、全員で挑みます。そうしなければ勝利はありません」
「その通りだルーク!」
ミリアムを守護する黒い防壁は、生物的な曲線を持ちつつ、金属のように鈍い光を反射している。実に固く、そう簡単には貫けない。そのためにスルザーラは劔撃の一閃を放った。両刃の槍形態でほぼ同時に放たれる二連続の斬撃が、ミリアムの防壁を切断する。
そこにルークが飛び込み、雷光放つ嵐唱の刃を刺し込んだ。砕ける黒い防壁のため視界は塞がっていたが、確かな手応えを感じる。
「ぶっ飛ばせ嵐唱!」
目が潰れるかと思うほどの閃光と共に、強烈な雷撃が貫いた。
たとえ魔族でも打ち破ることが可能なほどの強烈な陽電子の雷だ。またルーク自身、確かにミリアムを爆散させた感覚を手元に感じていた。
「倒した……?」
「そのようですね。ミリアムの気配が消失しました」
雷光が消えた後、そこにミリアムの姿はなかった。カーミラもまた、消失を肯定する。誰もがミリアムを探してみたが、どこにも見当たらなかった。
本当に倒すことができたのだろうか。
あまりにも簡単すぎやしないか。
逆に不安となるほどだ。
「油断しないでください。この程度とは思えません」
ネオンだけが強く声を上げて警告した。論理的な理由こそない。だが勘が囁いていたのだ。まだミリアムは生きている。
『その通りですわ!』
空から響く声が降ってきた。
同時に空間が歪み、ミリアムが姿を見せる。傷一つない様子を目の当たりにして、誰もが驚いた。ルークの攻撃は凄まじいものだった。
「それも魔族の再生能力かよ」
「再生? 私はそんなもの使っておりませんわ。ただあなたの剣は私に届かなかったというだけのことですわ」
「だったら今度こそ届かせてやる!」
ルークは降り立ったミリアムに向けて、再び嵐唱を振り下ろした。驚くべきことに、ミリアムは回避も防御もしようとしない。ただ微笑みを浮かべたまま刃を受け入れたのである。
彼女の身体が斜めに切り裂かれると同時に、陽電子の雷が焼く。
ミリアムは塵となって消し飛んだ。
「どうだ!」
『無駄ですわね。届いておりませんわよ?』
再びミリアムはどこからともなく現れる。声が響いたかと思えば、再び無傷のミリアムがそこにいたのだ。これにはルークも驚かされる。
「確かに、今……」
「私を切った、とでも? 届いておりませんわねぇ」
「ならば私の攻撃はどうだ?」
スルザーラが劔撃の魔力矢を放つ。最大まで蓄積された矢は瞬時にミリアムの胸を貫いた。そこは魔族の弱点となる心臓部。埋め込まれた魔石を砕くことを目的としていた。
彼女の胸に大きな穴が空いたかと思うと、その姿が掻き消える。
そして虚空より無傷のミリアムが現れた。
「心臓を射抜いても……?」
「当然ですわ。当たっておりませんもの」
「幻影……? まさか幻術なのか」
「残念、違いますわ。ほら、その証拠に――」
スルザーラの後ろから真っ白な手が回され、首を抱きしめられる。
「こうして触れることもできますわ」
「ッ! 離れろ!」
いつの間にか背後にミリアムがいたのだ。
だがこの状況にルークも混乱する。なぜならば、スルザーラの前にもミリアムはいるのだから。
「ミリアムが……二人?」
「いえ、これは違います。どうやらこのミリアムは人形のようなもの。分身体です」
「正解ですわ始祖様」
カーミラが正解を言い当て、ミリアムは嗤いながら肯定した。すると種明かしとばかりに次々とミリアムが現れる。正面からも、背後からも、側面からも、あらゆる場所からミリアムの形をした人型のナニカが姿を見せる。
その全てが同時に目を開いた。
七色を放つ複眼は不気味の一言。目の当たりにした者たちは皆、思わず尻込みしてしまう。
一斉に全てのミリアムが口を開いた。
『私は玉蟲の業魔ミリアム。最新の業魔族にして最強の元老ですわ。この身はただの器。本当の私は果たしてどこにいるのでしょう?』
虚空から緑の大鎌が、巨大な青い百足が、光り輝く蜘蛛が、燃え上がる翅が、黒く鈍い色の鋭い角が、そして雷光と共に光を乱反射する粉のようなものも舞う。
『かつてエルムレアを襲った厄災の蟲たちは、今や私の一部ですわ。皆様如きに七つの厄災を止められまして?』
強力な毒液が津波のように襲い掛かり、全員を一掃しようとする。ルークとスルザーラは神器や魔術によって空を飛び、逃れていた。聖王剣を奪われて魔術を使えないネオンをカーミラが回収し、蝙蝠に変化することで持ち上げた。
だがミリアムの攻撃は空にまで及ぶ。
炎や雷が雨のように降り注ぎ、幻惑効果のある鱗粉が方向感覚を狂わせる。
「ウェルス!」
その身を盾としてウェルスが二人を回収した。猛攻の中で小さな安全地帯を得る。
「まるで嵐ですね。カーミラ、大丈夫なのですか?」
「私たちは。炉の戦士たちは毒に巻き込まれてしまったようです。ハーケスには悪いことをしてしまいました」
「では生き残りは……」
「私たちだけです」
一瞬の出来事の内に多くが犠牲となった。
ロニたちアスラン戦士団も、ルゥナたちバジルの民も、炉の戦士も、そして聖石寮の術師たちも。全員がこの戦いの中で命を散らしていった。
「気を引き締めてください。私たちはここで勝たなければなりません。彼女を野放しにすれば、犠牲者はさらに増えていきます」
「そう、ですね」
ウェルスはその身を削られながらも飛行を続け、二人を守っている。その一方でルークとスルザーラは危険な状況だった。二人は身一つで空を飛んでいる。どうやらルークが嵐の防壁を張ることでミリアムの攻撃を防いでいるらしい。
防戦一方で反撃の隙も無い状態だ。
『さぁさぁさぁ! 私に刃を届かせることができまして?』
自分たちはまるで嵐に立ち向かう羽虫だ。
ミリアムはまるで大自然の驚異そのものだ。戦いすら成立しない大災害にも匹敵する。炎、雷、毒、幻惑、それらが入り乱れ、糸や刃が混じってくるのだ。ミリアムの形をした人形は無数にいるし、壊しても復活する。どのようにすれば攻撃を届かせることができるのか、見当もつかない。
「まさしく厄災ですね。彼女の攻撃が帝都にまで届いています。このままではリベラストラの避難民までも……」
「なッ! まさかそんな非道なことを!? 味方のはずなのに!」
「ミリアムにとっては価値のないものなのでしょう。いたずらに被害を広げるわけにはいきません。早く彼女を倒さなければ多くの人が死にます。まずは状況の打開です」
「何か策があるのですか?」
「力づくでやるしかありません」
カーミラの両腕から大量の血が噴き出す。皮膚がひび割れのように裂けて、そこから流出した血はすぐに霧となった。吸血種特有の赤い霧である。
「大丈夫なのですか?」
「問題ありません」
かつて始祖の吸血種として誕生したカーミラは、ヴァルナヘルの街を霧で覆い尽くした。生まれてすぐの暴走状態で、それだけの力を持っていたのだ。あれから二百年が経ち、カーミラも成長している。特に魔装の覚醒は、無尽蔵の霧を作り出す能力を与えた。
赤い霧は広く、濃く拡散していく。
魔力を阻害する瘴血の霧はミリアムの放つ厄災を打ち消していった。
「力づく。本当に力づくなのですね」
「私には尽きない魔力があります。こういった戦い方は私の方が相応しいでしょう。霧は人間にとって毒なので触れないでくださいね」
瘴血の霧はカーミラにとって触覚であり、身体の一部でもある。丁寧に操れば、ネオンたちへと届かせないよう調整することも可能だ。
そしてこの性質を用いて、ミリアムを探し出そうともしていたのだ。
(かなり広げたはずですが……ミリアムは見つかりませんね)
既にルークやスルザーラの周囲にも霧は届いていて、空高くにまで広がっている。それでもミリアムの人形しか見当たらない。どれだけ探してもだ。
『無駄ですわ。始祖といえど、私は見つけられませんのよ』
「私たちを感知していて、逆に私たちはミリアムを見つけられませんか……」
『ふふ。これが力の差ですわ』
「こちらの会話は聞こえるようですね。どういう理屈でしょうか」
こっそり作戦を共有しようとしても、これでは筒抜けだ。瘴血の霧が広がったことでミリアムの攻撃も止まったが、相変わらず彼女を見つけることはできていない。
どうしたものかと悩んでいると、ネオンが肩を叩いた。
「ネオンさん?」
「私に考えがあります。何も言わず、任せてくれませんか?」
ネオンは一つ、この状況を突破する案を思いついた。
◆◆◆
封魔連合王国は地獄域を中心に寄り集まった同盟者たちの共同体だ。地獄域を封印し、偉大な王を戴き、瞬く間に強大な国家となった。
しかしその要となる封印の塔は崩壊した。
炎帝ヘルダルフの手によって、完全に破壊されていた。再び開かれた地獄からは無制限に悪魔を放出し、その全てが刻命の能力で炎帝の支配下に入る。封魔王国は黄金の巨兵に踏み荒らされ、吸血種たちに貪られていた。
まさしく栄華の落日。
「あの巨兵……今回だけは見逃したが、戦いの後で消しておくか」
騒乱の中、シュウは空から状況を眺めている。
炎帝と共に地獄域へと跳び、戦いには参加せず状況を見守っていた。見下ろせば戦火の広がる封魔王国、見上げれば人外じみた王たちの決戦。
「ようやくこの時が来た。炎帝、精々引きずり出せ」
これまで駒として甘んじてやったのも、全てはこの時のため。シュウもまた、炎帝の野心を利用して目的を達成しようとしていた。
「アイリス、セフィラ、準備は整っているな?」
『万全なのですよ』
『私も私も!』
「結界の準備はどうだ?」
『ん。任せて』
「そうか。お披露目を楽しみにしているぞ、セフィラ」
決着まではもう幾ばくか。
遂に本当の目的を果たす時が訪れようとしていた。




