536話 レギンレイヴ会戦③
間違いなく勝利であった。
ルークやロンディスたちでは歯が立たなかった業魔族を容易く殺害し、しかも圧倒していた。それは信じがたい光景で、熱を上げることもなく冷めていく。おそらく激しく降り続ける雨の影響もあったのだろう。しかしその雨ですら、徐々に小さくなっていた。
まるで七仙業魔の一角を倒した褒美だとでも言うかのように。やがて雲間から光が差し始める。
(しかし戦争は痛み分けですか)
カーミラは戦場を広く見る。
吸血種デュールは捕らえ、邪妖魔仙アールフォロは討伐した。しかしそれは敵将の一部を打ち取ったに過ぎない。戦争という広い目で見れば、敗北寸前であった。
帝国軍は魔族兵を伴ってレギン砦付近まで攻め上り、レギンレイヴ平原に敷いた連合国陣地は崩壊している。お互いに陣形や隊列は崩れ、すっかり乱戦模様だ。こうしている間にもルークたちは囲まれつつあり、弱った敵将を討たんと帝国軍も勢いづいている。
「カーミラ! カーミラ! どうするんだこの状況!」
「叫ぶ元気はあるようですね。勿論、ここから撤退します。私たちだけならばウェルスに乗って逃げられます」
「おい! この人たちは……連合国の人たちは連れて行かねぇのかよ!」
「ウェルスで運ぶには多すぎますので」
「それは嫌だ!」
我儘と理解しつつもルークは拒絶する。
たった一度とはいえ、戦場を共にした者たちを見捨てるという選択肢はない。少なくとも見捨てることを許容するほど冷徹に、自分勝手にはなれなかった。
カーミラもある程度答えは予想していたらしく、軽く頷いた。
「ならば突破するしかありませんね」
その返答と同時に蛮骨で薙ぎ払われた。
骨の刃、血の刃は斬撃距離を延伸し、広範囲に死をまき散らす。ただの一振りで血路は開かれ、さらにカーミラは飛び散った血を操る。大量の血液は鋭い槍となり、雨となって降り注ぐ。血晶の槍は帝国軍を打ち砕き、濡れた地面を抉り、死の恐怖を振り撒いた。
それを目の当たりにしたルークは分かりやすく驚愕し、連合国兵たちは警戒する。
「ロンディス将軍、あの娘はまさか」
「うむ。黒い炎に赤い雨か。だがしかし……」
彼らはカーミラに対してある疑いを持ち始めていた。疑いは目の前で行われている光景によって否定され、しかし同時に肯定もされる。
訳も分からぬまま退路は開かれ、カーミラは全員に対して手招きした。
「ルークさんも、皆さんもこちらへ。少々手荒いですが、力づくで突破します」
「……もうお前一人で何とかなりそうな気がしてきた」
「買いかぶりすぎですルークさん。さぁ、こちらへ」
盲目の少女に導かれ、彼ら連合国兵も撤退を開始する。
レギンレイヴ平原の最前線で取り残され、業魔族や吸血種に襲撃され、戦う力を失った彼らはどこかで死ぬはずであった。しかしその運命は覆され、多くが無事に帰還する。
後に戦場の奇跡と持て囃されるこの事実は、少しずつねじ曲がりながら、兵士たちを元気づける逸話として語り継がれることになった。
◆◆◆
レギンレイヴ会戦と呼ばれた封魔連合王国とサンドラ帝国の戦いは、完全な痛み分けとして終結した。お互いに軍が壊滅し、軍の指揮官級ですら幾人も討たれた。サンドラ帝国軍は吸血種の将の他、邪妖魔仙すらも失っているが、封魔連合王国もレギン砦を放棄することになった。
だが、ただ放棄したわけではない。
「あの崩壊……何だったんだ」
戦線を下げ、撤退していく封魔連合国軍に交じりながらルークやカーミラも進んでいた。最前線に取り残されたロンディス将軍を救出したという功績から、傭兵にもかかわらず二人の評価は高い。
ただルークはそんな評価より、撤退の最中起こった大事件のことが気になっていた。
「気になりますか?」
「当たり前だ。いきなりレギン砦がぶっ壊れたんだぞ。もう少しで俺たちも巻き込まれるところだった。カーミラの警告がなかったら今頃は……」
「レギン砦崩壊の直前で大きな魔力を感知しましたから。それにあれは……」
「あれは?」
「いえ。何でもありません」
誤魔化すような態度が不満なのだろう。ルークは眉をしかめていた。
そこに疲れた様子のロンディスがやってくる。彼は脚獣に騎乗しており、他に幾人かを連れていた。彼らは徒歩移動する二人に合わせ、脚獣を減速させる。
「ルーク。後で話そうと言っていたのに、遅くなってすまないな」
「あ、えっと、いえ……大丈夫です」
「そう緊張するな。戦場では知らぬ言葉を使っていたが、こちらの言葉も知っていたのだな」
「あー……まぁ」
ルークは言葉に詰まりながら頬を掻く。
封魔連合の言葉を知らないルークがこうしてロンディスと会話できるのは、ノスフェラトゥのお陰だった。
(まさか水を飲んで言葉が分かるようになるなんてな……どうなってんだ。魔術ってのは何でもありか?)
ほんの少し前、ルークはカーミラから水を受け取った。それは休息を取らせるという意味もあったが、これを飲むことで言葉が分かるようになると言われたのだ。
半信半疑で渡された水を飲み、そしてルークは頭に衝撃が走った。膨大な知識が叩き込まれ、頭痛や眩暈がしたかと思うと、突如として様々な言葉が理解できるようになった。なんとなく、初めから知っているものとして頭に浮かんでくるようになったのだ。
(記憶を分け与えた、なんて言ってたけど……まぁ便利だからいいか)
カーミラが水の中にこっそり血の一滴を忍ばせていたことなど、知る由もない。ルークにとって言葉が分かるということだけで充分だった。
したがって今のルークはロンディスとも流暢に会話することができる。
「ところでロンディス将軍は俺たちに何か用事ですか?」
「ああ、勿論だ。ルーク、君に聞きたいことがあったのだ」
「俺に?」
「君の使っていた力は迷宮神器で間違いないな?」
「え、あぁ、そうです。あげませんよ!?」
「ハッハッハ! 心配するな。神器はそれ自体が使い手を選ぶ。無理に取り上げたとしても意味はない。それより、その使い手を取り込むことが重要なのだ。つまり、封魔連合軍に仕官しないかという誘いだ」
「……俺よりカーミラの方が強い、です」
するとロンディスは分かりやすく困った顔をした。
実際、最前線に取り残されたロンディスたちはカーミラのお陰で生き延びた。強さは目の当たりにしている。しかしそれでもなお、カーミラではなくルークを欲した。
「我が国は……我ら連合国は魔術ではなく神器の力を重要視している。だからルークこそを士官に誘うのだ」
「だけどカーミラも変な武器持ってただろ。ほら、伸びる剣」
「ルークさん。蛮骨は神器ではありませんよ」
「そうなのか?」
「はい。それに私は剣士ではなく魔術使いです。蛮骨は備えに過ぎません」
「あんだけ戦えて得意なのは魔術なのかよ」
力の差を思い知り、ルークはげんなりした様子だ。
するとロンディスが話題を元に戻した。
「それでルーク。どうかね。共に我が王に仕えてみないか」
「我が王? 連合国の王様ですか」
「その通り。我らが王。最高の神器使いにして連合国の盟主。封魔王国の支配者、アポロヌス陛下だよ」
胸を張り、誇らしくロンディスは答えた。
◆◆◆
「陛下! アポロヌス陛下!」
少し低い女性の声を聞き、男は振り返る。
主に青や紫で染められた衣服を着た彼は、身体の各所に装飾品を身に着けており、如何にも身分が高いということを主張していた。
「ルゥナか。何か報告かな」
「ええ。レギン砦が落ちたと報告が」
「何? あそこにはロンディスを向かわせていたはずだが。まさかサンドラ帝国軍に奪われたのか!?」
「いえ。正確にはアルゲリスの公主が砦を破壊したようです。守り切れぬと悟り、敵軍を誘い込んで震戮で……」
「そういうことか……しかしアルゲリス公にも困ったな。そんなことをするために震戮を預けたわけではないのだけどね」
「それほど危うい戦いだったという証左でしょう。連合国に属する王の一角として役目は果たしてくださったかと思います」
「ああ。そうだな」
アポロヌスは目頭を押さえ、思案を始める。
その間もルゥナは報告を続けた。
「使いの話ではロンディス将軍は無事とのこと。しかも吸血種の一体を捕らえ、強大な魔族を討ったと伺っております」
「それは朗報だな。しかしこう言っては何だが、ロンディス本人はそれほど実力者じゃない。用兵能力は随一だと俺も認めているが……腕の良い傭兵でもいたか?」
「はい。よくわかりましたね。勘ですか?」
「まぁね。時々、見えてくるんだ。世界の形、というのかな。遠くで起こっていることやこれから起こることが何となく見えてくることがある」
「はいはい」
「適当な返事だな。どうせ信じていないだろう」
「そのようなことはありませんよ。それより続きです。その腕の良い傭兵の話は強力な神器使いだとか。使い手はまだ少年とのことですが、能力は確かです」
「なるほどね。是非ともウチに来てほしいものだな。こちらに来ているのだろう? 歓待の準備でもしておこう。是非とも協力を得ておきたい」
「分かりました。貴重な神器使いですからね。戦線を広げ過ぎた我々としては、幾らでも欲しいくらいです」
「よろしく頼むよ」
「あなたも仕事をしてください。こんなところで外を眺める暇があれば、決裁するべき事項を進めておいてください」
「も、勿論だ。少し休憩していただけだとも」
ルゥナは溜息をつき、背を向けて去っていく。
文官仕事をほぼ取り仕切っている彼女には頭が上がらないため、アポロヌスも仕方なくサボり時間を終わりにすることとした。
だが執務へと戻る前に、今一度外を眺める。
そこには目を見張るほど巨大な、白亜の塔が建っていた。
◆◆◆
封魔連合軍と共に南下し続けていたルークたちは、五日以上移動を続けた末にようやく目的地へと辿り着いた。その間に軍は何度か再編成され、レギンレイヴ平原から撤退した部隊のままというわけではない。道中で幾度も分かれを繰り返し、時に合流し、最終的には数百人程度となった。
「凱旋とはいかぬが、我々は歓迎されるだろう。できる限り勇ましく、元気な姿を見せるのだ」
城壁に囲まれた都市へと入る直前、ロンディスは将軍として皆にそう声をかけた。レギンレイヴ会戦は大きな痛みを受けつつも、敗北とは言い切れない結果であった。ただ出立した兵士に対して、戻ってきた兵士の数は実に少ない。それに気づく民衆も多いだろう。
だからせめて誇りを胸にとロンディスは願っていた。
ルークたち傭兵も、褒章を受け取るためにここまで付いてきた者たちは多い。彼らは間もなく受け取れる報酬のことを思い、兵士たちより浮かれているように見えた。
「凄い城壁だな。レビュノスの街もここまでじゃなかった。もしかするとアスラン王都より大きいかも」
「私もここには初めて来ましたが……かなり大きな都市ですね。これほどの建造技術があるとは知りませんでした。新興国と伺っておりますから」
「そういえばそんなことを言っていたような……」
都市を囲う城壁や、その出入口となる城門は随分と大きい。堀も掘られ、その中には水も流れている。これほどの都市を作るにはかなりの労働力が必要となるだろう。
またカーミラは感知能力で都市内の人口もある程度は把握していた。とても数え切れる人数ではなく、ただ多いとだけ感じる。
そしてルークの驚きは、城門を潜り抜けたところで最大となった。
「綺麗な街だ」
自然とそんな言葉が漏れた。
レンガ造りの街並みが広がり、道路は全て舗装され、全てが整然としている。中央には真っ白な巨大建造物があって、そこに向かって広い道路が伸びていた。おそらく荷車を三台は横に並べても問題ないほどの道路だ。この景色だけでも国力が窺える。
都市は巨大建造物を中心に広がっているらしく、間違いなくあれがシンボルだと、国王の住まう宮殿だと確信した。
「あれが宮殿か……」
「ははは。違うぞルーク。よく勘違いされるが、あれは宮殿ではない」
訂正したロンディスは、宮廷と勘違いした建物のすぐ隣を指す。都市中央の建物と比べれば一回り小さいが、よく見れば凝った装飾の建物であった。
「宮殿は隣の建物だ」
「なら、あの一番大きな建物は?」
「あれは封印塔。迷宮を……地獄域を封印するために建てた平和の象徴だ」
「地獄域?」
「驚いたな。まさか地獄域を知らないとは。あれは火と毒と魔物を無尽蔵に噴き出す地の大穴。特に凶悪な魔物はこの地域の民を苦しめ続けてきた。かつてこの地は地獄そのものだった。だからこそ、我が王は英雄と称えられる。地獄域を封じ、平和をもたらした偉大な王として尊敬を受けるのだ」
そう語るロンディスの顔からは誇らしさが溢れ出ている。
確かに、この国は地獄からは程遠い。ロンディスの言葉を信じるのであれば、地獄を均し、これだけの国を作り上げた人物は大英雄と呼ぶに相応しい。
一団は民衆に出迎えられつつ道を進み、やがて宮殿に隣接された兵舎へと到着した。




