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裸でゴメンあそばせ?  作者: 市太郎
【番外編】お気に召すまま
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純情無敵

 タスル国にあるシンフの街から少し離れた場所に夜艶鳥と呼ばれる館がある。

 許された者しか出入りが許されない館のラウンジにて、二人の女が優雅に午後の茶を楽しんでいた。

 一人はスラリとした姿態に薄っすらと日焼けをしたような小麦色の肌、項の辺りで切り揃えられた艶やかな赤毛、勝気とも思える茶色の瞳は、目敏い者ならば肉食獣の相と気付くだろう。目を惹く赤い厚みのある唇、そして上唇の斜め上にあるほくろは愛欲の強さを感じさせる。

 茶の相手をするもう一人は、細身である赤毛の女に対して肉感的である。肩を覆う長さの栗毛を今は編込みに纏め上げ、晒す項の瑞々しさは色白の肌をいっそう引き立て(なめ)らかに魅せる。触れればしっとりと、程好い柔らかさを楽しめるような、そんな艶肌をした女だ。普段から潤みを帯びた黒く大きな目は夢見がちな少女のようにおっとりした印象を抱かせる。

 ちょうど会話が途切れたとき、ふと赤毛の女が思い出したように口を開いた。

「そういえば、聞きまして?」

「何をです?」

 カップを唇に寄せ掛けた栗毛の女が動きを止めて赤毛の女を見やる。

「ゴストー様が貞操を捧げられてるというお話」

「貞操を? まぁ! ……でも、どのように? 貞操と言えば、アレ……でしてよね?」

「ええ、アレですわ。ほら、半年ほど前にガラド様のご紹介でアザリ国の著名な細工師が通ってらしたでしょう?」

「そういえば、数日泊まられてましたわね。ゴストー様もご一緒だったと記憶しておりますわ」

 思い返しながら栗毛の女がゆったりとした動作で頷く。

「アザリの細工師に寸法を測らせて特注されたそうですの」

「まぁ……その、色々とかしら?」

「えぇ、色々な寸法を」

 二人は顔を見合わせてキャッキャッと楽しげに笑い声を漏らす。

「あら……でも、殿方には朝のご事情もございますわよね? ゴストー様は毎朝どうしてらっしゃるのかしら」

「それは、貞操を捧げてらっしゃるのですもの。お館様のお許しがなければ……ねぇ?」

 赤毛の女は含みを持たせて楽しげに言う。そして、栗毛の女はゆるりと小首を傾げて頬に手を添えた。

「……では、三ヶ月ほど前にゴストー様がいらっしゃっていたとき、妙に殺気立っていらしたのはそのせいかしら?」

「そうだと思いましてよ? 巷では豪傑と噂されるあのゴストー様がお館様の前ですとソワソワと落ち着きもなく、動きもぎこちなかったではありませんか」

「そうでしたわ! 確かにお館様がお傍にいらしたときのゴストー様は普段の威厳の欠片も感じられませんでしたものね。お館様が何か言葉を口にする前にそれはそれは細やかに従事していらしたし、お館様を見つめる目付きの切なさと言ったら!」

「ええ! てっきり恋情が募ったあまりとも思いましたが、貞操を捧げられたゆえでしたのね!」

 ステキ!! と声を揃えて二人は楽しげな悲鳴を上げる。

「そういえば、先月もゴストー様がお見えになってましたけど、目が血走っておりませんでしたこと?」

「そういえばそうですわね」

 二人は顔を見合わせると小首を傾げ、一本二本……と指を折る。

「まさか半年近く貞操を捧げ続けてらっしゃるのかしら?」

「そう仰られると……三ヶ月前に比べて先月お見かけしたときの方が凄まじい雰囲気でしたわよね? 凄みが増す……いえ、殺気を通り越して妖気を放っていたかのように思えますわ」

 二人は再び顔を見合わせ、肉食獣の血を引く者らしく獰猛な笑みを浮かべる。

「お館様は本当に面白いことを思いつかれますわね」

「えぇ、本当に。私、殿方の貞操というものを初めて聞きましたわ。あぁ、私も旦那様へ貞操を捧げたいっ!」

 自分の体を両腕で抱きしめ身悶えした栗毛の女は、ハタと我に返り赤らんだ両頬に手を添え恥じらう。

「旦那様へお願いしたらはしたない女と思われるかしら?」

「うふふ。実はワタクシ、旦那様へゴストー様のお話を致しましたの」

 赤毛の女は内緒話をするように顔を寄せ、片手を口に添えながら声を潜めて告げる。

「まぁ! それで、どうなりましたの?」

「旦那様がアザリから細工師をお呼びになられて、来週の始めにいらして下さることになりましたわ!」

「ズルいですわ! 自分だけ!」

 ヒドい、ズルいと満面の笑みを浮かべる赤毛の女の二の腕を柔らかく叩き、恨めしさに栗毛の女が詰る。

「ごめんなさいね? でも、旦那様とアナタの旦那様は仲が宜しいから、おそらくお話されていると思うの。アナタの旦那様も来週いらっしゃる予定でしょう? きっと、アナタもお呼ばれされるのではないかしら?」

「そう……かしら? そう思われる? どうしましょ。嬉しくて胸が高鳴ってしまいますわ」

 ほぅ、と栗毛の女が胸に両手を添えて悩ましい吐息を零す。

「女性用のアレは野暮ったいでしょう? 旦那様のお好みからは外れてらしたから今まではお使いになることはなかったのだけれど、その旦那様が乗り気になってらっしゃるんですもの。どんなお遊びをお考えになられているのかしら。ワタクシも今から心が躍ってしまって夜も寝れそうないほどなのっ」

「お館様は普段はそういうことには興味ないとばかりな様子でいらっしゃるのに、素晴らしいことを閃きになられますわよね」

「夜艶鳥館へ来る機会に恵まれて本当に良かったですわ!」

「ええ、本当に!」




 そんなラウンジの入り口には世界でも稀な人間と、その人間の肩をがっしりと掴む女が立っていた。

 しかし、それには気付かずラウンジいる女二人は楽しくお喋りに耽っている。

「初耳なんだけど、どういうこと? 細工師に作らせたとかいうブツについて、事細かく、逐一、じっくりと教えてもらえるかしら?」

「…………」

 夜艶鳥館の主である女は虚ろに視線をさ迷わせるが、幼さを感じさせる可愛い顔をした女は凄みを利かせて囁いた。

 己よりも背の低い女に首根っこを掴まれ引きずられていく主に、通り掛かった執事が深々と頭を下げて見送る。




 夜艶鳥館は本日も平和そうである。

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