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現代を息づく最古の怪異  作者: 宇城
第一章:努力と執念の軌跡
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01.黎明を告げる誓い

暗く、湿った何もない洞窟で唐突に自我が芽生えた。


俺の自我が芽生えたのは、松明や焚き火のような光源はなく、苔や蔦、岩だけがある洞窟だった。


自分が何者なのか。名前も種族も何もかもがわからない。


ただ、自分がその場に存在しているという事実だけがこの場にあった。生まれたてと言って良いような俺の頭には、自分以外の生物の種族や体の動かし方というような生きるのに必要な最低限の情報だけしかない。


この洞窟には、生物がこの場にいたという痕跡が一切なく、廃れた鳥居と古びた祭壇のようなものしかない。俺は、突然自我が芽生えたことと生きるのに最低限の知識しかなかったこともあり、それが鳥居だということすらわからなかった。そして祭壇と思われる場所には多少の食料が置いてあり、それはまるで供物のようだった。


丁寧に板のようなものに置かれた食べ物の数々。


鳥居や祭壇というものが何かわからなかった俺は、その祭壇に乗った食料を食べることにした。生肉や木の実、魚の死骸などを本能のままに胃袋に詰め込んだ。空っぽの胃の中に食べ物を詰め込んだからか、体は拒否反応を起こしていたが気にせず詰め込み続けた。


そして胃に食物を詰め込み終えた後、俺が今いる洞窟と思われる場所の外に出てみることにした。凸凹とした岩肌、崩れかけた崖。体は動く。しかし、ほとんど生まれたてに等しい体の俺にはあまりにも険しい道程だった。


そうして、体感30分ほどが経った頃、少し前方から微かに光が差してきた。一歩、また一歩と進むたび、目に入る光は多くなり、最終的には視界すべてを光が満たした。


洞窟の外の光景に、思わず言葉を発そうとしたが、声と言えるようなものは俺の喉から出てこず、獣のようなうめき声のようなものだけがこの場に満ちた。


しかし、この場にいるのは俺だけだ。わざわざ声を発そうとしなくていいと思い、声を出すことを止めた。

そのまま一歩づつ洞窟の外へと出ていき、硬い岩から少し柔らかい土の地面へと足を踏み入れた。外は洞窟の中と違って、どんよりとした空気はなく、澄んだ空気に満ちておりその空気が肺を満たした。


「ぁ゙ぁ…あ、…ぁ……ぁ゙ぁ。」


洞窟の入口から少し行ったところには小さな湖があり、水面に映る何かを覗き込んだ。水面に移っていたのは自分だった。水面に映っていた自分は、頭から角を二本生やし、少し赤みがかった皮膚を持っていた。身長はだいたい150cmほどの小柄で、筋肉などまるでない貧弱な体だ。自らの身体をペタペタと触り、そこでようやく自分という存在を認識した。


その時までは、今の自分でも少しは生き抜けると思っていた。


――だが、やはりというべきか、外の世界はそんなに甘いものではなかった。


水面から顔を上げた先には、一匹の鹿のような生物が湖の水を飲みながらこちらへと視線を向けていた。その鹿と目が合うと、有無を言わさない圧力によって目を離すことが出来なかった。


その場から動くな。そうハッキリと告げられている気がした。


そして目があってから少し経つと、その巨大な角をもつ一匹の鹿は俺のことを敵だとみなしてこちらへと一目散に走って向かってきた。


鹿がこちらへと走ってくる迫力は、誰が見ても足がすくむようなものだった。一歩一歩が俺の何倍もの力を持ち、一歩進むたびにこちらにまで揺れが届くほどだった。骨から臓器に至るまでに振動が響き、その勢いに気圧されていると、いつの間にか鹿は俺の目と鼻の先にまで近づいていた。


まともに喰らえば体中の骨は粉々に、臓器はぐしゃぐしゃになるような突進。しかし、その時の俺は自我が芽生えたてだったこともあり、「死」というものに対する恐怖というものがなく、逃げることも戦うために構えることもなく、ただただその場に佇んでいた。


そして、鹿が突進したことによる激しい衝撃によって俺の体は勢いよく宙を舞い、体を60mほど離れた場所にある大木に体を打ちつけた。


「あ…がっ…!、くっ…!」


突進を受け勢いよく大木に体を打ちつけたことで、初めて自分の脳内に「死」というものに対する恐怖が生まれた。



死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。



そんな1つの恐怖だけが頭蓋の中を反響した。


どうすればいい?どうすればこの状況を打開できる?戦うか?いや、だめだ。あんなものに勝てるわけがない。じゃあどうする…。


必死に頭の中で考え続け、やっとでたのは、この場から逃げる。そんな誰もが最初に思いつくような策だった。


そうして折れた左腕を下に垂らし、粉砕された左足を地面を引きずらせながら洞窟まで決死の思いで戻った。あばらやいくつかの臓器も突進によって傷ついているのか、少し動くたびに体中は悲鳴を上げた。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


体は自由に動かないながらも体中の引き裂かれそうな痛みに耐えながら逃げていると、洞窟までの道のりの間に鹿から石弾や火球のようなものが容赦なく降り注いだ。石弾は頬を掠め、容赦なく肩を撃ち抜き、火球は右腕と右足に勢いよく燃え移った。


「ぐっ……。あがっ…。」


うめき声を上げて俺が洞窟にたどり着いたときには、すでに俺の体は傷だらけになり満身創痍だった。左腕と左足は複雑に折れ、頬や肩には石弾がぶつかったことによる掠り傷と貫かれたことによって生まれた傷があちこちにできていた。右腕と右足には、火球によって火傷痕が数多くできていた。血が流れすぎたのか、今にも意識は落ちてしまいそうだった。


痛みに悶えながらも鹿の入ってこれない洞窟の奥まで這いずって鳥居まで戻っていった。


鳥居の近くまで這いずり、泥まみれになりながらも祭壇近くの平らな大きな岩に食べ物を避けて横になった。洞窟の奥には光が入ってこないからか、横になっている岩はひんやりとして火傷痕の痛みが和らいだように感じた。


一度横になってからというもの動こうとしても体は言うことを聞かず、死を待つだけになる絶望が思考を支配した。幸いにも、祭壇においてあった食料には、まだ少し余裕があるため少しの期間は過ごせるだろう。


怪我を負ったその日はそう思っていたが、そうはならないのが現実だ。怪我を負ってしまえば、回復するために大量の食料が必要になる。食べる量を抑えようとしても体は正直なのか、どんどんとその場の食料を食べていった。そして、怪我を負った次の日の夜には、祭壇に残っていた食料をすべて平らげてしまった。


食料がなくなってからは、ひたすら怪我が治るのを祈るしかできなかった。


そして、何回洞窟の隙間から差し込む光が消え、また灯っただろうか。おそらく10回、10日以上は経っただろう。人間ならとっくに死んでいるはずの渇きと餓えが、俺の細い肉体をじわじわと蝕んでいった。


幸い、人間ではなかったのが功を奏したのかこの期間は食事をほとんど取らなくても死ぬことはなかった。


だが、それも限界だった。人間ならとっくに死んでいるだろうが、俺は死に切ることは出来なかった。餓えと渇き、死にたいという願望、そんな状態で十日以上も食事を取らなければ、衰弱していくのは目に見える。その時には、すでに視界はほとんどが霞み、先程覚醒したはずの意識はすでに途切れかけていた。



妖鹿による大怪我を負って、ちょうど2週間が経った日の夜。流石に人間ではないと言え、すでに俺は死を

覚悟していた。食料はなく、傷は一切治っておらず、出血と空腹による餓えと渇きで今にも死にそうな状態だった。


そんな時だった。


祭壇付近にビシッと空間に亀裂が走り空間が歪んだ。その光景に驚き一瞬目を閉じて、次に目を開くとその歪んだ空間だった場所は、食料と謎の塗り薬のようなものが突然現れた。


自分の周りにも洞窟の中にも、人どころか獣の気配すらなかった。ただ、祭壇の上に突如として食料と塗り薬のようなものが現れただけだ。その光景を見て、俺は何が起こっているかさっぱりだったが、空腹で死にそうになっていた俺にとって天からの恵みだと思った。現れた食料を目の前にして俺は、食料を貪るかのように胃に詰め込み、拒絶感による吐き気を抑えながら飲み込んだ。


その後、試しに塗り薬を塗ってみると、傷薬を塗った箇所はみるみる回復していった。切り傷と火傷痕は完治、骨折は完璧には治らなかったが、それでも多少つながる程度には回復した。そして骨折が治るまでの間、洞窟の外に出ることができず食事に困ると思っていたが、なぜか2週間に1度のペースで祭壇に食料が現れるようになった。


骨折が治るまでの間は、あの鹿…。呼びにくいから、妖鹿と呼ぶことにした。その妖鹿に少しでも対抗するための方法を考えていた。妖鹿の大きさは俺の5倍以上あった。その妖鹿に今の俺が対抗しようと思っても確実に不可能だろう。どれだけ鍛錬しても勝てるとは思えないほどの格差があった。


ならばどうすればいいのか。答えは1つ。この貧弱な体を妖鹿に対抗できるようになるまで極限まで鍛えるしかない。


初めて芽生えた自我とできたての小さなプライドが、突拍子もなく現れた妖鹿によって木っ端微塵に砕かれたのだ。俺は今その妖鹿をぶちのめさないと気がすまない。閉じかけている喉を必死に開き、鹿に対しての恨みを言葉にならない声で叫んだ。


その叫んだ声は洞窟内に反響し、森の奥まで悲痛な叫びが響いた。


この場には己の体しかなく、この貧弱な体を妖鹿の角をもへし折る極限まで鍛え上げるため、果てしない肉体改造を始めることを体を起こし誓った。


必ず妖鹿を倒すと。


――これが、現代を生きる最古の怪異のかつて歩み始めた最初の軌跡だ。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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