第37話 通常業務が一番平和である
忙しくても通常業務が一番何事もない
帝国騎士団第五師団所属、オルディアーノ中隊の朝は、慌ただしくはない。
朝礼を済ませた各自は持ち場へ移動する。
中隊長のルクシアも自分の執務室へと向かった。先日までの騒動の報告書を書いている間に溜まった書類はようやく片付いた。
これで落ち着いて皆の日報などを読める。
窓の外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。何とものどかだ。
ルクシアがチェックした書類の印を捺し、シンディがそれを乾かす。いつもの流れだ。シンディのおかげで机の上も乱雑にならずに済んでいる。
机の脇ではシリウスが丸くなって眠っていた。
やっと訪れたいつもの日常。業務は相変わらずカツカツだけど構わない。それでいい。
「平和ですわ~」
印を捺しながらルクシアはこの日常を噛みしめる。力任せにバンバン捺した。確認して押印する書類は多い。
だが、色んな所へ行くよう振り回された日々を思えば幸せだ。
シンディは鼻歌を歌いながらリズムに合わせて紙をパタパタ乾かしている。
その平和を切り裂くように警鐘が鳴り響いた。野獣が近づいている合図だ。
余裕をかましていると、こうなる。何故か世の中はそうできている。
ルクシアは印を置いて部屋を飛び出した。屋上への階段を駆け上がる。
屋上に出ると、見張りをしていた者たちが姿勢を正した。ルクシアは解いて結構と手で合図する。
「今日は何ですの?」
「あれです」
見張りが示したのは空の向こう。黒い点がぽつぽつと見える。空を飛ぶ野獣だろうか。
ルクシアは光の塵をバズーカ砲へ変えて構える。
影がどんどん大きくなってきた。鳥ではない。ドラゴンである。
「おーい! 中隊長さーん! ゲオルグで――」
バズーカ砲が火を噴いた。
「いやぁぁぁぁ!!」
ゲオルグの悲鳴は爆発にかき消される。
ルクシアはこの程度で傷を負うほど邪竜族の身体は軟弱ではないことを承知の上で撃つのだから質が悪い。しかも、ゲオルグとはっきり認識して彼だけを狙っている。
プスプスと濃い紫の髪の一部から煙を上げながらゲオルグは砦に立った。一緒に来たのはシディアン王国の治安維持部隊のグントだ。
ルクシアは笑顔で迎える。
「お二人ともいらっしゃいませ」
「もうちょっとお手柔らかな出迎えにしてください……」
ゲオルグがしょぼんとして言った。グントは呆れた顔で彼を見る。
先日の騒動後、両国は正式に国交を結んだ。一部の貴族は邪竜族に対して懐疑的だが、新しい技術の取入れもあり表面的には了承している。それは邪竜族側も同じだろう。
ゲオルグたちは罰として両国を行き来して文化交流の橋渡し役になっている。
グントとゲオルグは兄弟だったらしく、国からのお叱りの他、兄からもこってり絞られたようだ。グントはお目付け役として彼に同行している。
ルクシアはうーんと首を傾げる。
「やはり竜の姿で近づかれると野獣と勘違いしてしまいますね」
「人間からすると、そうですよね。せめて近くで下りて歩いて来るのが間違いないでしょうか」
訪問の仕方を議論する二人。竜の姿で飛んでくるほうが早いのだが、それでは野獣と勘違いされてしまう。まして野生のドラゴンと勘違いされては大騒ぎになる。
良い方法はないかと考える彼らの横で、ゲオルグは見張り役に頭をポンポンと叩かれて煙を消していた。
「飛行船で来てもらう分には大丈夫だと思うんですけど」
ルクシアは難しい顔をしながら言った。帝国にとってはまだ珍しい乗り物だが、騎士団内で情報を共有すれば済む話だ。
国境沿いの町に関して言えば、砦の外に停泊するなら場所的にも問題ない。
「飛行船って、本当はそんなに簡単に手に入る乗り物じゃないんですよ」
「あら、そうだったんです?」
グントの言葉にルクシアは驚いた顔をする。てっきり飛行船が行き交っているのかと思っていた。
「このバカたちも飛行船で人間の国に行けるって言われたから誘いに乗ってしまったようなものです」
グントはジロッと弟を睨む。ゲオルグはしゅんと小さくなった。
珍しい乗り物で、珍しい国に行ける。好奇心旺盛な青少年たちはまんまとディグルたちの計画に乗せられてしまったらしい。
「中隊長、いつまでも外で話さないで、中に入っていただいてはどうです?」
屋上へ出てきたジェラルドがルクシアに言った。風で金髪が揺れている。
ルクシアはそれもそうかと二人を砦の中へ案内する。ゲオルグは珍しそうに建物の内部を眺めた。
応接室へ通し、エルマーナが淹れてくれた紅茶を飲む。
「味は違うけど、こっちのも美味いな」
ゲオルグはふーと息を吐き出す。紅茶は好きなようだ。その様子を見ていたルクシアは小さく笑う。
「お好きなら、今度来る時まで色々な茶葉を揃えておきますわ。産地によって味が違いますし」
「え、そんなにあんの? こっちは限られた所でしか作ってないから一つの味しかないんだよな」
ゲオルグは驚きと嬉しさが混ざった顔になる。
「甘え過ぎだ」
「えーいいじゃん。揃えてくれるっていうなら。兄ちゃんだって紅茶好きだろ?」
咎める兄にゲオルグは唇を尖らせた。兄も紅茶が好きなことは知っている。と、言うより兄の影響で紅茶が好きになったのだ。
二人のやり取りを微笑ましげにルクシアは見つめる。種族は違っても、兄弟のやり取りはそんなに変わらない。
「なら、シディアン王国の紅茶も持ってきてくださいな。それでお相子です」
ルクシアはフフッと笑った。グントは恥ずかしそうにお礼を言う。
「中隊長~、だったらシディアン王国のお菓子も持ってきてもらってお茶会しましょうよ~」
いつの間に入って来たのか、チヨがぬるりと現れた。気配がなかった彼女にグントとゲオルグは驚く。隠密行動が得意なチヨは気配を殺すことに長けている。
「全部あなたたちが食べてしまうでしょう。で、何かありました?」
呆れた声でルクシアが返す。先日、帝都からお土産にと買ってきたお菓子はあっという間に消えてしまった。
ただ、チヨが割って入ったのだ。何かあったであろうことは想像がつく。チヨは頷いてタブレット型連絡機の画像を見せる。そこには身体の大きなフォレストバイソンの姿があった。
「罠にまたでっかいフォレストバイソンがかかってまして」
「よろしい。狩りに行きましょう」
ルクシアは即答して立ち上がる。その顔には「お肉」と書いてあった。
「お二方は砦の見学でもしていてください。でも町には出ないでくださいね。子供たちが悪者だーってやっつけにきちゃいますから」
グントとゲオルグには町へ出ないよう釘を刺す。先日の出来事のせいで邪竜族=悪い奴と子供たちは思ってしまっている。原因を作ったゲオルグは気まずそうだ。
文化交流の第一歩はそこの関係の改善からかもしれない。
ルクシアは執務室にいたシンディとシリウスに声をかけて出かける準備をする。
討伐班は既に準備を整えていた。マクシムやギャリックが馬に乗って待機している。
「さあ、皆さん。参りますわよ!」
張り切るルクシアに皆が応える。
今日もオルディアーノ中隊は野獣の討伐に出かける。美味しいお肉のために。
これが彼らのいつものお仕事。
おしまい
最後までお読みいただきありがとうございました!
これにて『黒騎士令嬢のお仕事』は閉幕となります。
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