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第34話 確認し合わないとすれ違う

報連相の大切さ


 ルクシアが竜にさらわれたことはすぐに砦へ知らされた。子供たちが泣きじゃくりながら駆け込んだのだ。子供たちは何度もごめんなさいと言いながら涙を拭う。マクシムはそんな子供たちの頭を優しく撫でた。

 ジェラルドは子供たちと視線を合わせるように膝をつく。


「中隊長をさらったのは、どんな奴だったか覚えているか?」


 その問いに、子供たちは顔を見合わせた。


「えっと、紫の髪の毛で、背が高くて」

「耳が尖ってた」

「ぐおーってドラゴンになったの」


 子供たちは身振り手振りを交えながら精一杯ジェラルドに説明する。彼らの言葉から推察すると、先日の騒動の影にいたとされる邪竜族の可能性が高い。

 だが、何のためにルクシアをさらったのか。


 ジェラルドは考察を後にして子供たちには家に帰るよう言った。

 集まってきていた面々が額を突き合わせる。


「でもよぉ、さらわれたの中隊長だろ」


 何とも言えない顔でマクシムが言う。心配したとて、あのルクシアである。正直、相手は爆弾を持って行ったようなものだ。


「囚われのお姫様って柄じゃねェだろうな」と、ラルフ。

「相手をボッコボコにして帰ってくる図しか想像できないんだけど」と、エミリア。

「師団長に報告はするが、俺たちの出る幕はないな」と、ジェラルドが頷く。


 ルクシアの身を案じる者は誰もいなかった。彼女にはそれだけの実績がある。

 メラルの町を守って待っていれば、ルクシアは必ず帰ってくる。その場にいた誰もが同じ気持ちだった。


 ジェラルドはまず、クラウスに報告することにした。タブレット型連絡機で通信を入れ、事の次第を報告する。

 クラウスはその報告に目をむいた。


「はぁ!? ルクシアが? 黙って連れていかれたの?」

「子供たちと町を盾に取られたそうです」


 ジェラルドの言葉に、クラウスは肩を落とす。


「えー、ファントムの協力でやっと黒幕を見つけたトコだったのに。戦力減っちゃうよ。どこに連れていかれたかは、わからないよね」


 クラウスは確認するように尋ねる。ジェラルドは黙って首を縦に振った。クラウスも期待はしていなかったようでそこまで落胆した様子はない。

 だが、残念そうな顔はしている。戦力としてルクシアを当てにしていたのだろう。


「あー、うん。こっちで何とかするからそっちはいつも通りにしといて」

「わかりました。よろしくお願いします」


 ジェラルドとの通信を切ったクラウスは、恐る恐る目の前にいる人物を見た。そこにいたのはルクシアの兄アーサーと闇の精霊王ファントムである。

 アーサーはにこやかな笑みを浮かべているが、空気は冷やかだ。

 ファントムに至っては、もはや表情がない。静かな怒りが溢れていた。


 クラウスにとっても怒らせたくない二大巨頭が怒り心頭である。


 アーサーが笑顔のまま口を開いた。


「ルクシアのことは私たちに任せてもらっていいよ」


 暗にそっちのことはそっちでしろ、と言っている。

 実はクラウスが当てにしていた戦力には親友であるアーサーも入っていた。どうやら頭数に入れられなくなったようだ。

 誰だよ、ルクシアさらったの。と、クラウスは心の中で毒づく。


「うん。ドーラにも頼むから、大丈夫」


 クラウスは笑顔をひきつらせて答えた。頼みの綱は妻サンドラとなった。


 アーサーはファントムを促して部屋を出ていく。二人が出て言ったドアがバタンと勢いよく閉まった。


 途端にクラウスは天を仰ぎ、両手で顔を覆う。できれば、妻まで引っ張り出したくなかった。彼女が強いのはよく知っている。だが危険なことをさせたくない。

 それでも、今は彼女に頼らざるを得ない状況になってしまった。


「あーもう、腹立つ」


 クラウスはぼやいて机に向き直る。

 手元の書類には、北部を管轄している第二師団がオルランドの捕縛へ向かうと書いてある。そして、彼らが帝都に精霊石モリオンを用いた変異種の襲撃を企てている、と。


 最悪の場合は帝都に変異種が出現することになる。そのため、各師団長は帝都に滞在するよう言われていた。

 よって、クラウスはルクシアをさらった奴に八つ当たりをすることが出来ない。


 クラウスは仕事に区切りをつけ、妻サンドラがいる魔法研究所に足を向けた。第五師団長の地位もあり、あっさりと研究所に入らせてもらう。


 研究室にも行き慣れたものだ。スタスタと廊下を歩いて、加護・祝福部門の部屋に入る。

 壁際の本棚にはびっしりとファイルや本が並び、研究員それぞれの机の上にも資料がびっちり並んでいる。広いとは言い難い部屋がさらに狭く感じた。


 その部屋の最奥にサンドラの机はあった。一番広い机のはずが、作業スペースは一番狭い。クラウスの入室に気付いた彼女は顔を上げる。


「おや、クラウス。どうしたの?」


 珍しそうにサンドラが言った。黒のショートボブが揺れる。

 クラウスはため息をつきながらサンドラの机の前まで歩いた。


「実は君の力を借りないといけなくなってさ」

「ほぅ。穏やかな話じゃないね」


 サンドラは鋭い目つきで手にしていたペンを置いた。話は聞いてくれるようだ。クラウスが腕組をしながら口を開いた。


「ルクシアが邪竜族にさらわれたみたいで――」

「よし、私も行く」

「待って待って、もうアーサーたちが行ったから君はここに居て、お願い。ホント、お願いします」


 クラウスはガタッと立ち上がる妻をなだめるように肩を掴んで椅子に座り直させる。サンドラまで出かけられたら本格的に戦力が散ってしまう。


「帝都に変異種を放とうってとんでもない計画があるんだ。それが起きた場合、君にも対処をお願いしたい」


 真剣な眼差しでクラウスが告げた。サンドラは自分の肩に置かれたクラウスの手をじっと見つめる。その手にはグッと力が込められていた。


「本来なら騎士団だけで対処するべきことなんだろうけど、あのルクシアですら剣が通らなかった相手だ。相応の実力を持つ人じゃないと、対処できない」


 クラウスが認める相応の実力者の一人がサンドラである。サンドラはポンとクラウスの手を叩いた。青い瞳が不敵な光を放つ。


「任せてよ。荒事は嫌いじゃないんだから」

「助かる」


 ニヤリと笑う妻に、クラウスは小さな笑みを浮かべた。


「と、言うわけでみんなー。万が一の時は結界魔法陣を使って立てこもるんだよ」


 サンドラが部屋の部下たちに声をかける。そこかしこから「は~い」と声が上がった。


 変異種が帝都を襲撃するという恐ろしいことを聞いても、研究員たちは動じない。結界魔法陣には絶対の自信があるのだ。

 それとただ単に、サンドラの実験に付き合わされていたら度胸がついただけかもしれない。


 クラウスは頼んだよ、と言い残して部屋を出ていく。

 サンドラは険しい表情でその背を見送った。いつもはあっけらかんと笑っている夫にしては余裕のない顔だ。変異種の帝都襲撃は現実味を帯びているのかもしれない。いつでも動けるようにサンドラはちょっとだけ書類の整頓を始めた。


 サンドラと約束を取り付けたクラウスは城の執務室へと足を向ける。廊下ですれ違う騎士や文官は慌てて頭を下げた。いつもなら「そんなのいーからいーから」と陽気に笑う声が聞こえてこない。

 通り過ぎたその背中からは張り詰めた空気が漂っていた。誰も声をかけることは出来ない。


 クラウスは執務室に入ると、椅子にドンと腰掛けた。彼自身もわかっていた。苛立っている。


 ルクシアがさらわれたのに何もできない自分。

 妻を危険にさらさなければならない自分。


 クラウスの口元が自嘲気味の弧を描く。


(何が規格外人類だ。情けない)


 クラウスは大きく息を吸い、派手なため息をついた。


「あー、やめやめ。僕らしくない」


 頭を横に振ってモヤモヤした思考を吹き飛ばす。彼がすべきこと。それは帝都を守ることだ。それに専念する。

 帝都に何かあっては、それこそルクシアから文句が飛んでくる。


 クラウスは「よし」と頷いて報告書に改めて向き直った。相手を完膚なきにまで叩きのめすために。



 その頃、ルクシアは唖然としていた。ゲオルグと名乗った邪竜族に連れてこられたのは、空を飛ぶ乗り物だった。大きな船が空を泳いでいる。

 まるでアーサーのフレースベルグ・シャルルの背に乗せてもらった時のようだ。


 ゲオルグがルクシアをそっと甲板に下ろす。人の姿に戻ったゲオルグは自慢げに空飛ぶ船を示した。


「どお? すごいっしょ。俺たちの飛行船」

「これは飛行船という乗り物なのですね。初めて見ましたわ」


 ルクシアは捕らえられている身だが、好奇心が先立つ。空飛ぶ船など帝国にはない技術だ。


 甲板の中央部には大きなマストがあり、帆が風を受けている。甲板は竜型に変身しても降り立てる広さがあった。船内に光を取り込むためか、ガラス張りのような部分もある。

 トコトコ歩き出しそうなルクシアの肩をゲオルグが押さえた。


「いや、危ないからうろちょろしないでね」

「あ、はい。申し訳ありません」


 反射的にルクシアが謝る。

 他の邪竜族は「大丈夫か? こいつ」という顔になった。人間ってこんなに呑気な生き物だったのかと思いたくなる。


 だが、彼らは知らない。


 ルクシアが特殊なだけということを。

 ルクシアの周囲が規格外だらけということを。


 その恐ろしさを彼らは後に体感することとなる。


 船内から誰かが出てきた。鋭い赤の双眸がルクシアを捉える。オルランドの屋敷にいたディグルだ。

 彼だけが纏う雰囲気が違うことにルクシアは気が付いた。ゲオルグよりもずっと手練れだと確信する。


「この娘が闇の精霊王の加護を持つ者か?」

「はい、間違いないです」


 ディグルの問いにゲオルグが答える。ディグルはカツカツとルクシアに歩み寄った。見下ろす赤と見上げるひまわり色がぶつかる。


「肝の据わった娘だ。さあ、闇の精霊王を呼べ」


 ディグルは命令だと言わんばかりの口調で言った。ルクシアの眉間にしわが寄る。


「またファントムの魔力を吸い取る気ですの?」

「当然だ。お前がいれば精霊王は言うことを聞くのだろう?」


 嫌悪感をぶつけるルクシアをディグルは気に留めない。風が強く吹き、マストの小さい旗が音を立てる。

 ルクシアは挑戦的な笑みを浮かべた。


「よろしいんですか? ここに呼んでも」


 含みのある言い方にディグルは苛立たしげに彼女の襟を掴む。それでもルクシアの表情は動かなかった。余裕すら感じるそれがディグルの神経を逆なでする。


「いいから呼べ。人間の小娘などその程度しか使えんのだからな」

「もうすぐ着くそうですよ。お待ちになってください」


 ルクシアは小さく笑った。ディグルは乱暴にルクシアの襟から手を放す。その拍子にルクシアは数歩よろめいた。だが、足元はしっかりしている。


 ルクシアにはファントムの声がしっかり聞こえた。アーサーと一緒に向かっている、と。


 これ以上にない増援。下手をすると両親まで来るかもしれない。いくら邪竜族が強いと言っても、オルディアーノ一家から総攻撃をくらえば無事では済まされないだろう。


 ディグルは精霊王が来たら呼べ、とだけ言い残して船内へ戻っていく。

 彼が去った甲板には解放のため息が漏れた。どうやら彼らは緊張していたらしい。


「中隊長さん、よくディグルさんとあんな話し方できるな」


 ゲオルグはちょっと尊敬の眼差しを向ける。


「あの程度の圧など、お母様に比べたら怖くないですわ」

「え……人間怖い」


 ルクシアの答えに、ゲオルグは怯えた。


「そもそもあなた方、帝都を落とすのにこんなお空の上でいいんですの? 随分と遠いようですけど」


 ルクシアは船の外を見回しながら言った。北に海が見えるならここはまだ国の北部だ。中央部には距離がある。どのくらいの速度で飛行するのかわからないが、少なくとも南へ舵を切る必要がある。

 ルクシアの疑問にゲオルグは首を傾げる。


「帝都を落とす?」

「違いますの?」


 今度はルクシアも首を傾げた。

 お互いの会話が何やらかみ合っていない。現状確認が必要だ。


「俺、人間の国に行けるって聞いたから来たんだけど」

「今、我々は侵攻されていると思っていますよ」

「……うぇぇっ!?」


 ゲオルグや甲板にいる数人はそんな感じだった。聞いていないとか、喧嘩をする気はないと言っている。

 邪竜族も一枚岩ではないことが一目瞭然だ。

 そんな彼らに帝国の最大級戦力がやってくるのは気の毒以外の何物でもない。


「お、おい! 野獣が飛んできてるぞ!」


 マストの上の見張り台から声が飛んだ。一斉に彼を見上げる。見張りは船首の方を指さしていた。

 そちらに目を向けると、黒い影が一体。いや、二体、三体と増えていく。大きさはバラバラだが、すべて鳥の野獣だ。数はまだまだ増えていく。

 ルクシアには見覚えのあるシルエットがいくつかあった。間違いなく兄たちだろう。


「お兄様の従魔たちですわね。このままだと飛行船が落ちてしまいますよ、たぶん」


 甲板に驚きの声が響いた。


 彼らはまだ知らない。規格外人類アーサーの恐ろしさを。



 つづく

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