第32話 連絡手段の確認はちゃんとしておけ
すれ違いの原因になる
タブレット型連絡機に困惑したクラウスの顔が映る。
「いや、え……ちょっと待って、噓でしょ」
ルクシアからモリオンのこと、ザイゲルのことを聞いたクラウスは頭を抱えた。こんな彼を見るのは珍しい。
「嘘を言ってどうするんです?」
「そうなんだけどさ」
ルクシアの言葉にクラウスは頷くしかない。彼女が嘘の報告をする意味はないのだ。
「とにかく、その邪竜族の一部がうちにちょっかいをかけてるってことだね」
「はい。既に帝国内に潜伏している可能性もありますわ」
だろうね、とクラウスはため息をつく。あの量の精霊石や精霊の魔力を吸い取る技術を国の外から渡すだけで人間が扱えるとは思えない。
「邪竜族って、見た目は他の竜族とそんなに変わらないんだよね?」
「わたくしはそう思います」
「あの独特の気配は、たぶんザイゲルさんだけだよね?」
「でしょうね。国王を務めた方ですから相応にお強いのだと」
今度はクラウスとルクシアが同時にため息をつく。
竜族と邪竜族を見分ける方法が見当たらない。彼ら同士ならわかるかもしれないが、少なくとも人間には無理だ。
そもそも、国のお偉方が邪竜族の存在を認めるかどうか怪しい。人間の歴史上には存在しない種族だ。
先日、ドラゴンに乗って来た執事が只者ではないと気づいているのは騎士団の師団長クラスのみ。頭の固い貴族たちにはわかるまい。
「騎士団で動く分には行けると思うんだけど、国を動かすとなると難しいだろうなぁ」
ため息交じりにクラウスは頭をかく。
今回のフレイザーを筆頭にした国家転覆計画は既に解決していると思っている者が多い。それを蒸し返すことになる。反感を買うのは避けられない。
ルクシアも再びため息をつく。
「精霊石の件でどれだけ被害が出たか、わかっていらっしゃるのでしょうか?」
「被害が出たのは貴族が住んでいない町ばかり。狙ったとしか思えないけど、お貴族様たちはあまり気に留めない人が多いだろうね」
クラウスのため息は尽きない。ルクシアが訝しげに聞き返す。
「それすら彼らの計画だった、と?」
指示されるまま移動して変異種を倒してまた移動して、を繰り返していたルクシアにはそこまで考える余裕がなかった。
言われて見れば、比較的中小規模の町ばかりだった気がする。小さい町のために貴族が騎士団に派遣の要請や私兵を送るなどするほうが少ない。
「全体を見てるとそんな感じがする。僕の気のせいで済むならそれでいい」
クラウスは気のせいならそれでいいと言いつつ、そう思っている様子がうかがえる。
「ザイゲルさんが母国に連絡を取ってくれています。協力してくださる方がいれば心強いのですが」
「こっちとしては、シディアン国と事を構えるつもりはないからね。向こうも同じだと思いたい」
ルクシアが考え込むと、クラウスは頷いた。あくまで希望的観測になるが、国同士の争いは避けたい。
どう動くかを考えるにせよ、まだ情報が足りない。今はザイゲルからの連絡を待つしかないだろう。
「とりあえず、ここまで得た情報は陛下に繋いでおくよ」
「はい、よろしくお願いします」
ルクシアが返事をして通信を終えた。大きなため息をついて座っていた椅子の背もたれに体重を預ける。
クラウスと話していれば何か妙案が出るかもしれないと思ったが、そう上手く事は進まない。
《お話、終わったの?》
シンディが足元から見上げて来た。
「ええ。ひとまず」
答えるルクシアの声に元気がない。今の会話で元気が出る方法があるなら教えてほしいくらいだ。
すると、部屋に母フライヤが入って来た。
「話が終わったのなら、お茶にしましょう。モナさんがお茶を淹れてくれたわ」
「あら、それは美味しそうですわね」
ルクシアはのっそり立ち上がり、シンディを抱える。フライヤについて部屋を出た。
フライヤがルクシアを連れて行ったのは庭の木陰だった。アフタヌーンティーのようなティーセットが置かれている。
フィオルナンドが先にお茶を飲んでいた。
「お疲れ様。一息入れよう」
フィオルナンドはそう言って席に座るよう促した。シンディ用にも椅子を用意してくれていたようで、高めのそれにルクシアは彼女を乗せる。
「浮かない顔だね。と、言っても無理はないか」
顔色が絶えず良くないルクシアにフィオルナンドは心配そうに声をかけた。
「わたくしの手でどうにかなる域をとうに超えていますもの。考えるだけで頭痛がします」
ルクシアは肩を落としてため息をつく。モナがスッと紅茶を差し出した。ルクシアは礼を言って受け取る。
モナは続けてフライヤの前にも紅茶を置いた。フライヤも彼女に笑顔を向ける。
ルクシアは紅茶を口元に運んで息を吹きかけた。
「ですが、大陸から追いやられた種族がいたなんて初めて知りましたわ」
「大陸全土から見ると、人間は短命なのだと思い知らされるわね」
ルクシアが紅茶の水面を見つめながら呟くと、フライヤも続けて言った。
学校で教える帝国の歴史など、大陸の歴史ではつい最近の出来事なのだ。帝国の外のことを知ろうとする者が少ない結果だろう。
「ザイゲルさんはどうしてフォスター家の執事になったんです?」
ルクシアは尋ねて紅茶を一口飲む。
「国王の座を退いてから一人でフラッと大陸を放浪しようとやってきた時に、ちょうど僕の父が狩りでケガをしたところで出会い、そのままうちの執事になってくれたらしい。父はザイゲルが邪竜族だとは思っていなかったようだけどね」
フィオルナンドは簡単に経緯を説明した。
ザイゲルが言っていた通り、フィオルナンドはまだ幼かったがすぐに普通の竜族ではないと気づいたらしい。そこで初めて、邪竜族の詳しいことを知ったそうだ。
「王座を退いてフラッと旅に出るなんて……うちの陛下もしそうですわ」
ルクシアは困った表情を浮かべる。フライヤも同じことを思ったのか、同じ顔だ。
あの皇帝ならやりかねない。供の一人も連れずにオルディアーノ家にやってくるのだ。フラッと国を出て大陸を旅するくらいしてのけるだろう。
「でも国では大騒ぎになってたらしくて、父が病死した後にシディアン王国の人がうちに来たことがあるんだよ」
フィオルナンドも苦笑いだ。それもそうだろうとルクシアとフライヤは納得する。
前国王が行方不明となっては一大事である。国が大騒ぎになってもおかしくない。足取りを掴むまでも相当時間がかかったと思われる。
ザイゲルはそれくらい足取りを掴まれないように上手く国を出たのだろう。
ルクシアは自分の皇帝がそんなことをしないようにと切に願う。たぶん、巻き込まれるとしたら我が家だ。そんな気がする。
「家臣の方たちは肝を冷やしたことでしょうね」
フライヤは紅茶を一口飲んだ。
「すごい文句を言われてたよ」
「それは言いたくもなるでしょう」
フィオルナンドの言葉にルクシアが反応する。自分なら絶対に文句を言う自信がある。
姿を消してから何十年もかかって足取りを掴んだとしたら、文句を言っても罰は当たらないだろう。
「フィオルナンド様、普通の竜族と邪竜族を見分ける方法ってありますか?」
そうだ、と思い出したようにルクシアが尋ねた。先ほどクラウスと話していて、問題の一つとして挙がった点だ。
フィオルナンドは「うーん」と難しい声を出した。
「そうだなぁ。ザイゲルはすぐにわかったけど、他の人となると……」
強すぎるザイゲルがいるせいで、むしろ他の邪竜族が霞んで見える。
「あのぉ、それでしたら手を見ると割りとわかりやすいかもしれませんよ」
恐る恐るモナが手を挙げながら言った。驚いた表情でフィオルナンドとルクシアがモナを振り返る。ルクシアは首をかしげて尋ねた。
「手、ですか?」
「はい。正確には爪の形なんですけど、普通の竜族の方は私や人間と同じ丸みを帯びた爪をしているんです。でもザイゲル様の爪は縦に長くてシュッと先が尖っているんです」
モナは自分の手を見せながら説明した。彼女の手も人間と同じく丸みを帯びた爪をしている。
魔力ばかり気にしていたルクシアにとっては盲点だった。身体的特徴も上に尖った耳しか気づいていなかった。
「そんな特徴があるなんて。さすがモナさん、素晴らしい観察力ですわ」
ルクシアはパッと顔を輝かせて賛辞を贈る。モナは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「あなたはもっと観察力を磨きなさい。人の上に立つ立場なのですから」
「……はい」
母の鋭い指摘にルクシアはしゅんと小さくなる。先日のパオロの件も気づいてはいたが何もしなかった。今は痛いところを突かれた。
その様子を微笑ましげにフィオルナンドは見ていた。両親が他界している彼にしてみれば、少しだけ羨ましい。前回は中隊長として凛と澄ました姿を見ていたが、母と一緒にいる今の彼女はやはり「娘」だった。
「何はともあれ、手掛かりが一つ見つかって良かったわ」
フライヤは頷いて紅茶を飲む。ルクシアは皿に乗っているクッキーを無言で頬張った。口の中で生地が解けて甘さが広がる。
しばし休憩をしていると、ザイゲルがやって来た。両手で真ん丸の水晶玉を持っている。
「お待たせしました」
言いながらザイゲルは水晶玉をテーブルの上に置く。ルクシアは不思議そうに覗き込んだ。そこにはザイゲルと同じく耳の尖った灰色の髪の青年が映し出されていた。
「え!?」
ルクシアは思わず驚きの声を上げる。
「ザイゲル様、ちゃんと説明してあげないとそうなるでしょう」
青年が呆れた声で言った。水晶から青年の声がそこにいるかのように聞こえてくる。
初めて見る物にルクシアは興味津々だ。ワクワクしている娘をフライヤは小突いて咎めた。ルクシアはハッとして居住まいを正す。
青年も咳払いをして居直る。
「はじめまして。私はシディアン王国で治安維持部隊の小隊長を務めております。グントと申します」
「こちらが、イドクレーズ帝国騎士団の中隊長のルクシア嬢です」
ザイゲルがルクシアを紹介する。ルクシアはペコリと頭を下げた。
「この度はこちらの不手際でご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ない」
「ではやはり、今回の件は国の意向ではない、ということでよろしいのですね?」
ルクシアが確認するように尋ねると、グントと名乗った青年は大きく頷いた。ルクシアとフライヤはホッと胸を撫でおろす。全面的に国同士が争うことは避けられたようだ。
「ただ、精霊石を持ち出し、人間の国を襲った者の心当たりは今のところないのが現状です」
申し訳なさそうにグントが言う。国内で堂々と他国を落とそうと画策する者はそういないだろう。当然と言えば当然のことである。
見つけていたらすでに摘発されている。
「それは仕方ありませんわ。もしかしたら、すでに我が国に潜伏している可能性もあります」
ルクシアは首を横に振って言った。グントたちに落ち度があるとは思っていない。
グントは難しい顔になる。
「そうなると、私たちが手出しするのはあまり良くないですよね」
グントとしても、国交のない国に勝手に入るわけにはいかない。ルクシアもうーんと首をかしげる。
「皇帝陛下はともかく、頭の固い貴族たちが何と言うか……」
「未知の種族を歓迎するとは思えませんね」
ため息交じりにフライヤも言う。貴族の頭の固さはよくわかっている。簡単には首を縦に振らないだろう。
しかも邪竜族は強大な魔力を持つ一族。人間よりも遥かに強い存在だ。そんな存在をおいそれと国内に入れるわけにはいかない。既に入られている可能性があると言っても、許可されない可能性のほうが高い。
ひとまず、ルクシアは頷いた。
「国内のことは、自分たちで解決するよう努めますわ」
「私のほうでも調査を進めます」
グントも頷きを返した。自国から出土する精霊石が関係しているならば、調査をしないわけにはいかない。
「しかし、精霊石にそんな使い方があったなんて……国内でも規制の対象にしなければなりません」
グントはため息をついた。魔力を吸収させて野獣に埋め込むなどそう簡単に思いつくことではない。精霊王の魔力を吸い取るとは恐れ知らずなことをしたものだと感心さえする。
「相手にするのが大変でしたわ」
「体内魔力が飽和状態の野獣を倒す貴女のほうが怖いんですけど」
ふぅと息をつくルクシアに、グントは思わずツッコミを入れた。どれだけ強い野獣なのか、グントには想像がつかない。それを倒せるルクシアの力量も計り知れなかった。
ルクシアはそんな反応をされるのは心外だと言わんばかりの表情になる。
「あら、わたくしより強い人なんて大勢いますのよ」
「えぇ……」
人間怖い、とグントは呟く。
現にルクシアの隣に座る母フライヤはまだまだ現役に劣らない実力を持っている。一家で一師団の戦力の一角は揺るがない。
フィオルナンドとザイゲルは笑いを堪えているようだ。モナは不思議そうに二人を見ている。
「何はともあれ、国の意向でないことを確認出来て良かったですわ。万が一、争いになったらと不安でしたの」
「それはこちらもです。ザイゲル様から話を聞いた時は肝が冷えました。国同士が争っても良いことなんてないですから」
ルクシアが安堵の息をつくと、グントも同意する。グントは過激派ではないようだ。
「連絡は、どうしましょうか。さすがに遠い国ですし」
ルクシアがグントとの連絡を方法に悩む。魔法の鳥を飛ばすにも大陸を越えては難しい。
すると、ザイゲルが申し出た。
「それなら、私を通してで構いませんよ。私としても現状の確認をしたいので」
「そう、ですわね。ザイゲルさんのお知恵もお借りしないといけないかもしれませんし」
ルクシアは頷いた。グントも申し訳なさそうにしていたが、その方法で了承した。
こうしてそれぞれがやることは決まった。
グントは精霊石を持ち出した者を探すこと。
ルクシアは潜伏している可能性のある邪竜族を見つけること。
お互い何か発見があったら速やかに報告すること。
この三点を確認し合った。
「それではルクシア殿、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく願いしますわ」
ザイゲルは会話が終わったことを確認し、水晶の映像を消した。
ルクシアはふぅと息をつく。
「お疲れ様」
フィオルナンドがルクシアを労う。ルクシアは頷いて紅茶を口に運んだ。
フライヤは考え込んだまま口を開いた。
「潜伏しているとしたら、誰かに匿われている可能性が高いわね」
「ええ、その辺りはクラウスお兄様にお任せしますわ。わたくしは担当外ですもの」
ルクシアは肩をすくめる。今回はただの情報収集。捜索は彼女の仕事ではない。引っ張られるかもしれないが拒否してやる、とルクシアは心に決めた。
それにそういうことはクラウスのほうが得意だ。
ルクシアの仕事はあくまで国境の警備。メラルの町の防衛だ。
ただ、事態は収束に向かわない。いつになったら通常業務に戻れるのか。
ルクシアは心の中で嘆いた。
つづく




