第31話 仕事がわかってくると色々わかってきて逆に疲れる
やらかしたその後まで見えるから周りがやらかさないようにフォローする毎日
ルクシアと母フライヤはサバンナの木陰で休憩をしていた。天気はぐずついているが、雨が降る様子はない。
シリウスの影に入れていたシートを敷き、ローテーブルを置く。フライヤの魔法で淹れたての紅茶を飲んだ。お菓子がないのがちょっと残念だとルクシアは思った。
それでも一息つくには十分だった。シンディも紅茶を飲んで満足げだ。
「西側はこんな感じなのね」
フライヤは辺りを見回しながら言った。
今、木陰にしているような木が点在し、所々草むらもある。小型の野獣の気配もちらほらあった。
大抵の野獣はシリウスに恐れをなして近づいて来ない。
「お母様はこちらには来たことがなかったのですか?」
「私は第四師団だったから、南側しか行ったことがないわ」
ルクシアが意外そうに尋ねると、フライヤはそう言って紅茶を口に運んだ。
フライヤが所属していた第四師団は国の南側を、ルクシアが所属する第五師団は国の西側を管轄している。母なら管轄など関係なしに飛び回っているような気がしたが、そんなことはなかったらしい。
「それよりあなた、ベルトラン伯爵主催の夜会に殿方と行ったんですって?」
フライヤが少し心配そうに尋ねた。父と兄以外の男性と夜会に行くことなど今までなかった。それが突然何の風の吹き回しか。
ルクシアはきょとんとして答えた。
「え? ああ、同じ隊で医師をしているラルフにも同じ招待状が届きまして、どうせお互い相手もいないし一緒に行こうか、と」
なんだそういうことか、とフライヤは肩を落とす。良い男性が見つかったのかと少しだけ期待していたが、仕事人間の娘にその気はないらしい。
「その時のことで、ハモンド男爵から感謝の手紙が届いたわ。娘を守ってくれてありがとうございました、と。事の顛末は手紙で読んでいます。おバカ様はどこにでもいるわね」
「まったくですわ。そして新人大会での失態。社交界の話のネタとしてしばらく騒がれるでしょうけど、自業自得です」
ルクシアはフンと鼻を鳴らした。自分でぶん殴れなかったのがやはり悔やまれる。
フライヤによると、カデルは再びセレナに婚約を申し込んだらしい。無論、ハモンド男爵側はそんなことを受け入れられるはずがない。
身分はカデルのほうが上だが、セレナの味方に付いている人はベルトラン伯爵夫妻や伯爵家以上の地位を持った貴族たちだ。
キャリルの父ストラスバーグ侯爵もセレナ側に回ったため、婚約を結ぶことは叶わなかった。
カデルの父は激怒し、家は弟に継がせることにしたらしい。弟はまだまともだと思いたい。
心強い後ろ盾を得たセレナは今まで以上に職場で活躍している。そんな彼女を見染める人もきっといるだろう。
うちの娘も見染めてくれる人がいないものか。フライヤはそう思わずにはいられない。ただ、強制もしたくない。
当時の相手からの強い申し入れがあったからと言って、安易に婚約を交わしたことが間違いだった。
シエラン・ドラージュはまったくルクシアに興味を持たず、あまつさえルクシアの大事な従魔たちを自分の家来のように扱ったのだ。従魔にとって契約者以外に扱われる筋合いはない。シンディとシリウスが怒るのも無理はなかった。
それに怯え、ルクシアを蜘蛛女と罵り始めた。
婚約を破棄したドラージュ家は逆にオルディアーノ家に賠償金を支払う形となり、伯爵家とのつながりが絶たれた。
その後も高等学校で散々ルクシアの悪口を吹聴し、彼女を蔑み続けた。それが逆に自分の評価を下げることになるとも知らずに。
その出来事がルクシアの男性不信にも繋がっており、夜会などではあえて異性を寄せ付けない格好で参加している。
そんなルクシアが殿方を連れて夜会に参加した。先日の夜会でカデルの婚約破棄に次ぐ大きな話題である。
具合が悪くなったセレナを的確に診断し、安全な場所への移動。連携も鮮やかで年相応の落ち着きのあるカップルだと話題になった。
ラルフのことは知らなくとも、髪の毛が特徴的な色をしているルクシアはすぐに気づかれる。髪の毛先だけが黒いヘアスタイルは珍しく、ルクシアくらいしかいない。
「セレナ様の体調が良くなって安心しましたわ」
ルクシアは安堵した様子で頷いた。
頑張っている仕事を否定されれば誰でも傷つく。セレナが真面目に、かつ、丁寧に仕事に励んでいることは兄アーサーからの話で知っていた。
「お仕事も今以上に頑張っているそうよ」
フライヤも微笑みながら言った。
シンディは紅茶を飲み切ってムフーと息を吐き出す。紅茶もお酒も香りを楽しむシンディはやはり人間臭い。
「さて、そろそろ出発しましょうか」
フライヤは食器を片付けながら促した。ルクシアも頷いてカップを片付ける。
巨大化したシリウスに二人と一匹が乗り、サバンナを駆ける。周りの景色がどんどん変わった。
フォスター家が近づくと草や木が立ち並ぶエリアに入った。シリウスはスピードを落とし、歩いて門に近づく。
フォスター家の鉄格子製の門の向こうにコボルトやアルバートの姿が見えた。門の近くにいたミノタウロスのデミスがシリウスに気づくと、すぐに門を開いてくれた。
「久しぶりだな、ルクシア」
「お変わりないようで何よりですわ」
デミスが微笑んで声をかけると、ルクシアもにっこり笑った。ルクシアとシリウスに気づいたコボルトたちも駆け寄ってきて出迎える。
「ルクシア! いらっしゃい!」
「元気そうでよかった!」
コボルトたちは嬉しそうに声をかける。
「あらまあ、コボルトさんがこんなにたくさん」
ルクシアの後ろから顔をのぞかせたフライヤが驚いて声を上げた。彼女に気づいたコボルトたちの視線がフライヤに向けられる。
数秒後、コボルトたちはサッとデミスの後ろに隠れてしまった。目を合わせただけでフライヤの強さを感じ取ったのだろう。
「皆さん、大丈夫ですよ。わたくしのお母様ですわ」
ルクシアは苦笑いを浮かべて言った。ルクシアの母、と聞いてコボルトたちは少し緊張を解いた様子だ。
それでもデミスの前に出ようとはしない。やはり怖いらしい。
ルクシアとフライヤはシリウスの背から降りる。
すると、ザイゲルが屋敷から出てきた。
「ルクシア嬢、オルディアーノ伯爵夫人。ようこそ」
ザイゲルは相変わらず優雅な動作でお辞儀をする。ルクシアとフライヤも丁寧に頭を下げた。
「早速ですが、こちらへ。旦那様がお待ちです」
ザイゲルは二人を屋敷へと案内する。
屋敷の応接室ではフィオルナンドが待っていた。
「オルディアーノ伯爵夫人、長旅お疲れ様でした。フィオルナンド・ハーツ・フォスターです」
「フライヤ・オルディアーノでございます。先日は娘を助けていただき、ありがとう存じます」
フィオルナンドとフライヤの挨拶が交わされる。ルクシアとザイゲルはフライヤの後ろに控えていた。フィオルナンドに促され、フライヤとルクシアはソファに腰掛ける。
「ルクシア、早速だけど手紙に書いてくれた石をみせてくれるかい?」
フィオルナンドにそう言われ、ルクシアはポケットに入れていたモリオン(黒水晶)を取り出す。コロリとテーブルの上に置いた。
「これですわ。発見された中では小さいほうですけれど」
フィオルナンドはモリオンを手に取り、じっと見つめる。
「手紙を貰ってから家にある図鑑を見てみたけど、この辺りで採掘されるような鉱物でもなかったよ」
「エルフの国でもないとすると、いったいどこからこんな石を手に入れたのでしょう?」
フィオルナンドの言葉にルクシアは困った顔で首を傾げた。頼みの綱ともいえるフィオルナンドですらわからない代物となると、もうお手上げである。
すると、ザイゲルが口を開いた。
「旦那様。見せていただいてもよろしいでしょうか?」
フィオルナンドは頷いてザイゲルにモリオンを渡した。ザイゲルはしばらくそれを黙って見つめる。
心当たりでもあるのだろうか。表情がだんだん険しくなっていく。穏やかでない表情にフィオルナンドとルクシアは顔を見合わせる。フライヤはザイゲルの言葉を待った。
ザイゲルは深く息をつき、モリオンをテーブルの上に置いた。
「間違いありません。これは精霊石です」
聞き慣れない名前に、全員が首をかしげる。フィオルナンドですら初耳のようだ。ザイゲルは言葉を続けた。
「精霊石は私の故郷で出土する希少な鉱石の一つです。精霊の魔力に反応し、魔力を溜める性質があります」
ルクシアはサンドラたちが発見した性質と同じだと目を丸くする。やはりモリオンはザイゲルの言う精霊石という鉱石である。
「ザイゲルさんの故郷とはどこなのですか?」
フライヤは硬い表情のまま尋ねる。ザイゲルの回答次第では、その国と争いになるかもしれない。
ザイゲルはフィオルナンドをちらりと見た。目が合ったフィオルナンドはゆっくりと頷く。答えていいということだろう。
「私はこの大陸から離れた島、シディアン島から参りました」
「シディアン島……?」
確認するようにフライヤが反芻した。だが、そんな島の名前は聞いたことがない。それ以上にこの大陸以外のことを知らないと改めて思った。ルクシアも不思議に思っているような顔だ。
ザイゲルは大きく頷いて続けた。
「人間族が知らなくても当然です。我々邪竜族は帝国が建国するより前の時代に、他の種族から追われてシディアン島へ逃れたのです」
「他の種族に、追われて?」
何があったのかとルクシアが問う。それに答えたのはフィオルナンドだった。
「邪竜族は強大な魔力を持った種族だ。それに恐れを抱いた他の種族が束になって迫害したんだよ。僕は当時のことを知らなかったけれど、父から関わってはいけないと教えられた」
肯定するようにザイゲルは首を縦に振った。
「そして我々は逃げるようにこの大陸から去りました。運よくシディアン島を見つけ、住処としたのです。そのシディアン島で採掘されるのが、この精霊石です。ただ希少ではありますが、特に使い道もないのでクズ石のような扱いだったはず……」
そう言ったザイゲルの表情はやはり険しい。
ルクシアは精霊石がどのように帝国で使われたのかを説明した。
「この石は野獣の体内から発見されました。その野獣はどれも強靭な肉体を持った変異種です。埋め込まれた野獣はファントム、闇の精霊王の魔力により体内が魔力飽和状態になり、肉体強度が増したのではないか、というのがこちらの見解です」
フィオルナンドとザイゲルは驚いた表情になる。ルクシアから奇妙なハニーベアの話は聞いていたが、精霊石がそんな使われ方をするとは思ってもいなかったようだ。
「変異種は野獣の魔力が急激に増すことで起こる現象です。それを強制的に行うとは……」
ザイゲルはその使い方に唸った。野獣とはいえ、命を何だと思っているのか。
「ルクシアの話を聞く限り、邪竜族の誰かが帝国に精霊石を持ち込んだことになる。邪竜族が帝国を狙っているのか?」
「そのような話はまったく聞いておりません。国の方針ではないはずです」
フィオルナンドの疑問をザイゲルは否定する。
「ザイゲルさんは、故郷と連絡を取っているんですか?」
ルクシアが尋ねると、フィオルナンドとザイゲルは再び顔を見合わせる。
「あー……実はザイゲルはね、先代のシディアン国王なんだ」
フィオルナンドが苦笑いをしながら答える。ルクシアとフライヤは驚きのあまり瞬きをする。
途端に、ルクシアは身体の中で冷たい何かが駆け抜ける感覚に襲われた。只者ではないと思っていたが、大物すぎる。
「わ、わたくしたち……国王陛下になんてご無礼を――」
「良いのですよ。今の私はただのちょっと強い老いぼれ執事なのですから」
恐れ多いと震えるルクシアにザイゲルは微笑みながら言った。好々爺然とするザイゲルに厳しさや威厳は見当たらない。
先代の国王と言っても、もう何百年も前のことだ。ザイゲルにしてみても、王座を退いてだいぶ経つと思っている。
「しかしそうなると、一部の者が我が帝国にちょっかいをかけている、ということになりますね」
ふむ、とフライヤが考え込む。ザイゲルの言葉を信じるなら国政とは関係のない者たちが動いていることになる。
母の素早い頭の切り替えに、ルクシアは感心する。彼女はザイゲルが元国王という事実の動揺をまだ抑えきれていない。顔が白いままだ。
これが中隊長と元副師団長の差か。
「話が大きくなりすぎてめまいがしますわ」
ルクシアは頭を押さえる。頭では冷静になれ、と言い聞かせるが心が追い付かない。
「仮にその一部の方たちと戦争にでもなったら……」
最悪の場合を想定するルクシアの顔は良くない。フライヤも表情を曇らせる。
「いえ、ルクシア嬢やクラウス殿なら相当な手練れでない限り苦戦はしないかと」
「わたくしはともかく、クラウスお兄様を基準にしないでくださいます?」
ザイゲルのフォローにルクシアがすかさずツッコミを入れる。
クラウスを基準にされたら、たまったものではない。あれは規格外過ぎる。彼に匹敵する戦力を個人で持ち合わせているのは国内でも片手で数えるくらいしかいない。
ルクシアだって一度も勝ったことがない。
ザイゲル自身は国王を務めただけあって強いのは間違いない。だからザイゲルも邪竜族の基準にしてはいけない。
「シディアン国は他の国との国交はないのですね?」
フライヤが今までの話から推測して尋ねた。ザイゲルは頷いて答える。
「はい。一番近いエルフの国ですら国交はありません。エルフの国も我々を認知しておりますが、特に国交を結ぼうとも侵略しようともしません」
フライヤはその答えを聞いて再び考え込む。
エルフの国とて、国益になりそうもない国へ侵略しようとしないだろう。
反対に、シディアン国の邪竜族にとって、人間の国に手を出して利益はあるのだろうか。大陸の資源が欲しいならば、一番近いというエルフの国と国交を結べばいい。
だが、国家転覆を目論む者たちに協力したのだ。人間の国を狙っていることに変わりはない。
「フレイザーたちの失脚で、諦めてくれればいいのですが」
フライヤが大きく息をつく。
「簡単に諦めるようなら、最初から加担しないのでは?」
母の言葉にルクシアが口を挟む。
他国の国家転覆に手を貸すくらいの人物だ。易々と諦めるくらいならそのような大事に手を出さないだろう。
「恐らく、ルクシア嬢やクラウス殿ほどの実力者を想定していなかったのでしょう。昔の人間族はずっと脆弱でしたから」
ザイゲルが邪竜族の視点から答えた。
彼らが大陸にいた時代を考えると、人間は今ほど魔法や魔道具、魔法陣などを持っていなかった。強大な魔力を持つ邪竜族から見れば、弱い生き物だったはずだ。
しかし時代は進み、魔法の技術が格段に進歩した。その結果が規格外人類たちを生み出した。
他国との国交を絶っていたシディアン国が現在の人間の国を知っているはずもない。昔の感覚のまま、手を貸したのかもしれない。
「私は国へ連絡してみましょう。何かわかるかもしれません」
ザイゲルの申し出をルクシアたちはありがたく受け取った。
国家転覆に加担した者たちも、もしかしたら帝国内に潜伏している可能性がある。こちらも調査が必要だろう。
「わたくしもクラウスお兄様に連絡してみます。もう細かいことはあちらにお願いしますわ」
既にルクシアの許容量をオーバーしている。
これ以上の面倒事はご免被りたい。
だが、許されないであろうことはルクシアもわかっていた。嫌でもクラウスに引きずり込まれる。
笑顔で仕事を命じてくる上司の顔が否応なしに浮かび上がった。
つづく




