第30話 世の中、言い出しっぺの法則というのがありまして
言い出したらやらされる
マクシムは困っていた。討伐班の一員パオロの様子がおかしい。
こげ茶色の髪の温和な顔つきが心なしか苦しそうだ。苦しさを紛らわせるように壊れた町の復興に一生懸命に取り組んでいる。
パオロと二人になったタイミングを見計らい、マクシムは声をかけてみた。
「パオロ。どうかしたのか? 元気がないぞ」
マクシムに声をかけられたパオロはしばし黙っていた。唇を噛みしめ、言葉を漏らさないようにしているかのようだ。不意に、彼の頬を涙が伝った。ゆっくりとパオロの口が開く。
「マクシムさん、俺……俺っ……」
「落ち着け、ゆっくりでいい。話してみろ」
マクシムは優しくパオロの肩を叩き、座れる場所に腰を下ろした。
「俺、こんなことになるなんて思わなくて……バルドに言われるまま、中隊長の魔力を吸い取った石を渡しちゃって……」
マクシムは話の内容がよくわからなかったが、何かをしでかしてしまったことはわかった。落ち着かせるように彼の背を撫でた。パオロの声色には自責の念が溢れている。流れてくる涙を袖で乱暴に拭った。
「お父さんの病気治すには帝都の大きな病院で診てもらうしかなくて、そんなお金、俺はないし。病院に入れてやるって言われたら、断れなくて……でも、中隊長や町が、こんなことになるなんて……」
パオロは片手で顔を覆う。マクシムはガシガシとパオロの頭を撫でた。こげ茶色の髪が乱れる。
「よく話してくれた。親御さん盾に取られたら、誰だって天秤が傾く。中隊長が帰ってきたら、それ、言えるか?」
パオロは涙を拭きながら頷いた。マクシムは「よし」と頷いて立ち上がった。
「じゃあ、中隊長たちが帰ってくるまでに町を直して驚かせてやろうぜ」
パオロはマクシムを見上げる。マクシムはニカッと笑って見せた。パオロはもう一度涙を拭い、元気に返事をした。
ルクシアたちが新人大会から帰ってくると、皆でアランを胴上げした。まるで優勝したかのような扱いにアランは戸惑う。どうやらカデルをボコボコにできたのがスカッとしたらしい。
皆が楽しそうなのでルクシアはニコニコと笑って止める様子もない。
「ところで、随分と皆さんで見ていたようですが……お仕事は?」
ルクシアの指摘に、胴上げがピタリと止まる。見ていたかのようにアランを称えていたが、それにしても人数が多すぎる。アランは下ろされ、皆そそくさと業務に戻っていった。
やれやれ、とルクシアは肩を落とす。アランを可愛がるのは良いことだ。しかし、仕事を放り投げるのはいただけない。皆、心当たりがあるようだ。
ルクシアも溜まっているだろう書類を片付けようと砦の中の執務室へ向かう。案の定、机の上は書類が重なっている。
「さて、やりますか」
ルクシアは気合を入れて、シンディを背中から下ろした。今日は彼女が机に乗るスペースがない。シンディは応接用の椅子に座ってお昼寝を始める。
サインと押印を繰り返していく。中身のチェックも忘れない。
新人大会で留守にしている間、鹿の野獣の群が近くまで来たようだが追い払うまでもなく通り過ぎて行ったらしい。
町の復興作業は順調で、崩れた家屋の撤去は既に完了した。後は新しい家の建築だけのようだ。
予算が下りたおかげで砦の外壁の補修もできた。これは皇帝に感謝である。
しばらく書類を片付けていると、ドアがノックされた。入ってきたのはマクシムとパオロだった。ルクシアは手を止めて二人を見る。
「どうしました?」
ルクシアが尋ねる。マクシムは肘でパオロを小突いた。パオロは勢いよく頭を下げた。
「申し訳ございません!」
パオロはそう切り出し、マクシムに話したことをルクシアにも話した。ルクシアは黙って彼の話を聞く。パオロは何を言われるか、頭を下げたまま緊張した面持ちで待つ。
ルクシアは頷いて口を開いた。
「話してくれてありがとうございます。その石を受け取った時、一緒にいたのはバルドだけでしたか?」
怒られると思っていたパオロは意外な言葉に顔を上げる。ルクシアは真剣な眼差しで彼を見つめた。
「バルドだけでした。それに、貰った時は白、というか半透明な感じの石だったんです。中隊長の魔力を吸った途端、黒に変わりました」
「最初は白っぽい半透明でしたのね。それが魔力を吸収したら色が変わった、と」
パオロの証言にルクシアは興味深げに頷く。
「このことは、師団長に報告します」
パオロは神妙な顔つきで首を縦に振った。ルクシアの表情が少し和らぐ。
「クラウスお兄様はあなたがしたであろうことをお見通しでした。それでも、あなたの処分をわたくしに任せると言ってくださいましたわ」
パオロはどんな処分で受けるつもりで来た。グッと両手を握りしめる。ルクシアはスッと表情を引き締めて言った。
「パオロ、我が隊に人員削減の文字はありません。簡単に辞められるとは思わないでくださいな」
「で、ですが中隊長……!」
パオロは慌てた。何も処分を受けないわけにはいかないことを自分はした。
「あなたの様子がおかしいことには気づいていました。何もしなかったわたくしの落ち度でもあります。何か負い目を感じるというのなら、町の復興を今以上に注力してください」
ルクシアは言い終えると、小さく笑った。
「お父様のご容体が改善し、もうすぐ退院だそうですよ。良かったですね」
彼女の言葉を聞き、パオロの目に涙が浮かんだ。何度も頷き礼を言う。マクシムはそんな彼の肩をポンポンと優しく叩いた。
パオロは涙を拭いて顔を上げた。
「ですが中隊長、本当に何も処分はなくていいのでしょうか? 師団長にも納得していただけるかどうか……」
「わたくしに任せると言ったのはあちらです。文句を言われる筋合いはありませんわ。それにカツカツの業務なのに謹慎処分なんて人手不足に拍車をかけるようなことするわけないでしょう。馬車馬のごとく働くことが何よりの処分ですわ」
ルクシアは何の迷いもなく言い切った。その言葉にマクシムはククッと笑う。
「だ、そうだ。人手不足のオルディアーノ中隊に来たのが運の尽きだったな。簡単に処分されると思うなよ」
マクシムの言う通り、と言いたげな顔でルクシアは大きく頷いた。
「中隊長……本当にありがとうございます」
パオロは深く頭を下げた。目を覚ましていたシンディがパオロの足元に寄り添い、すりすりと顔を彼の足にすりつけた。
「シンディ……」
《パオロ君、どこかに行っちゃ嫌なの》
「シンディもどこかへ行ってほしくないみたいですよ」
ルクシアが微笑んだ。パオロは屈んでシンディの頭を撫でた。
マクシムとパオロが出て行った後、ルクシアはタブレット型連絡機でクラウスへ連絡を入れた。数秒後、パッと画面が切り替わる。
「お待たせ。どうしたの?」
「やはりパオロがバルドから渡されたモリオンにわたくしの魔力を吸収させたようです」
ルクシアの報告にやっぱりか、とクラウスが頷く。
「それで、興味深いことが一つ。受け取った時のモリオンは白っぽい半透明の石だったそうですわ」
クラウスが驚いた顔をした。どう見ても色が変わるようには見えない鉱石だった。
「ホントに?」
「ええ。わたくしの魔力を吸収した途端に黒くなった、と。色についてサンドラお姉様は何も?」
ルクシアが首をかしげる。先日、ファーレンハイト侯爵邸で話した時には色の話題は上らなかった。
「色が変わるなんて言ってなかったよ。僕もてっきり黒なんだとばかり」
クラウスが首を横にふる。ルクシアも考え込んだ。
「わたくしの魔力が最初だったから黒になったのか。それとも魔力を吸うと黒になるのか」
「こんなヘンテコな石、どこから持って来たんだか……」
クラウスはため息をつく。ため息をつくしかない。
少なくとも国内産ではない、と言うことしかわかっていないのだ。さすがに調査の手を国外まで伸ばすとなると容易ではない。
ルクシアは「あっ」と声を上げた。
「フィオルナンド様なら何かご存知ではないでしょうか。わたくしたちよりも長寿なわけですし。博識そうなザイゲルさんもいらっしゃいます。魔獣族の方も大勢いますから、何か情報が得られるかもしれません」
クラウスはいい考えだと言うように頷いた。
長寿のエルフ族なら何か知っていることがあるかもしれない。
「それじゃ、調査よろしくね」
クラウスは満面の笑みで言い放った。
ルクシアは言ってから「しまった」と心の中で舌打ちをする。こんなことを言ったら自分にお鉢が回って来るに決まっている。ようやく戻ってきた日常がまた崩壊するような予感しかない。
しかし、代役を立てることもできない。
やっぱり人員増加を要求しようか。それくらいの働きはしている。そんなことを思いながらルクシアは仕方なく承諾した。
通信を切り、ルクシアは書類の海へダイブする。
やってしまった。仕事が増えてしまった。また自分で自分の首を絞めてしまった。だが、情報収集にはそれ以上の案がなかった。
そこへジェラルドがやってきた。書類の海に浸っている上官を見て、ジェラルドは少し考えた。今、手にしている書類を机に置いていいものか。
ルクシアが机に突っ伏したまま言った。
「ジェラルド、やってしまいましたわ」
「何をです?」
ジェラルドは机の端に書類を置きながら聞き返す。
「仕事を増やしてしまいました」
ルクシアの言葉を聞いたジェラルドが物凄く嫌そうな顔をした。これ以上、書類が増えるのか。さすがのルクシアも捌ききれる量ではなくなってしまう。
硬い声でジェラルドが尋ねる。
「今度は何をしないとけないんですか?」
「先日のモリオンの件をフィオルナンド様に聞きに行くことになりました」
のっそりと起き上がりながらルクシアは答えた。不幸中の幸いか、小さいモリオンが手元にある。遠征中に拾ってそのままポケットに入れっぱなしだったのだ。
ジェラルドはフィオルナンドの名前を聞いて一瞬だけ首を傾げた。それから思い出したように頷く。
「確かに、エルフ族ならば何か人間にはわからないことも知っているかもしれませんね」
しかし、フォスター伯爵家まで遠い。シリウスに全力で走ってもらうとしても最短で往復四日は見ておいた方がいい。
「それにお礼もまだだったのではありませんか? ちょうどいい機会じゃないですか」
ジェラルドが言うことももっともである。お礼をしなければと思いつつ、騒動の後始末や新人大会で時間をつぶしてしまっていた。
「まあ、そうですわね。また砦を空けることになりますが、よろしくお願いします」
「お任せください」
ルクシアの言葉に、ジェラルドは力強く答えた。
それからルクシアはフィオルナンド宛の手紙と手土産は何がいいかを尋ねる実家宛ての手紙を書き、ジェラルドが作った魔法の鳥に運んでもらう。
ルクシアたち第五師団は主にタブレット型連絡機を使っているが、他の師団はこの魔法の鳥で手紙などのやり取りをしている。
これは初等学校で学ぶ基礎的な魔法の一つだ。ルクシアはその天性の魔法音痴から、この初歩的な魔法すら使えない。
鳥を作ろうとして爆発した。ちなみに魔法の授業ではほぼ毎回爆発を起こしていた。同級生からは爆発魔の異名で恐れられている。
高等学校に進学してからは開き直って無理なことはしないと決めた。進学時に武具の女神から祝福を貰ったのでそれの習得に集中した。
様々な武具を細部まで観察する姿は楽しそうで歩く武器庫とまで呼ばれた。実際にいくつもの武器を創り出せる彼女は武器庫以上の戦力を生み出せる。
その使い方をほとんどしないのは、危険人物と国から見なされないためだ。それこそ、簡単に謀反を起こせる。
規格外人類と名高い兄アーサーや第五師団長クラウスの陰に隠れてはいるが、彼女も十分規格外になる。ただし、本人にその自覚はない。自分は普通だと思っている。
数日後、フィオルナンドから返事があった。いつでも来て良いとのことだ。
ルクシアが出立の準備をしていると、一人の来訪者があった。母である。颯爽と馬に跨る母フライヤが砦へとやってきたのだ。
中隊に緊張が走る。中隊長の母であると同時に、女性初の副師団長を務めた女傑だ。
「お母様!? どうしてここに」
「助けてもらったお礼に行くのでしょう? ならば私も出向きます。手土産も厳選したものを選んできましたよ」
驚く娘に、母は馬に括り付けている荷物を指して言った。帰れと言って帰る母ではない。
一緒に行くしかないだろう。
長い髪は茶色に近い金色で、凛とした佇まいはルクシアを思わせる。だが、その気迫に満ちた眼差しは同じひまわり色の瞳でも違う色に見えた。
「あれが中隊長のお母さん……」
「なんか、オーラが違うな」
遠目で見ていたエミリアとギャリックがコソコソと言葉を交わす。
ギャリックにとっては会いたくない人No.1だった。予想通り、隙のない佇まいに息を殺す。これと比べたら変異種など怖くない。
ルクシアがたまに「母や兄に比べたら怖くない」と口にしていた意味がようやくわかった。
文字通り蛙の子は蛙。バケモノの親はバケモノ。
二人の気配に気づいたフライヤの視線が向けられる。思わずピシッと背筋を正す二人に、フライヤはニコッと微笑んだ。笑顔はルクシアと同じだが見えない圧を感じる。
「お母様、無意識に威圧しないでくださいな。皆さん慣れていないのですから」
ルクシアからの苦情で、つい漏れ出していた気配を引っ込める。
「ごめんなさいね。つい……」
困った顔でフライヤは言った。
この圧の中で生活していたルクシアがバケモノ級に育つわけだ、と中隊は納得する。
「国外の移動はシリウスにしますわよ。荷物は影に入れてもらいます」
「それだとシリウスの負担になりませんこと?」
フライヤがシリウスの心配をすると、ルクシアの影からシリウスが現れた。
《心配ない。それくらい運べる》
「運べるから問題ないそうですわ」
シリウスの言葉をルクシアが通訳する。フライヤはシリウスの頭を撫でた。気持ちよさそうにシリウスは目を細める。
「無理しないようにするのですよ」
「出発はいつにします? シリウスなら休憩を挟んで丸一日と言ったところでしょうか」
ルクシアが尋ねる。
「準備が出来次第、発ちましょう。サバンナや荒野での一泊や二泊なんて大したことではありません」
現場での国境警備を経験しているフライヤにとって苦になることではない。フライヤの腰にはすでに愛刀が装備されている。
母は準備万端だ。
こうして、ルクシアの準備が整い、オルディアーノ母娘はエルフの国フォスター伯爵家へと向かうことになった。
つづく
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