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第29話 なんやかんや言ってうちの子が一番かわいい その4


 新人大会の全日程が終了し、観客たちはぞろぞろと帰り始めた。出入り口が込み合っているのかその歩みは遅い。

 大会に出場した新人たちは競技場で各隊の隊長から試合内容の講評を貰っている。褒められる者、叱責される者と様々だ。


 試合を終えたアランとラルフをルクシアとシンディは笑顔で出迎えた。シンディはルクシアの腕の中で旗を振っている。


「アラン、お疲れさまでした」

「一人でもなんとかなりました」


 緊張がほぐれた顔でアランが返した。ラルフはムスッとした顔をしている。


「俺には?」

「あなたは本を読んでいただけでしょう」


 不満げなラルフはルクシアはピシッと言い返した。彼は結界を張ってその中で読書をしていただけだ。それだけでラルフが疲れないことをルクシアは知っている。


「でもラルフ先生が後ろを守ってくれていたから攻めに集中できました。ありがとうございました」


 アランは改めてラルフに頭を下げた。ラルフは短く返事をする。


「お前たちたった一人相手になんて様だ!!」


 ひと際大きく叱られている隊があった。カデルたちだ。隊長の声に身を縮めている。


「よりにもよってあの蜘蛛女の隊に負けるなんて……特にカデル! お前は何をしたかわかっているのか!?」


 隊長は口から泡を飛ばす勢いで叱責している。

 その言葉に聞き耳を立てていたラルフは「ん?」と眉間にしわを寄せた。


「おい、あいつ、もしかして……?」

「ええ。わたくしの元婚約者ですわね」

「へ? あれが?」


 ラルフの問いにルクシアが答えると、アランは目を丸くした。


「し、しかし小隊長、あいつらにあんな医者がいたなんて――」

「その医者の参加を認めさせたのはお前の余計な一言のせいだ! 勝手な約束をしてきたのは構わんが隊を巻き込むな!」


 言い訳しようとするカデルに隊長は激怒している。


 第一師団は国の中央部の治安を守ることが任務だ。第一師団長は騎士団の団長も兼任しており、第一師団に配属されること自体が名誉とも言える。

 そんなエリートが集まる第一師団に所属していながらの失態。許されることではない。


「アレが第一師団で隊長になっていたとは、エリート集団が聞いて呆れますわ」


 ルクシアがため息交じりに呟いた。その呟きで彼女にとって彼が隊長に値する人間ではないと思っていることが見て取れる。


 ルクシアの元婚約者の怒りの矛先はアランへも向けられた。


「お前も新人大会に部外者を呼ぶなど、恥ずかしくないのか!?」


 突然、怒りの矛先を向けられたアランは戸惑う。ルクシアはアランを庇うように前に出た。


「そちらが誰でも助っ人として呼んでいいと言ったのですよ。そもそも、新人大会に個人の事情を持ち込んだのもそちらです」


 ルクシアの声には明らかに怒りが滲んでいた。


 カデルが夜会でアランに喧嘩を売らなければ新人大会に出る予定はなかった。試合開始前に助っ人を呼んでいいと言われなければラルフの参戦もなかった。

 すべてはカデル自身が蒔いた種だ。


「蜘蛛女は黙っていろ! 相変わらず可愛げのない女だ」

「いいえ黙りません。勝手に舞い上がって喧嘩を売ってきたのに、負けたら言いがかりをつけられても困りますわ」


 元婚約者が吠えるが、ルクシアは一歩も引かない。彼女の腕の中でシンディもシャーッと威嚇している。シリウスもルクシアの影から躍り出て牙をむいた。それを見た元婚約者は一歩下がる。


「おやめなさい、二人とも。そんなことするだけ無駄です」


 ルクシアの言葉に不満はあるようだが、二人とも静かになる。


「昔からそうやって従魔をけしかけてその後ろで見ているだけ。何も変わっていないな」


 元婚約者はフンと鼻を鳴らした。しかし、足は震えている。周囲は冷やかな目でそれを見ていた。


「お前も変わっていないな。相変わらず見る目のない男だ。俺の学年でも有名だったぞ」


 ラルフがルクシアの後ろから言葉を投げかけた。学年で言えばラルフはルクシアより二つ上だ。そこまで届いていたのは理由がある。

 元婚約者は食堂で聞こえが良しにルクシアの悪口を学友に言っていたのだ。ルクシアは聞こえてもまったく取り合わなかったことも有名だった。

 婚約破棄後の元婚約者への対応でどちらが利口か。貴族ならわかっていた。


 元婚約者と目が合ったラルフは鼻で笑った。


「従魔が怖くて婚約を破棄したシエラン・ドラージュってな」


 ラルフの言葉に元婚約者シエランの顔がカッと赤くなる。


「やめろ、シエラン。これ以上、恥の上塗りをするな」


 そこへ威厳のある低い声が流れてきた。第一師団長のクリフォード・カークだ。明るい茶色の髪に褐色の肌が特徴的なナイスミドル。


 ルクシアはスッと頭を下げた。それに倣ってラルフを頭を下げる。慌ててアランも同じようにした。


「ご無沙汰しております、カーク団長」

「部下が失礼をした、オルディアーノ中隊長」


 申し訳なさそうにクリフォードが言った。元婚約者シエランは何か言おうとするが、クリフォードに睨まれて黙る。


「まあまあ、もう終わったことですし。ね!」


 そう言って割り込んだのはクラウスだった。

 場を治めようとしているようだが、満面の笑みにはざまあみろと言う本音が透けて見える。クラウスとしてもカデルの所業は目に余るところがあったらしい。

 妹分をコケにしていた元婚約者シエランもラルフに一撃をもらっていていい気味である。


 クラウスも出てきたこともあり、シエランの隊からの言いがかりは終わった。

 アランはふぅと安堵のため息をつく。


「で、ルクシア。あとで僕の家に来てほしいんだけど」

「ファーレンハイト家にですか? 構いませんけど……長い話になります?」


 クラウス言葉にルクシアは警戒を強める。直感的に良くない話のような気がした。


「そんなに長くはかからないよ」


 クラウスはいつも通りにヘラリと笑った。

 怪しい。妹分の疑念は拭いきれない。こういう時のクラウスの言葉は信用ならない。

 だが、大事な話のような雰囲気はある。わざわざ自宅へ招くのだ。それくらいの価値はある話題なのだろう。


「わかりました。お伺いします」


 ルクシアは疑念を抱いたまま頷いた。


 それからアランとラルフは前日から泊まっていた宿に向かい、ルクシアは言われた通りクラウスの家へと足を向けた。


 侯爵家の名に相応しい荘厳な造りの門がルクシアを迎える。門の向こうに控えていた執事が素早く開けて彼女を通した。


「ルクシア様、いらっしゃいませ。クラウス様とサンドラ様がお待ちです」


 そう言ってルクシアを案内する。ルクシアはクラウスの妻サンドラの名前も出たことに眉をひそめた。


 いったい何の話だろうと思考を巡らせるがそれっぽい話題が浮かばない。

 また何かの試作品を試してほしいというお願いだろうか。それとも何かの実験に付き合ってほしいということだろうか。


 ほぼ身内のようなものなので色んな試作品を試してきた。

 タブレット型連絡機もサンドラの発明のひとつで、今はまだ第五師団のみで試験運用をしている。とても便利だが、導入当初は不具合などが多く何度も微調整を重ねた。その犠牲、もとい、お試しに選ばれたのがルクシアたちだった。


 魔法研究所の加護・祝福部門に勤めるサンドラは様々なことを思いつく。

 闇の精霊王の加護持ち、かつ、頑丈な身体(身体強化込み)のルクシアはちょうど良い実験体だ。命の危機までは感じたことがないものの、ちょっと怖かった実験は少なくない。


 何か無理難題を提示されるのではないかと不安を抱えて、二人が待つ部屋へ入った。

 応接室ではクラウスとサンドラが並んでソファに座っていた。


「お待たせ致しました」


 ルクシアが挨拶をすると、クラウスはローテーブルを挟んだ反対側にあるソファに座るよう促した。


「急に悪いね。直接話しておきたいことがあったんだ」


 クラウスは神妙な顔つきで話を切り出した。


「まず、モリオン(黒水晶)についてなんだけど、何かの鉱石ってことはわかった。ただ、それは国内で採取されるどの鉱物でもない」

「国外で作られたものと言うことですか?」


 怪訝そうにルクシアが尋ねる。なんだか話の規模が大きくなってきている。

 それに答えたのはサンドラだった。


「元々こういう形なのか、整形されてこの形なのか。人間にとって未知の鉱物すぎて、それすらわからない。でもわかったこともある。モリオンは精霊の魔力を吸収する性質があるんだよ」


 サンドラの答えを聞いたルクシアは表情を硬くする。落ち着いて聞いて、と言うようにサンドラはゆっくり頷いた。


「精霊自身の魔力はもちろん、精霊に加護や祝福を貰った人間の魔力も同じように吸収する。うちの研究室の皆で試したから、それは間違いない」

「では、サンドラお姉様の魔力は吸収されなかったのですね?」


 ルクシアが確認するように言うと、サンドラはコクンと首を縦に振った。

 サンドラは風の神の加護を持っている。神から授かった加護を持つ者の魔力は吸収されたなかったらしい。

 他にも何の加護も祝福も持たないクラウスも試したが、吸収されたなったとのことだ。


 ちなみに加護は祝福よりも力が大きく、人間一人に対して一つしか与えられない。祝福は加護より力は劣るが、複数貰うことができる。


「精霊の魔力だけに反応するなんて、不思議な鉱物ですわ」


 ルクシアが唸った。そんな鉱物があるなんて思いもしなかった。


「で、大事なのはここから」


 クラウスの言葉にルクシアは表情を引き締める。


「ファントムの証言によると、ルクシアの魔力が二つに分かれて、心配して小さい方に行ってみたら罠にかかってあの場所に閉じ込められてしまった、らしい。ファントムがルクシアを大事にしていることやお人好しなのは結構知られているからその性格を逆手に取られたんだろうね」


 ルクシアは視線を落とした。

 モリオンの性質を知ると、ルクシアの魔力を吸収したモリオンが存在することになる。もちろん、そんなことをした覚えはない。


「でも、わたくしはモリオンらしきものに魔力を吸収させた覚えはありませんわ」

「ルクシアが直接じゃなくても、誰かが魔力の残滓を拾った可能性がある。可能性が高いのは、こっちだと思う」


 首を横に振るルクシアにサンドラは静かに言った。

 その「誰か」とは、どの人物なのか。部外者がそれを実行できるとは思い難い。つまり、オルディアーノ中隊の誰かということになる。

 ルクシアはキュッと唇を噛んだ。部下を疑いたくはない。だが、疑わなければならない。


「それで、こっちで調べた結果。パオロという人物が浮かび上がった」

「パオロが?」


 クラウスの口から出た名前にルクシアは素早く反応する。

 パオロは討伐班の一員だ。機転も効くし、剣の腕もいい。さっぱりとした性格で町の復興も率先して作業をしていた。


「合同演習が行われる少し前に、彼の父君が帝都の大きな病院に入院したようだ。正直、騎士団の平隊員の給与で入院させられるような病院じゃない」


 クラウスは険しい表情で言った。続けてサンドラが口を開く。


「私たちはご病気のお父様を盾に取られたんじゃないか、と思ってる」

「どうするかは、中隊長きみの判断に任せるよ」


 しばしの沈黙後、ルクシアはゆっくりと頷いた。それからふぅと息をつく。ふと、疑問が浮かび上がった。


「ファントムが捕らえられていたあのガラスの檻のようなもの。あれもモリオンで作られていたんですか?」

「そうみたい。あれの内側に入ると、魔力が吸収されるせいか魔力感知も使えなくなるみたいで、加護を与えた精霊と交信ができなくなった。ファントムと連絡がつかなくなったのも、きっとそのせい」


 ルクシアの疑問にサンドラが答える。

 精霊王の魔力ですら吸収するモリオンとはいったい何なのか。そもそも、そんなものをどうやって手に入れたのか。疑問は尽きない。


「まあ、後の調査はクラウスお兄様たちにお任せしますわ。わたくしでは手に余ります」


 ルクシアはそう言って出された紅茶を飲んだ。カラカラになった口の中が潤う。


「何かわかったら、また連絡するよ」


 クラウスも答えて紅茶に口を付ける。サンドラも茶菓子を口に放り込み、紅茶を味わった。



 ファーレンハイト侯爵邸を後にしたルクシアは泊まっている宿へと足を向けた。

 頭はパオロのことでいっぱいだった。言われて見れば、確かに落ち着きがないように感じた時期があった。しばらくして元に戻ったので、様子を見ることにしていた。


 その時に話を聞いておけば。

 何かが変わったかもしれないし、変わらなかったかもしれない。


 いや、今は考えても仕方がないことだとルクシアは頭を横に振る。

 こういう時は何か気分転換になることをしたほうがいい。マイナス思考に陥ると良くないことばかり考えてしまう。


 アランとラルフを誘って夕飯でも食べに行こうと決める。支払いは自分になるだろうから好きな店に行こう。

 そんなことを考えながら宿に入る。すると、ロビーでラルフが待っていた。アランの姿はない。


「アランはどうしました?」

「ベッドに転がった途端に寝た。さすがに疲れたんだろ」


 不思議そうにするルクシアにラルフが答えた。ルクシアは「頑張りましたものね」と笑う。

 アランは一週間前くらいからずっと緊張していた。その緊張が一気にほぐれたのだろう。ここで起こしてしまうのは可哀そうだ。


「クラウスの話はどうだった?」


 ラルフの問いに、ルクシアはどう答えるか悩んだ。パオロのことは伏せておいたほうがいい気がする。


「謎が深まっただけでしたわ。わたくしの平穏な日常はいつになったら戻ってくるのでしょう」


 ルクシアは大きな伸びをした。騎士団の正装は肩が凝る。


「今も十分平穏だろ。着替えてこいよ。飯行くぞ」


 ラルフが夕飯に誘うと、ルクシアは頷いて借りている部屋へ向かった。

 薄暗い部屋に明かりを点ける。パッと部屋が明るくなった。正装を脱ぎ、ハンガーにかける。開放感からルクシアは再び伸びをした。

 それから自分の手のひらをじっと見つめ、魔力を集中させる。ゆらりと黒い魔力が揺れた。ファントムの魔力と親和性が高い彼女の魔力は闇色を帯びる。


 自分の与り知らぬ所で、何かが起こっている気がする。


 でも大丈夫だ。自分には仲間がいる。ルクシアはそう自分に言い聞かせた。



 つづく

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