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第28話 なんやかんや言ってうちの子が一番かわいい その3


 新人大会当日、帝都の闘技場は熱気が溢れていた。すり鉢状になった観客席は満席。貴族の他に高等学校の学生たちもいる。

 その中の一人、キャリルは心配そうに競技場を見ていた。あれだけ特訓したのだ。きっと大丈夫だと思っても不安は拭い切れない。他のチームは最低でも五人はいるのに、アランだけ一人だ。


 ルクシアは騎士団席のクラウスの隣に座って試合を見守っていた。本来ならもっと身分が上の者がクラウスの隣に座るべきなのだろうが、見つけられて隣に座らされたのだ。

 第五師団は彼らの関係を知っているので特に文句を言う大隊長はいない。


 ルクシアの膝の上ではシンディが「頑張れアラン!」と糸で旗を作って楽しそうに振っていた。


《そろそろアラン君の出番なの?》

「ええ、この次の試合ですよ」


 シンディがルクシアに尋ねると、彼女は頷いて答えた。


 円形の競技場の四隅には赤、青、緑、黄色の四つの宝玉が置かれ、それぞれのチームが配置されている。宝玉を守る人と壊しに行く人に分かれて試合をしているチームが多い。


 そんな中、一人で入場したアランに会場がざわついた。それを聞いたクラウスがククッと笑う。


「ルクシアも意地悪なことするね。たった一人で新人大会に出させるなんて」

「意地悪ではございませんわ。アランの実力なら一人で十分です」


 ルクシアは自信満々に言った。この一か月間、みっちりとアランを鍛えた。元々あった自信は確信へと変わっている。

 今のアランならば、新人を制することなど一人で十分だ。


「キャリル嬢のことで揉めてたって言う彼も、この組に入ったみたいだね」


 クラウスはそう言って青い宝玉のチームを見やる。そこには自信に満ちた顔のカデルがいた。



■■■■その頃のオルディアーノ中隊■■■■


「アラン! 頑張れー!」

「負けるなー!」


 タブレット型連絡機の前で待機しているのは最低限の見張りを残した全員だった。仕事を放り出して応援に駆けつけている。

 皆、なんやかんや言ってアランが可愛いのだ。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 審判が試合の開始を合図しようとしたとき、カデルが声を張り上げた。


「お待ちください! オルディアーノ中隊が一人だけではありませんか。これでは多勢に無勢。試合になりません。負けてから人数が足りなかったと言い訳されても困ります」


 アランは特に反論する様子もなく、彼をじっと睨んでいる。

 他のチームは「こいつ、何を言い出す気だ」と訝しんでいた。



■■■■その頃のオルディアーノ中隊■■■■


「はぁ?」

「お前なんぞアラン一人で十分だわ!」

「うちのアランを舐めんじゃねーぞ!」


 試合開始が近づくにつれてヒートアップしていた。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「助っ人を呼んでもいいのではありませんか? この会場にオルディアーノ中隊が居ればの話ですが」


 鼻で笑うようにカデルが言った。笑いものにしたいようだが、会場はそれに反応しない。

 アランはピクッと眉を動かした。


「おい、本当に誰でもいいのか?」

「ああ。誰でもいいぞ」


 アランの問いにカデルは小馬鹿にした口調のまま答えた。

 審判が口を挟もうとしたその瞬間、アランは大きく息を吸って叫んだ。


「中隊長ー! ラルフ先生ー! 助けてくださぁーい!」


 アランの叫びにクラウスは思わず吹き出した。口元を押さえて肩を震わせている。

 他の第五師団の隊長たちからも笑いを堪える息遣いが聞こえてきた。笑いを誤魔化すように咳払いをする人もいる。


 今、この会場に居るオルディアーノ中隊はルクシアと医療班として招集がかかったラルフしかいない。誰でもいいと言われたアランの選択肢はこの二人だけだ。



■■■■その頃のオルディアーノ中隊■■■■


「あはははっ!」

「あいつ、よりによって中隊長呼びやがった!」


 アランの行動に皆が爆笑していた。中には笑いすぎてむせている者もいる。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ルクシアはシンディを抱えて立ち上がり、自分が座っていた席に彼女を座らせた。


「シンディはここで応援していてくださいな。参りますわよ、シリウス」


 そう言った途端、ルクシアの姿が影に溶けた。次に姿を現したのはアランの影だった。ズズッとアランの影が伸び、そこからルクシアが現れる。

 続いて、競技場への入場口から白衣姿のラルフが現れた。面倒くさそうな足取りだ。


「誰でもいいなら、わたくしも良いですよね。わたくしだってオルディアーノ中隊の一員ですもの」


 ルクシアは満面の笑みでカデルに言った。カデルはさすがに中隊長が出てくるとは思っていなかったのか、口をパクパクさせている。


「ず、ずるいぞ! 中隊長なんて反則だ!」


 自分の発言を棚に上げ、カデルが叫ぶ。余計なことを、と他のチームはカデルを睨んだ。中隊長になんて出しゃばられたら勝ち目がない。


「きゃー! ルクシア様ぁー!」

「ルクシア中隊長ー!」

「頑張ってー!」


 突如として黄色い声援が巻き起こる。今日の試合で一番の黄色い声援と言ってもいいだろう。

 ルクシアは「あらあら」と微笑む。女性の身で中隊長を務め、実力のある彼女は若い令嬢や女学生の憧れの存在だ。騎士団の正装に身を包んだルクシアは男装の麗人然として凛々しさがある。

 その歓声を面白く思わないのはカデルであった。顔を真っ赤にして再び叫ぶ。


「お前のような行き遅れ令嬢の出る幕ではない!!」


 彼の言葉に会場がシンと静まり返る。


「ちょっと! ルクシア様になんてことを言うの!?」

「サイテー!」


 女性たちから非難の声が上がった。先日の夜会の出来事を知っている女性は彼に嫌悪感を抱いている者が多い。それに加えて今の発言。ルクシアに憧れる女性はもちろん、その他の女性も再び敵に回してしまったようだ。


 ルクシアは彼女たちをなだめるようなジェスチャーをした。それに気づいた女性たちは声を静めていく。


「自分の発言がどのような結果を招くかも解らない方の言葉など、わたくしは気にしませんわ」


 ルクシアの不敵な笑みに女性たちからまた歓声が上がった。カデルの顔がさらに赤くなっていく。



■■■■その頃のオルディアーノ中隊■■■■


「怒ってんじゃん」

「地味に怒ってんな」

「さすが中隊長。煽りまくって場を治める気がねぇ」


 部下たちはルクシアの様子を的確に把握していた。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「あのー、医師の方はまだしも、中隊長殿はちょっと……」


 審判がようやく口を挟んだ。ルクシアは露骨に残念そうな顔をする。


「あら、ダメです? 防御だけに回っても?」

「そもそもあなた、新人大会出禁でしょう」


 随分と古い情報を持ち出してきたものだ、とルクシアは心の中で舌打ちをする。それからくるりと振り返った。


「審判がそうおっしゃるなら仕方ありませんわ。二人とも、頑張ってくださいね」

「はい!」


 アランは背筋を正して返事をした。ルクシアは再び影に溶け、観客席へと戻っていった。

 ラルフはハァと息をついてアランに言った。


「俺は攻撃しねェからな」

「宝玉を守ってもらうだけで十分です」


 アランはそう言って頷いた。ラルフが防衛してくれれば何も心配はない。赤色の宝玉が彼らの背後で輝いている。


 席に座り直したルクシアはガッカリしたようなため息をついた。膝の上にシンディを乗せる。


「残念だったね」


 クラウスが笑いながら声をかけた。その肩はまだ震えている。余程おかしかったようだ。ルクシアはふうと息をついて答える。


「まったくですわ。おバカ様をぶん殴れると思いましたのに」

「それはアランに譲りなよ」


 ルクシアをなだめるようにクラウスが言った。しかし、ルクシアはフフッと笑う。


「アランは殴りませんわ。だってあの子は、遠距離派ですもの」


 そんなルクシアの膝の上で、シンディは旗をせっせと振っている。


《アラン君! そんな奴ギッタギタにしてやるの!》


 血の気が多いのは主人に似たのか。シンディは物騒な言葉でアランを応援する。ルクシアを侮辱した奴は誰であろうと許さない。


 応援するシンディに呼応するように、審判が試合開始の合図をした。


 開始と同時にラルフは結界魔法を発動し、宝玉と自身を半透明の白いベールで包み込む。それから収納魔法で椅子と本を取り出し、座って読み始めた。

 他のチームは「え、本?」と目を点にする。


 アランも光の塵をライフルへと変化させて構えた。ルクシアから貰った武具創造で作られたライフルだ。

 まずは右手にある黄色い宝玉に狙いを定めた。

 それに気づいて黄色のチームはアランに近づいてくる。躊躇わず、アランは引き金を引いた。乾いた音が響く。弾丸は人の間を縫い、宝玉へと食らいついた。


 パリンと音を立てて黄色の宝玉が粉々に砕け散る。



■■■■その頃のオルディアーノ中隊■■■■


「やった! まず一つ!」

「いいぞアラン!」


 やった! と歓声を上げて拍手を送っていた。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 青と緑のチームがアラン目掛けて攻撃を仕掛けてきた。アランはライフルで受け止めることはせず、素早く剣や槍の斬撃をかわす。ルクシアやギャリックに比べたら遅すぎるくらいだ。


 青チームのカデルが後ろからあれこれ指示を出していた。指揮官としての能力があると見せたいのだろう。

 チームを三つに分け、一つを宝玉の防衛に、一つを緑の宝玉を壊しに、一つを赤い宝玉を壊しに行かせる。


 そして自分はアランに狙いを定めた。剣を振りかざしてアランに突っ込む。

 アランはカデルが間合いに入るより早く、炎の壁を放った。熱さに遮られ、カデルの歩みが止まる。緑チームも足踏みをした。

 壁の幅、高さ、どちらも大きい。高さは人の三倍以上だ。水の魔法をかけた程度では消えたりしない。


 青と緑のチームの一部がラルフの結界に攻撃を加えた。

 振り下ろされた剣はバチンと弾かれ、放った魔法はそのまま術者に跳ね返る。術者は飛んできた火球を慌てて避けた。続けて攻撃を加えても同じ結果となる。

 中にいるラルフは外の騒動など気に留める様子もなく読書を続けていた。


 それがまた彼らの癪に障る。と、言うよりもラルフの参戦を認めさせたカデルに怒りの矛先が向く。ただの医者ではないじゃないか。


 アランは炎の壁で敵の接近を阻み、トンと地面を蹴って宙に舞い上がった。足元に魔法陣を展開して足場を作る。

 自由に空を飛べる魔法ではないが、空中にとどまるくらいならできるようになった。


 炎の壁よりもさらに高い位置からそれぞれの宝玉を狙う。青と緑のチームが攻防を繰り広げていた。剣が交わる音も聞こえる。眼下にそれを見つつスコープを覗き込み、緑の宝玉を捉える。


 アランは引き金を引いた。飛び出した弾丸は先ほどよりも速い。彼の魔力で作られた弾丸は威力も速さも自在に変えられる。


 パンッと甲高い音を立て、緑の宝玉が飛び散った。緑のチームから落胆の声が上がる。


「卑怯だぞ! 下りてこい!」


 地上からカデルが喚いた。しかし、アランは気にせず青の宝玉に狙いを定める。

 それに気づいたカデルは防衛に当たっている者に結界を張るよう指示を出す。が、指示を出される前から結界は張られていた。カデルは続いて水の魔法を放った。水球がアランへと飛ぶ。


 アランはその軌道を見切っていた。動かなくても当たらない。

 水球はアランに触れることなく飛んで行った。それを見た観客から思わず笑いが起きる。


 カデルの顔が再び真っ赤になった。ムキになって何発も発射するが、集中力を欠いた状態では当たるものも当たらない。


 その間もアランは冷静に狙いを定めていた。ライフルに魔力を注ぎ、弾の威力を高めていく。結界をも突き破るほど、速く、鋭く。

 銃口にクルリと魔法陣が展開された。次の瞬間、アランは弾を撃った。


 魔法陣により魔力が乗った弾は真っ赤に染まり、青の宝玉へ突き進む。結界は弾丸が当たった途端に弾け飛んだ。ほぼ同時に青い宝玉も粉々に飛び散る。

 そして貫通した弾丸は地面に抉りこみ、土を飛ばした。あまりの威力に土が観客席にまで飛ぶ。


「げっ!」


 やりすぎたとアランが顔を引きつらせる。

 しかし、観客席と競技場の間には安全のため結界が張られていた。土は結界に阻まれて観客席には届かなかった。アランはそれにホッとする。


 審判が試合終了を告げた。同時に観客から拍手が巻き起こる。所々から指笛も鳴った。


 キャリルは胸をなでおろし、拍手を送る。隣では父のストラスバーグ侯爵が満足げに頷いていた。


 アランは一息ついて地上へと下りた。そこへカデルがズンズンと歩み寄る。


「おい! 卑怯だぞ! 届かない上空から狙うなんて騎士道に反するじゃないのか!?」


 言いがかりをつけるカデルにアランはため息をついた。


「俺はルールに則って自分が得意な方法で攻撃したまでだ。それに対応できないなら、ただ単にお前が弱いだけだろ」


 呆れたようなアランにカデルはカッとなって胸倉を掴んだ。審判の制止も聞く耳を持たない。観客席からもどよめきが起こった。


「俺たち国境沿いの隊は人間より強い野獣たちと戦っているんだ。対応できなきゃ死ぬ」


 アランはカデルを睨みながら言った。頭に血が上ったカデルは拳を振り上げる。アランは顔に飛んできた拳を受け止め、カデルを投げ飛ばした。チヨの拳に比べれば、遅すぎて逆に困るくらいだった。


 投げ飛ばされたカデルは背中から地面に落ちる。


「俺のことは好きに言えばいい。けど、生きるか死ぬかの場所で先頭に立って指揮執ってる中隊長をバカにするのは、絶対に許さない」


 今のはルクシアの分だと言わんばかりの表情でアランは言葉を投げつけた。彼女のことはアランも尊敬している。自分たちがケガをしても生きているのは彼女のおかげだと思っている。

 常に先頭に立ち、指揮を執るルクシアを悪く言われる覚えはない。


「アラン、なんて良い子……」


 ルクシアは感激のあまり目を潤ませていた。

 この一か月間、厳しすぎたかと思うくらいの指導をしたが、彼はきっちり己の物にして見せた。その成果がこれである。指導した身としては感無量だ。


 逆にカデルが所属する第一師団は頭を抱えていた。これほどの失態を演じるとは思わなかったのだろう。


「なかなかいい若者がいるな、オルディアーノ中隊長」


 バルドの後任となった大隊長が後ろの席からルクシアに声をかけた。白髪交じりの黒髪に赤い瞳が印象的なダンディ大隊長である。ルクシアは涙を拭いながら頷いた。


「しかし、鍛えすぎじゃないか?」

「何をおっしゃいます。あれくらい出来なきゃうちの隊では死んでしまいますわ」


 首をかしげる大隊長に、ルクシアはあれで当然というような口調で答えた。その答えに周りにいた隊長たちは顔をこわばらせる。



■■■■その頃のオルディアーノ中隊■■■■


「ぃやったー!」

「帰ってきたら祝杯だな」

「よくやったアラン!」


 全員が歓喜に沸いていた。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ただ、陰でオルディアーノ中隊は修羅の国と呼ばれるようになったことを、彼らは知る由もなかった。



 つづく

お読みいただきありがとうございます!

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