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第3話 嫌なことでも笑顔でやるのがお仕事なんだよ


「今日で何日目ですの?」


 ルクシアは呆れた声で一人の部下に尋ねた。調査班の班員だ。部下は中隊長の顔色を窺いつつ、小さく口を開く。


「四日目、です……」


 小さな声で告げられた日数に、ルクシアの口から盛大なため息が吐き出された。部下には「お仕事に戻ってください」と促してその場を離れさせる。


 彼女がいる場所。調査班の班長の部屋の前である。


 通称「開けてはいけない扉」と呼ばれているその扉はピッタリと閉ざされていた。中からは何も音が聞こえない。


 部屋の主は調査班班長のジルベール・ノックス(43)だ。


 良く言えば動物博士。

 悪く言えば変態の域に達した動物好き。


 しかし、その「動物」に人間が入っていないことが厄介だった。


 極度の引きこもりで班の者ですらなかなか話せない。気が付くと報告書だけ部屋の前に置かれている。


 それでも調査班の班長を務められるのは単純に知識が豊富で、野獣の調査に欠かせない観察眼が鋭い点が挙げられる。


 野外調査の時だけ張り切って出かけるのがせめてもの救いだった。その後はこのように調査結果の考察のため、部屋に引きこもる。

 ちなみに何も食べていない。


 流石に四日はヤバい。


 そう思った調査班からルクシアにヘルプが入ったのだった。


「ジルベール! 生きているなら返事をしてくださいまし!」


 ルクシアは声を張り上げてドアをノックした。が、木製の扉の手ごたえがない。

 じぃーと目を凝らしてみると、防御魔法が張られているのが解った。


 そこまでして部屋に誰も入れたくないのか、この男は。と、ルクシアは呆れる。


 だが「力比べ」でこの隊で彼女の右に出るものはいない。だから調査班員たちは中隊長を頼ったのだ。


「仕方ありませんわね」


 ルクシアはもう一度ため息をついて、拳を握りしめた。拳に纏わせた魔力が徐々に渦を巻く。そして無言のままそれを扉に叩きつけた。


 ズズンと重苦しい重低音が砦の中に響き渡る。それに戸惑う部下はもう誰もいない。町の人ももうわかっていた。



 ――ノックス先生が出てこなかったんだな



 知識豊富なジルベールは隊内外からラルフとは別の意味で先生扱いだった。

 そんな先生の防御魔法はとても強固だ。強靭な肉体を持つ野獣たちから身を守るために身に付けた技術が何故か人間にも使われている。


 その強固な防御魔法をも突き破る力を持った中隊長がいるからである。はい、そこ。脳筋って言わない。


 ルクシアの一撃で防御壁がなくなった扉はいつもの扉だった。


「ジルベール! いい加減にしてくださいな! お食事もまともに摂って……な、い」


 扉を開け放って怒鳴り込んだルクシアの語尾が小さくなっていく。その視線の先には、床に倒れこんでいる中年がいた。


 乱れた長い紺の髪は小型の野獣のようだ。


「懲りない御仁ですこと」


 呆れ返ったルクシアはジルベールを食堂へ運ぶようシリウスに指示を出した。


 彼女の影から現れたシリウスは呆れた様子で黙って背負う。これがもう何度目かを数えるのはすでにやめた。


 そこへ通りかかったのは、工作班の班長を務めるチヨ(28)だった。ショートボブの藍色の髪が小さく揺れる。


「生きてるんですか? ジルベールさん」

「ええ、息はあります」


 チヨの問いにルクシアは頷きながら答えた。


 意識があるかは定かではない。シリウスに背負われてもピクリとも反応しなかった。


「頭いいのに何でこういうところはダメなんですかね?」


 そろそろ学習すればいいのに。チヨは常々思っていた。


「頭がいいからこういうことになるのでは?」

「夢中になりすぎるのもどうかと思いますけどねぇ」


 ルクシアの返答に一息ついてチヨが言う。すると、ルクシアは一瞬だけ何か言いたげな顔をした。あなたも他人のこと言えませんよ、と。

 幸い、チヨは気づいていないようだ。


 チヨも得意の罠を作っているときはとても楽しそうで寝食を忘れて作業する。


 奇妙な笑い声を上げている彼女に声をかけてはいけない、が隊の暗黙のルールだった。


 ジルベールとの違いは班員の呼びかけには応える時がある、という点だ。


 黙っていれば華奢で可憐な女性だが、罠の技術は玄人だ。幼い頃から両親に教え込まれた技術をさらに昇華させて隊に貢献している。

 そう、黙っていれば可愛いのだ。黙っていれば。童顔なこともあり、たまにアランより年下に見られることさえある。


 不意にチヨが思い出したように声を上げた。


「班の報告書なんですけど、執務室の机の上に置いておきましたから確認お願いしますね。これから罠の確認に行ってきます。会議はアランに代理を頼んでますから」

「あなただけですか?」

「はい。独りのほうが動きやすいので」


 他に班員がいないことを疑問に思ったルクシアに、チヨはコクンと頷いた。彼女の身のこなしは軽い。罠の確認だけならば単独行動をしたほうが早い。

 代理を立ててまで行くのだ。何か理由があるのだろう。


 まだ日は昇りきっていない。時間的にも大丈夫だと判断し、ルクシアは許可を出した。今から出れば夕方までには十分に戻れる。


「お気をつけて」


 チヨは元気に返事をして颯爽と廊下を歩いて行った。

 二人が会話をしているうちにシリウスはジルベールを連れて行ってくれたらしい。


 さてと、とルクシアは部屋を見回した。

 一見乱雑に見える部屋だが、本人は何をどこに置いたか把握しているため下手に位置を変えられない。


 机の上には提出用と思われる報告書の山があった。

 今回は2㎝程度の山だ。登頂は容易くはないが、本日の勤務時間内に目を通せる高さである。その山をそっと手に取り、執務室へと戻る。


 執務室の机の上にはチヨが言った通り、調査班の報告書があった。ジルベールの考察が加えられた報告書に比べればペラペラだが、工作班の報告書はこの程度で十分その活動がわかる。


 先に調査班の書類に目を通し、続いてジルベールの報告書を読み始めた。



 所変わって、こちらは食堂。

 シリウスが背負ってきたジルベールを見ると、調査班の面々は黙って椅子に座らせて食事を持ってくる。その様子を見届けてシリウスは影へと帰っていった。


 長身だが細身の、否、ガリガリといってもいいほどのジルベールは調査班の手で十分に運べる。扉が強固なだけで本人は貧弱なのだ。


 食事も身支度も手付かずだった四日間のせいで、髭は伸びっぱなし、髪の毛もボサボサである。


「風呂のほうが先だったかな?」

「いや、まず食べないと」

「ほらほら。班長、食べて食べて」


 わらわらと調査班が忙しなくジルベールの周りで動く。その連携は慣れたものだ。良いことなのか、悪いことなのか。


 他の班の面々も見慣れたもので、たまにここへラルフが来ると雷を落とされることがある。


 何日も飲まず食わずでは不摂生の極みだ。医者がキレるのも無理はない。それもあって手早い行動が求められる。


 ジルベールは目を開けているのかわからない状態でのっそりスープを飲み始めた。ゆっくりスプーンを動かして口元へ運ぶ。


「ゆっくり動くそういう動物に見えるわよね、ああいう時のジルベールさん」


 ローラがコーヒーを机に置きながら呟いた。一緒にお茶をしていたシンディも頷いて「キィ」と声を上げる。


 シンディの言葉は契約者のルクシアにしかわからないが、自分の糸で文字を書けるシンディは筆談で会話ができた。


『野生では生きていけそうにない』

「確かに」


 シンディが空中に紡いだ言葉にローラは思わず吹き出した。その文字を見た数人から笑いが吹き出る。シンディはシュルルと糸を口に戻して、ジュースに口をつけた。脚で器用に彼女専用のコップを持ち上げて飲む。


 まだ小さかった頃はグラスに落ちてしまって大変だったが、成体になった今は彼女が入る器はそうそうない。


 落ちてしまったグラスがお酒だったことで、吞兵衛になったのはルクシアの家族しか知らない。文字通り「酒に溺れた」のである。以来、ルクシアのお父様とは飲み仲間だ。


 ローラも再びコーヒーを口に運んだ。休憩時間ももうすぐ終わる。飲み干してしまおうと大きくあおった。


「私は部屋に戻るわ。じゃあね」


 飲み干したコーヒーカップを片手にローラは席を立つ。

 シンディは「キュッ!」と足を一本挙げて振った。またね、の意味であることはローラに伝わったようだ。彼女も手を振ってコーヒーカップを返却棚へ持っていく。


 それを合図にしたように何人か立ち上がって食堂を出て行った。食堂の中が少し静かになる。


 メイドの洗い物をする音が大きくなったような気がした。


 しかし、その静寂に緊張感が走った。


 ラルフが現れたからだ。彼はのそのそと食事を摂っているジルベールを見て舌打ちをする。

 調査班がビクッと身を硬直させた。


「おい、ジルベール。これから会議だ」

「やだ。人と会いたくない。しゃべりたくない」


 小声でジルベールが答えると、ラルフの眉間にしわが寄った。


「やだじゃねェよ。嫌なことでもやるのが『お仕事』だろうが」


 ラルフはジルベールの首根っこを捕まえた。嫌だと抵抗するジルベールだったが、ひょいと持ち上げられてしまった。


 非力で貧弱。


 小学生なら間違いなく「もやし」のあだ名を付けられる彼だ。戦闘向きではないとはいえ、医者のラルフのほうが腕力と体力は上だった。

 首が締まって「グエ」と呻くジルベールを無視してラルフは運ぶ。


「終わったら部屋にぶち込んでおくから、お前らは自分の仕事してろ」


 ラルフは肩越しに手を振りながら調査班に告げた。


 調査班は班長に頑張ってとラルフにありがとうございますの意味を込めて両手を胸の前で合わせた。

 ひとまず、これで安心して調査班は自分たちの仕事に専念できる。



 今回の会議は班長会議のようなものなので、一般兵の招集はない。

 ラルフはジルベールを軽々と持ち上げてルクシアの執務室へ入った。そこには部屋の主であるルクシアと副官のジェラルド、討伐班の代表としてマクシム、班長代理で工作班からアランが揃っていた。


「悪い。遅くなった」

「いや、ご苦労だったな」


 ラルフはジルベールをソファに放り投げながら詫びると、すべてを察したジェラルドが首を横に振った。


 ジルベールが隣に来たマクシムはひょいと持ち上げてきちんと座らせる。ラルフはドカッとアランの隣に腰を下ろした。


 全員が座ったことを確認し、ジェラルドが会議の進行を始めた。


「それでは会議を始める。先月、報告が上がった――」


 報告が上がった案件から共有され、協議されていく。


 アランは班長へ伝えるべく忙しなくメモを取った。難しい話はとりあえずメモをして班長のチヨへ確認している。


 マクシムも時折メモをしている。討伐班は誰が決めたわけでもなく、彼が自然と班長の役目を担っていた。

 事務作業は苦手ではないが「最近忘れるのが早くなった」という理由でメモを取っているらしい。


 ちなみにジルベールとラルフの両名は「頭に叩き込んだほうが早い」という理由でメモを取らない。

 チヨ曰く「二人の記憶容量は一般人のそれを遥かに超えている」とのこと。


 ひと段落着いた頃、執務机の上にあるルクシアの連絡用端末が鳴った。


 ルクシアは立ち上がり、机に近づきながら端末をのぞき込む。


 タブレット端末のような形の連絡機にはチヨの文字が表示されている。

 通話開始のスイッチに触れるとディスプレイにチヨの顔が映し出された。背景から察するに予定通り森の中のようだ。


「どうしました?」


 少しだけ固い声でルクシアが尋ねた。

 現地からの連絡だ。何か厄介なことが起きたのかもしれない。

 彼らがいるメラルの町周辺は野獣が多い。そう勘繰るのは当然だった。


 部屋全体の空気が引き締まる。

 アランの顔は強張り、マクシムとラルフの眉間にはしわが寄った。ポーカーフェイスは崩さないが、ジェラルドも視線がきつくなった。


 ただひとり、ジルベールだけが興味深げに目を輝かせている。


「実はですね――」


 どことなく顔が硬いチヨの報告に、ルクシアの目が見開かれた。


 つづく

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