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第4話 「まだ大丈夫」には気をつけろ、手遅れになるぞ


 定例の班長会議が終盤に入ったところでのチヨからの連絡。会議を休んでまで様子を見に行った彼女からのそれに緊張が走る。


「実はですね~、悪いような良いような状況でして」


 やや硬い表情のチヨが歯切れ悪く話を切り出す。ルクシアは問う代わりに首をかしげて見せた。


 アランは声からしてチヨ自身に何かがあったわけではない様子にホッとする。

 彼ら工作班は野獣調査で先陣を切ることが多い。罠を仕掛けるのだから当然、管理するのも彼らだ。


 最初に野獣と接触する可能性が最も高い。弱っているように見えても野生の動物。油断も隙も見せてはいけない立場にある。


「罠にかかっていたのが、でっかいフォレストバイソンでして。たぶん変異種になりかけの奴かと思います」


 チヨの報告にルクシアが目を見開いた。驚きではない。楽しさである。


「まあ、それは大変ですわ。早速狩りに行きましょう!」


 ウキウキ。


 そんな言葉がピッタリな様子にラルフはため息をつく。呆れたのは彼だけで「でっかいフォレストバイソン」という単語に反応したのは他の面々も同じだ。


 料理上手なジェラルドのおかげでこの隊の人間は「野獣≒食材」という認識でいる。


 マクシムもアランも「肉がたらふく食える」という結論を出し、ジェラルドに至ってはもう楽しそうだ。


 しかし、それも仕方がない。


 フォレストバイソンは煮てよし、焼いてよし、干してよしの良いお肉だ。もちろん美味しい。


 貴族令嬢であるルクシアですら美味しいと認めるお肉なのだ。変異種になってしまっては手を焼くが、なりかけならまだ簡単に仕留められる。

 むしろ多忙な仕事の中でのご褒美にすら思えてくる。


 唯一、この報告の重要事項である「変異種になりかけの個体」に反応したのはジルベールだけだった。彼もまた違う意味で楽しそうだ。


「チヨ、我々が到着するまでは慎重に見守っていてくださいまし」

「かしこまりました~」


 タブレットの向こう側の気配を察したチヨは緩い調子で返した。

 バタバタと準備を始めた一同に対し、ラルフはまだ繋いであったタブレットに静かに近づく。


「変異種になりかけって言うなら、変異種になる可能性もあるってことか?」


 チヨは黙ってうなずき、タブレットを操作して罠にかかっているフォレストバイソンを映して見せた。


 その姿を見たラルフはなるほど、と頷く。チヨの言う通り通常の大きさよりも倍近くある。普段は緑がかっている毛並みもやや青色に変色している。


「チヨ! 様子を録画しといて!」


 研究熱心なジルベールは叫ぶように言った。その声はきちんと届いていたらしく「了解」と返ってきた。


 ラルフは罠にかかって暴れるフォレストバイソンをじっと見つめている。


 変異種になりかけの個体、というより変異種に変化中の個体である。

 ルクシアたちが到着するころには変異種へと変貌を遂げているであろう。


 それをわかっているのかわかっていないのか。大急ぎで出て行った面々にラルフは再びため息をついた。


「とりあえず、ケガすんなよ」


 ラルフは医者らしく忠告して通信を切った。やれやれと肩を落としつつ、自室同然の医務室へ足を向けた。



 変異種なりかけ個体の情報はすぐさま討伐班に知らされ、マクシムを含め10人ほどが出撃準備を整えた。加えてルクシアとジェラルド、工作班からはアラン、調査班からはジルベールと班員2名が同行する。


 ルクシアは巨大化したシリウスに乗り、他の者は各自の馬に乗って出発した。


 草地を抜け、木々が生い茂る森を駆ける。


 いつもは聞こえてくる鳥のさえずりがない。

 シリウスが通るとサッと身を隠す小動物たちはすでに身を潜めている。

 大型の野獣たちも身を寄せ合って息を殺していた。


 それでも感じる群れの気配。森の異様な空気が重くのしかかるようだ。


 けたたましい野獣の咆哮が近づいてくる。

 その姿がギリギリで見える位置に来て、ルクシアは隊を止めた。


「中隊長!」


 チヨがサッと木の上から降り立った。手には記録していたであろうタブレット型端末がある。


「一足遅かったですね。変異種になっちゃいました」

「ですよ、ねぇ……」


 チヨは青いたてがみとなって荒々しく息巻くフォレストバイソンの画像を見せた。想定はしていたものの、ルクシアが残念そうな息をつく。


 変異種と化したフォレストバイソンの魔力に呼応するように通常のフォレストバイソンが集まり始めていた。


 普段はおとなしいはずの彼らの息は荒く、興奮状態のようだ。可能ならば近づきたくはない。

 フォレストバイソンは気性は穏やかであり、力持ちで重量級の体躯だ。家畜として飼育もされているが、畜産農家のケガもたまに聞く。


 油断できない巨体が暴れる寸前。危険極まりない。


 だが、そんなことで怯んでいる暇がないのがこの隊の宿命。


 ルクシアは淀みのない動作で愛刀を抜いた。陽光に銀色が反射する。


「わたくしが変異種の首を落とします。皆さんは邪魔が入らないよう他の子たちを見張っていてください」

「中隊長、スパッとですよ。変な切り方しないでくださいね」


 ジェラルドが注文を入れた。もちろん、彼女の実力はよく知っている故の注文だ。


 首だけを落とせば身はもちろん毛皮も綺麗な状態で手に入る。

 町のお店に卸して活用してもらってもよし、行商に卸して隊の資金にしてもよし。使い道はたくさんある。


「もちろんですわ。シリウス、行きましょう」


 ルクシアの呼びかけに応え、シリウスはグッと足に力を込める。


 次の瞬間、その姿は消えた。


 あっという間に変異種との間合いを詰める。


 ルクシアはそのスピードに戸惑うことなく、剣を振るった。魔力を纏った剣は寸分狂わず首を捉える。研ぎ澄まされた魔力は切れ味を増す。


 巨大な首に叩き込まれた一撃は致命傷となり、変異種のフォレストバイソンは動きを止めた。

 ずるりと首が動き、重い音を立てて地に落ちた。続いて身体も傾き、さらに重い音と共に巨躯が横たわる。


 その様子を見ていた部下たちから安堵の息が出た。一部では不満を漏らす者もいたが。


「相変わらずの手際だな。俺たちの出番いっつもねぇよ」

「俺らの出番はこれからだろ」


 金髪の青年、ギャリックのつぶやきにマクシムが答える。


 そう、大変なのはこれからだ。解体作業が待っている。


 ギャリックは嫌そうな顔をしてため息をついた。


 彼らがおしゃべりをしているうちに、集まっていたフォレストバイソンたちはそれぞれの群で散っていった。


 先ほどまでも興奮状態が嘘のようだ。


 森もいつもの雰囲気に戻っていく。鳥がさえずり、木の葉の囁きが聞こえてきた。


「うーん、やっぱり変異種になると魔力の質が変わるのか?」

「変異種になると同種が近寄ってくることも多いですからね。今回はその典型では?」

「魔力の質の変化なら後で中隊長の意見も聞きましょう。そういうのわかるタイプですし」


 調査班は額を突き合わせて早速考察を始めていた。仕事熱心なことはいいことである。


 他の面々は倒された変異種のフォレストバイソンに近づき、解体作業を始めた。


 もう慣れたことだが、手間がかかるのは変わらない。


 隊が結成された当初は剣に魔力を纏わせればサクサク切れる、というルクシアの言葉に首をかしげる者も多かった。そこまで魔力操作に長けている者はいなかったのだ。


 第一、そんなこと学校では教えない。


 ルクシアの指導でみんなが魔力操作を覚えてからは戦闘も楽になり、こういった作業にも応用ができるようになった。


 さらに、中隊で使っている武器や防具はすべてルクシアの魔法で作られた『武具の女神の祝福』付きの代物。攻撃力も防御力も折り紙付きだ。サクサク切れて当たり前といえば当たり前である。




 通常のフォレストバイソンの倍はある巨体だけあって、解体には時間を要したが、日が落ちる前に帰還することができた。


 ヘトヘトになった討伐班は食堂で休憩に入り、調査班はチヨが録画した動画を何度も見返している。ルクシアも調査班に加わり、ああでもないこうでもないと議論を交わした。


 ジェラルドは解体したお肉を手に厨房へ入り、メイドのエルマーナたちと一緒に夕食の準備を始める。


 エルマーナは元々ルクシアに仕えるメイドだが、隊が暮らす砦の掃除や食事を一手に引き受けている有能なメイドだ。他にもお手伝いに雇っている人はいるが、エルマーナの活躍が著しい。


 休憩に入った討伐班は机に突っ伏したり、椅子の上でぐったりしたりと各々オツカレモードである。


「あー、疲れた」

「手強かったな、今日のは」

「毛皮、分厚かった……」


 ルクシアのおかげで討伐はすぐに終わったが、その後が長かった。


 解体作業はやはり骨が折れる。漏れる言葉はすべて解体作業の愚痴だ。


 互いに愚痴と労いを言い合う。ルクシアはこれを悪いとは思っていない。吐き出す場は必要だ。


 だからみんな気兼ねなく愚痴を言い合える。ただし、誰が悪いとは言わない。それがルールだった。


「あの毛皮どうするのかな? 売っちゃうのかな?」


 ふと、誰かがつぶやいた。


 それに反応したのはギャリックだった。孤児で教会育ちの彼は金目のものに目聡い。


「そりゃ売るだろ。変異種の毛皮だぞ。高くつく」

「資金不足とは言わないが、うちもそんなに予算貰ってないからなぁ」


 マクシムの言葉に、皆がため息をつく。


 贅沢はできないが、そこまで困ることはない。そんな資金繰りだ。

 どちらかといえば、こうやって変異種の素材を販売できるため、予算が削られる傾向にある。


 第五師団長にしてルクシアの兄貴分、クラウス・ファーレンハイトが隊の事情を知っているため容赦なく削りにかかってくるのだ。


 これ以上削るなと怒ったルクシアと場外乱闘を繰り広げたのは彼とオルディアーノ家だけの秘密だ。勝者はもちろんクラウスだったが、鬼気迫る妹分を見て予算繰りを考え直してくれた。


「で、でも! こうやって温かいご飯を食べられて、温かくして眠れるんですよ! 幸せじゃないですか!」


 ため息をつく皆を元気づけようとアランが声を上げた。

 ギャリックはそれを怪訝そうに見る。


「……お前、ホントに貴族の坊ちゃんか?」

「男爵家の三男坊ですよ!

 けど、他の同期の話を聞いてると、遠征の時のご飯は美味しくないだの、宿舎が寒いだの色々聞くんで。

 この隊はジェラルドさんのおかげで遠征の時でも美味しいご飯が食べられるし、寝床だって今まで狩ってきた野獣の毛皮で地面の上に寝るよりずっとマシですし、宿舎はエルマーナさんたちのおかげでいつもキレイだし、中隊長も滅多なことでは怒らないし」


 アランは隊の良いところを指折り上げていく。頷く者も少なくない。


「最後のはむしろ中隊長が自らやらかしにいくから俺らが止めてんじゃねぇか」


 ギャリックのツッコミに皆から「あー……」と言葉が漏れる。


 心当たりは、ある。たくさんある。


 有事の際は自ら率先して動いてくれることは良いことだが、飛び出しすぎは勘弁してほしい。それが部下たちの願いだった。


「そういや、もうすぐだったな。合同演習」


 今度はマクシムが思い出したようにつぶやいた。


 その場にいた全員がガクッと机に突っ伏す。


 やりたくないけど、お仕事だから仕方ない。


 どんよりとした空気が食堂の一角を包み込むのだった。



 つづく

目を離した隙にとんでもないことになるのはやめてほしい

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