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第25話 最後に私服を買ったのがいつなのかわからない

仕事用のブラウスや靴下しかほぼ買ってない


 届いた手紙を見たルクシアの顔は、やはり晴れやかではなかった。いつも以上に眉間のしわが深い。


「どうしたんですか?」


 恐る恐るローラは聞いてみる。ルクシアはため息をついて手紙をローラに見せた。

 綺麗な金色の箔押しで縁取られた美しい紙。夜会の招待状だ。


 差出人はベルトラン伯爵となっている。


 その名前を見て、ローラも「え?」と顔をしかめる。


「面倒ですわ。でも断るともっと面倒になりそうです」

「大方、今回の騒動の件を聞きたいだけでしょう」


 額を押さえるルクシアにローラは招待状を返しながら言った。


 噂好きなベルトラン伯爵夫人は社交界で有名だった。

 この度の騎士団の不祥事を面白可笑しく聞きたいのだろう。そうでなければわざわざルクシアを名指しして招待状を出すわけがない。


 さらに厄介なのは自称世話焼きで、独身の貴族や未婚のカップルを集めて夜会を開く。結婚適齢期を過ぎたルクシアなど笑い話の的だ。

 そういう手合いを相手にするのも面倒のため、ベルトラン伯爵夫人の夜会には騎士団の正装で行くようにしていた。


「あれ? 中隊長も貰ったんですか、それ」


 と、声をかけてきたのはアランだった。彼の手にも同じ紙がある。ルクシアは「あら」と目を丸くした。


「アランも招待されてるんですの?」

「はい。正直面倒ですけど、男爵の身分で断ってられませんし……」


 ため息交じりにアランが頭をかく。


「たまにはキャリル様とゆっくりお過ごしになっては?」


 ルクシアが微笑みながら提案した。

 彼も長い休みを取っていない。実家に帰った様子もなければ婚約者であるキャリルにも会っている形跡がない。


 アランは考える素振りを見せる。


「いや、でも町が大変なのに……」

「わたくしだってこの前お休みをいただきました。心配せずにいってらっしゃいな」

「そうよ。婚約者は大事にしなさい」


 ルクシアとローラに言われ、アランは頷いた。


「ありがとうございます。言われて見れば、最近全然会ってないですね」


 その言葉に、ルクシアとローラは素早く反応する。これはジェラルドと同じ匂いが漂っている。

 アランは明るく朗らかだが、自分が下っ端なのを気にして頑張りすぎる所がある。皆の役に立ちたいと頑張ってくれるのは頼もしいが、家族や婚約者を蔑ろにしていい理由にはならない。


 ルクシアとローラは目配せし合う。


「アラン。隊長命令です。夜会の二週間前からキャリル様と帝都入りしてゆっくり過ごしなさい」

「へ? に、二週間前!? それは休みすぎ……」

「い、い、か、ら! 中隊長の言う通りにしなさい。捨てられるわよ」


 年上の女性二人に凄まれ、アランは力なく首を縦に振った。紫の瞳は怯えている。


 その様子を見ていたのはラルフだった。


「お前ら、アランをいじめてんじゃねェよ。可哀そうだろ」


 さすがのラルフもアランを哀れに思ったのか口を出す。二人はキッとラルフを睨んだ。彼女たちにとってそんなこと言っている場合ではないのだ。

 職権乱用上等である。


 ふと、ローラが彼の手の中にある紙に気が付いた。ルクシアとアランに届いたものと同じようだ。


「ラルフ、その紙って……」

「ああ、俺のところにも届いてな。伯爵家の誘いを断るわけにはいかねェ。何の関係もなかった俺を呼ぶなんて何考えてんだか」


 ラルフもため息交じりに言う。断りたいのは山々なのだろう。


「って、え? ラルフ先生も貴族だったんですか!?」


 アランは驚きの声を上げた。知っているルクシアとローラはアランが知らなかったことに驚いている。そういえば話題にしたことがなかった気がする。


「領地の小せェ貧乏子爵だけどな」


 ラルフの答えは素っ気ない。


「ラルフまで招待されたとなると、独身を手当たり次第って感じですわね」

「なんだ、招待されてたのか。なら一緒に行くか?」


 本格的に頭を抱えるルクシアにラルフが言った。アランとローラの顔が固まる。


「あら、エスコートしてくださるんです?」


 意外そうにルクシアが尋ねる。そういうことはしないタイプだと思っていた。ラルフはひらひらと招待状を振った。


「俺も相手いねェし」

「ならうちに泊まってくださいな。帝都の別邸でも部屋数はありますわ」

「そいつはありがたいな」


 とんとん拍子に二人が一緒に行く方向で話が進んでいく。アランとローラは口をはさめない。


「では、そういうことで」


 ルクシアがポンと手を叩いた。話がまとまったらしい。

 ラルフは仕事があるからとその場を離れ、ルクシアは調査班に呼ばれて行った。


 残されたアランとローラは顔を見合わせる。


「えっと……あの二人ってそういう関係、じゃないですよね?」

「違う。絶対に違う。ルクシア先輩はもう恋愛も結婚も諦めて、むしろ面倒くさいと思ってるからそっちのアンテナへし折れてる」


 ローラはぶんぶんと首を横に振る。アランは「じゃあ」と重そうに口を開けた。


「ラルフ先生の、精一杯のアプローチってことは……」


 二人は黙り込んだ。


 アランもローラもラルフと恋バナなんてしたことがない。どういう女性がタイプなのかすらわからない。

 少なくともルクシアは嫌いなタイプではなさそうだ。だからと言って好意があるのかと聞かれると首をかしげる。


 ルクシアもラルフに対して嫌な感情は抱いていないようだし、異性としても受け付けないわけではなさそうに見える。


 黙って二人が並べば、お似合いのカップルにも見えなくはない。

 そう、黙っていれば。


「こ、このことはトップシークレットですね」

「そうね。皆が食いつくネタなのは間違いないから黙ってましょう」


 アランとローラが頷き合う。

 だが、壁に耳あり、障子に目あり。こっそり聞き耳を立てている者がいた。エミリアである。スピーカーの彼女が知ってしまったら皆に伝わる。


 さらに休暇届が一緒の日付になれば嫌でもバレる。


 結局二人の口裏合わせは失敗し、ルクシアとラルフ、アランが同じ夜会に参加するため帝都へ行くことが皆に知らされた。


 アランはルクシアとローラの命令で一足先に帝都へ向かう。

 ルクシアとラルフは例の長距離移動用馬車を使うことにした。こういう時にでも使わねばもったいない。

 その乗り心地の良さにラルフも目を丸くした。シリウスが引いているのに揺れがほとんどない。


「これはすごいな」

「そうでしょう? 奮発した甲斐がありましたわ」

「で、いくらしたんだ?」


 ふふっと笑うルクシアの顔が凍り付く。ルクシアはラルフから目を逸らした。


「内緒、ですわ……」


 改装費の金額を見たローラから結局雷が落ちた。もちろん、予算が下りていたので経費として計上してもらった。

 そのことをラルフも知っているので深くは追及しない。



 ガタゴトと揺られること二日。

 二人は帝都に到着した。帝都の入り口で従魔が引く馬車に驚きはされたがそのまま通してくれた。

 シリウスも町の中はゆっくり歩く。貴族街にあるオルディアーノ家の別邸へ向かった。事前にルクシアが手紙を送っていたこともあり、執事やメイドたちは到着を待ちわびていた。


 あのルクシアお嬢様が殿方を連れてくる。


 それだけでメイドたちは色めき立った。


「お嬢様、お待ちしておりました」


 老齢の執事が目を細めてルクシアを出迎えた。ルクシアも笑顔を返す。


「お久しぶりです。お世話になります」


 ルクシアが帝都の別邸を訪れるのはいったい何年振りか。中隊長に就任してからは初めてかもしれない。

 本邸よりは小さいが、兄アーサーのフレースベルグが降り立てるくらいの広さのある庭。植木は少なく、花壇が整備されている。


 ルクシアはシリウスと馬車を繋いである器具を外し始めた。


「お、お嬢様! そのくらい我々が……!」

「構いませんよ。いつものことですから」


 慌てる使用人たちをよそに、ルクシアはテキパキと手を動かす。あっという間に外し終えてしまった。

 シリウスはググッと伸びをしてルクシアの影に入っていった。


 そこへ近づいてきたのはメイドたちだ。


「さ、お嬢様。こちらに」

「え?」

「ドレスの試着をしないと。それに手直しの時間を考えたら余裕がありません!」


 戸惑うルクシアを流れる動作で屋敷の中に運んでいく。

 夜会は明日の夜。新しく仕立てる時間などない。衣装棚にあるドレスを今の流行に直さなければならない。

 騎士団の正装で行く気満々だったルクシアはそのことを計算に入れていなかった。


 残されてしまったラルフはシンディを片手で抱えたままため息をついた。


「あの……お荷物は?」


 まだ若い執事がラルフに声をかけた。荷物はすべて収納魔法にしまってある。ルクシアに渡しそびれたと思ったラルフは彼女のトランクを取り出した。


「これがルクシアの分だ」


 収納魔法に驚いた若い執事だったが、慌てて受け取ってルクシアの部屋へ向かった。


「お嬢様がお世話になります。それでは、こちらへどうぞ」


 老齢の執事は頭を下げ、ラルフを部屋に案内する。


 オルディアーノ邸は過度な装飾など施されておらず、シンプルな装いだった。玄関では大きな花瓶に飾られた季節の花に出迎えられ、廊下には余計なものが置かれていない。


 ルクシアの性格を思わせるそれに、ラルフはどこか納得した。


「ラルフ様、お嬢様はご無理されていませんか?」


 不意に老齢の執事が尋ねた。


「先日、お嬢様が亡くなられたと聞いた時は、我々一同、心臓が止まる思いでした。根は生真面目なお嬢様です。中隊長と言う責務を必要以上に気負っていないか心配で」


 老齢の執事は心配そうに言葉を紡ぐ。幼い頃からルクシアを見てきた使用人たちだ。身内のように心配して当たり前である。

 ラルフは普段のルクシアを思い浮かべる。少なくとも、今は結構自由にしている気がする。


「あんたらが思っているより、今は強かで自由にやってるよ。あの馬車だって、バルドが残していったヤツをちゃっかり改装して使っている」


 ラルフはそう言って、窓の外に見える乗ってきた馬車を見た。ゴテゴテに装飾されていたのが嘘のようだ。


「それならようございました。しかし、やはりあの改装にはお嬢様が一枚かんでいましたか」


 老齢の執事も窓の外に目を向けた。改装された馬車だと一目でわかったらしい。しかもルクシアの手配だったとも気付いている様子だ。

 さすが年季の入った執事は違う。ルクシアの趣味を見抜いている。


 ラルフは二階の一室に案内された。客間としては十分な広さだ。

 シンディはラルフといるか、ルクシアのところに行くかを悩んで、ルクシアのところへ行くほうを選んだ。シャカシャカと壁を伝ってルクシアの部屋に向かう。


 老齢の執事はラルフに頭を下げて去っていった。


 ラルフは椅子に腰掛け、深く息をつく。夕飯まではここでのんびり静かに過ごそう。

 そう思っていた矢先に、屋敷のどこからか騒がしい声が聞こえてきた。


「いだだだだっ!」

「お嬢様! 動かないでください!」

「こっちなら入るかしら」

「でもこっちの色のほうがお嬢様にはお似合いよ」

「いーだーいー!」

「髪飾りはこれでどう? お連れ様の目の色と同じ」

「あら素敵!」


 はしゃぐメイドたちに混じって時折ルクシアの苦悶の声が聞こえてくる。

 ラルフは、お嬢様は大変だな、と他人事のように思って外を眺めた。

 帝都の街並みが見える。高い建物がひしめき合い、メラルの町とは違う活気に満ちていた。


 自室でメイドたちと攻防を繰り広げているルクシアの心は満身創痍だ。


 まずい、二十代に着ていたはずのドレスが着れない。


 日々のトレーニングの賜物か。はたまた年齢による体形の変化か。

 いずれにせよ、やはり手直しは必要だ。今のルクシアの身体に合わせなければならない。メジャーで身体を測られ、布を当てられ、ルクシアは抵抗せず言われるままに動いた。


(助けて、エルマーナ)


 ルクシアはメラルの町に置いてきた自分付きの侍女を思った。しかし、彼女が居ても結果は同じである。


 すべてが終わる頃には、ルクシアはぐったりしていた。ソファでだらしなく伸びる彼女に、シンディが背もたれの上から尋ねる。


《御主人、大丈夫なの?》

「ええ、ちょっと疲れただけですわ」


 力なくルクシアは答えた。


「お嬢様、ラルフ様とお茶でもいかがですか?」


 メイドから声がかかった。

 そういえば、ラルフをすっかり放置してしまった。


 メイドの案内で小さな応接室に向かう。数分置いてラルフもメイドに案内されてやってきた。


「申し訳ありません。着いた早々に騒がしくて」

「いや、構わねェ。ドレスの手直しがあるならもっと早く来ればよかっただろ」


 ラルフは眉間にしわを寄せた。アランにばかり早く行けと言っている場合ではない。


「騎士団の正装で行くつもりでいましたので……」


 ルクシアは気まずそうに目線を反らす。


「俺がいるのに騎士団の正装で夜会に行くなよ」


 ラルフは肩を落とした。騎士団の正装で行かれてはラルフの立場がなくなる。

 ルクシアは引きつった笑いで誤魔化した。


 メイドがお茶を持ってきた。丁寧に二人の前にカップを置く。ルクシアは礼を言って彼女を下がらせた。


「皆へのお土産も買わないといけませんね。何がいいでしょう?」

「お菓子ならなんでもいいんじゃねェか?」


 首をかしげるルクシアにラルフは少し考えて答えた。

 確かにオルディアーノ中隊に甘いものが苦手な人はいない。むしろ大喜びしてくれるだろう。


「では、最近できたという美味しいお菓子屋さんにしましょう」


 ルクシアはにっこり微笑んだ。


 翌日の夕方、再び悲鳴を上げることになるとは気づかずに。



 つづく

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