第24話 女子会は時間が溶ける
気がつくと数時間経ってる
「ん~、美味しいですわ」
《ふわふわなの。美味しいの~》
「幸せ~」
ルクシア、シンディ、ローラの三人は女子会の真っ最中だ。
長旅から帰ってきた彼女たちは、ルクシア念願のケイトのパンケーキを堪能している。憧れのパンケーキを前に、騎士の顔から女子の顔になっていた。
ふわふわのパンケーキにアイスと生クリームを添えてもらい、たっぷりはちみつをかける。
最高だ。
体重なんて気にしていられない。大丈夫、すぐ消費する。たぶん。
「あれから帝都ではどうなったんです?」
ローラが口に入れたパンケーキを飲み込んで尋ねた。ルクシアは紅茶を口に含んだ。
「お兄様に聞いた限りですけど、例の"フレイザー様"が捕まったそうですわ。その取り巻きも芋づる式に捕らえられたと」
「国家転覆なんて面倒なこと、よく考えますよね」
ローラはそう言ってコーヒーを口に運ぶ。シンディはもぐもぐとパンケーキを咀嚼した。
「まったくですわ。皇帝陛下が国の安寧のためにどれだけ御心を砕いてらっしゃるかご存じないのでしょう」
ルクシアはアイスを口に入れる。
冷たい刺激と甘い香りが口から鼻に抜けた。バニラの香りが広がる。のほほんと笑う彼女に中隊長の威厳はなかった。
だが、ローラはそれを指摘したりしない。たまにはこういう顔もしなければ気を張り詰め続けるだけだ。それでは心が疲れてしまう。
「今回の件、特別手当とか出ないんですか?」
ローラはため息交じりに言った。なかなかハードな遠征だった。それくらい貰ってもいいと思う。
「オフレコで陛下から何か欲しいものはないかと聞かれたので予算と言っておきましたわ」
ルクシアはビッと右手の親指を立てた。ローラも無言でサムズアップする。
別に二人が特別がめついのではない。本当に予算が少ないのだ。砦の修繕費すらギリギリで出している状態である。
この際、思い切って宿舎の建て替えを狙ったがさすがに無理だった。
「これで砦の修繕、その他諸々を気兼ねなく手配できます」
「いつも苦労をかけますね」
ルクシアはそう言ってパンケーキにナイフを入れた。
「お子さんたちは変わらずお元気で?」
尋ねられたローラはパンケーキを頬張ったまま頷く。
「二人ともおかげさまで元気です。メリエルが学校に入ったので、セインが寂しそうにはしてますけど」
「ああ、もうそんな年でしたか」
ローラの答えにルクシアはしみじみと言う。よその子供の成長は早い。つくづくそう思う。
ちなみに、この国では10歳から15歳までをそれぞれの地方の初等学校で学び、16歳から20歳までは帝都の高等学校で学んで就職するのが主なパターンである。
貴族の場合は10歳までは家庭教師など家庭で勉強して進学することが多い。
平民の子供も字の読み書きなどを学ぶ場があり、識字率は高い。
帝都の高等学校へ進学すると、それぞれ専門の学科に分かれて授業を受ける。地元は同じでも、別の学科に進学すると会う機会が減り、最悪卒業するまで顔を合わせないこともある。
ルクシアとローラは一学年違うが、地方の学校からの先輩後輩である。同じ騎士科に所属していたので、地元の友人より顔を合わせている時間が長かったりする。
「中隊長の甥御さんたちももう大きいですよね」
「ええ、アレックスは今年から高等学校の普通科に通っていますわ。生物学に興味があるようで」
ローラは「へぇ~」と声を上げた。ルクシアの家系を考えると騎士科に行くのだとばかり思っていた。
「ジルベールのようになっては困りますが、最低限の護身術程度には鍛えているのでフィールドワークも大丈夫かと」
一番身近な動物学者が目に浮かぶ。あれは絶対に悪い例だ。ああなってはいけない。なってほしくない。
その最低限の護身術が世間一般の「最低限」ではないとローラは思った。たぶん、中型の野獣までなら素手で追い払うくらいはできる。
「動物が好きなんですか?」
ローラが尋ねると、ルクシアは大きく頷いた。
「お兄様の従魔のおかげで、とんでもない動物博士になっています。どんな動物も"可愛い"と言い切る博愛精神を持った優しい子に育ったんですけど……」
「けど?」
ローラは言葉が詰まったルクシアに先を促す。別に悪いことではない気がする。
「その、女子会に混ざる系男子になってしまって、男の子とより女の子と遊ぶことの方が多かったらしいんですの」
ルクシアはちょっと困った顔で答えた。
カッコイイものにも憧れはあるようだが、それ以上に可愛いもの好きになってしまったのだ。
高等学校は貴族にとって社交の場の練習でもある。婚約者がいる女生徒も少なくない。あまり親しくしては婚約者に失礼になってしまう。
ローラは少し考えて言った。
「まあ、周りの環境が変われば自然と変わっていきますよ」
「だといいんですが。アレックス自身の婚約もまだ決まりませんし」
叔母さんはちょっと心配らしい。自分のことはもはや放っておいている。
「最近は高等学校で決まる場合も多いみたいですから」
そんなに心配しなくても、とローラが言う。
「時代は変わりましたねぇ」
ルクシアは頷いた。
彼女たちの時代は初等学校辺りで婚約が成立し、高等学校で交流を深めて結婚の流れが主流だった。ローラやジェラルドがそうだ。
「婚約者と言えば、アランってまだ入籍しないんでしょうか?」
ふと、ローラは一番の若手、オルディアーノ中隊の末っ子のことを思い出した。アランは男爵家の三男で、幼い頃からの婚約者がいると聞いている。
「相手がストラスバーグ侯爵家ですからね。色々と準備があるのでは?」
ルクシアは首をかしげながら答えた。
アランの婚約者はキャリル・ストラスバーグ。彼女はストラスバーグ家の五人兄妹の末っ子である。年はアランと同じで、幼い頃に出会い、意気投合して婚約に至った。
「逆玉の輿ですね」
「でもお二人はお似合いですよ」
ローラの言葉にルクシアは笑った。ルクシアはお茶会や夜会で何度かキャリルに会っている。淑女然とした彼女の振る舞いはいかに侯爵家で教え込まれているのかがわかった。
アランも彼女と並ぶと背筋が伸びるのか、きちんと貴族としての振る舞いをする。
明るく朗らかな二人はお似合いのカップルだった。
「大変です。結婚式に着ていくドレスがありませんわ」
「気が早いですよ」
ハッとするルクシアにローラがツッコミを入れる。
二十代の頃は茶会や夜会に呼ばれることが多かったが、パートナーもいないので騎士団の正装で参加していた。父と行く時だけはドレスを着ていたが。
三十代になってからは中隊長に就いたこともあり、気を遣われてか招待される機会が減っていた。おかげで何年もドレスに袖を通していない。
実は一部の年下の貴族令嬢たちの間で騎士団の正装姿がカッコイイと憧れの的になっていることを、彼女は知らない。
「でも結婚したら、アランはうちの隊を離れることになっちゃいますかね」
ローラが少し寂しそうに言った。
継ぐ家がない彼らはどこかに居を構える必要がある。侯爵令嬢という立場を考えると帝都あたりで良い物件を探すことになるか、もしくは侯爵家の領地の一部を貰ってそこを治めることになるだろう。
そうすると、国境にあるメラルの町からはかなり遠くなってしまう。
「そうなると、寂しいですわ。それに大事な若手がいなくなってしまいます」
ルクシアもふぅとため息をついた。やっと育ってきた若手がいなくなるのはかなりの痛手だ。
どうしましょう、と悩むルクシア。
こうすれば隊に残れるのでは、ああすればいいのでは。まだアランの結婚が決まっていないのに勝手に話が進んでいく。
気が付いたら時間がかなり経っていた。
二人はそろそろ帰ろうかと席を立った。シンディもぴょいとルクシアに抱きつく。
特に目的もなく町をぶらぶらする。
町の修復もだいぶ進み、残っている区画もあとわずかだ。
声をかけられては足を止め、現状などを聞いて回る。休日も仕事をしているのと変わりない。
そんなルクシアの様子を見て、ローラはため息をつきつつ小さく笑った。
そうこうしているうちに宿舎へ着いてしまった。
「たまにはおやつを食べに出かけるのもいいですわね」
「ええ。美味しかったです」
《美味しかったの》
三人は満足して宿舎へ入る。
「あ、中隊長。お手紙届いてましたよ」
宿舎に入ったところで声をかけられた。ルクシアの顔がものすごく嫌そうに歪む。
「クラウスお兄様かしら」
「あの人、手紙書くような人ですか?」
ローラは違うんじゃないかなと思いながら聞く。クラウスならタブレット型連絡機に直接連絡してくるだろう。わざわざ手紙を出すとは思えない。
「予算下りないとかそういう大事なことは文書で送ってきそうで……」
ルクシアの言葉にローラはハッとする。確かに、それならやりかねない。せっかくのご褒美(予算)が白紙になるのは嫌だ。
「見たくないですわ……」
ルクシアは肩を落とした。
その手紙がまた騒動を起こすことを、彼女たちはまだ知らない。
つづく
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