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第23話 話はきちんと聞いておけ

だから聞けって言ってるだろ


 それっぽい怪しい森に、それっぽい怪しい屋敷。

 絵に描いたような悪い奴のアジトが早朝の静寂の中に佇んでいる。


「ポツンと一軒家ですわね」


 木の陰に身を潜めながらルクシアが呟く。近くの木の陰にはローラとギャリックの姿もある。


 第一師団と合流した彼らは状況を聞き、翌日の早朝に屋敷へ突入することにした。

 屋敷はすでに第一師団により包囲されている。屋敷に地下道などの抜け道がないことも確認済みだ。逃げるとしたら地上しかない。


 屋敷の玄関にいる見張りは一人。寝ずの番だったのか、眠そうに欠伸をしている。


「シリウス、参りましょう」

《わかっている》


 ルクシアが声をかけると、彼女の影からシリウスが顔を出す。トプンと沈むように影に消えたかと思うと、ルクシアの姿も影に溶けた。

 再び姿を現したのは見張りの影の中からだった。音もなく背後を取り、剣の柄頭で容赦のない一撃を加える。鈍い音がローラとギャリックにも届いた。


 頭部を強く殴打された見張り役は気を失って横たわる。


 気絶を確認したルクシアは二人に来るよう合図を送った。足音を立てずにローラとギャリックは玄関まで走る。


「さて、暴れていいと許可を頂きましたし、派手にいきましょうか」


 そう言ってルクシアが作り出したのは一話以来のバズーカ砲。


「え……このゼロ距離で撃つんすか?」


 ギャリックの問いは砲声にかき消された。一瞬で玄関が吹き飛び、正面奥にあったドアも粉々に砕け散っている。


 驚いた鳥たちが一斉に飛び立った。


「ノックはしっかりしませんと」


 ルクシアは満足げにバズーカ砲を光の塵にする。バズーカ砲をノックと言うのは彼女くらいだろう。


 ローラは静かにギャリックの肩を叩いた。そう、このくらいのことで驚いていてはルクシアの部下は務まらない。


 音に気が付いた者たちが一斉に玄関ホールへ集まる。その動きを見ていたルクシアは誰も出てこないドアを見つけた。あそこの奥にファントムがいるのかもしれない。

 ルクシアの目つきが鋭くなる。


「素直に投降すればよし。さもなくば、手加減は致しません!」


 ルクシアがホールに響き渡る声で投降を呼びかける。

 しかし、その程度で屈する者はいなかった。武器を振り上げ、ルクシアたちに立ち向かう。


 ローラはサッとレイピアを抜いてルクシアの前に出た。剣を振り上げて向かってくる男を睨みつける。

 男は間合いに入ると勢いよく剣を振り下ろした。剣術と言うにはお粗末なそれを、ローラは巧みに巻き上げた。剣は男の手を離れて宙を舞う。

 一瞬のでき事で、何が起こったかわからない顔をしている男にローラの鋭い一撃が突き刺さった。肩を突かれた男は見事に吹き飛び、後頭部を柱に打ち付けて目を回す。


 その強さに虚を突かれた男たちの動きが止まった。


 ギャリックは待ってましたとばかりに、近くにいた男の胸倉を掴み、顔面目掛けて頭突きをお見舞いする。続けて拳も振るった。

 ルクシアも動きが止まった茶髪の男の横っ面を蹴り飛ばした。


 相手が剣やナイフを持っていようと怯みもせず、二人は素手で相手を殴り伏せていく。魔力操作による身体強化をした二人の動きは男たちの数倍速い。

 拳が飛び、蹴りが舞う。

 もはや大乱闘スマ○シュブ○ザーズ。


「ギャリック。ここは任せてもよろしくて?」

「ああ。ファントムの旦那を探しに行ってくれ」


 ルクシアが声をかけると、ギャリックはステップを踏みながら答えた。ルクシアはローラに合図を送り、誰も出てこなかったドアへ向かう。


 それに気づいた一人の男が立ちはだかった。


「ここは通さ――」

「邪魔ですわ」


 ルクシアは走ってきた勢いそのままに、膝を男の顔面に叩き込んだ。右手でがっちり男の頭を掴んで固定するあたり、蹴り慣れている。


 立つふさがられたドアを開け、ルクシアとローラは先へ進んだ。


 残されたギャリックは次々に男たちを叩きのめし、あっという間にその場を制圧してしまった。


「その辺のゴロツキのほうがまだマシだわ」


 ギャリックはつまらなそうに吐き捨てる。


 突然、雷が走った。ギャリックは反射的に防御魔法を展開する。障壁に当たった雷が霧散した。


 ハーピーイーグルの血の雨に打たれてから、こっそり防御魔法を練習していて良かったとギャリックはホッとする。


 雷が放たれた階段の上に目を向けた。赤茶色の髪の男が、ギャリックを凝視していた。


「フレイザー様の計画は邪魔させん!」

(親玉の名前、フレイザーってんだ)


 ギャリックは男が叫んだ名前によって、首謀者の名を知る。


 昨日、説明を受けていたルクシアが「名前なんてどうでもいい」と言って個人情報をすっ飛ばしたのだ。

 ルクシアの目的はファントムを見つけること。ただそれだけだ。


 ギャリックもどこの誰が国家転覆を画策しているかなど興味がなかったので、名前は出てきたかもしれないが覚えていなかった。


「じゃあここにファントムもいるんだな?」

「ふん、地下の研究室までお前がたどり着くことはない! この俺に倒されるのだからな!」


 ファントムは地下の研究室にいるらしい。ルクシアとローラが入ったドアの先にその道が続いているといいが。


 ギャリックは二人が通ったドアを一瞥し、芝居がかったような口調の男を見やる。

 男は再び雷の魔法を放った。ギャリックも再び防御魔法で雷を防ぐ。威力は弱い。魔法を撃つスピードもシンディのほうが速い。


(弱ぇな、こいつ)


 それがギャリックの感想だった。


「くっ、なんて防御力だ」


 自分の攻撃が通じなかったことに驚いたのか、男はたじろぐ。別に俺が特別強いわけじゃないのに、とギャリックは思うが口にはしない。


「しかし、命に代えてもお前を通すわけにはいかん!」


 男は自分に言い聞かせるように叫んだ。


 その言葉にギャリックの顔が歪む。一瞬で階段を駆け上がり、男の腹に蹴りを食らわせる。たまらず男は吹き飛んだ。廊下の壁に激しく打ち付けられる。


 男は息が詰まり、苦しそうに呻く。


「おい、そいつはてめーが命かける価値のあるやつなのか?」


 ギャリックは男に視線を合わせるように屈んだ。言葉は重苦しい空気を漂わせている。男は苦しそうにしながらも笑う。


「フレイザー様は、国を、変えるお方。お役に立てるなら……この命など、いらん!」


 男の瞳は崇拝に満ちていた。ギャリックは気味が悪いものを見ているような目つきになる。


「お前みたいな弱っちい奴の命なんていくつあっても足りねーよ」


 どれだけ理想を語ろうと、それに見合った力がなければ意味がない。ギャリックは嫌というほどそれを知っている。


「だ、黙れ!」


 激高した男が腕を振るが、簡単にギャリックに掴まれてしまう。


「じゃあ聞くけどよ。そのフレイザー様はてめーのために命かけてくれんのか?」


 男はフンと鼻で笑った。


「バカなことを聞くな。フレイザー様が俺のような下賤の者に心を砕くことはない」

「ならお前はただの犬死だ」


 ギャリックは掴んでいた男の腕を締め上げる。男から悲鳴が上がるが気にしない。


「てめーのは自己犠牲に酔った、ただの自己満足だぜ。役に立ってるわけがねぇ」


 男の腕からボキリと鈍い音が鳴る。

 ギャリックは男の腕を放り投げるように放した。男は激痛に顔を歪めている。


「てめーのために命かけてくれねぇ奴に、てめーの命かけてやる価値はねぇよ」


 ギャリックはそう吐き捨てて、ルクシアたちの後を追いかけた。男は自分の力のなさに打ちひしがれるだけだった。



 一方、ルクシアとローラは地下への螺旋階段を下りていた。これが思っていたより長い。明かりが灯っているのが救いだ。

 グルグル回ってそろそろ目が回ってきた。


「迷路になっているのも困りますが、これはこれでキツイですわね」

「ええ、深すぎます」


 敵がいつ出てくるかわからない。二人は慎重に下りていった。


 突き当たったのは鉄製の重厚さを感じる扉だった。触れようとすると弾き返されるような感覚がある。


 ジルベールの防御魔法よりも厚く、複雑な魔法だ。


「どうしますか?」


 ローラがルクシアに声をかけた。こういう手合いはルクシアのほうが得意だ。


「舐められたものです」


 ルクシアは両の掌を防御魔法で作られた壁に押し当てる。そこに魔力を集中させて魔法を発動した。


 闇魔法「ブラックホール」


 漆黒の渦が現れ、音もなく扉を包んでいく。床から天井まですっぽりと黒に塗りつぶされた。渦が消えた跡には何も残っておらず、初めから壁がなかったかのようだ。


 扉があった先は大きな部屋があった。様々な機械が設置してあり、それらをつなぐようにチューブや配管が張り巡らされている。


 その中に、半円状のドームがあった。ガラスのような透明な素材で作られている壁の向こうに見覚えのある黒いローブがある。


「ファントム!」


 ルクシアが叫んで駆け寄る。ローラもそれに続いた。


「お前たちどうやって入ってきた!?」


 そこへ怒声が飛んだ。ルクシアとローラは足を止め、声がした方を振り向く。


 白衣に身を包んだ科学者らしき男の姿があった。神経質そうな眼差しで二人を睨む。


「どうって……」


 ルクシアが答えようとしたとき、バリンとガラスが割れるような音が部屋に響いた。


 ファントムが右手を前にかざして宙に浮いている。


『ルクシアが無事なら、もうここでじっとしている必要はないね』


 ファントムは忌々しげに白衣の男を見つめた。何の感情も感じられない瞳に白衣の男は悲鳴を上げて尻もちをつく。


「ば、バカな! あれだけ魔力を吸い出したのに……!」

『あの程度で、精霊王ぼくの魔力が尽きるとでも思ったのかい?』


 ファントムの声は冷たい。精霊王を甘く見た代償は大きかったようだ。ガタガタと震えながら後ずさりをする。それですらままならない。


「殺してはいけませんよ。簡単に死なれたら面白くありません」


 今にも白衣の男を手にかけそうなファントムにルクシアが止めた。

 ファントムは彼女を振り返り、ホッとした表情を浮かべる。


『無事で良かった。連絡がつかないから、キミの無事がわからなくて抵抗するか悩んでいたんだ』

「あなたこそ無事でよかったです。やっぱり魔力を奪われていたんですの?」


 ルクシアが機械を見回しながら尋ねた。


『ああ。その技術だけは称賛に値するかな』


 ファントムも機械を見ながら答えた。


 ローラは適当に細くて柔軟性のありそうなチューブを切って、それを縄代わりに白衣の男を捕らえる。


「大変でしたのよ。あなたの魔力で変異種になった野獣の相手をするのは」

『え。そんなことに使われてたの?』


 ファントムは黒い結晶体、モリオンが出来るところまでは見ていたそうだが、その先は知らなかったらしい。


「中隊長、どうやって運びます? これ」


 ローラが白衣の男を指しながら尋ねた。完全に腰が抜けて立ち上がれそうにない。

 だからと言って、ルクシアとローラが運ぶにも無理がある。


『僕が運ぶよ。二人じゃ大変だろ?』


 ファントムはそう言うと、黒い靄を出現させて白衣の男を拘束した。そのままひょいと持ち上げる。闇魔法の一種なのだが、魔法と呼べるような大層な技術ではないそうだ。


 この研究室のような部屋の調査は専門家に任せることにし、三人は地上へ戻るため再び螺旋階段を上り始めた。


 途中、下りてきていたギャリックと合流し、地上へ向かう。

 一階へ戻ってきたところで、ルクシアとローラが足を止めた。


「ちょっと、二人とも、待ってくださいまし」


 ルクシアがギャリックとファントムを止める。二人は不思議そうに振り返る。ヘロヘロになった女性陣が目に入った。


「ひ、膝が……」


 ローラの膝が笑っている。自分の意思とは関係なく膝がプルプルする。

 ギャリックはそれをきょとんとして見ていた。何が起こっているのかわからない顔だ。


「……階段の上り下り、つらい」


 ローラはそう言って崩れ落ちた。ルクシアも膝に手をついて荒い息遣いをしている。


「そんなに?」

「あと五年くらいすれば、あなたにもわかりますわ」


 首をかしげるギャリックにルクシアが言った。

 ちなみにギャリックは現在29歳。三十代の二人と比べればまだまだ元気だった。見えない壁がある。


 魔法でふわふわ浮いているファントムには到底わからない辛さだ。


 二人の息と膝が回復してきた頃、第一師団が突入してきた。一階のホールに転がっている者たちを素早く捕縛し、ローラが締め上げた白衣の男も引き渡す。


「二人とも大丈夫か?」


 疲弊しているルクシアとローラに今回の作戦の指揮を執っていた第一師団の大隊長が心配そうに声をかける。

 手練れ二人がこんなになるとは、どれだけ激しい戦闘だったのか。


「ご心配なく……」

「階段にやられただけですので」

「え? 階段?」


 二人の回答に言葉を失う大隊長。螺旋階段の長さを聞いたら納得してくれた。彼も膝の辛さをわかってくれた。


「そういや、あいつがフレイザー様がどうのって叫んでたぜ」


 二階から引きずり下ろされている赤茶色の髪の男を見て、ギャリックが思い出したように言った。


 大隊長はそれを聞いて彼を振り返る。


「本当か!?」

「ああ。この国を変えるお方だとかなんとか」


 あまり興味がないギャリックは話半分にしか聞いておらず、さっきのことのはずなのに記憶がおぼろげだ。


 すると、大隊長は誰かにタブレット型端末で連絡をして話をし始めた。


 ギャリックもルクシアたちも小首をかしげた。今の言葉のどこが重要だったのかわからない。


「ありがとう。これで奴を引きずり出せるかもしれん」


 会話を終えた大隊長は笑いかける。


(なんか、重要な人物だったっぽい)


 ルクシアとギャリックはそう思っただけだった。

 そんなことよりも、彼らには大事なことがある。


「これで帰れますわ~」


 屋敷の外に出たルクシアは大きな伸びをした。


 これで過酷な遠征も終わりを迎える。ファントムとも無事に再会を果たすことができた。もうルクシアが成すべきことはない。

 あとはクラウスにでも任せよう。



 こうして、ルクシアたちはメラルの町へと帰還した。



 つづく

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