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第22話 三十路はお肌のヘアピンカーブ

あいつらは曲がり角なんてもんじゃない、ヘアピンカーブだ


 親方渾身のビフォーアフター。


 なんということでしょう。

 ゴテゴテに装飾された外装はスッキリとしたシンプルな装いに。

 車軸に大きなサスペンションが入り、移動の衝撃を和らげます。

 さらに、シリウスの速さに対応できるよう、車輪には特殊なゴムを装着。長距離の移動にも耐えられます。

 広々とした内装をそのままに、椅子の下に収納スペースを確保。これで旅の荷物を入れられます。


 長距離の旅を可能にする新たな馬車に生まれ変わりました。




「中隊長、いくら使ったんですか……!?」


 ローラの背後に陽炎が揺れる。


「必要経費、ですわ」


 歯切れ悪くルクシアが答えた。

 戦闘の最中にも予算のそろばんを弾いていたくせに、とギャリックは火花散る二人のやり取りを横目に見ていた。


 付き合いの長いローラは中隊長にも遠慮がない。

 ルクシアはほとんど無駄遣いしないくせに、こういう事には思い切りお金をつぎ込む。


 油断も隙もない。


「まあ、今回は時間もないから大目に見ますけど」


 ローラは鼻息荒く言った。

 ルクシアは内心ホッとする。金額を言ったら雷が落ちそうだ。しかし、今回は長旅になる。これくらいの装備は必要だ。


 三人は荷物を積み込み、皆に見送られてメラルの町を出発した。

 シリウスが馬車を引くので通常の馬車とは比べ物にならないくらい速い。手加減しているがそれでも馬の三倍は速かった。


 馬車の揺れはその速さを感じさせない。確かに揺れるがスピードに比例しなかった。馬車だったら今頃、中にいる三人は跳ね回っていただろう。

 揺れも抑えられ、馬車の軋みもない。


 思っていた以上に快適である。


 これにはローラも必要経費であると認めざるを得ない。そんな顔をしているローラにルクシアは心の中でガッツポーズをする。予算は下りた。


「んで、これから行く町が変異種に荒らされてるって言ってたけど、状況はどうなんだよ」


 窓枠に肘をついたギャリックがルクシアに尋ねた。


「芳しくありませんね。町の人の避難は間に合ったそうですが、中隊の半数以上がすでにやられています」

「穏やかじゃねーな」


 ルクシアの答えに、ギャリックの眉間にしわが寄る。少なくとも自分たちよりは人数が多いはずだ。その半数以上に死傷者が出ているとなると、被害は大きい。


「どんな変異種なんですか?」


 今度はローラが聞いた。


「報告書によれば、大きな猪の姿をした変異種だそうです。パワーもスピードも人間が相手にできるレベルを超えている、と」


 ギャリックは思わず「マジかよ……」と呟く。


 猪は体重、パワー、スピードの三つを兼ね備えた動物界の重戦車。通常の状態でもてこずるときがあるのに、変異種とくればどうなるかわかったものではない。


「だたひとつ、朗報があります」


 ルクシアはそう言って右手の人差し指を立てた。


「今回の変異種騒動で発見された八面体、仮称モリオン(黒水晶)と呼ぶことになりました。これはわたくしを襲った赤いハニーベアらしきものの中にあったモリオンよりずっと小さいです。その分、中にある魔力も少なく、赤いハニーベアよりも肉体強度は低いと想定されます」


 ギャリックは唸った。肉体強度は低いと想定されますと言われても、あの頑丈さを見せられてはどれだけ低くなれば自分の剣が通用するのかわからない。


 そんな彼の様子を見て、ローラは安易に良かったと頷くことができなかった。

 合同演習から帰ってきた時、彼が最も変異種のハニーベアを警戒していた。ギャリックがそれほど警戒するのも珍しい。生来の危機感知が働いたのかもしれない。


「まぁ、一気に二体や三体相手にするわけじゃねーから良しとするか」


 ギャリックは観念したように言った。


 窓の外では町が通り過ぎていく。

 ちなみにシンディはシリウスの背に乗ってドライブを楽しんでいる。


「しかし、この三人では攻撃に特化しすぎではありませんか?」


 ローラが疑問を口にした。


 バケモノ中隊長ルクシア、鬼教官ローラ、中隊の狂犬ギャリック。


 三人合わせればオルディアーノ中隊の戦力の四分の一くらいはあると思う。


「わたくしたちの役目は迅速に変異種を討伐し、次の町へ行くことです。相手方は変異種を発生させ国内を混乱させようとしています。それを阻止するためには戦力的にも立場的にも、自由に動けるのはわたくしたちくらいですわ」

「なーんか、上手いことあの師団長に使われてる気がする」


 ルクシアの答えに、ギャリックは面白くなさそうな顔をする。

 苦手なだけで嫌いな部類ではないが、あの師団長の思惑通りに動くのはなんだか癪に障る。


「使われたなんぼですわ。わたくしたちはあの方の部下なのですから」


 ギャリックの様子にルクシアは苦笑いを浮かべる。ローラも小さく笑った。


「ケガ、してられませんね」


 いつもは治療してくれるエミリアやラルフたちがいない。大ケガは避けなければならない。


「ええ。ケガをさせられる前に倒します」


 当然だと言うようにルクシアが頷く。


《ルクシア、そろそろ着くぞ》


 馬車の外からシリウスが言った。シリウスは変異種の気配に気づいたのか、スッと目つきを鋭くさせる。

 スピードを緩めることなく、急ブレーキをかけた。


 馬車の中にいた三人は慌てて椅子や窓枠につかまる。


「もうちょっと丁寧に止めてくれても……」


 ルクシアは言いながら馬車を降りた。ローラとギャリックもそれに続く。


 目の前の町には城壁はなく、木の柵が設けられただけのごく普通の内地の町だった。それが一部壊され、半壊になっている家も多数ある。

 町の中から争う音が聞こえてきた。人の雄叫びと獣の声が重なる。


「おーおー、頑張ってんな」


 他人後のようにギャリックが言う。その後頭部をローラがコンと叩いた。


「そんなこと言ってないで、さっさと行くわよ」


 三人は駆け足で音がする方へと急いだ。

 そこでは真っ白な体毛に覆われた巨大な猪と騎士団が対峙していた。猪の太い牙で騎士が空高く打ち上げられる。


 猪を観察していたルクシアは柄だけの剣を抜き、魔力の剣を発動させる。さらに魔力を集中させていく。淡い緑色だった刀身が黒く変化した。

 すると、猪の動きがピタリと止まり、ゆっくりとルクシアを振り向いた。

 ギャリックとローラも剣とレイピアを抜く。


「本当に、クラウスお兄様は頭が良くて困りますわ」


 困ると言いながらもルクシアは不敵な笑みを浮かべる。猪がガッガッと前足で地面を蹴った。今にも突進してきそうな雰囲気だ。


「二人とも、前足を狙ってください。切断する勢いで構いません」


 ルクシアが指示を出す。と、ほぼ同時に猪が突進してきた。臆することなくローラとギャリックが前へ踏み出す。

 猪はルクシアしか視界に入っていないように、彼女だけを見て走ってきた。


 ローラとギャリックは最大限の魔力を剣に纏わせ、前足に狙いを定めて振る。

 ローラのレイピアは猪の足を半分斬った。力一杯振りぬいたギャリックの剣は猪の足を切断することに成功した。


「あ、斬れた」


 ギャリックは思わず呟いていた。

 両前足を負傷した猪は頭から地面に落ちる。しかし、走ってきた勢いは衰えず、地面を這うようにルクシアへ突進した。


 ルクシアは猪の額に真正面から剣を突き立てた。猪は短い悲鳴を上げる。ルクシアは猪の額に刺さった刀身の幅を広げて振り上げた。

 猪の頭が裂けた。勢いよく血しぶきが飛ぶ。ルクシアは素早く飛び退いて血を回避した。もう血の雨はご免被る。


 動かなくなったことを確認し、ルクシアは魔力の剣を収めた。


 すると、猪の傷口から黒い煙が立ち始めた。

 ルクシアはハッと身構える。猪は傷口からどろりと溶け始め、見る見るうちに白い身体が黒く溶けていく。


 鼻を異臭が突いた。何かが焼けただれたような刺激臭。嗅いでいて気持ちの良いものではない。


 猪が溶けた跡に、ルクシアはモリオンらしき八面体を見つけた。そっと手を伸ばして摘まみ上げる。ルクシアの手の中にすっぽり収まる小さなモリオンだった。

 その辺の葉っぱでドロリとする黒い液体を拭きとり、ポケットにしまう。


 ローラとギャリックが駆け寄ってきた。


「中隊長、おケガは?」

「問題ありません」


 ローラの問いにルクシアは笑顔で答える。


「オルディアーノ中隊長!」


 続いてこの町を防衛していた隊の隊長らしき人物が近づいてきた。


「助かった。ありがとう」


 凛とした佇まいは崩していないが、疲れの色が濃く表れている。他の隊員たちも同じだ。


「到着が遅くなり申し訳ございません」

「いや、来てくれただけでもありがたい。この辺りで変異種なんて初めてだ」


 隊長は黒くなった猪を見やる。

 内陸の方ではほとんど変異種が現れない。ひとたび出現すればこのような事態が起こってしまう。


「申し訳ございませんが、我々は先を急ぎますのでこれで失礼します」


 ルクシアは優雅に一礼してローラとギャリックを促した。



 そんな感じで変異種の出現場所に行っては倒し、行っては倒し、を繰り返すこと四日が経った。

 一日当たり三体は倒している。休憩はすべて移動の馬車の中。

 ギャリックに至っては移動する馬車の中で熟睡する術を身に付けてしまった。


「さすがにそろそろきついですわ」


 ルクシアはげっそりした顔で椅子に座っていた。中隊長になってからデスクワークも増え、前と同じように身体を動かしていない。

 ローラも基本は事務仕事。落ちた体力が恨めしい。


 三十路を過ぎた身体が辛い。肌もカサカサだ。


 嘆く上官たちに比べてギャリックは元気だった。年齢や体力もあるが、短時間でも熟睡する術を身に付けた彼は回復が早い。


(俺もああなんのかな)


 ギャリックはぼんやりとそんなことを思った。恐ろしくて口にはできないが。


「まったく、犯人たちはいったい何個のモリオンを作ったんでしょう」


 ルクシアがぼやいた。モリオンを作った犯人たちに他の意味でも恨みが募っていく。

 ローラもため息をついた。


「小さくてもこれ以上量産されたら、それこそ国が崩壊してしまいますよ」

「犯人の狙いはそれなんじゃねーの? 皇帝に反旗翻すならそんくらいしねーと」


 規模の大きな話になるが、国家転覆を狙うならそれくらいのことはするだろう。


 しばらくぼやき大会が馬車の中で行われていると、連絡用タブレットが鳴った。クラウスの名前が表示されている。


 待ってましたとばかりにルクシアはすぐに手を伸ばした。


「クラウスお兄様! 今どうなっていますの!?」


 ルクシアが画面に顔を近づけて声を上げた。もうこんな遠征は終わりにしたい。


「落ち着いて。準備が整ったから連絡したんだよ」


 ルクシアを落ち着かせるようにクラウスはゆっくり言った。


「遅くなって悪かったね。管轄が第一師団の場所だったから手間取っちゃってさ。場所は今送るから、好きに暴れちゃっていいよ。もう第一師団が取り囲んでいるから」


 クラウスが何か操作をする動作を見せる。すると、ポンッと軽い音を立てて地図が送られてきた。国の中心部の南寄りの場所。そこに赤い点が記されている。


 しかし、国の中心部は第一師団の管轄だ。


「第一の管轄なのに第五師団わたくしたちが暴れていいんです?」

「いいのいいの。今回は闇の精霊王が関わっているんだから、加護持ちのルクシアに任せたほうがいいんじゃないかって話に持ってったから」


 ちゃんと仕事したよ、とクラウスが笑う。


 先日の騒動で生還したルクシアの実力は国の中心部でも認知され始めた。オルディアーノ家の変わり者令嬢から第五師団のオルディアーノ中隊長に変わりつつある。


「では、建物を壊してもよろしいですわね?」

「暴れてもいいとは言ったけど、犯人はちゃんと捕まえてね」


 疲労のせいかいつもより思考が短絡的になっている妹分にクラウスが注意した。


 あ、思ってたより疲れている。


 クラウスはそう思った。


「とにかく、そちらへ向かって第一師団と合流します」


 ルクシアの隣からローラが割って入った。


「気を付けていくんだよ。良い報告を待ってる」


 クラウスは頷いて通信を切る。


 行くべき場所は定まった。三人は顔を見合わせて頷き合う。


「これで不毛な追いかけっこは終わりですわ」

「ええ。最後だから八つ当たりしてもいいですよね」


 上官たちが悪い顔で笑っている。ギャリックはどうもその中に混ざる気がしなかった。


 タブレットを持って馬車の外に出る。それから地図をシリウスに見せた。


「ここに行きてーんだけど、わかるか?」


 しばらく地図を見ていたシリウスは一声鳴いて了解の意を伝える。

 ギャリックはわしわしとシリウスの頭を撫でた。彼が馬車に乗り込むとゆっくり動き出す。


 目指すは国の中心部の南寄りの地点。


 それまでしっかり休もうと三人は椅子に横になって仮眠を取ることにした。


《御主人たち眠ったの》

《少しゆっくり目に行くか》


 その様子を窓から見ていたシンディはシリウスに伝えた。シリウスは心なしかスピードを落とし、ガラガラと馬車を引く。


 シンディはぴょいとシリウスの背中に飛び乗り、自分も眠りに就いた。



 つづく

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