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第21話 休んでも仕事の連絡がくると休んだ気にならない

有給取った時の職場からの電話、怖い


 久々の長期休暇を取り、ルクシアは実家に帰っていた。


 仕事はすべてジェラルドに一任している。本当に大事が起きない限り、連絡はないだろう。


 一日ほどシリウスが駆ければ休憩をはさんでも日が落ちる前にメラルの町から実家に着く。



 執事やメイドたちに挨拶はした。町にも出かけた。庭で兄の従魔たちとも戯れた。


 やることがなくなった。


 ルクシアはごろんとベッドに寝転がる。ぼーっと天井を見つめた。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」


 部屋の外から執事の声がかかった。ルクシアは返事をして父がいるリビングへ向かう。


 ドアをノックすると父の声が返ってきた。それを確認してドアを開ける。


「ルクシア、この度は大変だったな」


 モスグリーンの髪の精悍な顔立ち。父と向かい合って座る皇帝ロドルフ・イドクレーズがいた。


 ルクシアは一歩踏み入った足を止め、サッと引く。


「待ちなさい! 戻るな戻るな」


 父が止めるので仕方なく部屋へ入る。


「なぜ陛下がいらっしゃるのですか」


 ルクシアは父に厳しい視線を向けた。父ルイスはふんと鼻を鳴らした。


「来ちゃったんだから仕方ないだろ。事後処理も大変だったみたいだし」

「来ちゃったじゃないでしょう」


 自分のせいじゃない、と主張するルイスにルクシアは肩を落とす。


 実は、ルクシアの父ルイスは皇帝ロドルフにとって幼い頃に面倒を見てもらった兄貴分なのだ。貴重な移動用魔法陣で城とオルディアーノ伯爵邸を繋ぎ、たまに前触れもなく遊びに来る。魔法陣がある部屋とリビングはダイレクトに繋がっていた。


 ルクシアと兄アーサーも子供の頃からロドルフに可愛がられており、親戚のおじさんレベルだ。


「まったく。ドラゴンが城に来た時はどうしようかと思ったぞ」


 事前に知らせてほしかった、とロドルフが言う。

 しかし、ルクシアもまさかドラゴンで行くとは思っていなかった。


「え? ドラゴン?」


 事情を知らないルイスの顔が引きつる。ルクシアは頷いて答えた。


「フォスター家の執事が小型のドラゴンに乗って帝都へ行ったんですよ。わたくしもまさかドラゴンがいるとは思いませんでした」

「国際問題にせず済ませてもらえてありがたかったよ」


 ため息交じりにロドルフが吐き出した。本来ならもっと大事にされてもおかしくない事案だっただけに、書状を見て安堵したことだろう。


「フィオルナンド様も厄介ごとには首を突っ込みたくなかったようですわ」


 ルクシアが父の隣に座りながらフィオルナンドの様子を伝える。


 しばし、ルクシアがフォスター伯爵家に滞在していた時のことを二人に話していると、突然移動魔法陣がある部屋のドアが勢いよく開いた。


「こんにちはー! ルクシアいますかー?」


 現れたのはクラウスだった。ルクシアは頭を抱える。どこの少年だ。皇帝陛下もいるのに。


「あれ? 陛下もいらっしゃってたんですか?」


 ロドルフの姿を見たクラウスはケロッとした顔で言った。ロドルフは片手を挙げる。

 ルイスはもう慣れているのか「いらっしゃい」とクラウスを迎えた。


「ちょうど良かった。お話ししたいことがあります」


 クラウスは真面目な顔になって空いているロドルフの隣へ座る。


「我が家は密会所ではないんですよ」


 絶対に仕事の話だ、とルクシアは顔をしかめた。

 嫌そうな顔をする彼女に対し、ロドルフは何事かと表情を引き締める。


「実は陛下に反旗を翻そうとする――」

「あーあー聞きたくないですー。そんなのこの物語に必要ないですー」


 ルクシアは両手で耳を覆った。

 国家転覆などこの物語に必要ない。これは騎士団のまったり日常をお送りする物語だったはずだ。


「画策してる奴らがいるんだから仕方ないでしょ。国の治安を守るのも騎士団のお仕事」


 規格外人類クラウスがまともなことを言っている。


「それに、キミには大いに関係あることだよ。ちょっと各地で問題が起きていてね。異常に頑丈な変異種が町を襲っている」


 クラウスの言葉に、ルクシアがピクリと反応する。


 異常に頑丈な変異種。先日のハニーベアを彷彿とさせる。


「それが死んだ跡に残ったのは、例の八面体だった。ラルフが拾ったのより小さかったけど」

「八面体?」


 ルイスが訝しげに呟く。クラウスはハンカチに包んでいた八面体をテーブルの上にコロリと置いた。ルイスとロドルフはしげしげと眺める。ラルフたちが見つけたものの半分くらいの大きさだ。

 八面体を見たルクシアの顔の顔色が悪くなる。それを窺っていたクラウスは静かに尋ねた。


「同じかい?」

「……はい」


 ルクシアが絞り出すように声を出す。娘の様子を心配そうにルイスは見やる。それに気づいたルクシアはゆっくりと口を開いた。


「実は、ファントムと音信不通なんです。この八面体からは、ファントムの魔力を感じます」


 ルクシアの説明に、ルイスとロドルフは目を見開く。事の重大さが増した気がした。

 クラウスが頷いて続けた。


「サンドラの見解だと、ファントムの魔力によって野獣の体内が魔力飽和の状態になってあの頑丈さになったんじゃないかって話です。八面体、仮称をモリオン(黒水晶)としますが、何でできているのかは、まだわかりません」

「被害は騎士団だけでなく民にまで及んでいるが……そんなことになっていたとは」


 ロドルフの顔が険しさと増していく。そしてハァとため息をついた。


「息抜きでオルディアーノ家に来たはずだったんだがな」


 クラウスがハハッと軽く笑う。


「僕と一緒に来たのが運の尽きですね」


 ルクシアが考え込む素振りを見せた。ルイスは優しく娘の背を撫でる。ルクシアは大きく息をして「落ち着け」と自分の心をなだめた。


 この石のような八面体、モリオンが増えてきたということは、ファントム自身はどこかにいるということ。死んだりしていない。大丈夫。


 ルクシアは視線をクラウスに向けた。


「クラウスお兄様。その頑丈な変異種は倒せた、ということですか?」

「ああ。被害はとんでもないことになったけど、ね。そこで相談なんだけどさ」


 クラウスの言葉の続きを聞きたくないと言わんばかりにルクシアは再び耳をふさいだ。クラウスは立ち上がってその両手をどかそうとルクシアの腕をつかむ。


 耳から手を放したくないルクシア。

 耳から手を離させたいクラウス。


 無言の攻防が交わされた。子供のようなそれにロドルフは小さく笑い、ルイスはやれやれと苦笑いだ。


 勝者はクラウスだった。ルクシアを万歳させるような恰好にさせ、そのまま言葉を続ける。


「ルクシアと誰か数人で遊撃隊になって、現れた変異種を退治してほしいんだ」


 ルクシアの顔は非常に嫌そうだ。変異種を相手にするのが面倒なのもある。それ以上にせっかく戻ってきた日常を壊されるのが嫌だ。


「頼むよ。あんなのまともに相手にできるの、僕とルクシアを除いたらほんの数人しかいない。モリオンの出どころはこっちで探っているところだからさ」


 むぅとむくれていたルクシアだったが、最後には諦めてため息をついた。


「バルドとかは何か言ってなかったんです?」

「誰かに貰ったってだけ。どこの誰かもわからなくて全然情報にならなかった」


 ルクシアはもしやと思って尋ねた。やはりあのハニーベアはバルドの差し金だったらしい。


「口封じに殺された、とかよくある展開にはならなかったんですね」


 皮肉交じりにルクシアが言うと、クラウスは胸を張った。


「僕がいるのにそんなことさせるわけないじゃん。殺そうとした人はいたみたいだったけどね。それでペラペラ喋ってくれたから結果オーライかな」


 クラウスがルクシアの手を放してわざとらしく笑う。それに反応したのは皇帝ロドルフだ。器用に片眉を上げてクラウスを見やる。


「そんな報告受けてないぞ」

「あれ? 話していませんでしたか?」


 本当に報告を忘れていたらしい。クラウスはしまったという顔になった。

 

「まあそれはともかく、クラウスはその謀反を企んでいる奴らがファントムに何かをして魔力を利用している、と考えているのかな?」


 皇帝への報告ミスを「それはともかく」と切り捨てるルイス。兄貴分がなせる業だ。

 クラウスは黙って頷いた。ルクシアも黙ったまま眉間にしわを寄せた。


「私にできることがあるなら遠慮なくいってくれ。ファントムはルクシアの命の恩人で、我が家にとっても家族だ」


 ルイスの申し出にクラウスは頭を下げた。ルクシアは長いため息をつく。


「とんだ休暇になってしまいましたわ」

「どうせ、そろそろやることなくなってゴロゴロしてたでしょ」


 見透かしたようにクラウスが言う。ルクシアは言葉に詰まった。図星である。「お兄様」はどこまでもお見通しのようだ。


 彼女の顔を見てハハッとロドルフが笑う。


「まあ、休暇中は家でゆっくりしろ。戻ったらしっかり働いてもらうからな」


 ロドルフの言葉にルクシアは小さく返事をした。それを聞いたロドルフはソファから立ち上がる。


「さて、私はそろそろ戻るとするか」

「僕も仕事に戻るよ」


 クラウスも壁にかかった時計を見ながらそう言った。二人は「それじゃあ」と言い残して移動用魔法陣がある部屋へと向かった。


 二人が帰った後、ルイスとルクシアはため息をついた。


「あの二人、うちを休憩室か何かかと思ってるのかな?」

「そんな気がしますわ」


 仕事の合間にちょっと休憩。そんな感覚で遊びに来られても困る。

 特にロドルフ。皇帝という立場を忘れられる場所なのかもしれないが、ふらっと遊びに来ないでほしい。


「それにしても、大丈夫なのか? 遊撃隊なんて」


 ルイスが不安そうに尋ねた。


「メラルの町の防衛もありますから、わたくしを含めて三人くらいで何とかしますわ」


 誰を連れていくか。ルクシアの頭の中はすでに仕事モードだった。おかしいな。今日は休暇のはずなのに。


 ルイスは中隊のことではなくルクシア自身のことを心配したつもりだったのだが、中隊長の顔となった娘には通じていなかった。

 自分が思っているより立派に中隊長を務めているようで誇らしい気持ちにもなった。


「無茶だけはしてくれるなよ。心臓がいくつあっても足りない」

「善処します」


 父の言葉に、ルクシアはにっこり笑った。


 あ、その気はないな。と父は悟った。娘の表情くらい読める。そういうところは母フライヤにそっくりだ。




 そうしてルクシアは休暇を終え、メラルの町に戻った。


 すぐに班長達を集め、クラウスからの指示を伝える。案の定、みんな難しい顔をした。


「というか、なんで休暇を取ったはずなのに仕事の話持ってきてるんですか」


 ジェラルドは少し不機嫌そうだ。せっかく休んでもらおうと提案したのに、結局休んでいない。


「し、しっかり休ませてもらいましたわ。ご心配なさらず」


 ルクシアはジェラルドをなだめるように言った。嘘ではない。たくさん休んだし、あれから母と町に出かけておやつも食べた。


「それで、遊撃隊に誰を連れていくか決めているのか?」


 マクシムが尋ねた。野獣相手なら討伐班から選ばれる可能性が高い。あまり戦力を削られても困る。


 ルクシアは頷いて答える。


「はい。わたくしとローラ、ギャリックの三人で行こうかと」

「三人だけですか?」


 チヨが慌てて聞き返す。あの異様な雰囲気の変異種をたった三人で相手にしようというのか。


「これ以上、戦力を割くと町の防衛に影響があります」


 ルクシアは家で考えた理由を述べる。


「そうですけどぉ……」

「移動はどうする? さすがに三人はシリウスに乗れないだろ」


 まだ何か言いたげなチヨを置いて、ラルフが言った。

 ルクシアはその質問を待ってましたとばかりに得意げな顔になる。


「バルドが置いていった馬車がありますわ。それを今、親方に手直ししていただいているところです」


 親方とは町の家具工房の熟練職人だ。木の扱いはお手の物。木製の馬車ならいくらでも手直しできる。


 一同は「まーた無茶振りしたんだろうな」という顔でルクシアを見た。


 ルクシアは自分が使いやすいように色々なものの手直しや壊れたものの修理をその親方に依頼している。

 皆が使うものなどは特にだ。確かに使いやすくなって便利だが、とんでもない発想に振り回される親方がちょっと気の毒だった。


 しかし、当の親方はそれを楽しんでいる様子もあり、工房から苦情が来たことはない。


「わたくしがいない間は全権をジェラルドに預けます。皆、よろしくお願いします」


 ルクシアがそう言うと、一同は頷いた。

 班長達が出ていった執務室にはルクシアとジェラルドだけが残った。


「中隊長、本当に無理だけはしないでくださいね」

「ローラとギャリックがいれば、大丈夫ですわ。ファントムを見つけるまで帰れないかもしれません。そちらも無理せずに」


 心配そうなジェラルドにルクシアは微笑みを返す。



 数日後、親方の手によって見事にビフォーアフターされた馬車が完成した。



 つづく

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