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第20話 有休をとっても結局何もしないで終わる

ゴロゴロして狩り(モンハン)に行くと時間が溶けてる


 ルクシアとシリウスがメラルの町に帰ると、町の人も総出で後片付けが行われていた。


 改めて見ると、壊された屋台や建物が散見し、食い荒らされた食べ残しが散乱していた。


 結界魔法陣がなければ、もっと町の人にも被害が及んでいただろう。


「サンドラお姉様に感謝しなければなりませんね」


 町を見回しながらルクシアが独り言ちに呟いた。


 サンドラ・ファーレンハイト。

 ルクシアの兄アーサーの友人であり、第五師団長クラウスの妻だ。三人とも同じ学年で仲が良い。

 彼女は今、国立魔法研究所に所属する研究員をしており、結界魔法陣の発案、製作をした本人だ。研究熱心な才女で、夫にも引けを取らない天才である。


 ルクシアにとってはクラウスと同様に自分を可愛がってくれる姉貴分だ。


「中隊長~」


 ルクシアを見つけたエミリアが大きく手を振っている。シリウスか降りて彼女の元へ歩いた。


「どうしました?」

「ケガをした人の治療は終わりました。皆、とりあえず無事です」


 エミリアの報告にルクシアは頷いた。


「ご苦労様でした。町の片付けは、まあ、ぼちぼちやっていくしかなさそうですね」


 人の手でやるには壊されすぎた。地道にやるしかない。


 ちなみに広場は血だらけだった。女性隊員が水の魔法で洗い流してくれている。


「なんで他の世界みたいに野獣の血がシューッて消えてくれないんですかね」

「この世界にそんな便利機能はありません」


 エミリアの不満にルクシアはスパッと答えた。


 うちはうち、よそはよそ、血は血である。


「あ、ラルフが砦の方に来いって言ってました」


 エミリアが思い出したように言った。ルクシアはハーゲン大隊の存在を思い出して顔をしかめた。嫌でも行くしかない。


 ルクシアとシリウスはエミリアと別れて砦の方へ向かう。砦の前ではラルフが待っていた。ルクシアと目が合った彼はくいっと顎で何かを示す。


 なんだろうとルクシアはその先に目を向ける。喉を食い破られた騎士の遺体だ。三人が転がっている。


 町に入った時はレッドウルフたちに気を取られて気付かなかったが、なかなかの惨状だ。


「彼らなりに、戦おうとしたんでしょうか?」


 少し気の毒そうな顔をしてルクシアが言った。


「かもな。剣を抜いているところを見ると、少なくとも抵抗はしようとしていたんだろ」


 ラルフの答えて彼らの周りに転がる剣を見る。剣にはレッドウルフでなく、自身の血が飛んでいた。


 彼らも貴族の令息。文句が自分に飛んでくるのは嫌だな、とルクシアは考えていた。正直、彼らの生死などルクシアにとってはどうでもいいことだ。


 砦の中には生存者がいるかもしれない。


「クラウスお兄様に連行してもらえばよかったですわ」

「なんだ。来てたのか」


 失敗した、とでも言いたいようなルクシアにラルフはちょっと驚いて返した。町の人の治療に専念していた彼はクラウスの存在に気付かなかった。 


 二人が話している間に、砦の中がざわつき始めた。死んだと思っていたルクシアが現れて動揺しているのだろう。


 ルクシアは砦を見上げて声を張った。


「ハーゲン大隊に告ぐ! 今すぐ出てきなさい!」


 彼らはルクシアの命令になかなか動こうとしない。しばし待っていたルクシアだったが、苛立ちは大きくなる。


「選択肢を与えずに牢にぶち込んでよろしいかしら?」

「いいんじゃねェか」


 イラッとしているルクシアにラルフは頷いた。話が通じる相手だとは彼も思っていない。町の片付けの戦力にもならないだろう彼らは邪魔である。


「シリウス。参りますわよ。全員捕縛して牢へぶち込みます」


 ルクシアが踏み出すとシリウスも続いた。砦の中へ入り、出てきたハーゲン大隊を問答無用で影で捕まえて引きずり込む。

 逃げ惑う者もいたが、ルクシアは容赦しない。

 逃げる者を後ろから影で足を掴み、引き倒す。涙目でこちらを振り返るが、ルクシアは表情を変えない。ひまわり色の瞳は冷ややかな感情だけを向けている。


 しばらく、砦の中から悲鳴が続いた。その間にラルフは死んだ騎士を包む布を探しに倉庫へ行った。


 ルクシアは地下の牢屋に来ると、全員をその中に放り込んだ。


「何をする! 俺たちはハーゲン大隊だぞ!」


 そうだそうだと声が上がる。


「騎士の役目を果たさず、何がハーゲン大隊ですか!」


 ルクシアの一喝が牢屋に響き渡った。ハーゲン大隊はその声にビクッと身を縮める。


「バルドは城へ連行されました。そのうちあなたたちもそうなるでしょう」


 ルクシアはそう吐き捨てて地下牢を後にした。後ろから声が上がったが振り向かない。シリウスも彼女に続いて出ていった。

 砦を出ると、ラルフが迎えた。


「終わったか」

「ええ、馬鹿の一つ覚えのように口を開けば『ハーゲン大隊、ハーゲン大隊』と。上が愚かだと下の者まで愚か者に成り下がってしまいますわね」


 ルクシアは大きな伸びをした。シリウスも身体を伸ばして欠伸をひとつする。


「シリウス。ご苦労様でした。休んでてくださいな」


 ルクシアはシリウスの頭を撫でた。シリウスはスッとルクシアの影の中に入る。


「まずは遺体をどうにかしましょう。町の人たちに見せるわけにはいきませんし、見ていて気持ちのいいものでもありません」


 ルクシアとラルフは遺体を布にくるみ、倉庫へと移動させた。


 その間も町では崩れた屋台の後片付けが進んでいた。町は少し壊れてしまったが、以前の活気が戻ってきたように感じる。


「あいつら、美味いとこだけかじりやがって」


 ギャリックが一口だけかじられて放置された果物を見て悪態をついた。それを廃棄用の袋に放り込む。


「動物が一番美味い時期と美味い場所を知ってるからな」


 果物屋の店主は苦笑いだ。同じく、拾った果物を袋に入れる。


 散乱した果物を片付ければ大方綺麗になった。テントへの被害はほとんどなく、品物さえそろえば再開できそうだ。


 建物の被害も南側を中心に広がっていた。家の石壁は壊され、破片が散乱している。それらを丁寧に片づけていた。

 大人に倣って子供たちもワイワイと瓦礫の撤去を手伝っている。


 多少、直すまでに時間がかかるかもしれないが、悲観に暮れている者はいなかった。


 町の後片付けもそうだが、中隊の後片付けも大変だった。


 ルクシアは執務室でバルドが残した書類の確認をする。適当に読んで適当に判子を捺しているのが見て取れた。中には捺し忘れの書類もある。


 雇っていた町の人たちが解雇されたと聞いたのでその確認をしたが、書類上は解雇になっていなかった。なので、そのまま今まで通り働いてもらうことにした。


 どうやって隊が回っていたのだろうと不思議に思うくらい、事務仕事が乱雑だ。ローラが見たら激怒するだろう。彼女に見せる前になんとかしなければ、恐ろしいことになる。

 と、ルクシアは思ったが一人ではどうしようもないので途中で諦めた。自分の手に余るときは諦めも時に必要である。


 中隊の皆が戻るまで、エルマーナと砦の掃除でもしていようかと現実逃避したくなる。



 こうして、なんやかんやあって事態は収束していった。



 中隊のメンバーがようやく全員戻ってきた頃、いつものように突然クラウスがやってきた。


「やっほー。その後の経過報告に来たよー」


 執務室のドアを勢いよく開け放ちながらクラウスが登場した。ジェラルドは驚いた顔をしたが、ルクシアは表情一つ変えない。ルクシアはジェラルドにお茶を持ってくるよう指示して、クラウスをソファに座るよう促した。


「町もだいぶ直ってきたね」

「まだまだかかりますわ」


 クラウスが座りながら言うと、ルクシアも彼の正面に座りながら答えた。


「それで、どうなりましたの?」

「バルドは一生牢の中、お家も取り潰しになったよ。娘は親族に引き取られた」


 ルクシアの脳裏にシリウスが欲しいと言っていた我がまま娘が浮かぶ。親族に引き取られたからといって大人しくしているだろうか。


「ハーゲン大隊は騎士団を解雇。それぞれの実家に戻らせた」


 帰った令息たちはどうなるだろうか。ルクシアはそう思いかけたが、自分の知ったことではないと首を横に振る。


「いやーもうオルディアーノ伯爵夫人がしっかりと不正の証拠を押さえてくれてたから助かったよ。さすがだね」


 クラウスがそう言って笑った。ルクシアは「やっぱり」と遠い目をした。あの母が黙って引き下がるわけがない。


 そこへドアがノックされた。ジェラルドが戻ってきたのかと思い、ルクシアは入室を許可する。

 入ってきたのはラルフだった。


「どうしました?」

「クラウスに渡したいモノがあってな」


 ルクシアが不思議そうに尋ねると、ラルフはクラウスのほうを見た。クラウスは「僕?」と首をかしげる。

 ラルフは収納魔法からサバンナで発見した黒い八面体を取り出した。直接触りたくないのか、ハンカチを手のひらに敷いている。


 八面体はわずかだが禍々しい気配を放っていた。


 それに気づいたクラウスはスッと目を細める。ルクシアも気付いているようだ。


「ルクシアを探しに行った時に拾った。何なのかわからないからお前に渡そうと思っていたんだ」


 ラルフがそう言いうと、クラウスは立ち上がってしげしげと八面体をいろんな角度から見た。パッと見ただけでは素材が何なのかすらわからない。彼でも見たことがないものだ。


 すると、ルクシアが弾かれたように八面体へ手を伸ばした。ラルフは慌てて八面体を遠ざける。正体がわからないものをむやみに触るのは危険だ。

 ラルフは叱ろうとしたが、できなかった。ルクシアの顔が真っ青だったのだ。


「それ、ファントムの魔力です……」


 震える声でルクシアが告げた。驚いたラルフとクラウスは八面体をじっと見つめる。


「どうして、そんなものからファントムの魔力が……」


 口元を手で覆うルクシアの声が掠れていく。


「ファントムは呼べないの?」


 クラウスの問いにルクシアは首を横に振る。未だにファントムと連絡がつかない。


「ファントムと連絡がつかないんです。精霊王同士でも連絡がつかないようで、心配していたのですが」


 ルクシアの顔からどんどん血の気が引いていく。やはり、ファントムの身に何かあったのだ。

 クラウスはルクシアの肩を叩いてソファに座らせる。


「それ、どういう状況で発見したんだい?」

「場所はサバンナのど真ん中だ。異臭を感じて近づいてみると、何かが黒く焦げたような、溶けたような跡が残っていて、そこに落ちていた。ギャリックたちはルクシアを襲ったハニーベアの形に似ているとは言っていたな」


 ラルフが手短に説明する。クラウスはふむと考えて、ルクシアに向き直った。


「ルクシアを襲ったハニーベアって、報告にあった滅茶苦茶硬いってやつ?」

「はい。わたくしの剣がまったく通りませんでした」


 ルクシアは気持ちを落ち着かせて答えた。


「ルクシアの剣が通らないって、相当でしょ」


 勘弁してよ、とクラウスは頭をかく。彼もルクシアの実力は信用している。それが通用しないとなると、対処するのに相当な戦力が必要になる。


「僕を含めて、何人がまともに相手できるか」


 ため息交じりにクラウスがぼやいた。何体も現れないことを祈るしかない。


「これだけだと思いたいけど、何だかきな臭いね」


 クラウスはそう言って、ラルフから黒い八面体を受け取った。ハンカチごと受け取り、きゅっと端を結んで包む。


 コンコンとドアがノックされた。今度こそジェラルドだった。ラルフと目が合うと一言、


「お前の分はないぞ」と言った。

「いらねェよ」


 ここでお茶を飲む気はないと言いたげな顔でラルフは言い返した。


 ジェラルドはクラウスとルクシアの前に紅茶を置く。二人はそれを手に取って飲んだ。


 ラルフは黒い八面体を渡すことが目的だったので、そのまま部屋を出ていく。


 お茶を飲んで一息ついているルクシアに、ジェラルドは提案した。


「中隊長、休みを取ってご実家に戻られてはどうですか?」


 ルクシアはずっと休みを取っていない。交代制の休みはあるが、有給は使ってなかった。


「そう、ですか?」

「今回の件、ご実家も心配されていたようです。顔を見せたほうがよろしいのでは?」


 帰省は必要だろうかと首をひねるルクシアに、ジェラルドが聞き返す。


 思い返せば、ここ数年は帰っていない。


「そうだね。たまには帰ってあげなよ」


 クラウスも帰省を促す。


「そうですわね。ひと段落したらお休みを貰うことにしましょう」


 ルクシアが頷いて、ジェラルドとクラウスはホッとした顔になった。



 こうして、ルクシアの何年ぶりかわからない帰省が決定した。



 つづく

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