第19話 経費で落とすには領収書を忘れるな
うっかり領収書を捨てた時の絶望感が半端ない
ルクシアとギャリック、シリウスが変異種のレッドウルフと対峙する。二足歩行となったレッドウルフはギャリックよりも倍以上に大きい。
唸り声を上げるシリウスと変異種のレッドウルフ。互いに牙をむき出しにして敵意が漲っている。
真っ先に動いたのはギャリックだった。変異種のレッドウルフの左腕を目掛けて剣を振る。が、素早く反応されて剣を弾かれてしまった。
同時にルクシアが踏み込んだ。巨大な爪が彼女の頭へ振り下ろされる。ルクシアは剣を盾にしてそれを防いだ。ズンッと重い一撃が全身にのしかかる。ルクシアはグッと歯を食いしばった。
その隙をついてギャリックが変異種のレッドウルフの脇腹に一撃をお見舞いした。しかし、硬い。かすり傷程度しか負わせられなかった。
ルクシアは受け止めていた爪を受け流すように身体を回転させ、ギャリックが傷を付けた場所と同じところに剣を叩き込んだ。魔力を纏った一撃が深く食い込む。
爪を弾かれた変異種のレッドウルフはバランスを崩して一瞬、動きが止まる。
その無防備な喉元へシリウスが食らいついた。剣よりも鋭い牙は毛皮を貫き食い込んだ。変異種のレッドウルフが悲鳴を上げる。シリウスを振り払おうと腕を振り回した。
ルクシアが声を上げると、シリウスは素早く反応して距離を取る。口元からボタッと血が滴った。
忌々しげに変異種のレッドウルフは三人を睨みつけた。
ギャリックは魔法を放とうと左手に魔力を集める。
「ダメです、ギャリック!」
魔力に気づいたルクシアが制止した。ギャリックは舌打ちをする。
「なんでだよ!?」
「石畳が壊れたら修繕費はどこから出ると思ってるんですか!」
切羽詰まったルクシアの答えに、ギャリックは一瞬、思考が停止した。それでも飛んできたレッドウルフの爪を反射的に避ける。
「んなこと言ってる場合か!」
ギャリックが怒鳴る。変異種と化したレッドウルフは強い。現に致命傷を与えられないでいる。
今、彼らがいるのは町の中心部。綺麗に石畳で整えられた広場だ。
そこが壊れれば、まあ、それなりのお値段での修理となってしまう。
中隊長の頭の中ではいつでも予算のそろばんが弾かれていた。
「ローラを怒らせたいんですの?」
ルクシアの鬼気迫る言葉に、ギャリックは反論が詰まる。
怒らせたローラは怖い。目の前にいる変異種のレッドウルフより怖い。
ギャリックは仕方なく集めた魔力を握りつぶした。
変異種となったレッドウルフは素早く、力も強い。二人が対応しきれない程ではないが、なかなか急所への攻撃が打ち込めなかった。
ルクシアは素早く振られる腕を屈んで避ける。風圧が顔まで飛んできた。
ギャリックが果敢に攻めるも、鋭い爪で剣を防がれる。耳障りな音が鳴った。爪も太く折れそうにない。ギャリックは爪を弾いて後退する。
「さーて、どうするよ。中隊長」
「そんなもの、攻撃あるのみ、ですわ」
ルクシアは魔力で剣を覆いながら答えた。ギャリックもそれに倣って魔力を放出する。
魔力を感じ取った変異種のレッドウルフは低く唸る。
と、その時、レッドウルフの背中でボンッと炎が爆発した。ダメージはなかったようだが、衝撃はあったらしい。何事だと言うように変異種のレッドウルフが振り返る。
「ちょっと! バフかかってるからって、なんで火の魔法をレッドウルフ(火耐性あり)に使うのよ!」
「俺は火の魔法が一番命中率がいいんだから仕方ないだろ!」
エミリアと男性隊員が何やらもめている。
変異種のレッドウルフは彼らに向かって歩き出した。二歩進んだところでその動きが止まった。足元には蜘蛛の糸が張り巡らされている。
「やった! シンディのネバネバネット成功だ!」
《イェイ!》
男性隊員とシンディがハイタッチを交わす。シンディの糸は粘度も自由自在。変異種のレッドウルフほどの巨体でも動きを封じ込められる。脚の自由が利かなくなったレッドウルフはネバネバから脱出しようと身をよじる。
「三人とも! 今よ!」
エミリアの掛け声とともに、彼らは動いた。
シリウスはうなじに食らいつき、ルクシアとギャリックは背後から胸を貫く。ブチリとシリウスがうなじを噛み切った。ルクシアとギャリックは剣を捻り、レッドウルフの身体を引き裂く。石畳にレッドウルフの血が飛び散った。
三人はサッと間合いを空けて様子を見る。
変異種のレッドウルフは声もなく膝をつき、石畳へ崩れ落ちた。微かに息はあるが、起き上がる様子はない。
それを見ていた町の人たちから歓声が上がる。
ボスがやられたと気づいたレッドウルフたちは町を出て平原へと帰っていった。
「やっぱ変異種は硬ぇわ」
「あなたが最初から魔力を纏わせていないからですよ」
ため息をつきながら剣を収めるギャリックに、ルクシアがダメ出しをする。
変異種は通常個体よりも防御力が高いことが多い。故にルクシアは変異種と対峙する際は必ず剣に魔力を流していた。
「中隊長こそ、なんであのビー○サーベルみたいなの使わなかったんすか?」
ギャリックはあれならもっとサクッと斬れただろうと思う。
「まだ実戦で使うには不安定な要素があるんです」
ルクシアは何食わぬ顔で答えた。使い慣れていないのは本当だし、威力がありすぎて町の中では出来れば使いたくない。
それで町を壊したら修繕費は経費ではなく、ルクシアのポケットマネーからの出費となる。お金は貯めてはいるが、不用意な出費は抑えたい。
「それにしても」
と、ルクシアは動かなくなった変異種のレッドウルフを見下ろす。
「毛皮を汚してしまいましたわ」
「アンタ、野獣を肉と素材としか思ってないだろ」
残念そうなルクシアにギャリックは思わずツッコミを入れた。彼も人のことは言えないが。
「いやー、お見事お見事! さすが師弟コンビ完ぺ――」
――ブォン。
ルクシアは声の主に無言で魔力の剣を振り下ろした。声の主はパシッと白刃取りで魔力の剣を受け止める。
声の主は第五師団長クラウスだった。
「ちょっとルクシア! ナニコレ!? 今ライ○セーバーみたいな音したよ!?」
クラウスは驚きの声を上げた。
「途中から見ていましたでしょう」
援護もしなかった兄貴分にルクシアはご立腹だ。クラウスはアハハと軽い笑い声を上げる。
(変異種に使わなかった剣を人間に使ってやがる。いやこの人、人間じゃなかったわ)
ギャリックは二人のやり取りを無言のまま見守った。魔力の剣を素手で止めている時点でもはや人間業ではない。
シリウスもこんなことには慣れているのか、何も言わない。
そうこうしているうちに町の人々が避難所から出てきた。皆、ルクシアの無事と変異種の討伐に安堵した様子だ。
ラルフやエミリアがケガ人の手当てに奔走し、討伐したレッドウルフは解体するため工房へ運ばれた。
「中隊長!」
マクシムとエルマーナが店の外に出てきた。腕に傷を負っているマクシムを見て、ルクシアは眉間にしわを寄せた。
「マクシム、苦労をかけましたね」
「いや、このくらい大したことない」
大丈夫だと言うように、マクシムは答える。エルマーナはスッと頭を下げた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
顔を上げたエルマーナはニコッと微笑んだ。ルクシアも笑みを返す。長年の付き合いの二人にはこれで思いが伝わる。
「ところで、バルドはどこに行ったかわかる? まさかレッドウルフに殺されてないよね」
クラウスが二人に尋ねた。
「あいつならさっさと町の外に逃げましたよ。レッドウルフたちが町に侵入した途端に」
マクシムの答えに、クラウスとルクシアが呆れた顔になった。どこかに隠れているのかと思ったら町から逃げ出していたとは。
「ぶっ飛ばしに参りましょうか」
ルクシアは晴れやかな笑顔でクラウスを見上げる。クラウスは答えずに彼女の頭を撫でた。
「僕たちはバルドを追う。皆は町のほうを頼む」
クラウスはマクシムやギャリックに向けてそう言った。ギャリックも今回は反発せずに頷く。
シリウスにルクシアが乗ると、クラウスも当然のように乗ってきた。
「クラウスお兄様も乗りますの?」
「走ってシリウスに追いつけるわけないでしょ」
クラウスが当たり前でしょと言いたげな顔で答える。ルクシアは少しだけ眉をひそめた。当たり前が通用しない人が当たり前のことを言うと変な感じがする。
ルクシアはシリウスに合図をして走り出す。
どこまで行ったのかわからないバルドを探すのは容易ではない。頼りになるのはシリウスの鼻だけだ。
しばらく進むと、シリウスが減速した。地面の匂いを嗅ぎ、林の方に顔を向ける。釣られてルクシアとクラウスも視線を向けた。
こちらに背を向けて、木の根元に座り込む男がいた。ガタガタと震えて縮こまっている。
二人はシリウスの背から降りて近づいた。彼らの足音に気付いたのか、男はビクッと身体を揺らして振り向いた。
バルドだ。
バルドはクラウスの姿を見て一瞬だけホッとした様子だったが、隣にいるルクシアを見て目をむいた。
「ば、バカな……!? なぜ生きている!」
幽霊でも見るような目でルクシアを見る。ルクシアは冷たい目でバルドを見つめた。バルドは小さく悲鳴を上げる。尻もちをついたまま後ろへ後ずさった。
「クラウスお兄様。ちょっと後ろを見ててくださる?」
ルクシアはクラウスを見上げてにっこりと微笑んだ。やれやれ、と肩をすくめてクラウスはクルリと回れ右をする。
その瞬間、ルクシアはバルドとの間合いを一気に詰め、拳をその顔面に叩き込んだ。変な音がしたが、そんなこと知ったことではない。
バルドの身体は地面に転がり、起き上がることはなかった。
「もうよろしくてよ」
ルクシアがクラウスに声をかける。クラウスはゆっくり振り返り、ため息をつく。
「ちょっと、完全に伸びちゃってるじゃないの。運ぶほうのことも考えてよ」
「あら。それは失礼致しました」
詫びてはいるが、口調が詫びていない。ルクシアの顔はどことなくスッキリしている。
クラウスはそれ以上叱ることはせず、倒れているバルドに近づく。その襟を掴んで持ち上げた。
「さて、僕は城に戻るから何かあったら連絡するんだよ」
ルクシアが返事をすると、クラウスは一瞬で姿をくらませた。もう慣れたルクシアは驚くことはしない。
《まだ噛み砕いてないぞ》
シリウスが不満げに声をかけた。その時が来たら噛み砕いていい約束だったはずだ。グルルと唸る。
「そんな労働する必要ありませんわ。町に帰りましょう」
ルクシアはシリウスの頭を撫でた。シリウスは彼女が渾身の一撃を叩き込んだからまあいいだろうと自分を納得させる。
二人はメラルの町への帰路に就いた。
つづく




